疲れるか、飽きたら終了ですね。
久々のアクション。
難しいですね。
わかり難かったらすみません。
アルの様子がおかしい。
料理の仕込みを終え、相手をしようと思ったら、青い顔をして額を押さえていた。
顔を上げてこちらを見返した翡翠の瞳が、ぼんやりと赤い燐光を帯びている。
あれは・・・頭が痛いのだろうか?
とても、嫌な感じがする。アイツの頭痛は、非常に厄介だった覚えがある。
自覚があるのか無いのかはわからないが、アイツは、頭が痛いとやたら好戦的になりやがる。
案の定、ヒトの話を聞きやしない。
仕方無ぇ。ジンを呼ぼう。
万が一があったら困る。
アルを甲板で待たせ、ジンを呼びに行く。
「なに? ミクリヤが俺を呼ぶなんて珍しいね。カイルが怪我でもした?」
のんびりしたジンの声。血の匂いがしないので、大したことじゃないと思ってやがる。
まぁ、アルのことは杞憂であればいいと自分も思っているが・・・
「これから、アルと軽く闘り合う」
「は? なに言ってるんだ? ミクリヤ」
驚くジンを無視して続ける。
「だが、どうもアルの様子がおかしい」
「ミクリヤ。どういうことだ?」
眼鏡の奥の薄い琥珀が眇められる。
「アルは毒も薬も効かねぇ体質だ」
「ああ、本人から聞いたよ」
「だが、頭痛持ちなんだよ」
「? ミクリヤ? それとこれと、なんの関係が?」
「で、だ。アイツは頭痛を発症すると、好戦的になる」
「は? いや…え? どういうこと?」
「自分が知るか。昔は、そうだったんだよ」
「昔?」
「昔がそうだったからと言って、今もそうだとは限らねぇだろが? ただ、アイツの様子がおかしい。一度、闘り合えば治まるかもしれねぇし、そうじゃねぇかもしれん。手前ぇを呼んだのは、万が一のときの為だ」
「万が一? ・・・アルちゃんに怪我をさせる気か? ミクリヤ」
ジンの声が低くなる。
「ンなつもりは無ぇ。ただ、アルが止まらねぇ場合、手前ぇもアイツ抑えろ」
「ミクリヤ、女の子相手になに言ってるんだ」
「あのな、ジン。アイツを普通の女扱いしてっと、足元掬われンぞ? つか、あんまり酷ぇと、物理的に寝かせるしか方法は無ぇんだよ。手前ぇお得意の一服盛る手は、通用しねぇンだからな」
アルは薬が効かない体質だ。鎮静剤なんか打ったところで、全く効かない。
「あ、そっか・・・ミクリヤ。本当に、そんな乱暴な手段しかないのか?」
ジンが酷く不服そうな顔で訊く。
「昔、レオンさんがそうしていた」
「レオンハルトが?」
「ああ」
そうは、ならなければいいが・・・
side:御厨。
※※※※※※※※※※※※※※※
雪君がジンを呼んで来た。雪君と格闘というのが気に食わないのだろうか? ジンは微妙な顔だ。そんな顔をされてもな?
だってオレは、弱いのは嫌だ。
だから、鍛えないと。特に最近は、怪我で動いてないし。動かないと身体が鈍る。ただでさえ弱いのに、これ以上弱くなるのは・・・嫌だ。
「さあ、雪君。遊ぼ?」
雪君と遊ぶのはかなり久々。百数十年振りだ。
「・・・いいぜ? 来いよ、アル」
ちょいちょいと人差し指を動かす雪君。
「って、ちょっと待ったっ!」
雪君に向かって甲板を蹴る直前での制止。
「なんですか? ジン」
「とりあえず、確認させてね? 武器は無し」
「ええ。遊びですからね。無論、素手でのじゃれ合いですよ? 爪は無し。魔術も無し。関節技も無し。急所への攻撃も無しで、打撃、蹴り、投げのみ有効とし、本気は出さない。あくまでも遊び。疲れるか、飽きたら終了ですね」
ああ、そうだ。ブーツも脱いだ方がいいだろう。これ、靴底に金属やら刃物やら仕込んでるし。危ない危ない。
「・・・なに、してるの? アルちゃん」
「靴脱いでます。これ、割と攻撃力高いんで」
「攻撃力?」
「鉄板とかですね」
剣などを靴底で受け止められる仕様だ。まあ、技量の低い相手の攻撃に限るが。
金属を叩き斬るような相手の剣は無理。受け止められない。足の方がやられる。滅多にいないが、養父さんやレオくらいの腕や膂力だと。
オレ、地力が低いから、受け止めても相手の力が強いと押し負けるんだよなぁ・・・押し負けたら、結構簡単に吹っ飛ばされるし。
「鉄板・・・」
片足数キロの重さがあって、そこそこ重い。慣れると、硬度の低い岩くらいは蹴り砕ける。重いから、履いてるとスピードはちょっと落ちるけどね。
靴下も脱いで、裸足で甲板に立つ。グリップ利かないと滑って危ないからな。ぺたぺたと滑らないかの確認。これでよし。
「自分も靴脱いだ方がいいか? アル」
「それは雪君の好きにしなよ」
「ンじゃ、脱ぐわ」
ぽいぽいと靴を脱ぎ捨てる雪君。
「よし、行くぜ?」
ニヤリと雪君が笑い、低い体勢で飛び出して来た。疾い。そして、ほぼ足音がしない。さすが猫。
「おら、よっ!」
突き出されたのは、首狙いの掌。これ、前にやられたやつだな。前回は背後からの攻撃だったから食らったが・・・正面からなら、食らわない。それをすっと横に躱しつつ、ぐっと雪君の手首を掴んで腰を落としながら反転。そのまま甲板に落とそうとした。ら、
「よっ、と」
空中で身を捻り、タッと足から軽やかに着地された。雪君身体柔らか過ぎだろう。今の、普通の男なら諸に背中から落ちて行く筈なのにさ?
