オレはこれでも一応、ヴァンパイアですからね。
流血注意。
そして、三人目。
彼女は大金を欲していた。彼女の家族の年収約五年分程の借金だとか。なんでも、家族が不意の事故を起こし、その治療費と慰謝料が早急に必要なのだそうだ。定期的な収入も欲しいという。
そういうワケで、頂きます。
暗示を掛けて、彼女の判断力と痛覚を鈍らせ、その手を取り・・・親指の付け根に爪を立ててぷつんと皮膚を破り、切り傷へと口付けて溢れた血を舐めとる。
ふっと鼻に抜ける血の匂い。とろりと口の中に広がる熱と、甘い味。同時に、軽めのエナジードレインで精気もちょっと頂く。
「は、ぁ…女の子の血♥️」
女の子からの直飲みは久々。やっぱり、冷たい保存血液や血晶よりも、生の血潮と脈動を感じる温かい血液の方が美味しい。
例えるなら、焼かれてから数日経った常温のパンと焼き立てのパンとの味の違いだろうか? 焼き立てで温かいと、普通のパンでもかなり美味しく感じる。まあ、小麦や水、酵母など、素材に拘り出したらキリが無いが・・・
血筋とか、血液型、生活環境、習慣、食事内容、栄養状態なんかで、血の味は変わる。
拘るヒトはとても拘るものだ。むしろ拘り過ぎて、好みの血液以外を拒否して餓死したという吸血鬼の話はある意味、伝説・・・として残っているくらいだし。マジで本当の話(笑)!
あと、直になら、血晶と違って精気も頂けるし。
首筋を噛むのがヴァンパイアの様式美だ! と、言いたいところではあるが・・・それは違う。
今では少し古風な価値観になるそうだが、首筋は基本、相思相愛なモノ(噛む方、噛まれる方)同士が合意の上で噛む場所なので、首からは血を飲まないことにしている。
あと、吸血耽溺症になられても困るから、牙もなるべくは立てない。
吸血耽溺症というのは、読んで字の如く、吸血されることに溺れる症状のことだ。吸血されるのは、気持ちが悦い。
失血という命に関わる重大事に、脳が身体に感じる苦痛を軽減させようとして脳内麻薬を放出させ、快感を感じていると錯覚させるらしい。
ヴァンパイアの吸血行為には、その快感を増幅させる作用がある。そして、太い血管程、噛まれると気持ち悦いのだ。
残念ながら、この吸血に拠る快楽増幅作用の仕様は、アンデッドの吸血鬼にも受け継がれてしまっている。
拠ってヴァンパイアのこの吸血には、中毒性が発生し易い。アル中やヤク中のように、依存してしまう可能性があるのだ。そうなれば、転落人生真っ逆さま。快楽に弱い人間程、吸血耽溺症に陥り易い。
まあ、好きなヒトを溺れさせて、好きなヒトの血に溺れたいというのが、ヴァンパイアの本能なんだけど・・・本当に、因果だ。
だけど、吸血耽溺症に陥ると、愛情など関係無く、快楽だけを追い求めるようになる。本当に死ぬまで、血を吸われたいと望むようになるとか。
そして、ヴァンパイアや吸血鬼の大半は、自分が好きな相手以外のモノは死んでも構わないという無慈悲なヒト達が大半だ。「死ぬまで血を飲んで♥️」と言われ、ラッキーと思って、実行するとか・・・
オレはそういうのが嫌いだから、実際にそうならないよう気を付けている。特に好きでもない子を、オレに溺れさせようとは全く思わないし、好きでもない子の人生に責任など持ちたくはない。
とはいえ、偶には直に人間の女の子から飲みたくなる。だから、偶ぁにこうして、女の子本人に了承を得てから血液を頂いている。勿論、頂く血液とエナジードレインに拠る疲労分以上に対価は支払うつもり。それが、血液提供者達への報酬だ。あと、アフターケアもちゃんと頼むし。
精気を吸い摂るエナジードレインも、あまりやり過ぎると命に関わる。彼女が疲労を感じる程度に留めておかないといけない。名残惜しいが・・・血を啜っていた親指の付け根の傷口から唇を放し、ぺろりと一舐め。
