ホンっト、忌々しい!
まだアルと対面していない家主の話です。
人魚が海底に引きこもった理由。
人魚側からの視点。
不快に思うような表現があります。
深夜。散歩から帰って来ると、港を覆うように立ち込める不自然な霧が出ていることがある。
そして、聴こえるのは唄。
高く低く、艶のある声が歌詞の無い唄を唄い・・・オレが近付くと唄が止み、薄い魔力を感じる霧が晴れて行く。
一応、この現象に心当たりはある。
海を渡るものを唄で惑わし、海へと引きずり込む魔性の人魚…というのは、今は昔。彼らは、その血肉が不老不死の霊薬になると人間や他の種族に狩られ捲った為、海底へと引き込もっている種族。今は、他種族との交渉係として定められた者以外は、海底から上がって来ない。
この霧は、その人魚が操る霧だと思う。
薄く魔力を感じるし、なにより、オレが近付くと霧が晴れるのは不自然だ。
交渉係が近くにいるのか?
そんな話は聞いていないが・・・
挨拶を、しておくべきだろうか? どうもこのヒトには避けられてる気がするんだが。
なにか嫌われるようなことしただろうか? オレは・・・船底の、人魚さんに。
side:アル。
※※※※※※※※※※※※※※※
ぱたぱたと落ちる雨粒。
今日は今朝から雨模様。
雨は好きだ。
潤うと気分がいい。
空気を、お肌が喜ぶ湿度に調整する。
「♪~」
あら、いけないわ。思わず鼻唄を口ずさんでしまってたじゃない。今は、あのヴァンパイアハーフ? だかの小娘がいるんだもの。静かにしてなきゃダメなのに。
あーあ全く。なんだってアタシがあんな小娘を、アタシの領域へ迎え入れなきゃいけないのよ?
ダイヤ商会? エレイス? そんなのアタシの知ったことじゃないってのっ! 海上で人魚に喧嘩売って勝てると思ってンなら、そりゃただの大馬鹿者だ。
まあ、その場合は多分・・・高確率でアタシ以外は全滅させられていただろうけど。あんの狼っ、ヒトの足元見やがってさっ! 全く・・・
どうしても足が要るってンなら、他の船紹介するから余所へお行きっ! と、言いたいところ・・・
な・の・にっ!? あんの小娘と狼は、厄介なモノ持ってやがるしさっ!
一族の掟さえなきゃあんな小娘・・・全く、忌々しいったらありゃしないわ。
まあ? 一応美人なのは認めるわよ? 遠目からだけどねっ! 遠目では、綺麗だったわ。
勿論、アタシの方が綺麗だけど。
というかあの小娘、色々雑過ぎ!
なんでず~~っと男装なのよっ! まぁ、さすがに自室での格好は知らないけど・・・スカートは? ドレスは? アクセサリーは? お化粧は? な・ん・でっ! 着飾らないのよっ!?
髪だって常に後ろで括るだけっ!
カイルがぼやくのも道理よ!
あんっな、綺麗なプラチナブロンドしておいて? まあまあ観れる顔に? オマケにスタイルだって悪くない女のクセにっ!?
ホンっト、忌々しい!
素材は極上のクセに、勿体無いっ!?
あの白い肌には、一体何色のドレスが似合うのか・・・ああもうっ、ホンっトムカつくったらありゃしないわ!
綺麗なクセにっ! 綺麗なクセにっ!
綺・麗・な・ク・セ・に・っ!
「はぁ・・・」
ちょっとはスッキリしたわ。
それにしても、ダイヤ商会とエレイス、ね・・・きな臭い話だわ。つか、うちの種族も一枚噛んでンのよねー。人魚はアダマスの傘下、しかも金融系統の重役やってるし。
乱獲され捲った人魚が辿り着いた答え。それは、『頭が悪いと狩られる!』ということだ。それ以前の人魚は、欲望に忠実っていうか、ほぼなにも考えずに享楽的に生きていた。
唄って、恋して、愛したヒトの子を生んで・・・中には人間を愛し、海を離れ、人間としてその一生を終えた人魚だっていた。
それがあるときから、一変した。
あれはもう、三百年程前になるかしら? 恋愛対象でもあり、補食対象でもあった人間や、陸の隣人でもあった他種族に、狩られる対象とされたのだ。人魚の血肉が不老不死の霊薬になるだとか巫山戯たことをのたまった連中に因って。
人魚の肉を食べたからって不老不死だなんて、なれる筈も無いのに。確かに、少しくらいは人間の寿命が延びたかもしれないけどさ? 人魚の血肉に適応できなければ、逆に寿命を縮めるだけだというのに。
けれど――――ならば、もっと人魚の血肉を食べれば不老不死になれる筈。そう、主張された。
それからはもう、地獄よねー?
