表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/179

俺はそろそろお暇しようかな?

 不快に思うような表現があります。

 アルがそろそろ起きる為の支度をするというので、部屋を出て甲板をぶらぶらしていたら、


「・・・で、手前ぇは何時(いつ)までいやがる気だ」


 じろりと不機嫌な猫の目が(あたし)を睨み付け、低くドスの利いた声が言った。


「アルが起きたら、とっとと出てけ」

「全く、ヒドいな? 猫君は」


 やれやれと溜息を吐く。


「うっせぇ、危険物。つか、アルもアルだ。なんで手前ぇみたいな危険物を()り寄らせてンだ」

「そりゃあ勿論、相思相愛だから、かな?」


 冗談めかして答える。


「ハッ、どうだかな? 手前ぇの魅了じゃねぇって証拠があンのかよ? クラウド」

「さぁ? どうだろうね。まあ、俺が本気なら、アルをどうにかできるかもしれないけど・・・」


 実際、あの子には魅了が効き難い。本気を出せば掛けられないこともないけど・・・


「ねぇ、猫君。従順な人形なんてさ、量産しようと思えば、俺には何時(いつ)でもできるんだよ」


 にっこりと微笑むと、バッと後ろに跳び退()さる猫の子。相変わらず、警戒され捲りだなぁ。


「俺に逆らわず、俺の言うことをなんでも聞いて、常に俺を全肯定して、俺に絶対服従する意志の無い空っぽなお人形達。それってさ、酷くつまらないことだと思わない?」


 そういうのは全く(もっ)(あたし)の趣味じゃない。


 そして第一、それは(あたし)達が生かしたいと願ったアルの()り方を踏み(にじ)る行為になる。


 そうさせない為に(あたし)達は努力しているというのに・・・誰がそんなことするか。


「…」


 更に口を開こうとしたら、


「なにしてんの?」


 硬質なアルトがした。


「・・・起きてたのか」

「うん。おはよ。それで?」


 (あたし)と猫の子をちらりと見やる翡翠、傾げられる首。サラリと揺れる白金の髪。


「ん~? 見解の違いってやつかな」

「ふぅん・・・ま、雪君とクラウドって、昔から仲悪かったよね? かなり」

「つか、ンな危険物と仲良くできる手前ぇがおかしいンだろうがよ? アル」


 不機嫌丸出しの猫の子が言う。


「そう? オレは、オレに殺意や悪意、害意を持たないヒトには好感を持てるよ」

「・・・そうかよ」


 ムッとしつつも、アルを否定できない猫の子。


 この子もこの子で、結構苦労して来ているからね。悪意や害意、そして殺意には敏感だ。


 まあ、それとは別のところで(あたし)を警戒しているんだろうけど・・・例えば、本能なんかで。


「それに、体質もあるんじゃない? オレ、魅了とか支配効き難いからさ。まあ、クラウドの本気なら、わからないけど、ね?」


 白皙の(おもて)が薄く笑む。ああ、怒ってるな。


「聞いてたのかよ・・・」


 ばつが悪そうにアルから目を逸らす猫の子。


「雪君さ。それを言うなら、オレにだってできるんだぜ? 魅了と支配。雪君には、オレに魅了や支配されてる自覚があったりするのか?」

「・・・無ぇよ。悪かったな。お前が魅了されてンじゃねぇかってのは、取り消す」

「ならいいよ。ま、一応、雪君の心配も(もっと)もだと思うしさ?」


 渋い顔の猫の子に、アルが苦笑する。


「ヒドいな? アルまでそんなこと言うなんて」

