結婚、しよ?
噂の、兄さんのヤバさが・・・
船へと戻って来たら、
「え~と、アルちゃん。誰かな? そのヒトは?」
困ったようにジンが言った。まあ、だろうな。後ろに見知らぬ奴を連れていたら。
「・・・ん? おれ…?」
みんなの視線にシーフは首を傾げる。
「いや、お前以外に誰がいるよ?」
「・・・アル?」
「いや、このヒトオレの名前呼んでたからな?」
「ん…初め、まして?」
きょとんと首を傾げるシーフ。
「うん。初めまして。俺はジン」
「ヒューだ」
「僕はカイル」
どうやら雪君は料理の仕込みで欠席中。まあ、実はコイツも雪君とは顔見知りなんだが。
「おれは…シーフぇ」
余計なことを喋りそうな口をバシッと塞ぐ。このどアホめ。本名を名乗る気か? 全く・・・
「え? アルちゃん?」
「コイツは、シーフ。オレの弟です。以上」
余計なことは喋るなという意味を籠めて、アホシーフを睨み付ける。が、
「?」
やっぱわかってねぇか・・・
「は? ウソ、全っ然似てないじゃん」
カイルの感想は道理。
事実、シーフとオレは全く似ていない。
蒼みを帯びた癖のある長めの黒髪。とろんと眠たげな、エメラルドの瞳には灰色の瞳孔が浮かぶ。滑らかな蜜色の肌。黙っていれば、アラブやインド系人種の物憂げな砂漠の王子様、的な容姿をしているが・・・その実態は、ただただ眠いだけの鈍くてアホな奴なんだがな。髪も、単に面倒がって切ってないだけだしさ?
北欧系人種タイプのオレと、このシーフが並んで姉弟だと言っても、冗談にしか取られない。
うちの兄妹弟は、みんな母親似だし。
各々パーツパーツに、どことなく父上を匂わせるような印象がありはする。けれどそれでも、全員が並ぶと『お前ら他人だろ』という程度には似ていない。兄さんがヨーロッパ系、姉さんがアジア系、オレが北欧系、シーフがアラブやインド系。ある意味、人種の見本市だ。
シーフとの共通点は、瞳が色違いというくらいだろうか? オレは翡翠に銀の瞳孔。シーフは鮮やかなエメラルドに灰色の瞳孔が浮かぶ。その瞳は、オレの瞳のカラーリングをもっと鮮やかに、濃くした感じの色味だ。
「・・・」
「で、その弟が、なにしに来たんだ?」
ヒューがやたら険しい顔でシーフを睨みながら言う。どうしたんだろうか?
「…ん? アルに、逢いに…?」
「アルを、連れ戻しに来たワケじゃねぇンだな?」
「ん。むしろ、おれも…家出?」
「・・・まさかとは思っていたが、お前仕事ほっぽり出して来たのかバカシーフっ!?」
シーフの襟首を掴んでガクガク揺さぶる。
「ん・・・飽きた」
「こんのどアホがっ!? 飽きたじゃねぇだろっ!!」
「…じゃあ、楽しくない。から・・・?」
「飽きたも楽しくないも言い訳になるかボケっ!?」
コイツが担っているのは、アダマス上層部のヒト達の武装関係全般だ。つまりコイツは、武器防具関係製造の要。気軽にふらふら出歩いていい類のポストじゃないのだ。
「よし、今すぐ戻れ!」
「やだ」
「はあっ!?」
「アルと、いる…」
「断る!」
「や…」
「や、じゃねぇだろがっ! 手前ぇがやっても可愛くねぇンだよっ!」
「・・・可愛ければ、いい?」
きょとんと首を傾げるシーフ。
「ンなワケあるかボケ!」
「・・・難しい…」
「どこも難しくねぇから! 手前ぇが駄々捏ねてねぇでさっさと帰りゃ済むことだろどアホ!」
「・・・重要なのは、終わらせた…納品、済み」
ぷいと不満そうに言うシーフ。あ、マズいかも・・・じわりと上がるシーフの体温。
「・・・おい、シーフ?」
「…アルの、いけず・・・」
「ぁ~、うん。とりあえず、落ち着け?」
「・・・」
コイツは、いじけると非常に厄介なのだ。昔に比べれば大分ましになってはいるが、周囲に被害を及ぼすタイプ。
コイツは機嫌を損ねると、物理的に熱くなる。
近くにいると、色々と巻き添えを食らう。オレは、暑いのも熱いのも、苦手だ。逃げよう。
パッとシーフの襟首を放し、背後に跳び退さる。もっと、距離を取らなくては。
「え? アルちゃん?」
「は?」
「なんだ? どうした?」
オレとシーフのやり取りをぽかんと見ていた面々が上げる驚きの声。
「…ダメ・・・アル」
伸ばされた蜜色の手を払い除ける。
side:アル。
※※※※※※※※※※※※※※※
逃げようとしたアルに、逃げないでと手を伸ばす。と、その手が無言で払い除けられた。
「…むぅ…」
アルは可愛いが、非常に照れ屋だ。なぜかこうして、おれから逃げようとする。不可解。
アルが怒る理由も、いまいち不明だ。おれはアルに、とても逢いたかったのだが、アルの方は違うのだろうか?
