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Lost memory~金盞花~

 遅くなりました。

 不快に思うような表現があります。

 そして、(しばら)く鬱展開が続きます。

 『彼女』と二人切りの平穏な生活を破った最初のそれ(・・)は、足音だった。


 家の近くを窺うような動きの足音。


 小さな家の周囲には誰も住んでおらず、基本的にそこへ訪れるのは銀髪の彼だけだった。

 しかも、彼は途中まで飛んで来ることが多く、遠くから歩いて来ることはあまり無かった。

 更には、注意深くて慎重な彼が、他人にこの場所を教えることは考え難い。


 しかし、遠くからその小さな家へ近付いて来る足音は、複数。聴こえる筈の無い足音。

 それらの足音を聴き付けた彼女は、まず警戒した。


 そして――――


愚かな娘(アマンダ)。××××・愚かな娘(アマンダ)よ。いるのだろう? 聴こえている筈だ。出て来なさい」


 低く(しゃが)れた声がした。


「!」


 驚きに目を(みは)る彼女。


「……どう、して……」


 色を失った唇から零れる(かす)れた呟き。


「なにをしているのです、愚かな娘(アマンダ)。呼んでいるのだから早く出て来なさい」


 次いで、よく通る叱責するような男の声。


「……××××ちゃん?」


 不安になって彼女を見上げると、


「っ!?」


 ぎゅっと抱き締められた。


「・・・お前の特徴と似た女と、その子と(おぼ)しきモノ共がこの森に住んでいると聞き及び、まさかと思いわざわざ来てやったのだが・・・それ(・・)が、(くだん)の子か。何故お前が、シリウス以外の子を生んでいる。愚かな娘(アマンダ)よ。それも、他種族との子など、そのような(けが)らわしいモノを」


 吐き捨てるような嗄れ声。


 なにを言われているのかはわからなかった。けれど、彼女の顔が(つら)そうに歪んだ。


「やはり、自由など与えるべきでは無かったな。シリウスの最後の慈悲を、最悪の形で裏切りよって。何故、我らが森へ戻って来なかった。何故、そのような穢らわしい(・・・・・)モノ(・・)を生んだ。何故、それ(・・)を流してしまわなかった。一刻も早くそれ(・・)を始末して出て来なさい。愚かな娘(アマンダ)よ」


 『わたし』を抱き締める彼女の腕が、苦痛に耐えるように震えた。


「違うの、××××。あれは違う。違うから。駄目よ。あんなもの、聞いては駄目」


 彼女が『わたし』へと囁いて耳を塞ぐ。


 そして――――外からの音が全て消えた。


「・・・空気の、層を作って、音を遮断したわ。これで、………(お父様)達の声は聞こえない。もう、大丈夫よ××××」


 彼女は、無理をしたような顔で微笑んだ。


 この日は、それで終わった。


 翌日。


 またしても、あの責め立てるような嗄れ声と、叱責するような若い男の声がした。


「××××。聞こえているのだろう、愚かな娘、××××・愚かな娘(アマンダ)よ。出て来なさい」

愚かな娘(アマンダ)。いい加減、子供染みた見苦しい反抗はやめなさい。早くそれ(・・)を消しなさい。そうすれば(ゆる)してあげましょう」


 彼女を(とが)め、そして赦すという声。


「っ!!」


 彼女は彼らの声に首を振り、また音が消える。


「愛しているわ。××××」


 『わたし』を見詰めて彼女が言う。翠の瞳は、今にも涙が零れ落ちそうに潤んでいた。


「大丈夫だから。大丈夫よ、××××」


 それでも、彼女は弱々しく微笑んで見せた。『わたし』を安心させるように・・・


 けれど――――


愚かな娘(アマンダ)よ』


 声が聴こえた。鼓膜を震わす音ではない()が、脳裏へと響いた。


「っ!?」


『幾ら音を遮断しようとも、無駄だ』


『下等な人間(ひと)に交じり、聖女だと祭り上げられ、思念で話すことを忘れてしまいましたか?』


 嘲るような、蔑むような、侮るような、彼女を見下すような感情が直接伝わって来る()


 そして――――


『早くそれ(・・)を殺して戻りなさい』


 当然のように、命令する()


 けれど、彼女はその()には応じなかった。


 すると彼らは、やがて痺れを切らし――――


『あまりやり過ぎと精神(なかみ)が壊れるが・・・』

『むしろ、その方が従順になるでしょう』


(けが)れた忌み子を殺せ』『一族の恥晒しめ』『(いや)しい女』『穢れの浄化を』『大罪を犯せし女』『殺せアマンダ』『その子供を、アマンダ』『殺せ』『穢れの浄化を』『殺せ』『忌み子を消せ』『その子供を殺せば、お前は赦してやる』『アマンダ、その穢れを』『浄化』『アマンダ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』


 強烈な殺意混じりの、狂気染みた()が脳裏に鳴り響くようになった。


 毎日現れる彼らは、一定の距離よりは踏み込んで来ることも、姿を見せることもなかったが、その代わり・・・


 『わたし』を殺せと彼女に命令し続けた。


 そうやって彼女を、蝕んだ。追い込んだ。


「ごめんなさい、××××・・・愛しているわ。愛しているの、ごめんなさい・・・貴方は悪くないのに。ごめんなさい……××××」


 外からの()を聴かせまいと『わたし』の耳を塞ぎ、泣きながら「ごめんなさい」と「愛している」とを繰り返し続けた彼女。

 脳裏に響く()を『わたし』に聴かさないようにして、それ(・・)に抗い続けた彼女。

 ぽろぽろと零れ落ちる涙。

 どんどんと(やつ)れて細くなって行った彼女。


 彼女の泣き顔と、優しくて痛々しい声。


「・・・××××ちゃん。ごめん、なさい・・・わたしのせい、で。………………、ごめんなさい」


 そう謝ると、彼女は首を振った。


「違う! 違うの! ××××、貴方は、なにも悪くないのっ!? そんなこと言わないでっ、お願い、だから、そんな、こと・・・」


 ぽろぽろと、涙を零して・・・


「ごめん、なさい××××・・・愛してるの・・・大好きなの・・・大切なの・・・わたし、が・・・ごめ、なさっ・・・」


 『わたし』は彼女を愛しているのに・・・


 彼女は、『わたし』のせいで――――


 『わたし』は、泣いて謝る彼女になにもできなくて。


 彼女を・・・助け、られなかった・・・


「愛しているわ。××××」


 と、彼女は最期に笑顔で――――

 読んでくださり、ありがとうございました。

 一応、ギリギリまだ六月なので・・・


 そして、金盞花(キンセンカ)の花言葉は『別れの悲しみ』『悲嘆』『寂しさ』『失望』『絶望』『悲哀』などです。

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