ローレルの独白。
父上の独白。
サイコ野郎の話とは対になる話です。
主人公、漸く本名が出ました。
誤字報告ありがとうございました。直しました。
娘を思い浮かべると、最初に思うのは・・・光の加減で、金色にも銀色にも見える美しいプラチナプロンド。
白金のそれを月色だと喩えたのは、シーフェイドだったか・・・フェンネルには白薔薇に喩えられ、椿には天使のようだと称される娘の容姿。
翡翠の瞳に銀色の瞳孔。色素の薄い、染み一つ無い白磁の白い肌。顔自体は母親とよく似ている。違うのは、彼女が翠の瞳、そして緩く波打つ淡いハニーブロンドだという髪質くらいだが・・・
二人の顔は、本当にとてもよく似ている。しかし、受ける印象は全く異なる。彼女が甘やかで柔らかい女性的な雰囲気だったのに対し、護身術を叩き込まれて育ち、男装を好むアレクは中性的で凜とした雰囲気を纏っている。
昔のアレクは、性格も母親に似て、女の子らしくて可愛かったが・・・
アレクの性格や雰囲気は昔とは少し変わってしまった。けれど、根本的な芯の部分は今も然程変わっていないように思う。
アレクは昔から、ヴァンパイアにしては特異な感性を持つ家族想いの優しい娘だった。
今のアレクの性格は少々ドライ気味で、割と…いや、かなり男寄りな性格に育ってしまったが、それは仕方がない。
ああなったのはスティングに預けたということもあるが、それ以前にアレクは・・・
アレクシア・ロゼット・アダマス。
それが、秘匿した娘の名前。名乗ることを許していない本名。普段は『アル』と称している。
アレク、アレクシア、またはロゼット。これは普段、身内しか呼ぶことのない娘の名前だ。
『ロゼット』という名はアレクの母親が付けたが・・・その意味に反し、アレクの半生は楽観的なものではない。
アレクはリュース…母方の血を色濃く受け継いだようで、真祖直系のヴァンパイアとしては異常に能力が低く、血をあまり受けつけられない程に弱かった。
うちの血族は、始祖である真祖がとち狂っていて、数百年程の周期で発作的に子孫を殺して歩く為、うちでは引き取りたくはなかった。
しかしアレクは・・・判っていたことだが、向こうの一族には、死を望まれる程に疎まれていた。母親は、毎日のようにアレクを殺せと言われ続けて精神に変調をきたすようになり・・・俺が育てるしかなくなった。
だから、仕方無く相談したのだ。アレクを、どう育てればいいのかと。子殺しの真祖の片割れ、うちのもう一人の始祖の、『あのヒト』へと。…彼と接触すれば、『奴』に目を付けられるリスクは当然あったのだが・・・
その結果、アレクは子殺しの始祖に拐われ、重篤な損傷を負った。
拐われたアレクを取り戻す前に、アレクのその記憶と人格とが損なわれていたことを知った。
子殺しの始祖に、手酷い扱われ方をされたせいで、アレクは変質してしまった。
漸く取り戻せるというとき、手が届く直前に、またしてもアレクは『奴』に・・・壊された。
『奴』の血を飲まされた上、致命傷を受けたアレクの呼吸と心臓は、俺の目の前で……止まった。
それを必死で繋いで、どうにか生かすことに成功したが・・・娘を守れなかった自分の不甲斐なさに、反吐が出る。
しかし、子殺しの始祖は、アレクを殺したと思っている。そのことを利用し、アレクを徹底的に隠すことにした。スティング一家に預け、生き残らせる為の教育を施させた。
アレクの記憶と、『奴』から受けた血を、『あのヒト』と、彼の旧い知り合いに封印してもらって・・・
守る為に、アレクを手放した。
アレクには父親だと認識され、定期的に会ってはいたが、家族としては暮らせていない。
その存在を、秘匿した。
それから、約二百年・・・
とうとう『奴』が、動き出した。
ヴァンパイアは真祖に近いモノ程、他生物からの栄養補給を必要としない。魔力や精気を取り込むだけで存在維持ができる個体にとって、食事は嗜好品に過ぎない。
その、栄養補給を必要としない真祖の『奴』が、アレクの血を飲んでいた。
そして、アレクは、『奴』の血を与えられた。
それが意味することは・・・考えたくもない。
アレクを『奴』に、絶対に遭わせるワケには行かない。
だからアレクに、結婚か幽閉かを迫った。
アレクへの選択の強要だが、これは同時に、俺自身への選択でもあった。
手元に置いて自分で守るか、他の誰かに娘を守らせるかの選択。
アレクの婚約者候補の条件は二つ。
それは、俺が信用できる相手で、死んでもアレクを守るという気概のある奴。
子殺しの片割れの『あのヒト』に責任を取らせようとも一瞬思いはしたが、それはそれでアレクが一生『奴』に付け狙われそうなのでやめた。
それに、自分よりも若作りな先祖の爺に娘はやりたくないとも思ったし、なにより・・・
『奴』は異常に粘着質でクレイジーなブラコンのサイコ野郎だ。あんなのが義弟として付いて来るなど、アレクがあまりにも可哀想過ぎる。
なので、フェンネル、シーフェイド、レオンハルト、そしてスティングと、とある旧い夢魔。あと、もう一人の六名を提示したが・・・
冗談ではないと一蹴された。
今のところのアレクが自ら選んだ選択肢は、自分で身を守るという自衛。
『奴』はアレクが生きていることを知らない。
ならば、アレクがあちこちを放浪している方が、『奴』と遭遇する確率は低い筈だ。
どうせ『奴』は俺を殺しに来るだろうから……アレクを、うちには近寄らせないことにした。
数十年間、『奴』が活動を停止するまでの期間。
それで、アレクの放浪を選択肢に入れた。
守る為に、また手放すという選択肢。
だが、もしもアレクが『奴』と遭遇しそうになれば・・・直ちに連れ戻す。
そして、無理矢理にでも結婚か幽閉を決行する。
アレクに恨まれても構わない。それで守れるというのなら、娘を妻にすることも、厭わない。恨まれ、憎まれようとも、俺には家族が生きていることの方が大事だ。
二度と『奴』に、家族を奪われて堪るか。
その前に、『奴』を・・・子殺しの始祖を、殺す。
そう、決めた。
side:ローレル。
読んでくださり、ありがとうございました。
ロゼットという名前には、「薔薇」や「宝石」、「大事な」、そして「薔薇色の人生」という意味があるそうです。
「薔薇」や「宝石」、「大事な」は、兎も角、「薔薇色の人生」というにはまだ程遠いですね。