仕事を放り出すのが、そんなにいけないことなのか? 一応、緊急性が高いというから、父と養父、レオ兄と養母の武器はちゃんと仕上げて来たというのに・・・誉められなかった。謎。
まあ、父達がアルを追い出したことに対する不満もある。だから、抗議の意味を兼ねた自主休暇。
父や兄貴は、おれが出るのを邪魔しなかったから、特に問題は無い筈。彼らに邪魔をされると、さすがに動けない。
特に兄貴。兄貴は、姐御が結婚してからは、特にアルに執心している。
そしてこないだ、リリアンにアルに逢ったと自慢されて、非常に悔しがっていた。
おれがこうしてアルと逢っていることも、気に食わないのだろう。兄貴は。
アルの結婚の話。父はおそらく、兄貴には話していないのだと思う。兄貴なら、その話が出た時点で、即刻アルを監禁しているだろうから。
そしてきっと・・・昔のようなことをするのだろう。兄貴は、そういう怖いヒトだ。
昔。姐御が結婚して少し経った頃――――とち狂った兄貴が、アルを自分の『伴侶』にしようとして・・・殺しかけたことがある。
アルの血を取り込み、アルへ自身の血を大量に与え、アルを自分の血で満たして、ヴァンパイアハーフとしてのアルの存在を、純血種の自分と同じ存在まで引き上げようとしたのだ。
無論、ハーフとしても弱い個体のアルに、真祖の血統の純血種である兄貴の血が耐えられる筈もなく、それは失敗した。
兄貴は一度、アルを殺しかけた。
アルが死ぬ手前で父が止めに入った為、アルは一命を取り留め、それから十年近く休眠した。
その間に兄貴は、父達や姐御、レオ兄から非情な制裁を受けていた。あれはなんというか・・・よく死ななかったと思う。まあ、死ぬギリギリの絶妙な手加減とでもいうべき手腕か?
けれど、そういう絶妙な拷問を食らった筈の兄貴は、おそらく全く懲りていない。次はもっと上手くやろうとするだろう。まあ、次が有れば、だが・・・兄貴は、いろんな意味で非常に図太い。
そんな兄貴は、こうした『前科』と、今でも虎視眈々とアルを狙っている様子から、身内一同に厳重に警戒されている。その為、今でも兄貴はアルとの二人きりでの面会が許可されていない。
アルも、兄貴をかなり怖がっているし。とは言え、怖がっているだけで、兄貴を嫌ってはいない辺りが、アルもヴァンパイアなのだろう。
ヴァンパイアは、偏向気質で偏愛的。そして、己に流れる血を誇り、愛する種族。本能的に、その身に流れる血が好きなのだ。
アルの結婚相手の条件は、死んでもアルを守るという気概のある奴だそうだ。一応、兄貴もその条件自体は、満たしているだろう。が、兄貴本人がアルを殺してしまい兼ねないのが、最大のネックと言ったところだろう。
本末転倒、駄目。絶対。
あ、そうだ。忘れていた。
「アル…」
「なんだよ? シーフ」
おれから逃げる、アルへと伝える。
「結婚、しよ?」
「「「はあっ!?!?」」」
船のヒト達が驚きの声を上げる中、
「断る!」
アルのキッパリとした返事。
「残念・・・」
おれは兄貴と違って、アルに強要はしたくない。
アルの気が変わるまで、「好き」だと想いを伝え続けるだけ。
同じ気持ちを返されなくても・・・ただ、おれがアルを愛し続ければいいだけのこと。
side:シーフ。
読んでくださり、ありがとうございました。
新キャラは予告していた弟です。
彼は紙一重タイプ。言動はあれですが、中身はそうでもないような・・・?
婚約者候補というのは、そういうことです。
身内同士のべたべたが苦手な方はお戻りを。




