触るなっ!!!
ヒュー視点の話。
このヒト、いいヒトなんですけどね・・・
伸ばした手に、アルが一瞬ビクリと竦んだ気がした。そして見開く翡翠の瞳。
「…っ! 触るなっ!!!」
向けられたことの無い、強い威嚇の鋭い表情と声。同時に、バシッ! と払われた手がじんと痺れる。
「ちょっとアルっ! ヒューになにするワケっ!?」
カイルの声に、ハッとしたような翡翠。
「…すみま、せん…少し、頭冷やして来ます」
ぐっと唇を噛み、押し殺したような声で謝ったアルは、船を飛び出した。
「アルっ!? どこに行くっ!?」
文字通り、蝙蝠の翼を生やして、船を飛び出して行った。靴も履かずに裸足で、だ。
海の上を飛ばれては、飛行手段の無い俺達にはアルを追い掛けようがない。
どうして、こうなったんだ・・・
※※※※※※※※※※※※※※※
アルを船に乗せてから約一月。
俺への態度が余所余所しくはないか?
アルと雪路は仲が良い。まあ、ガキの頃からのダチなら、それも当然だろう。
そして二人は二百を越えている同世代というが・・・二人共小柄で童顔。どうにもガキっぽい顔をしている。
雪路はそれなりに強いし、あからさまなガキ扱いすると刃物が飛んで来る為、ガキ扱いはできない。見た目は兎も角、結構な修羅場を潜ったであろうという雰囲気もある。
だが、アルの方は・・・ヴァンパイアのハーフで、実家が色々と厄介らしく、政略結婚か幽閉かを迫られている…所謂お嬢様というやつらしい。家の都合で特殊な育ちをしたらしいが、どういう奴なのかはよくわからない。格好、言動共にお嬢様…というより、かなり女らしくない奴だと思う。雰囲気自体には、上品そうな感じがあるんだがな? まあ、変な奴なのは間違いないだろう。普通のお嬢様とやらに出会ったことは無いが。
現在、その結婚と幽閉から逃れる為に、俺ら…アマラの船を足にして逃亡中。な、ワケなんだが・・・どうも俺は、アルに余所余所しい態度をとられている気がする。
初対面時に雪路に言われたが、敵認定とやらがまだ続いているのだろうか?
あれは、かなり悪いことをしたと思っている。
カイルのことで焦っていたとはいえ、状況も確認せず、カイルを助けてくれたアルに斬り掛かってしまった。しかも、怪我までさせてしまった・・・
警戒されるのは当然。自業自得ではある。だが、それもちゃんと謝ったし、雪路と同じような態度でいいとも言ったんだが・・・
ガキの頃から俺は、威圧的な雰囲気をしているとよく言われた。俺自身は、特に威嚇も威圧した覚えもないが・・・どうやら、目付きが悪くて顔も怖いらしい。
この容姿と、悪鬼羅刹、悪神と呼ばれたモノの血筋がごちゃ混ぜになった鬼。そのことが気に食わない連中に、よく喧嘩を売られたものだ。
混血というだけで存在を否定したり、蔑むような連中は案外少なくない。そういった連中には、それなりの対応をして来た。
だから、混血として生きて行くという大変さはある程度理解できるし、共感もできる。
まあ、俺が育った場所にはヴァンパイア程の過激な純血至上主義者はいなかったが。
だから俺は・・・混血の誼とでも言うべきか? で、アイツの手助けをしてやりたいと、思ったんだ。アイツが、望まないことを回避する為の手助けをしてやれたら、と・・・
それから、約一月程が経過した。
アルの態度は・・・変わっていない気がする。
なぜだ? やはり、雪路の言った通りに敵認定か?
あの攻撃がいけなかったのかっ!? と、反省しつつ聞いてみたところ、「気にしてません」という返事。その割には、雪路に対する態度と違う。
アルは雪路とカイルには、ダチのように気安い。俺にもその態度でいいと言ったのだが、追々ってのはいつのことだ? 丁寧な言葉を使われるのはむず痒い。そう言えばいいのか?
そういう風に悩んでいたときだった。
近頃、雪路とアルが二、三日ごとに甲板で仲良く格闘いるのは知っていた。
雪路は身体が相当柔軟で、思わぬ方向や角度から攻撃して来る為、かなりやり辛い相手だ。その雪路と、遊びとはいえ互角に渡り合っているアルは、なかなかの強さだろう。本人や、あの狼が言う程、弱くはないと思うんだがな?
雪路とアルは小柄だ。そして二人共に防御は低め。拠って、避けることを主体とした、捕まらない闘い方をしているように見受けられる。まあ、小柄で防御が低めとなれば、敵に捕まった時点で詰むのは確実だから当然だがな。
そして今日も・・・同系統ではあるが、違う特性を持つ者同士とでも言うべき動きが、見ていて面白い。
数十分後。いつもの通り、雪路の方が格闘の終わりを告げる。そしてアルが少しだけ不満そうにして頷くと、雪路が船内へと戻って行った。
「アルちゃんお疲れ」
二人を見守っていたジンが言う。
「特に疲れてはいませんが、どうも。別に毎回わざわざ出て来なくてもいいんですけどね? ジン」
・・・どうやら、俺だけではなかったらしい。アルに余所余所しい態度を取られ続けているのは。少し、安心した。
「俺が好きで出て来てるんだから、アルちゃんが気にしなくてもいいよ」
よし、俺も声をかけよう。
「元気そうだな」
「ああ、ヒュー。お陰様で」
・・・さあ、次はなにを言えばいいんだ?
