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ほら、こっち向けよ。

 新キャラ登場です。

「・・・聞いてください、ハルト」


 冷たさを湛えたテノールが、深刻そうに言う。


「なんだ?」

「僕の愛する妹が・・・家出を…してしまったそうなのです。あの子は硝子細工のようにか弱く繊細で、美しくも脆くて儚い。そんな愛らしいロゼットが、一人で生きて行ける筈がありません。今頃、僕を恋しがって心細い思いをしているに違いありません。いえ、きっとそうです! あの子は、僕を呼んでいるのです! ということで、早速ですが今すぐ保護しに行こうかと思います」

「そいつは奇遇だな? 丁度、俺の妹(・・・)も家出中だ。それとお前、変な電波か? 頭診てもらえ」

「っ! 誰が君の妹(・・・)ですか! あの子は、僕の妹(・・・)です! あと、僕は正常ですよ? ハルト」

「ハッ、お前はまともじゃねぇだろ。が、そういえばアイツは、お前の妹…だったか? いやぁ、アイツはもうほぼうちの家族だし、お前よりも、俺に、懐いてるからな? 忘れてたぜ。だから、アイツが呼ぶなら、お前じゃなくて俺の方だろ? そもそも、アルがお前を恋しがるワケねぇ。寝言は寝て言え」

「・・・殺しますよ? ハルト」

「ハッ、れるもんなら殺ってみろよ?」


 そんなやり取りから始まった軽い殺り合いで、狂気のシスコン野郎の足止めをすること、約二月(ふたつき)程。


 シスコンに妹の結婚話は厳禁。絶対に自分を選べと強要するのが目に見えている。拠って奴には、アイツが家出したということにしている。

 アイツからも、『兄さんに監禁されたら絶対に助けてね? 絶対だからね? 約束だよ? 破ったら恨むから!! あと、養父さんにも伝えて! 絶対にだよ!』という必死さを感じる手紙が来てたしな。


 まあ、奴がアイツにしたことを思えば当然だが。


 その後で…シーフが出て行ってからは、そろそろ一月ひとつき近くだろうか?

 連れ戻せとの指令が下った。


 飛び出す前。普段ぼーっとして、あまり感情を動かさないあのシーフが、珍しく怒っていた。

 ローレルさんと親父が、アイツを追い出したと文句を言って飛び出す程に・・・

 だから、しばらく放って置かれたのだろう。


 だが、さすがにもう限界ということだ。

 シーフは、有能な鍛冶師。いないと困る。

 そして、場所はもう判っている。

 アイツ…アルが足にしている船だ。


 全く、手の掛かる奴だぜ。


 その間あのシスコンを押さえるのは、お袋がやってくれるそうだ。警護がてらに、あのシスコンを鍛えてやると言っていた。

 お袋は護身術を仕込んだアルとやる気の無いシーフには甘めだったが、本格的に鍛えるとなると、非情な程にスパルタだ。

 俺には相当厳しかったからな・・・まあ、死なない程度に頑張れ。

 いや、やっぱりへたばりやがれシスコン野郎が!


「さて、行くか…」


 ・・・アルは、元気にしているだろうか?


 side:アルの義兄。


※※※※※※※※※※※※※※※


「・・・アル。お前、具合悪ぃのか?」


 なんというか、シーフが来てからアルはよく寝ている。数日とか単位で。今も、眠そうな顔をしていて若干顔色が悪い。ずっと寝ていないよりはいいと思うんだが、寝過ぎも心配になる。


「いえ、特には」

「いや、顔色が悪い」

「そうですか?」


 気怠(けだる)げな翡翠を見下ろす。


「・・・アル。お前、シーフとなにをしているんだ? シーフも、具合悪そうだよな?」


 二人で部屋に籠ると、数日間はそのまま出て来ない。そして、出て来てからは具合が悪そうにしている。二人共、だ。まあ、シーフはいつも通り、どこでも転がっているんだが・・・カイルへの反応が、前よりも鈍いような気もする。


