助けられないの。ごめんなさい。
誤字直しました。ありがとうございました。
フェアリーリングから境界を通り抜けると、閑かな森の中に出た。
妖精郷での終わらない宴に飽き、久々に此方側へと戻って来た。
「さて、結構久し振りな気がするけど・・・どのくらい時間が経ったのかしら?」
ずっと明けない騒がしい月夜ばかりを見ていたから、ラヴェンダー色から白んで来る静かな朝焼けの空が、なんだかやけに新鮮に感じる。
人間達を見にどこかの街に行くのもいいし、暑い地域をあちこち巡るのもいいわね。
「ふふっ」
どうしようかと考えているときだった。
――……っ、……ぅ……――
遠くから、微かに子供の泣き声が聴こえた気がした。
「あらあら・・・こんな森の中から泣き声だなんて、なにかしら?」
今は夜も明けきらないような時間。そして此処は、フェアリーリングのあるような森だ。それなら、妖精の悪戯である可能性が高い。
「それならそれで、面白いわね。けど・・・」
妖精の悪戯というのなら、もしかしたら森の中へと迷わされた人間の子供という可能性もある。子供がこんな暗い森の中を一晩中彷徨っていたのだとしたら、可哀想だ。
子供は好きなので、助けるのも悪くない。保護者が既にいないんだったら、そのまま育てることも吝かじゃない。
可愛い子だといいわ♪そう思いながら、暗い森の中を微かな泣き声の方向へと向かって歩く。
泣き声を頼りに暫く歩いていると、小さな女の子が声を押し殺して泣いていた。元は真っ直ぐであろう長い髪は、葉っぱや折れた木の枝が絡まっていてぐちゃぐちゃ。折角の綺麗な色のプラチナブロンドは台無し。そして、
「っ、く……ぅ……」
漂うのは、血の匂いと――――
女の子の背中には、折れてしまったように歪み、翼膜が裂けてしまっている、蝙蝠に似た黒い翼が生えていた。この時点で、この子が人間の子供でないことは確実。けれど、小さな子供が泣いていることに変わりはない。
「どうしたの? お嬢さん」
近寄って声を掛けると、ビクリとその華奢な肩が震えた。
「っ!?」
見上げるのは赤い色に染まる顔の、涙に濡れる翡翠。女の子が縋るのは――――ピクリとも動かない、ぼろぼろの女性の遺体。
金の髪には、女の子同様葉っぱや木の枝が絡まってぐしゃぐしゃ。白い顔は、額から流れ出る血で赤く染まっている。
「っ、……ーす、ちゃんを、たすけて……」
小さな嗚咽混じりの声が、あたしに助けを求める。
「つのが、おれてっ……ちが、……とまら、なっ……つめたく、なって……いくっ、の」
赤く染まった小さな手が折れた角を握り締め、動かない女性の額を押さえる。
「そのヒトは、もう……助けられないの。ごめんなさい」
女の子に首を振る。
「っ!? りゅーす、ちゃんっ・・・」
ぽろぽろと零れ落ちる涙。押し殺した啜り泣く声が響く。
亡くなっている彼女と、女の子を見て、ある程度の推測は付く。おそらく、この二人は姉妹か母子なのだろう。彼女達の容姿は、よく似通っている。
見たところ、彼女はユニコーンで・・・
ユニコーン達は、暫く前から純血至上主義になっていたように思う。そして確か……原種であるバイコーン達と仲違いをして、バイコーンを滅ぼそうとして――――虐殺した。そして、バイコーンの存在自体を抹消しようと躍起になっていた筈だ。
それからは、その純血を守る為、森の奥に引き籠っていた。ユニコーンの方が亜種なのだと知っているモノ達からしてみれば、それは愚かしいこと極まりない。その上、自らの種族のルーツを否定するのだから、障りが出るのは当然のことだ。
彼らはいつか、その報いを受けるだろう。
まぁ、あたしの感覚で少し前のことだから、この若い彼女が虐殺されたバイコーン達のことを知っているのかはわからない。もしかしたら、その頃には生まれていなかった可能性もある。
そんなユニコーン達に、思うことが無いワケでもないけれど・・・
泣いているこの子は――――明らかに、ユニコーンではない。
その辺りから、なんとなく事情を察してしまった。
とりあえず、彼女の記憶を少しだけ見せてもらおう。
この子を、どうしたらいいのかを知りたい。
彼女の近くに跪いて、傷付いた白い手にそっと触れ、少しだけその記憶を覗かせてもらう。
遺体にも、記憶は残るから――――
そして流れ込んで来たのは、彼女が愛おしんだ記憶。
銀髪の彼との出逢い。
彼に連れ出され、共に過ごすうちに恋に落ち、愛し合って生まれた子供。
大切に慈しむ優しい愛情。
その、穏やかな暮らしに現れた・・・
自分が、彼らの狂気と殺意とに塗り潰されそうな感覚と、もしも娘を害してしまったら? という強い恐怖と怯え。
