通りすがりの賞金稼ぎ。
さて、どうしたものか・・・
徒に命を奪うのは、趣味じゃない。
まあ、オレ自身が弱いから。ヴァンパイアの貴族…それも支配階級の者の隠し子としては、かなり泥臭い生き方をしている自覚がある。その、弱いオレを生かそうとしてくれる周囲のヒト達がいる為、短絡的に殺せばいいという発想が嫌いだ。
・・・発想がもう、ヴァンパイアじゃないんだよなぁ。まあ、父上からして、古参のヴァンパイアにしては型破り・・・というか、ハッキリ言って規格外だし。
つか、古参連中って、基本純血至上主義が殆どの筈なのにさ? あのヒト、兄さんの母親以外の相手は、オレの母親含め、全員が別の種族。姉さんの存在を公にしたときは案の定、頭がおかしい奴扱いをされたという。
しかも、最終的な目標は、先祖の真祖を殺すことだと公言して憚らない。
まあ、うちの先祖…というか、始祖に当たる真祖のヒトも、かなりイっちゃってる系で、子殺しの始祖と呼ばれていたりするアレなヒトだ。そのヒトが子孫を殺し回ったせいで、うちとあと他に二つ。三つの家しか、そのヒトの血筋が残ってない。
その中では、うちが一番勢力が強いだろう。殺るか殺られるかという命の獲り合いを、数千年単位で行っているというのだから。子孫からしてみれば、ほとほと迷惑千万、最悪な先祖だ。
あと、その真祖が定期的に殲滅させようと狙って来るせいで、他のヴァンパイアの血統より、うちの血統は武闘派で強かったりもする。
ちなみに、父上の家族は父上が幼い頃にその始祖に全滅させられたとか・・・
そんなアダマスを復興させるのは並大抵のことではなかったようで、数百年もかかったという話だ。父上とスティング養父さんは、その頃からの悪友だったらしい。
そして、父上と養父さんの二人で、人外を問わず犯罪者を取り締まるエレイスという組織を立ち上げたそうだ。元は、父上の私設部隊のようなものだったみたいだけど。
吸血鬼のお嬢さんを見下ろす。
特に得られた情報は無かったが、エレイスへ持って行くか・・・と、考えていたら、ダンっ! と部屋のドアが開き、
「無事かっ、カイルっ!?」
抜き身の剣を構えた男が突入して来た。そして、
「…っと、危ないなっ!」
ガギン! と、散る火花。疾い。
上段からの攻撃を受け止めたナイフを通し、腕から肩に伝わる衝撃。速さを乗せた重い一撃に腕が痺れる。いきなり斬りかかられた。しかもコイツ、かなり強い。
「あ、ヤベ…」
今の衝撃で、彼女へ掛けていた支配が解ける。
「っ! この、ガキがぁァっ!!!!」
カッと目を見開く彼女。絶叫と共にその爪が瞬間的に禍々しく伸び、オレの首へと向けられる。
「ああもうっ!? くっ…」
剣を受け止めているナイフをずらすと同時に体を捻って回転させ、シャッと刃を剣の下で柄へ向かって滑らせる。
無理な動きに軋む腕。ピキっと嫌な音がし、鋭い痛みが走る。
「なっ!?」
驚く男の剣を潜り抜け、
「うるぅアァっ!!!」
吸血鬼の彼女の腹へと回し蹴り。彼女を吹っ飛ばして、男へと当てる。
「きゃっ!?」
「くっ!!」
ああクソっ、今ので腕が完璧イった。
「はぁ、ったく・・・」
無理矢理深呼吸して、痛みを逃がす。まあ、要は単なる我慢だが・・・ついでに、ナイフを彼女の心臓へと投げて始末する。男は既に体勢を立て直して、こちらを窺っている。
「ギャアアーーーっ!?」
断末魔の悲鳴を上げ、ぼろぼろと灰になり崩れる彼女。トンとナイフが絨毯の上に落ちた。
もう少し情報を吐かせたかったが、さすがにこの男の対処をするので手一杯だ。
なるべくなら殺したくはなかったが・・・待てと言ったところで、全く通じそうになかったのだから仕方が無い。
「・・・ちなみに、そっちの子襲ってたのは、そこの彼女。オレは偶々居合わせた賞金首狙い」
崩れた灰を示す。これで、どうにか話が出来ればいいが・・・出来なければ、逃げるしかない。
つか、この男マジで強い。気配からして人間じゃないし。ナイフを回収したいが、下手には動けない。あと、気になる点が・・・
