OK、ひゆう。悪ぃな?
怪我の痛い表現があります。
「っ・・・」
「ん? どうかしたか?」
「・・・いえ、そろそろ出ませんか?」
「? そうだな」
「じゃあ、先に出ていてください」
「アル君は?」
「ちょっとやることがあるからね」
「やること? 手伝おうか?」
「いや、いいよ。あれ集めるだけだから」
「あれって、あの灰?」
「そ。討伐証明に必要だからね。ンで、復活…は、多分できないと思うけど、念の為にある程度の処置はしとかないといけないから」
「復活すんのか? あれが?」
怪訝な顔をするヒュー。
「一応、ヴァンパイアの特性はその不死性ですからね。雑魚でも、死体の一部が多少なりとも残っていて、尚且つ高位のヴァンパイアが復活を望めば、できなくはないですし」
あまり知られてはいないが、人格が更にぶっ壊れていてもいいなら、主人でないヴァンパイアでも復活させることができる。使う魔力などが半端なく必要なので、できるヒト自体が非常に少ないが。
「へぇ……」
「ま、そんな物好きはなかなかいないでしょうけど」
「そうなのか?」
「ええ。ヴァンパイアは自身の血族や、気に入ったモノ以外には、基本的に無関心ですからね。偏向的、偏愛気質のモノが多く、享楽的」
「お前、ヴァンパイアの生態に詳しいな」
そりゃあ。ハーフとはいえ、一応オレもヴァンパイアだ。むしろ、知らない方が問題だろう。まあ、吸血鬼はメジャーな割に、本物のヴァンパイアの生態は驚く程に知られていないが・・・
太陽光や十字架、白木の杭、聖句、聖水、ニンニク、流水などは、アンデッド系の吸血鬼の弱点として有名だが、真祖やその血筋に近い、生きているヴァンパイアの弱点ではない。というか、真祖には明確な弱点があまり無いというのが近いか。
まあ、真祖系統のヴァンパイアの絶対数が少ないから・・・というか、アンデッド系の吸血鬼がメジャーになる程に創り出されていることの方が、余程問題だな。
ヴァンパイアって、割とクズとか性格破綻者が多いというか・・・それでいて無駄に能力が高いから始末に終えない。
ホンっト、そんな愚か者のクズ共は、灰も残さず滅びればいいと思う。心から……
「はぁ・・・」
「どうした?」
「いえ。お気になさらず」
腕が痛いだけだ。ああもう、この二人早くどっか行ってくれないかな?
段々と痛くなって来たし。早く、応急処置がしたい。というか、これ多分……尺骨にヒビくらい入ってるかも。筋も傷めたし。
オレ、怪我の治り遅いんだよなぁ・・・
ヒビなら、治るまでに一週間から十日くらいはかかるし。治癒速度はせいぜい人間の二、三倍くらいの早さ。純血のヒト達みたく、パパッとは治らない。暫くの間、右腕は使い物にならないだろうな。
ま、橈骨じゃないのが幸いか。橈骨ヤったら、腕を動かすのもかなり大変だし。
貧血や吐き気がする程の痛みではないし、いつもの…あの頭痛程に酷くはない。このくらいの痛みなら、まだ我慢できる。
「・・・アル君、アル君」
「ん? っ!?!?」
ちょんと軽く突つかれた右腕に走る激痛。息が詰まる。痛みに、サッと血が下がる感覚がした。
「ああ、やっぱりな。すっげぇ、一気に真っ青ンなった。アル、お前痩せ我慢し過ぎ。おい、ひゆう。アルの腕、最悪折れてンぞ?」
「っっ・・・」
「この馬鹿がっ! 怪我してンならちゃんと言えっ!!」
「それ、お前が言うか? 怪我させた張本人が」
怒鳴るヒューを、醒めた目で見て呆れた口調の雪君。
「それ、は・・・」
「つかよ、ひゆう。手前ぇ多分、敵認定されてンだよ」
「敵・・・」
「当たり前ぇだろ。にこやかに話してても、腹のうちまでそうだとは限らねぇ。特にコイツ…アルは、一見そうでもないが、実は警戒心が強い」
「っ・・・ヒトが、痛みに悶えているときに、べらべらと・・・余計なことを言わないでもらいたいんだが? お喋りな猫が」
じっとりと雪君を睨み付ける。と、
「勝手、か? 本当のことだろ。それ、処置しないのか? それとも、自分がやってやろうか?」
オレの右腕をじっと見詰める猫の瞳。
「……折れて、ない。せいぜいヒビだ」
仕方無いので、応急処置をすることにする。大気中の水蒸気を集め、服の上から右腕に纏わせて凝固。凍り付かせて冷やす。氷のギプスと言ったところか。
「はぁ・・・」
とりあえずは、これで感覚…痛覚が鈍るまでの間を、我慢すればいい。
「って、自分で応急処置ができるならなんでさっさとやらなかったっ!?」
またもや怒鳴るヒュー。
「・・・見ず知らずの、それも、いきなり攻撃して来るようなヒトに、手の内を晒すのが嫌だっただけですが。なにか文句がお有りで?」
ぐっとヒューが黙る。
「ま、油断してたオレも悪いけど・・・」
と、彼女だった灰を左の手のひらの中へ寄せる。そして、ぐっと圧縮。灰を石のように固める。これが討伐証明になる。
後はこれをエレイスの出張所へ提出して、償金を受け取るだけ。彼女がどの血族の系統か調べるのは、エレイスに任せよう。
「ではこれで、失礼します」
そうして、部屋から出ようとしたとき――――
「・・・雪路。捕まえろ」
低い、不機嫌な声が言った。そして、
「OK、ひゆう。悪ぃな? アル」
ふっと首筋に温かい手が触れ、意識が・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
読んでくださり、ありがとうございました。