「あぁ、それで・・・」
大切な大切な宝物を守ろうとした、その選択で――――こうなってしまったのだろう。
彼女の気持ちは、痛い程に理解した。
強烈に残るのは・・・『守らなきゃ』と、愛しい我が子の無事をただひたすらに祈る心。
「こうして行き逢ったのもなにかの縁ね」
あたしもお母様も、子供は好きな方だし・・・炎の精霊のあたしとは系統が違うとは言え、太古の夢魔であるルージュエリアルの子孫として、ユニコーンとは多少の縁が無いとも言い切れない。
なにより、幼気な、しかも可愛い子供が不幸になるのを見過ごせない。
「いいでしょう。ビアンカ・フラメルが、この子を一時的に保護するわ。貴女が安心できるヒトのところまで連れて行ってあげる」
心残りを抱いて逝ってしまった年若いユニコーンの彼女へと宣誓をする。そして、彼女へ縋って泣き続ける小さな子供を抱き上げ、
「だから、安心してお眠りなさい」
強い眠りを付与。涙に濡れた翡翠が閉じるのを確認し、彼女の骸を轟っと一気に燃やし尽くす。骨も遺さずに。
先程に比べ、大分白んで来た空を見上げる。薄紅に金色の光差す朝焼けの空。明けきるまで時間はそう多く無いだろう。
※※※※※※※※※※※※※※※
家の周辺に張られていた結界を無理矢理壊し、彼女とこの子の家へ入り、貴重品と思しき物をまとめる。
子供を、まとめた荷物と一緒に毛布に包んで家の中に残し、外へ出る。
お気に入りの女性体姿から、厳つい男性体へと姿を変化させる。
自分が男性体になるのはあまり好きじゃないけど、仕方ないわ。
そして、青空の下――――
「ごめんなさいね・・・」
可愛くない低い声で小さく虚空へと呟いて、中にあった酒を撒き散らし、小さな家へと火を放つ。
メラメラと、小さな家を舐めるように燃え上がらせる炎、漂う酒の匂いに、立ち上る黒煙の臭いが混ざる。それらを笑いながら眺めていると、やがて・・・
「っ!? こ、これは何事だっ!?」
「なぜ、火が……」
走り来る足音と共に、焦ったような低い声がした。
「ふふっ、くくっ、はははははっ!」
その声に、度数の高いお酒を浴びるように呷りながら楽しげな笑い声を聞かせてあげる。
「なにをしているっ!?」
低い嗄れ声が鋭く彼へ向けられる。
「なに、とは? わたしはただ、久々に妖精郷より帰還し、この家に泊まってやろうとしただけなのだが・・・それを、わからず屋のユニコーンの女が断ったのだ。拠って、こうして燃やしてやった。どうだ、綺麗な焔だろう? 中にいた女子供も、生きたまま灰にしてやったわ」
「なんだとっ!? アマンダを殺したというのかっ!?」
傲慢に言い放つあたしの言葉に、激昂する初老の男。若い男の方は愕然と、青い顔をして燃える家を見ている。
「なんだ? ユニコーン如きが、イフリートであるこのわたしに逆らうというのか?」
低い声で、如何にも不快だという風に、判り易く気分を害したと、顔を顰めて彼らを見やる。
「っ!? いえ、申し訳御座いません」
慌てて謝る年かさのユニコーン。思った通り、あたしに逆らうつもりはないらしい。
ぶっちゃけ、ユニコーンよりも、意志を持つ自然現象に近しいイフリータであるあたしの方が圧倒的に強い。そのあたしの勘気を恐れているのだろう。
まぁ、イフリートは炎の精霊なので、情熱的だったり、短気で気性の荒いようなモノ達が多い。気に食わない、そんな些細な理由で理不尽を強いるモノもいる。あまりにもおいたが過ぎると、ランプの魔神という強制奉仕をさせられたりもするけど・・・
あたしは今、彼らには傲慢で冷酷、傍若無人なイフリートとして映っている。進んで関わろうとは思わない筈。仮令、仲間が殺されたとしても・・・
「目障りだな。折角のいい気分が台無しだ。今すぐ消えろ。さもないと・・・」
そして更に、駄目押し。掲げた手にボッ! と炎を灯し、ゆるりと彼らへと見せ付ける。
「っ……失礼、致しました。ご気分を害しましたこと、平にご容赦を願います」
と、年かさのユニコーンが若いユニコーンを引っ張り、慌てて走り去った。
それから――――燃えている家の中に入り、アルコールの匂いを飛ばしながら、外側だけが焼けている毛布を、その中身ごと抱えて家を出る。
今のあたしは、炎を抱えて歩いているイフリートにしか見えないだろう。
これであの子も、彼女と一緒に死んだことになった。暫くは、あの子がユニコーン達から狙われることはないと思うけど――――
「・・・とりあえず、銀髪の彼のところへ連れて行けばいいのかしら?」
これからどこに向かえばいいのかしらねぇ?
読んでくださり、ありがとうございました。
かなり久々のビアンカさんでした。