「それと、ASブランドをご贔屓くださり毎度有り難う御座います。それ、うちの商品ですよね?」
いい剣を使ってると思えば、うちの商品だったし。うちの武器は、価格は高いが品質も高い。
しかも、男が持っているのはオレと弟が開発を手掛けたやつだ。その中でも特に、柄の中にASの銘とナンバーが刻印されている武器は、普通の良質の武器が数本から数十本は買える値段となる。
受けた剣の感触からすると、三十番以内のナンバーだろう。ちなみに、ナンバリングは作った順番じゃなくて性能の順だ。
そしてオレの持つナイフは、ナンバーは入っていないが、武器の試作品で雛型。言うなれば零番となる。一番性能がいい。あの男が持っているのはオレのワンオフの武器とは違い、量産型だが・・・自分が手掛けた剣に殺されて堪るか。
「は・・・?」
口を開けたまま固まる男。
動きが止まったので観察。赤銅色の短い髪と飴色の瞳、よく日焼けした肌で長身の男。まあ、レオや養父さん程ではないが、多分百八十くらいはあるだろう。如何にもな海の男と言った雰囲気だ。
「ひゆうー? カイルいたー?」
開いたドアから顔を覗かせるのは小柄な男。
「あ、カイル発見ー。で、アンタは?」
所々黒の混じる斑の茶髪、身長はオレと同じか、少し高いくらい。細い薄茶の瞳が向けられる。男にしては高めのアルト。柔らかく間延びした口調とは裏腹に、足音も無く部屋へ入って来た。
当然、この男も油断ならないだろう。
「通りすがりの賞金稼ぎ」
「もしかしてニアミスってやつー?」
・・・なんか、既視感があるような?
「まあ、そうなるかな。少し……賞金首と話していたら、そっちの男が入って来て、いきなり斬りかかられた」
「そりゃあ、うちの船長が失礼したみたいだねー。なにせ、仲間が連れ去られて慌ててたものでねー。大丈夫だったー? 怪我とかしてるなら、うちの船医にただで診させるけどー?」
やっぱり船乗り。しかも船長。
「あー……腕は?」
「まあ・・・割とクズだけど腕は良いよー? 割とクズなんだけどねー」
二回もクズと言った。
「・・・割とクズっていうのは?」
「ん~・・・女にだらしない系のクズ?」
「・・・遠慮しとく」
「そうー? 遠慮しなくていいよー。お詫びも兼ねての提案なんだしー。まあ、別に無理強いしようとは思わないけどー。ところでー、なんでひゆうが固まってるのー?」
「さあ? 知らないよ。ただ、うちの商品使用に礼を言っただけだし」
「うちの商品ー?」
「そ。ASブランドはうちの商品」
「・・・もしかしてアンタ、ダイヤ商会のヒトかっ?」
「そうだけど」
と、言い終わる前に一瞬でパッと距離が詰められ、目の前に小柄な男。カッと開いた薄茶の瞳。同じくらいの高さにあるその瞳孔は、縦に長い。
「…近いよ?」
「ハッ! これが興奮せずにいられるかってンだ! ASブランドや、その他有名武器を取り扱ってるダイヤ商会のヒトと逢えたんだぜっ!」
どうやら彼は、興奮すると口調が変わるタイプらしい。こっちの方が地なのだろう。
「あの素晴らしき刃物達! 煌めく刃に、怪しく濡れたような美しい波紋・・・滑らかに、滑るように肉を斬り裂く感触・・・シンプルながらも機能美に優れ、飽きを感じさせないフォルム! なんと言っても、三十番以内の刃物は、数百年も耐えうると言われている最高の刃物だ!」
なぜか刃物への賛辞が始まった。どうやら彼は、刃物マニアのようだ。
「おいコラひゆうっ!? 手前ぇなンっつーど偉いヒトに狼藉働いてンだこのクソ馬鹿野郎がっ!? ブッ飛ばすぞコラぁっ!?」
またもやパッと一瞬で移動。ひゆうと呼んだ男の胸倉を掴んでガクガクと揺さぶる彼。予備動作の無い、素早い動き。瞬発力が相当高い。
しかし、狼藉って・・・まあ、腕は傷めたけど。
「怪我させてンなクソ馬鹿野郎っ!!」
この隙に床に落ちたナイフを回収。
読んでくださり、ありがとうございました。