「? なんですか? ヒュー」
「いや、その・・・なかなかいい動きだったな」
「ありがとうございます」
それで? という風に俺を見返す翡翠。
・・・会話が、続かねぇ!
あ、そうだ。
「雪路とのじゃれ合いが物足りないってンなら、俺と遊んでみるか? アル」
「そう、ですね・・・」
迷うような素振りのアル。
その頭を、撫でようと伸ばした手が・・・
「…っ! 触るなっ!!!」
バシッ! と払われた。
見たことの無い、アルの強い威嚇の声と鋭い表情。そして、カイルの声にハッとした顔をしたアルが、頭を冷やすと言って飛んで行ってしまった。
「・・・は? なに? なんなの? 今のはさ? すっごい感じ悪いんだけど? ホント、なんなの?」
カイルの疑問に答えられる奴はいない。
こうしてアルが、飛び出して行ったワケだ。
「・・・ヒュー。なにかした?」
困惑したようなジン。
「いや、・・・わからん」
ジンが問答無用で俺を怒らないのは、目の前で見ていたからだ。なにもしていないことを。
俺は単に、いつもカイルにしているように、アルの頭を撫でようとしただけだ。
「ガキ扱いが気に障ったのか? いや、それにしては、アルの様子がおかしかったような・・・」
「・・・え~と? 宗教や風習なんかで、頭は神聖な場所だから他人に触らせちゃいけない。とか? 種族に拠っては、頭を触ることが征服を意味する行為になるとか……だったり?」
ジンが疑問系で言った。
「まあ、ミクリヤに聞いてみた方が早いかな?」
※※※※※※※※※※※※※※※
ぞろぞろと食堂へ行き、雪路へ説明。途端、
「は? アルがいきなり出て行った? しかも、飛んで? 手前ぇら、一体なにしやがった?」
カッと見開く雪路の瞳。
「いや、なにというか・・・」
「わからないよ。ただ、ヒューがアルちゃんの頭を撫でようとしたら、アルちゃんが血相変えて拒否したんだ。種族的なことで、嫌がったのかな?」
ジンが説明。すると、雪路が苦い顔をした。どうやら、なにか心当たりがあるようだ。
「あ~・・・それは、あれだ……」
雪路が思案するように口を閉じ、
「・・・仕方ねぇ、か。アルのな、ここ」
溜息と共にトントンと自分の額を親指で差す。
「疵痕があんだよ。普段は髪で隠れてるし、薄いからあんま目立たねぇけどな」
「え?」
「疵痕?」
「どういうこと? ミクリヤさん」
「自分もよくは知らねぇ。ただ、アルはガキの頃から…出会った頃から既に額に疵痕があった。ンで、頭痛持ち。そして、正面からの手を…特に、頭上から伸ばされる手を、極端に嫌う。昔からだ。手前ぇらだって、見てただろ? スティングさんが、わざわざアルを抱き上げて、目線を合わせてたのをよ?」
言外に雪路が言う。察しろ、と。
あの狼が、アルの頭を撫でていたのは、アルの後頭部の方からだった。その手は、アルの目線の下側からアルに触れていた。それを、あの狼は、とても自然に行っていた。
そう、しなければいけなかったんだ。そう接しなければいけない理由があった。
「・・・アルちゃんを、怖がらせない為、か…」
ジンの苦い声。ジンも、察したようだ。
「だろうよ。レオンさんも、ずっとアルにそうしていた。レオンさん…アルの兄貴は、よくアルを抱き上げていて、過保護な兄貴だなって、ずっと思ってたンだが・・・そうじゃなかったンだって、今やっとわかったわ」
雪路が、苦々しいとばかりに言う。
「え? どういうこと?」
カイルの質問に、溜息混じりの低い声。
「・・・つまり、アルはガキの頃に、誰かにド頭カチ割られたことがあンだろ? 真っ正面からよ。トラウマってやつか? ったくよぉ……手前ぇはつくづく、アルに酷ぇことばかりしやがンな? ひゆう」
カイルを助けてくれたアルに斬り掛かった上、怪我をさせ、その怪我が治って落ち着いたと思った頃に、こう・・・か。雪路の視線が痛い。
「け、けど、ヒューだって知らなかったんだし…」
「だから、アルの方が出てったンだろが。頭冷やすっつってよぉ? つか、むしろ謝ンな誰の方だって話だ。なぁ? ひゆう」
薄茶の瞳が剣呑に光る。
「後で、謝る。ちゃんと」
「ああ、そうしろ。このボケが。あと、カイル」
雪路がカイルを見下ろす。珍しく、厳しい表情で。
「知らなかったからって、酷ぇことをしてもいい理由にはねぇンだよ。覚えとけ」
雪路の言葉が、胸に刺さる。
あのとき・・・見開いた翡翠の瞳と、強い拒絶。アルに払われた手が、痺れたんだ。俺よりも細い、あの白い手は大丈夫だっただろうか・・・
side:ヒュー。
読んでくださり、ありがとうございました。
徐々に露になる悪夢の片鱗と後遺症…