「危ねぇ、なっ!?」
危ないとは言うが、その口元はにやけている。パッチリと開いた目は、瞳孔が真ん丸。爛々として、とても愉しげだ。猫目は機嫌が判り易くていい。
それに、身長差や体格差があるヒトとの格闘はよくしているが、自分と同じくらいの体格をした相手とやることはあまりなかったから、面白い。雪君、体重軽いから投げ易いし。
「どっちが?」
手首を掴まれたままの雪君が身を沈め、オレを引っ張りながら足払いを仕掛ける。ホント、身体が柔らかいな? 感心するぜ。
パッと掴んでいた雪君の手首を離して片足でトンとバク宙。足払いを避ける。と、
「さぁな?」
掛かったとばかりのニヤリとした笑顔。雪君が地面に手を着き、伸び上がるような蹴りを放った。狙うはオレの背中かな? 位置的に。
「ミクリヤ!」
慌てたようなジンの声。でも、
「ふっ…残念」
食らってあげない。空中で身を捻り、雪君の脛に蹴りを入れ、その反動で距離を取る。
「ったく、やり難いな? お前とは」
いや、愉しそうな顔してるけどね?
「それ、雪君が言うかな? どういう関節してんの? 動きも読み辛いしさ?」
「猫の特性だろ」
というより、多分お互いに格闘のスタイルが似てはいるが、微妙に違うのだろう。
雪君もオレも小柄だ。いつもは、自分よりも大きな相手と闘うことが多い。
自分と同じような体格の相手と組み合うことは、雪君も少ないのだろう。だからどこか、互いに動きのコンセプトが似ていて、けれど各々の身体的特徴に拠って細部が違う動きになる。
互いにスタイルが似ていてるから、なんとなく相手の動きの考え方は理解ができる。
しかし、細部の動き方が違うからこそ、とても読み難い。それが、互いのやり難さに繋がっているのだろう。
まあ、だからこそ、とても面白いんだけど。
そして、互いに投げたり躱し合うこと数十分。
「ふぅ・・・そろそろスッキリしたか? アル」
雪君が言う。
「まあね」
「ンじゃ、御厨ご飯作って来るねー」
「え~……もう終わり? 雪君」
「また暇ができたときに遊んでやるよ」
「約束だからね? 雪君」
「おう。っつーことで、もう戻っていいぞ? ジン」
「ああ、うん・・・わかった」
「わざわざ付き合わせてすみません」
「いや・・・アルちゃんがあんなに動けるとは思わなかったよ。しかも、ミクリヤと格闘ってさ・・・俺らでもかなりやり難いんだけどな? ミクリヤ相手だとね」
「まあ、雪君とは似たような体格ですからね。自分よりも大きい相手と闘うことが多い者同士、大変参考になりました。動きを再現できないのが非常に残念ですが」
雪君程の柔軟性はオレには無いからな。
「・・・君の思考はそっちに行くのか。全く・・・」
溜息混じりに首を振るジン。なんだろうか?
「?」
「なあアル、頭が痛かったりするか?」
首を傾げたところで、雪君が聞いた。
「いや? 体調じゃなくて、少し気分が悪かっただけだよ。なんで?」
「・・・そうか、ならいい。ところでアル君。なんか食べたいのあるー? リクエストあるなら食べたいの作るよー。なにがいい?」
「んー……じゃあ、パンケーキとか? 果物沢山乗ってるやつがいい」
「OKー。じゃあ楽しみにしててねー」
「よろしくー♪」
こうして、少し動いたお陰か、胸のざわつきが少しは治まった。雪君に感謝だな。
side:アル。
読んでくださり、ありがとうございました。