「そう? 貴方が気にしてるなら謝るけど?」


 貴方がそんなこと気にするの? と、銀の浮かぶ翡翠が(あたし)へ問い掛ける。


「いいや? 気にしてないよ。けど」


 ちょいちょいと指で招いてアルを呼ぶ。


「?」

「ふふっ」


 きょとんと首を傾げながら(あたし)へ寄るアルを、ぎゅっと抱き締める。

 ほんのりと低い体温。シャワーを浴びたのか、ふんわりと石鹸の匂いが漂う。


「クラウドっ!?」


 声を荒げる猫の子を無視。


 腕に大人しく収まるアルの頬へ口付けを落とす。


「じゃあ、俺はそろそろお暇(いとま)しようかな? 近いうちに逢いに来るよ。アル」


 アルは安定させたし、(あたし)の血の血晶(眠り薬)も与えた。それの取り扱いへの注意も話したし・・・


 次は、別のことをしようと思う。


「貴方は、来るのも突然だけど去るのも突然だね」

「まあ、(あたし)の目的は(あなた)だからね?」

「ふぅん…」


 ほんの少し低い位置の翡翠が(あたし)を覗き込むように見上げる。その頬へ手を添え、柔らかい唇にそっと触れるだけのキスを落とす。


「愛してるよ、アル」

「ありがと、クラウド」

「ふふっ、またね?」


 白い頬を撫で、アルを放す。


 そして、蝙蝠(こうもり)のような翼を出して空へ。


 さて、イリヤの動向を探りつつ、ローレルのところにでも行こうかな?


 少し、聞きたいこともあるし・・・


※※※※※※※※※※※※※※※


 実は・・・アルが寝ている間の話をして聞かせたが、言っていないことがある。


 これは、聞かせる気が無いこと。


 (あたし)と人魚ちゃんとで話したことは、アルと他の船の子達には内緒だ。


※※※※※※※※※※※※※※※


「ねぇ、人魚ちゃん。アルの追っ手のことは、できればアル本人には聞かせたくないんだ。特に、トラウマの原因、の辺りは絶対に。黙っていてくれないかな?」


 険しくなったアイスブルーを見詰める。


 これで人魚ちゃんが頷いてくれなければ、魅了を使ってでも頷かせるつもりだけど、ね?


「・・・わかったわ。約束する」

「ありがとう、人魚ちゃん」


 この人魚ちゃんは、とても律義な子だ。


 人魚に愛され、その加護を得ているアルを…『アルを愛している人魚ちゃんとの約束』を、守ろうとしてくれている。

 この子は、余程のことがない限り、その約束を(たが)えることは無いだろう。


 そういう心をしている。


「あ、それと、俺が夢魔ってことは上の子達には言わないでほしいな」

「子って、ジンは四百くらい行ってる筈よ?」

「ふふっ、俺は君よりもず~っと年上だからね」

「・・・アンタ、一体幾つよ?」

「君よりもず~っと上、かな?」


 正確な年齢なんて、(あたし)も覚えていない。ただ、自分がこの子達よりかなり年上なことは判る。


「・・・今回の奴は、明らかに別口よね? 自我や命が危ないだなんて、普通に考えたら、小娘に結婚を迫っている家側のすることじゃないもの」


 溜息を吐いた人魚ちゃんが切り出した。


「そうだね」

「なにに追われているの? アルは」


 真っ直ぐに(あたし)を見詰めるアイスブルー。


「ヴァンパイア、かな? 純血の」

「・・・それは、どういう意味で?」

「ハーフであるあの子には、敵も多いから」


 と、中途半端な情報を聞かせる。


 まあ、アルの実兄も、その愛が溢れ過ぎていて割と危ないんだけどねぇ?


