番外。アーモンドの花言葉です。
久々の面子です。
五枚の花弁の、白に近い薄紅の花。その幾千もの花が、零れんばかりに満開に咲き誇る木。
白に近い薄紅の可憐な花が咲き誇る木をぼんやりと見上げるのは、銀の浮かぶ翡翠の瞳。
「こんなとこに桜か? 珍しいな。酒と肴がありゃ、花見ができそうだ」
いつの間にかアルの近くに来ていたヒューが、木を見上げて嬉しそうに言った。
「花見? なにそれ?」
きょとんとヒューを見上げるカイル。
「あ? 知らねぇのか? もしかして、こっちじゃ一般的じゃなかったりすンのか?」
「うん。知らない」
「ぁ~・・・花見っつーのは、だな・・・梅や桃、桜を見ながら弁当やご馳走並べて酒や肴を食いつつ、どんちゃん騒ぐ宴会みたいなもんだ」
眉を寄せながらヒューはカイルへ説明をする。
「? なにそれ?」
「だから、花見ながら宴会すんだよ」
「? 楽しいの? それ」
「ったり前ぇだ。宴会だぞ、宴会」
「それ、単にお酒が飲みたいだけじゃないの?」
「いや、だからな? はらはらと散る花を見ながら、飲むんだって」
「? それって楽しいの?」
カイルへの説明の上手く行かないヒューを見かね、アルが口を出す。
「楽しいよ? 花見っていうのは、散る花の姿の名残を惜しみつつ、その美しさと風情とを愛でるんだ。酒やご馳走はそのついで。まあ、『花より団子』って言葉もあるように、花見にかこつけた宴会がメインってヒトもいるみたいだけどね?」
「それって結局・・・」
胡乱げなターコイズが翡翠を見やる。
「ん~・・・ま、要はさ? 楽しく酒が飲めて、騒げて、ついでに景色まで楽しめれば言うこと無し♪ってことなんじゃない?」
「身も蓋も無ぇ言い方だな」
ざっくりしたアルの説明に、若干不満げな顔を見せるヒュー。
「当たっているでしょう? ヒュー」
「・・・まあ、間違っちゃいねぇが・・・」
「でも、ヒュー。これは、桜じゃない。よく似てるけど、違う。これは、アーモンドの木だから」
桜ではない、と咲き誇る花を見上げる翡翠。
「は? アーモンド? これが?」
驚くヒューへ、
「うん。だってほら、これだけ咲いてるのに、花びらが全然散ってないでしょ?」
花へと手を伸ばし、地面を差す白い手。
「確かに」
花は満開に咲き誇っているが、白いに近い薄紅のその花弁は風に舞い散ることはなく、地面に落ちる様子もない。
「というか、そもそも東アジアやヤマト地方が原産の桜がヨーロッパにぽんぽん生えてる筈無いからね。わざわざ取り寄せでもしない限り、こっちで見ることはまず無いよ」
「そうなのか・・・あ? じゃあ、なんでお前が桜を知ってンだ? アル」
飴色の瞳が不思議そうに翡翠を見下ろす。
「ああ、姉さんの母さんが向こうのヒトだからね。それで、わざわざ向こうから桜を取り寄せたらしくて・・・実家に桜の樹があるんだよ」
「取り寄せたって・・・そう言やお前、実は金持ちだったな」
「ま、そういうワケで・・・姉さんの母さんがいた頃には、桜の季節によく花見をしてたから」
ふい、とアーモンドの花へと視線を戻す翡翠。
「ぇ~っと、さ・・・それ、なんか聞いちゃいけない話だったりする? アル」
どこか困ったようなボーイソプラノに、
「? なにが?」
首を傾げるアル。
「その・・・お姉さんのお母さんがいた頃、って辺りとか?」
眉根を寄せるミルキーなターコイズ。
「え? ・・・ああ、姉さんの母さんは生きてるよ? 死んでない死んでない。向こうの方帰っちゃったから、なかなか会えないけどさ」
アルの姉、椿の母親は、アル達兄妹弟がある程度育ったことを見届けると、さっさとヤマトの方へと帰ってしまった。「ローレルとは、元々そういう約束だったからね」と言ってあっさりと。
「いや、まぁ・・・それもあるけど・・・その、アル達って、兄弟全員のお母さんが違うんでしょ? なんて言うかさ・・・その辺り、複雑じゃないのかなぁ? って」
躊躇いつつも、言葉を紡ぐカイル。
「ああ、そのこと? まぁ・・・確かにオレらはみんな母親違うけどさ。姉さんの母さんには可愛がってもらったし、シーフの母親だって、可愛がってくれるからね。別に?」
実際に、椿の母親の絲音もシーフの母親のビアンカも、アルを育てた養母のクレアも、自分の子供ではないと差別をすること無く、アル達を可愛がってくれる。
