Case 19-3
2020年8月24日 完成
2021年3月12日 ノベルアップ+版と内容同期
柚月が初めから十死の諸力だった。
その証拠を得るために、何故か八朝が彼女の部屋へと侵入する……
【5月11日(月)・夜(19:00) 太陽喫茶・柚月の部屋】
「……今更なんだが、これ本当に大丈夫か?」
『大丈夫大丈夫!
輪の幻惑を舐めてもらっちゃ困るよ!』
いつの間にか八朝の異能力をさも自分のもののように誇るエリス。
確かに隠密性については問題ないだろう。
「そうじゃない、普通他人の部屋に忍び込むか?」
『そうは言ってもさ、最近のゆーちゃんちょっと変だったし』
元々天ヶ井柚月は、事あるごとに姉の咲良の陰に隠れようとする程の人見知りであった。
いきなり第二異能部に入ると言い出すような性格では無かった気がする。
『それに、みーちゃんの過去話が本当なら十死の諸力の情報すらあるかも』
昼間に三刀坂に頼まれたのもこれである。
彼女が十死の諸力である証拠を探して欲しいと……
失敗に加算して気が引ける思いで思わず閉口する。
『……ふーちゃん?
神出来ちゃんのお部屋に忍び込んだことがあるのにまだビビってるの?』
「……忘れかけていたことを」
そもそもアレは忍び込んだというよりかは化物の攻撃によって押し込められたと言っても過言ではない。
神出来共々、未だ傷の深い出来事であった。
『それじゃあ、先に入るねー』
「あ、こら! 待て……!」
制止するよりも早く扉が明けられる。
がらん、とした部屋がエリスの騒がしい雰囲気まで消し去った。
『なに……これ……?
何もないんだけど……』
恐らくはファンシーな部屋を予想していた両者が固まってしまう。
棚も、机も、ベッドも、カーテンも、照明ですら何の個性すら見当たらない。
さしずめ新居探しの内見で見せてもらった部屋と然程変わらない。
『これ、どういうことなの?』
「まさか、本当は柚月は存在しない……」
「ううん、ゆーちゃんはこの部屋で今も住んでるよ」
吃驚して振り返ると咲良がいた。
曰く、独りでにドアが開いたので八朝達かなと後をつけたらしい。
「いや、あの……その……」
「うん……おとーさんには内緒にしてあげる」
「それは有り難いが……」
「ゆーちゃんとの約束だからね
ふーちゃんがお部屋に忍び込んだ時は内緒にしてって」
とんでもない約束に八朝は頭痛を覚えた。
「そこまで信用無かったのか俺……」
「そうじゃないよ
ゆーちゃんがふーちゃんの部屋でお昼寝してたから、そのおあいこって事で」
八朝の口から間抜けな声が漏れる。
咲良もしまったという顔で『今の内緒』って言葉を付け足すがもう遅い。
「……そこまで積極的になってたのか」
「ううん、そうじゃない
その約束をしたのは今年の1月ぐらいだよ」
というと性格が変わる前の柚月であった。
尚更矛盾点が増えてしまい、八朝が頭を捻り始める。
「そう、ふーちゃんが悩んでるのはわたしのと一緒
『変わり果てたゆーちゃん』の事が知りたくて、ドアが開くのを待ってた」
「……その言い方だと今まで開かなかったって事になるが」
「うん、ミチザネ事件以降鍵が掛かってた」
またも七殺の共通点が暴かれ始める。
八朝の中で最悪な想定が生まれ始める。
それとは別に咲良が机の引き出しを開けると、中から1冊のノートを取り出した。
「何だこれ……日記か?」
16進数でつけられたナンバーと大まかな出来事が淡々と付けられている。
記述の中には存在しない筈の宿屋の名前とかもあり、恐らくは彼女も転生者なのだろうかと推測が出来る。
「ふうちゃん……それ読めるの?」
「ん?
普通に読めるんだが?」
『ホント?
私には真っ白なページしか見えないんだけど』
その言葉でまた一つ線が繋がってしまう。
破棄された記憶の中に、真っ白な本を収集している墓標なる十死の諸力幹部が存在していた。
更に口に出して読み進めていく。
・肺塞栓再発寸前に漂流成功
・言われた通りにこの8回目の世界で十死の諸力に入る
・『ふーちゃん』の出現を確認
・
・
・
・第二異能部へ入部
・ふーちゃんが私の部屋に侵入する
「ッ!?」
ハッとなって後ろを振り向いた。
だが、誰もいなかった。
「どしたの?」
「……俺が柚月の部屋に入ったことが書かれてる」
『え、待って
それついさっきの事じゃ……』
だが、奇妙な記述はさらに続いていた
明日、明後日、明々後日……果ては3か月後の事まで記されている。
終いには『ゆーちゃんが本物の身体を手に入れる』で締めくくられる。
これではまるで予言書である
『ふうちゃん……これ本当にヤバいんじゃ』
「ああ、大方は三刀坂の言った通りだが
問題は七殺の闇属性電子魔術が登場している事だ」
『漂流』とは昼間に柏海が見せてくれた記述と合致する。
この時点でこの予言書と分析結果は証拠になり得る。
だが、同時にこちらの動きにも気づいている。
もしも七殺が咲良の存在に勘付けば、真っ先に殺しに行くだろう。
柚月に一番近い彼女なら狙われてしかるべきである。
「わかった……見なかったことにする」
「助かる、それと」
咲良に輪を被せる。
これで彼女が今この場にいる事をもみ消すことが出来るだろう。
「なにこれ、天使様?」
「ああ、その通りだ
部屋に戻るまで守ってくれる」
「ふわぁ……ロマンチストだね」
「絶対に部屋に着くまで外すなよ」
間延びた声で頷いてくれる。
そのまま咲良が部屋から出ていった。
『これって本当に……』
「ああ、間違いない
柚月と七殺は同一人物だ」
二重人格、或いは双子である事を願いたかった。
だがこれらの証拠を揃えた以上、そう断言するしかなかった。
「幸いにも柚月はこの場に居ない
早急に三刀坂に報告しに……ッ!!!!」
八朝がノートを落としてしまった。
驚愕のまま目を剥く八朝の視界の中で、何も書かれていなかった筈の表紙にいつの間にか文字が躍っている。
『ふうちゃん、とうとう見ちゃったね?』
『ふうちゃんどうしたの!?』
「やばい!
勘付かれた!!!」
八朝が急いで部屋から離れ、玄関で靴を履く。
そこにマスターが通りかかる。
「お前……こんな時間に外出か?」
「ああ、急ぎの用事でな」
「だったら気をつけな
さっきニュースでこの近くで変死体が発見されたらしいからな」
「変死体?」
嫌な予感が加速的に広まる。
そういえば、同じように七殺の正体に迫った人物が咲良以外にもう一人いた気が……
「ああ、名前は……そうだ」
「柏海綾子だ……確か」
続きます




