…死ぬかと思った。
怪我などの痛い表現があります。
「・・・ガハっ!! ゲホっ、ゲホっ!?」
口の中に入った土や石を吐き出し、咳が出て身体が軋む。ゴポリと、血の塊が喉からせり上がり、全身に鋭い痛みと鈍い痛みとが走る。熱い。
おそらくは内臓も軽くヤっているが・・・折れた肋が刺さって、内臓を傷付けているような感覚はしない。不幸中の幸いと言ったところか。
腕はちゃんと動く。
次いで・・・変な方向に折れ曲がり、飛び出ていた足の骨を、筋肉の中に押し戻す。
「ぐっ、がぁあっ!!!!」
砕けた骨や傷んだ筋肉がバキバキと治る痛みに、
「うぐっ・・・くはっ・・・」
思わず洩れる喘ぎ。
全身ズタボロだが、まだ生きている。
まだ、痛みを感じられている。
「ハッ、ハッ…」
身体に突き刺さった小石や細かい土なんかが、再生する筋肉に押し出され体内から出て行く。その苦痛に荒くなる呼吸。
「・・・っ、は、ぁ…はぁ…」
少し落ち着いたところで立ち上がり、身体を確認。手足はちゃんと動く。
さあ、クレアとレオンハルトを探すか。
「…すっげ・・・なんも無ぇ…」
地形が、見事に変わっていた。
見渡す限り・・・とまでは行かないが、奴の作ったクレーターを中心にして土や岩が露出し、草の生えていた原野を軽く荒野へと変えていた。
・・・っと、呆けている場合じゃねぇ。匂いを頼りにクレアとレオンハルトを探す。
「クレアーっ!? レオンーっ!?」
大声で名前を呼びながら探していると、
「ウォーーン!!」
クレアの呼ぶ声がした。
その方向へ、走る。
いつもの速度の半分も出ない。
鈍い身体で辿り着くと、クレアがレオンハルトの隣に座り込んでレオンハルトの傷を舐めていた。
二人共、ズタボロだ。
白みの強い灰色のクレアの毛並は、土や泥、砂埃に塗れて真っ黒。レオンハルトもボロボロだが、呼吸はちゃんとしているようだ。
「無事か、クレア」
「…死ぬかと思った」
女にしては低めの、無愛想な声が言った。
「レオンハルトは?」
「寝てる」
「そりゃあ見て判る」
「・・・」
ぷいと気怠げにレオンハルトを差す顎。自分で確かめろということらしい。
意識の無いレオンハルトの身体をひっくり返して、怪我の具合をあちこち確かめる。
「左肩が脱臼しているが、他は・・・大した怪我は無さそうだな。・・・よかった」
左腕を取り、ゴキン! と、肩を入れる。と、
「ぐっ…」
レオンハルトが呻いた。が、身動ぐだけで意識は取り戻さない。
「…また、寝た?」
クレアが首を傾げる。
「呻いただけで起きてねぇよ」
うんと頷いたクレアの一言。
「・・・寝る子は育つ」
「それ、なんか違うぞ」
まぁおそらく、怪我が早く治ると言いたいんだろうが・・・
「?」
「それで、お前の怪我は? 動けそうか?」
「・・・尻尾が、禿げた……」
悔しげな言葉。
不機嫌そうに振られた尻尾の毛が、ところどころ毟られたように禿げている。
というか、尻尾だけじゃねぇ。よく見ると、全身のあちこちに禿げや、土や泥の黒の間に赤い色も混ざっている。
自慢のふさふさな毛並が台無しだ。それで不機嫌なのかもしれん。
「…アルが、悲しむ」
「尻尾だけじゃねぇぞ?」
「・・・内臓を、傷めた」
「そうか・・・」
大人しくしていると思えば、そういうことか。なら、クレアは暫く動かせねぇな。
「治りそうか?」
「…食べて、寝れば治る」
「なら、飯だな。なんか狩って来る」
まずは、体力回復が先決だ。
「おら、食っとけ」
持っていた…吹っ飛ばされなかった携帯食料を、クレアへ放る。土やら血で汚れているが、中は無事だ。包みを開ければ、食えるだろう。中身はかなり崩れているかもしれないが。
「肉がいい」
「干し肉なんかは全部食い尽くしちまった。今はこれしか持ってねぇよ」
不味くはねぇが、あまり美味くもねぇ。穀類の入った塩味のビスケット。
クレアは、これがあまり好きじゃねぇ。
いや、肉が大好物で、食べ物は肉と甘い物とそれ以外という分類をしているんだった。それ以外、の物はあまり好きではない食べ物だ。
「肉がいい」
肉は絶対に譲らないようだ。
「・・・狩って来るまでの繋ぎだ。まだ食えねぇってンなら、レオンハルトにでも食わせてろ」
「わかった」
頷いたクレアが携帯食料を咥え、レオンハルトの口に突っ込もうとする。しかも、包みごと。
「あのな? クレア。せめて起きてからにしろ」
面白いからもう少し見ていたい気もするが、さすがにズタボロな今は止めてやる。
レオンハルトには、後で感謝させよう。クレアを止めてやったことを。
「何故?」
「喉に詰まったら窒息すンだろ? 意識無ぇンだから、普通に食えるワケねぇよ。あと、お前みたいに腹ン中傷めてたらマズい。ちゃんと起きてから、レオンハルト本人に食うかどうか確認しろ」
「・・・」
ぺいっと携帯食料を地面に落とすクレア。
納得したらしいが……そんなに嫌いなのか? あのビスケット。美味くもないが、特に不味くもないと思うんだがな?
「…肉」
無愛想な声が催促し、ぽてぽてと尻尾が地面を叩く。
「応。待ってろ。レオンハルトを頼むぞ」
「ウォン!」
任せとけ、という返事。
とはいえ、派手にドンパチしたからな? 少し遠くまで行かないと、動物がいなさそうだ。
武器も吹っ飛ばされたからなぁ・・・
獣型になって荒野になった地点を抜け、黄昏が占めて行く空を見上げる。ゴロゴロと雷鳴が轟き、とある一点に、稲光が集中して落ちている。
どうやら、あっちでも派手にやっているようだ。いや・・・あっちの方が派手かもしれねぇな。
「仕留めろよ? ローレル・・・」
俺らはさすがに、空は飛べねぇからな。
side:スティング。
読んでくださり、ありがとうございました。
生きてました狼一家。
クレアが天然を発揮。そして、スティングがその暴挙を止めるべく、ちゃんとお父さんしてますね。




