どこへ行った? オレの自制心…
自傷、流血注意。
喉が渇いたと、アルが言う。
翡翠の瞳が、赤い燐光を纏う。
俺の首筋を見詰める艶めく表情。
けれど、あまり俺の血はあげたくない。
ダメ? と見上げる翡翠。
首は駄目だ。というか、アルに俺を噛ませるワケには行かない。
仕方ないので、弟君達のしている手法。
アルの唇を塞いで、舌を軽く噛み切った。ついでに、精気も流し込む。
「んっ、ふ…」
赤い燐光を纏う翡翠が嬉しげに細められ、閉じる。ぬるりと舌が絡められた。
傷が塞がって血の風味がしなくなると、
「っ!」
ガリっと舌が噛まれた。痛い。
けど、すぐに気持ち悦くなる。
「ちょっ、ア、ルっ…ん、ぅ・・・」
とろんと潤む翡翠。赤く染まる頬。抗議の声は、アルの口内へと飲まれる。と、
「っ!?」
襟首を掴まれ、くるっと視界が反転した。アルに押し倒されたようだ。
「はっ、ぁ・・・熱っ…」
上になったアルが片手でボタンを外し、シャツをはだける。白い肌が露になり、覗く胸元。
「アル?」
もう片方の腕が、俺の鎖骨の辺りをぐっと押さえて起き上がれないようにしている。
「…もっと、飲ませて…」
荒い吐息。開いた口から覗く白い牙。
赤みを増す翡翠の瞳。
「吸血、させて?」
まずい。これは、理性が飛んでいるかもしれない。
「や、駄目だって!」
喉が、渇いた。もっと。お腹空いた。好き。血が。喉渇いた。欲しい。だから、もっと。足りない。喉が渇く。好きだから。欲しい。もっと。血。足りない。血。甘い血。欲しい。紅い血が。好き。血。紅。真紅の。甘い。血。欲しい。
アルの思考が、喉の渇きに偏って行く。
なんというか、マズいな・・・
最近の貧血気味に合わせて、俺の血にか、魔力…それとも両方? に酔ってしまったようだ。
どうする? このまま寝かせたとしても、起きたときには血に飢えた状態が続くだけだ。
仕方ない・・・
「アル」
「? ・・・」
ほんの少し、眠りに落ちないギリギリの眠気を付与する。とろんと、落ちかける瞼。
ふっと俺を押さえ付ける腕が緩む。
この隙に、アルの両腕を掴んでくるっと体勢を入れ替え、アルを上から押さえる。
「??」
きょとんと瞬く赤みを帯びた翡翠。そして、
「吸血、させてくれないの?」
甘えるような声。幼げな表情。
「ごめん、俺の血はアルにはやっぱり…少し強いみたいだから。人魚ちゃん、手を貸して!」
アルへ眠気を与えつつ、人魚ちゃんを呼ぶ。
「ったく、なんなのよ?」
呆れたようなハスキー。
「人魚ちゃんの血を、分けてくれたら嬉しいな」
「は?」
side:夢魔。
※※※※※※※※※※※※※※※
小娘と夢魔がイチャイチャするからと席を外せば、暫くして夢魔に呼ばれた。
そして、手を貸してと言うから来てみれば・・・夢魔が小娘を押し倒していた。
挙げ句、血を分けて欲しい?
意味わかんないんだけど?
「俺の血はアルには強いみたいで、酔ってるんだ。人魚ちゃんの血なら、アルと相性いいかなって」
「・・・酔ってるってなによ?」
「う~ん…例えるなら、貧血の空きっ腹にテキーラを流し込んだ感じかな? 悪酔い気味だね」
それは悪酔い必至だろう。というか・・・
「・・・肝臓弱いと死ぬわね」
「というワケで、駄目かな? アルは、人魚の血を飲み慣れてるから」
にこりと微笑む夢魔。
「断ったら?」
「寝かせるよ。まあ、多分起きたときには血に飢えた状態だから、問題の先送りにしかならないけど。俺の血はあげられないから、誰かに献血をお願いしないといけないかな? 狼の子か鬼の子か・・・さすがに、妖精の子には頼めないよね」
嫌な言い方だ。
ミクリヤを挙げない辺り、自分がどう思われているかをよく判っているというか・・・
「・・・なに? 人魚は再生力高いんだから、小娘に血を提供しろって言いたいワケ?」
「それか、街に行くか」
「…人間を襲わせるつもり?」
「そんなこと、俺がさせないよ。アダマスが出資している病院には、人間の血液がストックされてるからね。そこで血液を買えばいい」
アダマス・・・どうしたって、付いて回るのか…
「・・・ああもうっ、仕方ないわねっ! いい、これは貸しなんだからっ! 後でちゃんと取り立てるわよっ? 覚えてなさいっ!」
ビッと、夢魔を指差してやる。
「ありがとう、人魚ちゃん。それで俺は、君になにを払えばいいのかな?」
「新作のドレスかアクセサリー。宝石でもいいわ」
「OK。後で払うよ」
夢魔の言葉に、手首を掻き切ろうとして…躊躇う。爪で掻き切ると折角のネイルが汚れ…というか、多分剥げちゃうわね。
あの百合娘の真似をするのは癪だけど、手首を噛み切ることにした。
左の手首へ歯を立て、ガリっと皮膚ごと血管を噛み切り、溢れる血が流れ落ちないよう手首をぎゅっと強く押さえる。そして、意図的に傷の再生を遅らせる。傷の治りを遅くするという、微妙だが役に立つ技能。
それで、人間並みまで治癒力を落とす。
昔は、これができないと、海から上がって人間に交じることを禁止されていたものだ。
人間に人外だということがバレると不味いもの。
百合娘はこれができないらしいから、今の若い人魚達には伝わってないのかもしれない。
まあ、痛いのを我慢するのは普通は嫌だものね。
アタシは・・・マッドな馬鹿姉のせいで痛みにはそこそこ強くなったけど・・・
あの馬鹿姉、一体どこでなにしてンのかしら?
