もっともっと傍にいてあげたかった。
ああ、なんで?
どうしてここへ、お父様とシリウス兄様が?
小さく震える腕で、わたしより体温の低い小さな身体をぎゅっと抱き締める。
風の魔術で音を遮断。
お父様とシリウス兄様の言葉を聞かないように、聴こえないようにした。
するとこの日は、いつの間にか二人は帰って行ったようだった。
もう、来ないでほしいと祈るような気持ちで、願った。けれど・・・
やはり、お父様とシリウス兄様はわたしのことを諦めてはいないようだった。
聴こえる足音。
大丈夫。大丈夫よ。お父様達は、ローレル様の張った結界を越えられない。
ほら、足を止めた。
これ以上は、近寄って来られない。
ローレル様が来るまで、持ち堪えればいい。そうすれば、大丈夫な筈だから・・・
お父様とシリウス兄様の言うことなんて、聞かない。あの森には帰らない。帰りたくない。
アレを聞かせたくなくて、小さな耳を強く塞ぐ。なにも聴こえないように。けれど・・・
『穢れた忌み子を殺せ』
愛しているの。愛しているわ。愛して・・・
『一族の恥晒しめ』
貴方がとても大切なの。とてもとても・・・
『賤しい女』
こんな、酷い言葉なんて聞かせたくなかった。
『穢れの浄化を』『大罪を犯せし女』『殺せアマンダ』『その子供を、アマンダ』『殺せ』『穢れの浄化を』『殺せ』『忌み子を消せ』『その子供を殺せば、お前は赦してやる』『アマンダ、その穢れを』『浄化』『アマンダ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』
ごめんなさい。ごめんなさい、ロゼット。
愛しているの。本当に・・・
わたしの愛しい・・・
大切な大切な宝物。
※※※※※※※※※※※※※※※
『……』
『愚かな娘』
あぁ・・・来たのね。
また、頭に声が響く。
お父様とシリウス兄様が来るようになって、もう何日が経ったのかしら?
貴方には聴かせないようにしているけど・・・
毎日毎日毎日……
『その子供を、アマンダ』『殺せ』『穢れの浄化を』『殺せ』『忌み子を消せ』『その子供を殺せば、お前は赦してやる』『アマンダ、その穢れを』『浄化』『アマンダ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』
お父様とシリウス兄様の強く命令する声に、頭が塗り潰されそうになる。
嫌なの。
そんなこと、したくないの。
絶対嫌!!!!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……
そんなの、厭っ!!
ロゼットは罪なんかじゃない!!!!
わたしはこの子を愛しているの。愛しているわ。ロゼットを愛、して・・・
なの、に――――
「・・・リュースちゃん。ごめん、なさい・・・わたしのせい、で。生まれて来て、ごめんなさい」
不安そうな、泣きそうな顔で、こんな酷い言葉を、言わせたくなんてなかったっ!!
謝らせたくなんかなかったっ!?
「違う! 違うの! ロゼット、貴方は、なにも悪くないのっ!? そんなこと言わないでっ、お願い、だから、そんな、こと・・・」
わたしは、あの日にあの森を出たことを、ローレル様と出逢ったことを、ロゼットを生んだことを後悔なんて絶対しない!!!!
なのに、なのにわたしは、ロゼットにこんな、ことを言わせ、て・・・
自分を否定、だなんて・・・
わたしが、悪い、のにっ……
わたし、が愚かだから・・・?
ぷつりと、なにかが切れた気がした。
ローレル様が来るまで、頑張って持ち堪えるつもりだった。けれど、それはいつ?
ローレル様は、年に数度しかここへ来ない。
わたしは、ローレル様が来るまで本当にこの声に耐えられるの?
ロゼットを、守り切れるの?
愚かな、わたしに?
いつも正しいお父様とシリウス兄様に、間違ってばかりのわたしが・・・?
あ、れ?
わたしは、間違っている?
わたしは、愚かだから、いつもいつもお父様とシリウス兄様に迷惑を掛けてばかりで・・・
わたしが悪いから、こうしてロゼットにまでこんなに怖い思いをさせてしまって・・・
わたしが駄目、だから・・・
わたし、が間違っているから・・・?
お父様とシリウス兄様が正しく、て・・・?
わたしはいつも、間違ってばかりで・・・
正しい選択が、できなくて・・・?