「? アルのお母さんは?」
カイルは不思議に思った。アルとその姉、弟のシーフ。話の出た三人のうち、一人分抜けている母親について触れる。
「ん~・・・残念だけど、覚えてない」
アーモンドの花を見上げる翡翠。
「え?」
「ほら、オレってハーフだから。物心付いた頃には、母親がいなくてね」
「あ……その、ごめん。アル」
「いいよ。別に」
気まずい思いで沈黙するカイル。
翡翠は、そんなカイルを向くことなく、ぼんやりとアーモンドの木を見詰め続けている。
「・・・ま、あれだな。こう、パーッと花見でもやらねぇか?」
「それもいいね」
「そ、そうだね! 僕、ミクリヤさんにお弁当とか頼んで来る!」
居たたまれなくなったカイルが、船へと走る。
「あ、カイル! どうせなら酒も用意しろって雪路とアマラに伝えろっ!」
「わかったっ!?」
返事を返したカイルが見えなくなると、
「……まあ、なんだ。その、気にするな」
低い声が気遣わしげに口を開く。
「なにを?」
「お前が平気ならいいんだが・・・アル。お前、本当はちゃんと覚えているんだろう? 母親のこと」
ぼんやりと花を見上げていた翡翠が、スッと飴色を見詰める。
「珍しいですね。ヒューが、そんなこと言うなんて」
交錯する翡翠と飴色。その翡翠は、どこか昏い翳りを帯びていて、ヒューの胸をざわつかせる。
「あ、いや……詮索するつもりは無かった。今のは、忘れてくれ。悪い。少し」
無神経だった、と言う前に、
「無分別」
ぽつんと遮る低いアルト。
「いや、だから」
「愚か。軽蔑」
更に言葉を遮られ、アルを怒らせてしまったかとヒューは焦る。
「希望。永遠に優しく」
しかし、続いた言葉にぽかんとする。
「そして・・・愚かな程の愛情」
ゆっくりと瞬く翡翠。
「・・・アル?」
開いた翡翠の瞳からは、先程の翳りが既に消えていた。
「アーモンドの花言葉です」
ふい、と満開の花へと戻る翡翠。
「・・・文句言われてンのかと思ったぜ」
安堵したように溜息を零す低い声。
「・・・お互い、花に酔ったんですよ」
「……そう、か」
「はい。綺麗ですから」
アーモンドの花を見上げるアルの表情は、どこか憂いを帯びた優しい貌で――――
「ちょっとっ、ヒューっ!? アンタが提案したンだから、荷物取りに来なさいよ!!」
「酒を一番飲むのは君なんだからさ? ヒュー」
「小娘! アンタもぼんやりしてないで敷物敷くの手伝いなさいよ!」
酒樽を抱えたジンと荷物を持ったアマラがやって来て、大きな声で花見の準備を急かす。
※※※※※※※※※※※※※※※
満開の花の下。響く音楽と歌声。
敷かれた敷物の上、雪君作のご馳走が並ぶ。
そのご馳走が出来上がって持って来る前に、既に酒を飲んで出来上がっていた二人は上機嫌だ。
既に、樽が幾つか空になっている。
狼の弾くチェロに合わせて歌う人魚。躍る妖精。テンションが上がり、剣舞を交わす猫と鬼。
陽気な宴の中――――
アーモンドは、薔薇科の植物だったな・・・
『愚かな程の愛情』、か。
樹に寄り添い、幹に手を当てて目を閉じる。
ねぇ、優しいヒト。
オレを産んで・・・
壊れてしまうまで、泣いていた貴女。
オレは、貴女のお陰で生きている。
けど、貴女は・・・幸せだった?
愛しいヒト。
アーモンドは、本当に貴女にぴったりな木だ。
とてもよく、貴女を表していると思う。
無分別に、
愚かな程に、
父上を、オレを、
愛してくれた・・・
優しい貴女。
「……リュース……」
リュース・アマンダ・ホーリレ。
今も耳に残る、甘やかな貴女の優しい声。
――――愛してるわ。私のロゼット――――
「ちょっと、小娘。アンタ、ピアノの他に楽器弾けないの? ジンが飲み食いしてると音楽止まるのよ」
「いや、さすがに休憩入れようよアマラ」
「別にお前は食わなくてもいいが。お菓子とか結構作ったから食えよ、アル」
「アマレッティとか美味しかったよ♪」
「あ、言っとくが、お前に酒は絶対ぇやらんぞ? 勿体無ぇからな」
「や、酒は別に要らないけど、お菓子は欲しいな。なにがあるの?」
読んでくださり、ありがとうございました。
いつかの春ということで、番外にしました。
桜ではなくアーモンドの木ですが、気分だけでもお花見を。