「なにと言われても・・・寝てますが?」

「血の匂いをさせて、か?」


 二人が部屋へ籠ると、部屋から血の匂いが漂う。


「ヴァンパイアが血の匂いをさせていることの、なにがおかしいんですか?」

「二人揃って具合が悪そうじゃなければ、な? 普通、飯の後は元気になると思うんだが?」

「・・・ふっ、甘いですね。お互いに吸血し合って、貧血なだけですよ。仲の良い身内同士のヴァンパイアなら、よくあることです」

「は? なんだそりゃ」

「そういうものです。…?」


 ふっ、と獣染みた動きで顔を上げるアル。


「アル? どうかしたのか?」

「・・・」


 きょろきょろとなにかを探す素振り。そして、そろりと部屋へ戻ろうとする。


「アル?」

「オレはいないと言ってください!」


 アルがそう言った瞬間、バッと通り過ぎたなにかが、アルをかっ(さら)っていた。


「それはないんじゃないか? アル」


 親しげにアルを呼ぶ低い声。


「・・・なんで、ここに?」

「久し振りだな。元気だったか? 相変わらず、逃げるのが下手だな? お前は」


 苦い顔をするアルを荷物のように小脇に抱えるのは、くすんだ金髪に緑灰色の瞳の、二メートル近くあるだろうか? かなり上背のある男だった。


「狼から逃げるとか、割と無理ゲーじゃね?」

「ははっ、飛べば逃げられンだろ?よっ、と」


 鋭い犬歯を覗かせて笑い、男はアルを軽々と抱え直してひょいとその肩へ座らせる。

 その表情と仕種、(たたず)まいとが、どうもあの(スティング)を思わせる男だ。


「誰だ? 手前ぇは・・・」


 低く問い掛けると、男がニヤリと獰猛に笑う。


「よう、妹が世話になってるようだな?」


 妹、ということは・・・コイツはアルの保護者、か? 男へ、慎重に問い掛ける。


「なにをしに来た」

「連れ戻しに、だな」

「・・・アルを、か?」


 スティングの言葉は忘れていない。

 保護者が迎えに来たら、アルは幽閉される。または、望まぬ結婚を強いられるという。

 まだガキだというのに、それはあんまりだろう。


 俺は、そんなことから逃げているアルの手助けがしたい。色々とアルにやらかしてしまった償いも籠めて。


 だから、コイツの答え次第では・・・


「いや、もう一人いンだろ? 眠たい奴が」


 眠たい奴、と言えば・・・


「シーフ、か?」

「ああ。連れてくぜ? アル」


 肩へ乗せたアルを見上げる緑灰色の瞳。


「おう。持ってけ」


 けれど、男から視線を逸らす翡翠。


「お、おい、アル、いいのか? アイツは、お前を追って来たんだろ?」

「ええ。ですが、アイツは、仕事を途中で放り出して来ているので、いずれ帰す予定でしたから」


 そして、丁寧な言葉が一変。


「つか・・・よく一月近くも、アイツを野放しにしてたな? まさか、レオがわざわざここに来るとは思わなかったぜ」


 どことなく迷惑そうな顔でアルが言う。


「なんだ? さっきっから随分な挨拶じゃねぇか。眠くて機嫌悪ぃのか? ん?」


 あやすような仕種と顔付きで、アルの顎へと伸ばされる長い指先。


「やめろ」


 アルはムッとした顔で長い指を掴んで止める。


「アル。本格的にご機嫌斜めか? 全く・・・ほら、こっち向けよ。アールー?」


 苦笑気味にアルの機嫌を取るような男の顔は、確かに保護者のもので・・・


「嫌だ」


 ムッとしたままのアル。と、そこに慌てたような足音がして、ジンが走って来た。


「レオンハルトっ?」

「よう、ジン。妹が世話になっているな」


 ニヤリと犬歯を覗かせる男の名は、レオンハルトというらしい。二人は知り合いのようだ。


 そして、若干緊張したようにジンが問い掛ける。


「・・・君は、なにをしに?」

「回収だ。弟の方を、な」

「弟?」

「そこかしこに転がる眠たい奴がいるだろう?」

「シーフ君も弟、なのか?」

「ああ、シーフの奴も、弟だ」

「・・・アルちゃんは?」

「アルちゃん(・・・)、な? 馴れ馴れしい呼び方だ…」


 緑灰色の瞳が軽く眇められる。


「が、まあいいだろう。妹は、預けておく」


 と、レオンハルトは迷惑そうな顔のアルを肩から降ろしながら、その首へがぶりと噛み付き、


「ちょっ、レオ? わっ」


 ぺろりとその(うなじ)を舐め上げた。


「言っておくが、俺の妹に手を出したらぶち殺す。そのつもりでいろ」


 向けられるのは、威圧するような緑灰色の瞳。


「は? レオ?」

「それと・・・よくもアルに怪我をさせたな!」


 低く、怒りの籠った声が言い・・・


 side:ヒュー。


※※※※※※※※※※※※※※※


 ドッ! と豪快に吹っ飛ばされるヒュー。


アルちゃんを降ろしたレオンハルトが一瞬でヒューへと距離を詰め、そのスピードを乗せた拳で、顎へと強烈なストレートを放ったのだ。

 ヒューは床に倒れて動かない。おそらくは脳震盪(のうしんとう)。完璧にノックアウトされたな。後で診ておかないと・・・


「おい、レオ!」

「ふっ、手加減はしておいた」

「いや、そういうことじゃねぇだろっ!」

(ようや)くこっち向いたな? アル」


 柔らかい声でしゃがみ込んだレオンハルトが、アルちゃんの両頬を挟み、上を向かせて鼻と鼻をくっ付ける。匂いを嗅ぐ、犬科同士の親愛の挨拶。


「じゃあ、俺はもう行くが、帰りたくなったら何時(いつ)でも呼べ。駆け付ける」

「帰らねぇよ。ばーか」

「そう拗ねるな」

「・・・」


 面白くなさそうなアルちゃんの頬を宥めるように舐め、レオンハルトが囁く。


「全部終わらせたら、迎えに来る。待ってろ」

「? レオ?」


 そう言って、レオンハルトは寝転けたままのシーフ君を担いで船を後にした。


 っていうか、レオンハルトめ。

 どこが、『妹』なんだ。全く・・・


 狼が、異性の首を噛んで唾液…自分の匂いを付ける行為は、マーキングだ。

 『これ』は自分のモノだという示威行為に当たる。これでもかというくらいに、俺達へと牽制して行きやがった。「俺のモノに手を出すな」と・・・


 side:ジン。

 読んでくださり、ありがとうございました。

 初っ端からバチバチな、噂のお兄さん達。

 シーフは寝転けている間に退場しましたね…

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