仲間が狩られたから人間や他種族へ復讐して、復讐が復讐を呼び、復讐の為に殺す。血腥い殺し合いの応酬。
美しい筈の人魚が、鬼の形相で「復讐だっ!」と言って、他種族や自身の血で染まって行く様は、本当に地獄絵図だった。アタシは、そんな美しくないことが、心の底から厭で厭で堪らなかった・・・
そして、当時の人魚は二分した。
最期まで復讐派と、生き残り派とに別れて・・・結果、復讐派はほぼ全滅。人間や他種族達に狩られて、海底に引き込もったモノ達が生き残った。
とはいえ、ずっと引き込もってばかりもいられない事情が人魚にはある。
人魚は、その種族特性とも言うべきか、男の出生率が異様に低い。だから、他種族が恋愛対象に入るのだ。
割と切実な問題よねー・・・
本当に、切実で・・・
そんな人魚に、取引を持ち掛けたヴァンパイアがいた。現アダマスの当主の男。
財力は力だ。って、ね?
それから、海底にある資源を利用して、人魚はアダマスの金融業の中心を担っている。
沈没船から金銀財宝、貴重品なんかを取り放題。陸地よりも海底の方に鉱脈も多いし、真珠や宝石珊瑚もザックザック。
こうして人魚は、財力という新しい力を手に入れた。狩られる側から、財力で、連中を使う側へと変わった。
けど、それってどうなのかしらね?
正解がなんなのかは、わからない。けれどそれは、人魚には難しい生き方だとアタシは思う。
ま、そんな回想は置いといて。
今は小娘のことよ!
アタシはイマイチ、アダマスには懐疑的だ。
それというのも・・・過去に一度。あの男に会ってンのよねー? 二百年くらい前だったかしら? あの男の銀灰色の瞳。その奥には、復讐復讐言ってた人魚達と、どこか似通った色を見て取った。
人魚達や、他の種族も傘下へ入れて、あの男は先祖の始祖へと復讐をしようとしている。
そう、アタシは思った。
復讐は美しくない。憎しみに満ちたあの表情は、酷く醜い。あんな貌は誰であれ、アタシはもう見たくない。
だからアタシはあのとき、あの男の誘いを断った。アダマス傘下、金融業のトップという座を。
アタシってば、自分で言うのもなんだけど、おバカが多い人魚の中では、割と頭良い方なのよね。というかまあ、他の人魚が頭悪過ぎなだけなんだけど・・・人魚って元々、恋愛脳で享楽的なもんだから、ぶっちゃけ頭使うのが苦手なのよねー。
種族全体の、実に七割以上が頭ユルい連中という悲しい事実・・・稀に頭良い個体がいても、恋愛すると大抵はバカになるし。
そうじゃない場合は真性の変人・・・だから、復讐一色になっちゃったのよねー。おバカ共は他人の話聞きやしないもの。
まあ、『金融業のトップ』という役職については、他の、頭が残念じゃなくて協調性が多少は有る変人未満の秀才女を見繕って、アダマスからのお誘いを押し付…じゃなくて、任せたワケなんだけどね。
それなのに、今更アダマス系統との縁ができるなんて冗談じゃないってのっ!
あーあ、早くどっか行ってくれないかしら? 確か、あの小娘が、自分で出てく場合は問題無いって話なのよね?
追い出せないことが、忌々しい。
というのも、人魚には掟がある。
他種族に乱獲され捲ったからこそできた掟だ。
人魚達はもう、人魚への暴虐を赦しはしない。
人魚が望まぬ人魚の一部(鱗や髪の毛、爪、血液、歯、骨、皮膚、臓器、肉、死骸など)を持つことを、持つモノを、赦さない。
人魚の一部を見付けた場合は、できるだけ取り戻して海へと還すこと。
そして、人魚が望まぬ人魚の所有者への制裁を。
これは、復讐を望んで死んで逝った同胞達への、せめてもの慰め。
殺されて後まで身体の一部を利用されるなど、彼らは絶対に厭がるだろうから。
海へと還りたい筈だという・・・彼らを見捨てた人魚の、せめてもの贖罪。
残ったモノ達の感傷だ。
但し、人魚が自ら望んでその身の一部を託した場合については、その限りではない。
その相手には、人魚の加護を与える。
故に、その相手が海で死ぬことは、絶対に無いだろう。
これは、基本的に頭のユルい人魚達が精一杯考え、全会一致で決めた掟だ。
他種族を信用しなくなった人魚が自分の一部を託すなど、余程のことだ。仲間の命の恩人だとか、愛するヒトだとか・・・
恩には加護を。仇には報いを。
狼の方は兎も角、あの小娘。それを・・・加護の方を、持ってやがる。
全く、『それ』さえなければあんな小娘、アタシの領域へは入れないのにっ!?
あと柵とかさ?
人魚が望まぬ人魚の一部。それを取り戻すのに、アダマスやエレイスに協力をしてもらっている。
言いたかないけど、人魚は陸ではあまり役に立たないからだ。一応? 資金提供とか持ちつ持たれつなワケだけど・・・義理がある。あの狼が持つ加護も、おそらくはその関係の筈だ。
アタシははぐれだからそんなの関係無い! …とは言えないだろう。言いたくはあるけどねっ!?
これでもアタシは人魚だ。
人魚としての自分に誇りを持っている。
頭のユルいおバカな人魚達が全会一致で決めた掟は、守る。
それを破ることは、美しくない。
アタシは、美しくないことが嫌いだ。
自分の誇りには胸を張っていたい。
だからアタシは、あの小娘の滞在を許可した。
side:船主の人魚。
読んでくださり、ありがとうございました。
アマラがアルを受け入れた理由でした。
前半との落差…