「・・・ふぅ…御馳走様でした」
と、操血で血小板の血液凝固作用に干渉。傷口の血液を急速に瘡蓋で塞ぐ。そしてなるべく疵痕が残らないよう、治癒力を高める。
「ありがとう。そして、お休みなさい」
彼女へと囁いて、その意識を落とす。
そして彼女を、先程の診療所へと運んだ。
「じゃあ、この子をお願い」
「承りました。では彼女への報酬は、どのような理由でお渡し致しますか?」
ハーフのオレにも、丁寧な対応。兄さん、随分と徹底的に調教…教育したものだ。あのヒト、混血の妹弟に対する無礼を一切赦さないヒトだし。
昔、姉さんを混血だと馬鹿にした部下のヒト(かなり有能だったらしい)を、その場で血祭りに上げて「妹を侮辱するモノは、僕には必要ありません」とか言って始末したというからなぁ。後で姉さんに、「アンタはやり過ぎなんだよ!」と怒られたみたいだけど・・・
それ以来、兄さんは純血のヴァンパイアのクセに非差別主義者の変り者として有名になっている。
まあ、基本的に妹弟以外のことはどうでもいいらしいけど。
あのヒトはホント、昔からやることが極端というか・・・愛情が重…深い。
「金持ちに突き飛ばされて、打ち所が悪くて気絶。で、その金持ちはあなたを病院に連れて来て、治療費を払ってとんずら。脳震盪と掠り傷の治療費には多過ぎるから、慰謝料として取っとけ。ってとこかな? ああ、それと、この子も献血希望。そして、きな臭い借金持ち。あとは任すからさ。それが適正な借金かどうか、調べてあげて」
「了解致しました」
別に正義の身方を気取るつもりは無い。ただ、血液提供者達の生活を、どうであれ縛ることへ対する代償と補償と言ったところだ。なにをどう言ったところで、オレらが血液提供者達を食い物にしている事実は変わらない。なにをしたって、単なる自己満足のようなものだ。
女の子の血液を購入して、船へと戻ることにした。
※※※※※※※※※※※※※※※
船へ戻ると、
「お帰り、アルちゃん」
微妙に黒さの滲んだ笑顔のジンがお出迎え。その後ろには、確りと仏頂面のヒューが仁王立ちしている。見ての通り、二人は怒っているようだ。
「どこに行っていた」
低い、不機嫌さを隠さない声が言う。
「散歩です」
「ジンを撒いた上、血の匂いをさせてか?」
高圧的な声に、キュッと細くなる瞳孔。そして、緑味を帯びる飴色の瞳。彼は、感情が昂ると瞳孔及び、瞳の色味が変わる体質のようだ。
「食事込みで、になりますね」
「ジンを撒く必要があるか? 怪我人が」
「ええ。オレはこれでも一応、ヴァンパイアですからね。聞いたことはありませんか? ヴァンパイアの吸血は、女の子を乱すんです。その乱れた女の子の姿を、見知らぬ男に見せろ、と? 幾らなんでもそれは、女の子に失礼ではないでしょうか? オレは、絶対に嫌です」
真っ直ぐに見返すと、
「それ、は・・・」
ぐっと言葉に詰まるヒュー。途端にその瞳孔が円くなり、緑味を帯びていた瞳が元の飴色へと戻る。お人好しなヒトだ。
「見たかったっ……」
と、悔しそうに言うジン・・・
「へぇ・・・」
「・・・おい、ジン」
オレとヒューの冷たい視線に、
「・・・あ、今のは勿論、冗談だよ? ヤだなぁ? 本気にしないでよ、ハハハ……」
半笑いでの弁明が、明らかに嘘っぽい。
「でも、アルちゃんになにも無くて安心したよ」
「・・・出かけるときは、連絡しろ」
と、どうやらお咎めは無しらしい。
「なるべく、そうします」
一応、返事はしておく。なるべく、ね?
side:アル。
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