お父様とシリウス兄様が正しいのだったら、わたしは二人の言うこと、を・・・
『その子供を、アマンダ』『殺せ』『穢れの浄化を』『殺せ』『忌み子を消せ』『その子供を殺せば、お前は赦してやる』『アマンダ、その穢れを』『浄化』『アマンダ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』
っ!?
違う違う違う違う違う違う違う!!!!
そんなことしないっ!?
わたしは今、なにを考えた?
ああ、駄目だ。駄目。駄目になる。
お父様とシリウス兄様の声を聴いていると、駄目になってしまう。
頭が、おかしくなる。
だって、正しいのはいつだってお父様とシリウス兄様の方で、いつも悪いのは、いつも間違ってばかりなのは、わたしで・・・
だからわたしは・・・
っ!?!?!?
あぁ・・・もう、駄目だわ。
お父様とシリウス兄様が帰ったことを確認して、ロゼットを抱き上げて外へ出る。
日の落ちた暗い森をふらふらと歩く。
「リュース、ちゃん?」
不安そうな顔に微笑む。
「ちょっと、お散歩に行きましょう?」
「? うん」
ロゼット。
わたしが弱くて、ごめんなさい。
守れなくてごめんなさい。
貴方は、なにも悪くなんてないの。
わたしが、わたしにっ……お父様やシリウス兄様に負けないような、もっともっと勁い意志があったなら・・・
そんなこと、今更だってわかっていても・・・
ざわざわと風に揺れる梢。ひんやりとした夜気に香るのは木々の放つ緑の匂い。
ちらほらと木の陰に見えるのは、わたし達をこっそりと窺うこの森に住む妖精達。
あぁ、もしかしたら妖精達がお父様達にわたしとロゼットのことを教えたのかもしれない。多くの善良な妖精達は、ユニコーンに好意的だから。
もっと、妖精達にも注意すべきだったのかもしれない。今更、だけど・・・
久々に二人で歩く森の中は、暗いのになぜかとても鮮やかで・・・
そして、辿り着いた断崖でわたしは・・・
――――ロゼットを抱いたまま、飛び降りた。
「ロゼット。五つ数えたら、飛びなさい。そうすれば、貴方は助かるわ。そして、ローレル様の下へ行きなさい」
そして最期に、
「愛しているわ。ロゼット」
と告げて、手を放す。
「リュースちゃんっ!!!!」
伸ばされた小さな手を避けると、ロゼットの悲鳴が鼓膜を震わせた。
ロゼットにそんな顔をさせたかったワケじゃない。けど、でも・・・
あぁ、ロゼットから手を放せてよかった。
ロゼットの、蝙蝠のような翼がパッと広がるのを確認して、安堵と共に瞳を閉じる。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
あぁ、もっとロゼットの成長する姿を見て、もっともっと傍にいてあげたかった。
泣いた顔、怒った顔、喜ぶ顔、拗ねた顔、照れた顔、笑った顔、いろんな貌を見て・・・
一緒にご飯を食べて、抱き締めて眠って、洋服を作ってあげて、お料理もお裁縫も、お掃除の仕方も、お菓子の作り方、妖精達と仲良くなる方法も教えてあげて・・・
今でもとても可愛いロゼットは、きっと将来は物凄い美人さんになるわ。
あまり傍にいられないローレル様に、ロゼットの成長する様子をお話して、一緒に笑い合いたかった。
いつか、フェンネル君や椿さんに、「あなた達の妹なのよ」って紹介したかった。
フェンネル君は素直じゃないから、ロゼットを可愛がってくれるかわからないけど、椿さんは小さな子供の面倒を看るのが得意だって言っていたから、ロゼットに良くしてくれると思うのよね。絲音さんも、可愛がってくれるといいな。
ロゼットは素直でいい子だから・・・
ローレル様と、わたしの子。
わたしの、緩く波打つ金髪とローレル様の真っ直ぐな銀髪とが混ざったような、白金色のプラチナブロンド。翡翠に銀のお月様みたいな瞳孔が浮かぶ、素敵な瞳の可愛いらしい女の子。
傍にいてあげられなくて、ごめんなさい。
大切な大切な、わたしの宝物。
愛しているわ・・・
読んでくださり、ありがとうございました。
リュースが段々と追い詰められて行く様子と、その最期でしたが・・・
まだまだ鬱展開が続きます。