Case 20-1:構築不能・異常引数の検出
2020年8月27日 完成
柏海が変死体となって発見されたと聞く。
最早八朝に逃げ場はない。
【5月11日19時55分 西抑川・■■■橋】
一度だけ、歯向かった事があった。
理不尽に家族を奪われた怒りから、あの篠鶴機関の長を異能力でぺしゃんこにしてやろうと考えた。
目の前で誇らしそうに異能力なんちゃらについて講演している彼の顔をトマトのようにすり潰したかった。
結果は散々たるものだった。
能力を使おうとした途端、まるでけもののように怒り狂った周囲の人間が、わたし目掛けて躍りかかった。
呼吸ができない程の苦しみから逃れようとするも、穴倉から差し込んだような救いの光が夥しい手の濁流に阻まれる。
そこに力強い声が降りかかる。
「民衆の怒りは、我が怒り
その怒りを目の前に、あらゆる罪障はたとえ小さくともこのように報いを受けるのだ」
歓声が上がると、人々との押さえ込む手の力が無くなった。
誰もが篠鶴機関の長を諸手を上げて祝福していたのだ。
ああ、自分の憎悪すらもダシにされてしまったんだな……
それから周りの人間が途端に怖くなった。
もうあの事件については緘口令が敷かれ、誰もわたしが犯人だと知ってはいない筈だ。
なのに後ろ指を指されるような不快感が消えない。
どこに逃げても……八朝君に慰められた時ですら。
部活を始める時、篠鶴機関から『善意』で貸し与えられた異能力封印手錠の重みを今でも手に残っている。
手錠を手にし酷く沈んだわたしを見て、部長が励ましてくれた言葉を思い出す。
『みんなそれに耐えて成果を出してきたんだよ
だから自分だけが苦しいって思わないで、気軽に相談して頂戴ね』
そんなにお父さんとお母さんは悪い事をしたんですか?
あの一家団欒を皆して嘘だって言い募るの?
そもそも私の願いを踏み躙った赤の他人共が『耐えてきた』って何だ?
そんなにも谿コ縺励※欲しいのか?
縺倥c縺よ悍縺ソ騾壹j縺ォ蜈ィ蜩。……
「……っ!
なんで今更こんなことを……」
ふと、あの時にしまい込んだ思い出が蘇る。
自分が十死の諸力に入り、変容した十死の諸力を拒んだ根幹の記憶。
今でも自分が何か悪い事をしているのではという妄想に囚われている。
それを裏付けるようにまだ返していない手錠が鞄の中でジャラッと音が鳴る。
そんなこんなでようやく正気に戻った三刀坂が、異様な人だかりの中にいる事に気付く。
周囲の人に何があったのかを聞く……気分でなかったので、人だかりの中心にいるであろう篠鶴機関の職員に訊いてみる。
「何があったんですか?」
「ええ、この橋で首が無い女子高生の変死体が発見されたと通報がありまして」
「首が無い……?」
何となく嫌な予感がした。
そういえば七殺は遺体の首を必ず切断するという癖があったなと唐突に思い出したからである。
「誰が死んだのかは分かりますか?」
「すみません、規則でお答えしかねます」
「わかりました、ありがとうございます」
そこに端末からの着信があった。
八朝からのものであった。
「どうしたの、こんな時間に」
『大変だ
七殺に狙われている!』
要領を得ない返答だったので事情を聞いてみる。
柚月と七殺の接点を見つけた途端に怪現象が連発し、終いには協力者まで殺された。
確かに尋常ではない、だが……
「流石に考え過ぎじゃない?
キミも今日はいろいろあったし、疲れているんじゃない?」
八朝が考え込む様子が電話口からでも分かる。
こんな調子なのだから、気付かぬうちに疲労を溜め込んだに違いないだろう。
「なんならさ、今キミの家の近くだから行ってみてもいい?」
「どうした……今は太陽喫茶も営業時間外……」
「そうじゃなくてさ
そんなに怖いなら寝かしつけてあげるからさ」
電話口で何度も咽る声が聞こえる。
いつも思う事なのだが、八朝という奴は見た円の割にこういう話題の耐性が無さすぎる。
「……いや、必要ない」
「えー……結構得意なのに!」
「そもそも俺は気絶無効で眠る事すらできないんだが?」
忘れてた。
でも確かソレ気合でどうにかしてるってさっき聞いた気がしていたが、そこまで頭が回らなかった。
「ごめんごめん
まぁ、でも明日何があったか聞いてあげるから勘弁してね」
「それは有り難いな、マスターに頼んで土産も用意しておく」
挨拶も程々に通話を切る。
喫茶店からの土産を期待しながら帰路を進んでいく。
(そういえば何であんなことを思い出したんだろ……?)
それと共に今日あった事を思い出す。
学校にいる間は猪突猛進する鹿室と曲橋の後を追うのに必死だった。
八朝の予言通りどこもかしこも『面倒臭い』と一蹴され、ひたすらに徒労だった。
明日彼らがムキになっていないことを願うしかない。
今日ですら夕方になって疲れ果てるまで走り回ったのに、あれ以上の事をされたら堪ったものではない。
そして休憩途中に七殺の正体まで辿り着いた八朝に……
(うわ……今思い返したら恥ずかしい事言ってた
こんなの『友達だから』でどうにかできた話じゃんこれ!)
余りの黒歴史ぶりに、頭を抱えて蹲る始末である。
明日八朝に会わせる顔が無い。
(……今からでも強引に行ってみよっかな)
と思ったところだがもう家まで目の前である。
一日中歩き回った足ではもうこの距離が限界である。
三刀坂はそのまま家へと帰っていった。
ややお久しぶりです
DappleKilnこと斑々暖炉でございます
今回の話はCase14、15と同じくらい重要な話となります
無論、この後のCase21と含めてこのAルートの方向性が明らかとなります
A Ailment of Awake and Amnesia
訳すると『覚醒と忘却の病』となります
ここまで読んでくれた読者も、何か忘れていませんかね?
それでは、引き続きどうぞ




