悪いけど、少し眠っていてね。
前回の続きです。
夢魔のヒト視点から。
このヒト、性転換自在の両性類です。
だから、内心での一人称がややこしい。
さて、と。
邪魔な子は魅了で黙らせたし・・・
暫くはぼーっとしたまま動かないだろう。
次は、アルを寝かせるかな?
男に戻った方がいいよね。前に、現実でアルと接したのは、男の方だったし・・・
俺を冷ややかに見やる紅い瞳を見返す。
宿るのは俺に対する嫌悪と、嫌悪している自分に対する困惑……かな。
そう。だって、俺を嫌いなのはイリヤだから。
イリヤは女の俺を嫌っている。
ちなみに、イリヤには女の姿と声で接したことしかない。彼は俺を女だと思っている。
実際は、性別を変換可能なんだけど。
彼の前で女なのは、なんとなくだ。
俺は基本、一対一で顔を合わせる相手に対し、異性の姿で接することが多い。
両方…男と女の姿を晒すことは、相当気に入った子か、緊急事態くらいなものだ。
普段は気分で性別、年齢をコロコロ変えて、その場の状況に便利な方の性別や年齢で過ごすことが多いからね。
さっきのは緊急事態、の方かな?
だから、アル。
君は、俺を嫌いじゃない。
むしろ、君は俺を気の合う友人だと思っている。だからこその、困惑。
自分の意志ではない感情への戸惑い。
大丈夫。わかっている。
アルが俺を嫌いじゃないことは。
今夜は満月だ。
イリヤに与えられた血が活性化しているのだろう。
「・・・少し、不味いかもしれないな」
下手するとこれ、イリヤに気付かれる。
あの愚者が気付く前に抑えなきゃ。
「アル」
彼女の名前を呼ぶ。
side:夢魔。
※※※※※※※※※※※※※※※
彼に、名前を呼ばれる。彼?
この夢魔は、女だった筈で・・・?
あ、れ?
夢魔? このヒトは、淫魔じゃなかった?
女? いや、彼は、彼・・・だった?
「そう。思い出して。俺はクラウドだよ。君に直接名乗った名前は、ね? アル」
あれ? 名前?
ボク…の名前は、そんな名前…だった?
×××が呼んだ名前、は・・・
「アル。君は、アルだろう?」
シーフに、少し似た彼。
けれど、その身に纏う雰囲気は全く違う。
オレと同じくらいの高さの、紫に金の混じる深い瞳が妖艶に煌めき、艶やかな声が繰り返す。
オレ、は・・・?
伸ばされる濃い蜜色の腕。
熱い手の平がそっと頬に触れる。
今は、それを振り払おうとは思わない。
クラウドは、オレの数少ない友達だ。
昔、雪君達と出逢ったとき、に・・・クラウドとも、出逢ったんだっけ? あれ?
「そう。そのときも、約束しただろう? アル」
「約、束…クラウド、と?」
近付くアメトリンの瞳。金色に輝く瞳孔。
「うん。君の悪夢は俺が食べてあげるから大丈夫。その代わり、大きくなったら俺と・・・もっといいことしようね♥️って」
熱い指先が、唇を撫でる。
「覚えてない? アレクシア・ロゼット」
呼ばれた名前に、ハッと目が覚めたような気がした。
そう。オレの名前は、アレクシア・ロゼット・アダマス。アル、アレク。またはロゼットだ。
なんだ? 寝惚けてンのか? オレは・・・
なにをしようとしてたっけ? 思い、出せない。
そして、目の前にいるのは・・・
シーフと少し似た少年。波打つ黒髪に金色の混じる深いアメトリンの瞳。濃い蜜色の肌。ジプシー系の、蠱惑的で艶やかな、妖しい色気漂う美貌。
「・・・クラウド?」
「ああ、久し振りだね。アル」
にこりと嬉しげに微笑むクラウド。相変わらず色気垂れ流しだな?笑うと妖艶さが増すというか・・・つか、距離近くね? 目の前過ぎる。
このヒトは、昔から・・・
・・・あれ? オレ、クラウドに名前教えたっけ?
「悪いけど、少し眠っていてね」
「へ?」
熱い唇が、そっと触れた。途端、眠…く・・・
side:アル?
※※※※※※※※※※※※※※※
アルに強力な眠りの口付けを落とす。と、真紅から翡翠に戻ったばかりの瞳が、とろりと閉じる。くたりと力の抜けた身体をお姫様抱っこ。
これで、この子の気配を抑えられる。
「ごめんね? お休み、アル」
ふふっ、昔から綺麗な子だったけど、一段と綺麗に成長したね。嬉しいな。
柔らかい感触の残る唇をぺろりと舐める。
さて、寝かせたはいいけれど・・・
どこへ行こうかな?
強力なヴァンパイアは、その血を分け与えた者を隷属させることができる。
力の差があまりに大きいと、自我を無くすことさえもある。そういうのは確か、アークの方が嫌っているけど・・・
その支配に抗うには、血を与えたモノと同程度の力。または、主側からの隷属する必要は無いという意志。そのどちらかが必要不可欠となる。
アル自体はハーフだし、真祖の血に抗うことは非常に難しいだろう。そして、イリヤにそんなことを期待するだけ無駄だ。
ましてや、アルは既に、イリヤに大量の血と、名前まで与えられてしまっている。
当然、彼女の主は、イリヤとなる。そしてイリヤは、この子の自我になんか頓着しないだろう。
その、イリヤの血を昔、アークと俺とで抑えたワケだが・・・
イリヤが、彼女の名前を呼んだのかもしれない。
この間も、呼んでいたし・・・
だから、アルのところへ来たんだけど・・・満月も含め、イリヤに呼ばれたことで、ヴァンパイアの血が活性化しているようだ。
間に合ってよかった。
俺は、イリヤに隷属する君なんて、見たくない。アークも、君の父親も、絶対にそれを望まない。そうさせない為に、あのときの俺達は頑張って君の命を繋いだんだから。
まだ、それが正しかったのかはわからないけど。
それでも、君が損なわれることは、嫌だった。
悪いとは思うけど、精神をリンクさせる。
記憶も軽く覗かせてもらう。
「・・・はぁ……」
思わず洩れる溜息。
本当、運が悪いというか・・・
この子、俺と逢わない間に、また別の誰かの血が混ぜられているみたいだし・・・
これは・・・実兄か?
ああ、トラウマが刻まれてる・・・
イリヤの血筋って、なんでこうかなぁ・・・
まあ、アルもイリヤとアークの血筋だけどさ。
それでも、嫌いにならないとか・・・
どこかの誰かを思い出すな。
どこぞの双子の兄の方、とか……
俺もアークは好きだけど・・・
なんかこう、彼は不幸というか・・・
アルって、割と彼…アークに似てるとこがあるんだよね。見た目なんかじゃなくて、その中身が、さ。
・・・大丈夫かな?
とりあえず、この場所から離れた方がいいな。
・・・船。行くかな。
side:夢魔。
読んでくださり、ありがとうございました。
実はアルは、イリヤに隷属しないよう、主のいない野良ヴァンパイアの状態を父上達が保たせていました。
イリヤに遭わせて堪るかというのも、そういう意味が強いです。