・・・生きてるとは思うけど、きっと碌なことしてないわね。あの女、えげつない性格だもの。
まあ、そんなことは兎も角。今は、小娘のことだ。アルを抑える夢魔を見やる。
「人魚ちゃん、アルを放すよ? いい?」
「ええ。いいわ」
返事をすると、夢魔がアルの上から退いた。のそりと起き上がるアル。
「?」
そして、赤い燐光を帯びる翡翠がアタシを見た。
上気する白い肌。とろんとした表情。
ふらりと立ち上がり、血を流すアタシの手首へと引き寄せられる小娘。
白い手が無言でアタシの手を取り、
「はぁ…んっ…」
熱い吐息。薄い色の唇が手首へと口付けた。
「っ!」
れろりと、傷口を這う赤い舌。少し痛い。
無心に血を啜る小娘。
なんて貌してンのよ・・・見てられなくて、視線を逸らす。
本っ当に・・・世話の焼ける小娘だこと。
side:アマラ。
※※※※※※※※※※※※※※※
ああ、美味しい。
溢れ出る熱い液体。
とろりと、甘い血の味が口に広がっている。
「・・・?」
気が付くと、オレは・・・
血を、飲んでいた。
白い手首の、傷口から。
これは、誰の? と、顔を上げると・・・淡い金髪の、ゴージャスな美女が・・・?
「…あ、れ? アマラ? なんで?」
「なんで? じゃ…ないわよ。満足したんならさっさと放しなさいよ、小娘がっ」
蒼白な顔色のアマラが言った。
「え? あ、ごめん…なさい」
慌ててアマラの手を放す。と、あっという間に塞がる手首の傷口。
「ったく…やっと正気に戻ったようね。っていうかアンタ、どこがあまり血を必要としないタイプなのよ? ガッツリ飲むじゃないの」
傷の消えた滑らかな手首を擦りながら、呆れたようなハスキー。
「ごめん。本っ当に、ごめんアマラ。普段はあんまり必要としないけど、体調悪いと、ガッツリ血が欲しくなるっていうか・・・」
「・・・体調、悪いの? 頭は?」
「え、と…多分、大丈夫かな? 今は」
頭は痛くない。貧血は・・・まあ、ある程度血を飲めば数日で治るだろう。
というか、どこへ行った? オレの自制心…
貧血で完璧に理性飛ばすとか、久々だ。
姉さん家に居候して以来だ。あのときは――――甥っ子に血あげ捲って、年中貧血だったからなぁ・・・シーフがぶっ倒れるまで血を飲んでやったぜ。
そして、連鎖的に広がる貧血の嵐。あのときは、血液が幾らあっても足りなかった。
「そう。言っとくけど、アタシの血は高いわよ」
「あ、うん。なにを差し出せばいいの?」
キランと、アイスブルーが光った気がする。オレをじっくりと眺め回す視線。
「・・・そうねぇ……着せ替え人形」
「は?」
「アンタ、アタシの着せ替え人形になんなさい」
「着せ替え、人形…?」
「そう! ドレス! アクセサリー! メイク! 全部アタシが言う通りにしてもらうわよっ!?」
蒼白だったアマラの頬に赤みが差す。キラキラ…というか、ギラギラした視線がオレを見下ろし…いや、ロックオンする。
「え~と、アマラ?」
「常日頃から思ってたのよっ! この、超一級品の素材をどう着飾ってやろうかってっ! この、飾りっ気も素っ気もない、シンプル一辺倒の勿体無くも残念で憐れな小娘を、それ相応に着飾ったら、さぞや胸がすっとするに違いないわっ!?」
「なんかオレ、ヒドい言われようじゃね?」
「お黙り! ヒドいのはアンタの方だから! 生まれ持った美貌を活かさないだなんて、美の神への冒涜なんだから!」
「は? なに? カイルと似たことを…」
「ああそうだったわね! カイルも呼んで、ヘアアレンジの相談もしなくちゃ♪」
「それ駄目。絶っ対、厭だから」
「は? なにアンタ、アタシの血値切ろうっての!」
「いや、そうじゃなくてっ、駄目なのはヘアアレンジの方っ! 頭触られんのは本当に駄目なんだよ…下手したらオレ、カイルのこと半殺しにしちゃうから!」
「そうそう、少し落ち着きなよ? 人魚ちゃん」
クスクスと笑みを含んだ声が割り込んだ。
「アルは、上から触られるのが苦手なんだから」
「クラウド…」
「え? ああ、そうだったわね・・・仕方ないから、ドレスの着せ替えだけで我慢してあげるわ」
「マジか・・・」
「嫌とは言わさないわよっ!?」
うわ、めんどくさそう。
side:アル。
読んでくださり、ありがとうございました。
前半、夢魔のヒトとのイチャイチャと見せ掛けて、アルの悪酔いでした。
アマラにはマッドな姉がいる模様です。