 イリヤの血ってやつかな? 全く・・・


「・・・アルが命を狙われているだなんて、そんなこと聞いてない」


 硬いハスキーな声が言った。


「そう? ヴァンパイアのハーフの死因の、約八割が他者による殺害。そのうちの、六割強が幼少期や乳児期、生まれて間もなく両親や身内に殺されている。もし血に狂うことなく、無事に成長できたとしても、存在が公になれば純血至上主義共が殺しに来る。また、まともな職に就ける確率は非常に低い。犯罪を犯したくなければ、真っ当な(・・・・)賞金稼ぎやトレジャーハンターにならざるを得ないという背景もある。人間に比べると身体が頑丈で、身体能力も高いからね。それでなるべく目立たないように生きるか、吸血鬼憎しでハンターになるか・・・そうでなければ、裏家業に手を染めることもあるだろう。そうやって仕事を受けて、事故死や返り討ち、またはいつの間にか行方不明(・・・・)になる。で、残り約二割の死因は自殺かな。平和的に、老衰で死んだヴァンパイアハーフの話なんて、なかなか聞いたことが無いよ?」


 人魚ちゃんに、一般論で答える。


 これが、ヴァンパイアハーフの事実だ。

 まあ、今のは『人間との間に生まれたヴァンパイアハーフ』の話、なんだけどね。


 他種族との間のハーフはまた、事情が少し違って来るけど・・・これもまた、数が非常に少ない。


 混血の子を三人も持っているローレルは、かなり特異だと言える。


 一般的な(・・・・)人間との間のヴァンパイアハーフでさえ、これだけ過酷な人生だというのに、アルはこれ以上の厄介事を抱えている・・・いや、背負わせた。


 あの子の母親が、父親(ローレル)が、アークが、そして(あたし)が。みんなが、それぞれの祈りと願いと思惑とで、あの子を生かした。


 そしてあの子は・・・アルは、苦しみながらも足掻いて、懸命に生きている。


「・・・そんなのっ、理不尽じゃないっ!」


 絞り出すようなハスキー。アイスブルーの瞳が、やり場のない怒りに燃える。


「そう。非情な程に理不尽で、不条理だ。だからあの子は、とても貴重(・・・・・)珍しい(・・・)。あの子の周囲が、あの子を生かしたいと願って、懸命に努力した結果が『今のアル(・・・・)』なんだよ」

「っ・・・」

「だから(あたし)は、そんなアルが無条件で愛おしい」


 (あたし)は、間違っていなかったのだと思いたい。

 あの子・・・アルを生かしたことが、間違っていないのだと、そう思いたい。

 だって、みんながアルの生を願ったのだ。


 そんなアルがとても大事に、大事に育てられたことを想うと・・・胸が痛くなる程、切なくて愛おしい。

 アルが生きていることが、嬉しくて(よろこ)ばしい。


 ・・・アルが思う通り、(あたし)のこの愛情は、母性に近いモノかもしれないな?


 まあ、アルが可愛いことに違いはない。


「・・・あたしに、なにをしろって言うの」

「できるだけでいい。アルの味方でいてほしい」

「わかったわ」


 こうして、人魚ちゃんの協力を取り付けた。


 これが、アルには内緒のことだ。


 side:夢魔。


※※※※※※※※※※※※※※※


 ・・・おかしい。

 あの美女が来ない。

 もう、一週間も経っているというのに・・・


 待ち合わせ場所はメインストリートの時計台の下、だったか? 戻ってから気付いた。この街にはメインストリートに時計台が無かったことを・・・


「う~ん……もしかして聞き間違えたか?」


 そうじゃないなら、あの美女がこの街に詳しくないということだ。迷っているとか・・・


「ハッ! もしかして、事故にでも遭ったのか? 心配だな・・・」


 美女のことは無論、アルゥラのことも心配だ。


 額を押さえて苦しそうな顔をしていたアルゥラ。


 大丈夫、だろうか・・・


 心配で胸が張り裂けそうだが・・・


 だがしかしっ!?

 俺には美女との逢瀬の約束がっ!?


「クッ・・・俺は一体、どうすれば・・・」


 とりあえず、もう少し待ってみよう。


 side:トール。

 読んでくださり、ありがとうございました。

 アマラとの密会と夢魔のヒトの退場でした。

 そして、忘れ去られたトール・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