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・・・なぜにトマトばっかり?

「ミクリヤさーん、ごめんだけどご飯急いでもらっていいですかー?」


 カイルが食堂の奥に向かって大きな声をかける。


「あ、カイル起きたんだー。おはよー。お腹空いたー?」


 奥から聞こえるのは、間延びした雪君の声。


「カイルっていうより、アルちゃんの顔色が悪くてね」

「へぇ…ちょっと待ってて、今行くー」


 ジンの言葉に奥から出て来た雪君。


「アル君さっき振りー。確かに顔色悪いねー。なんか食べられそうなのあるー? 食べたいのあるなら作るよー?」

「・・・野菜とか果物を、生で」

「サラダー?」

「いや、食材のままで。今は食べるより、精気が欲しい」

「OKー。持って来る」

「あ、僕も手伝います!」


 雪君と二人して奥へ行くカイル。


「血が欲しいなら、献血するよ? アルちゃん」


 開いていたシャツの胸元を、更に開いて白い首筋を晒すジン。


「それ、自分と付き合ってくださいっていうのと同じですよ。(ふる)いヒトになら、プロポーズだと受け取られますからね? 生憎オレは、ほぼ初対面の相手の誘いを受ける程節操無しでも、極端に飢えているワケでもないので、遠慮します」

「それは残念。でも、気が変わったら何時(いつ)でも言ってね? 遠慮はしなくていいよ。(おれ)はとても頑丈だからね」


 ジンはイタズラっぽくウインクを寄越しながら、笑みを含んだ声でシャツを直す。


「知ってます」


 獣人…特に、人狼の回復力は凄まじい。受けたダメージが細胞の再生速度の上限を上回らない限り、死ぬことはない。造血速度もかなり早い為、失血死のリスクも低い。まあ、細胞を再生する上で、体力の方が先に尽きればさすがに死ぬだろうけど。それはそれで、大変な労力…攻撃力が必須となる。


「でも、()り好みするくらいの余裕はまだまだありますよ。できれば、女の子がいいですね。人間の」

「あ、そこはヴァンパイアなんだ?」

「ええ。女の子は大好きです」

「え? え~と・・・女の子が、好きだったりするのかな? アルちゃんは」

「健康で可愛らしい女の子は、特に好きですよ」


 女の子は、大好きだ。柔らかくて温かくて、甘い匂いがする。男よりも筋肉が少なくて、牙も突き立て易い。直に血を飲むなら、女の子に限る。身内は別にして、だけど。


「・・・ぁ~、男は好きじゃない?」

「そうですね。男は筋肉が硬いですから、深く噛まないといけない。なのに、痛みに対する耐性が低い。そして、人間の男は、女よりも出血に弱い。痛みを快楽として感じる機能も女より劣る。痛いと暴れられても面倒だし……子供ならまだいいですが、子供は身体が小さい分、血液の絶対量も少ない。無駄な殺生は嫌いなので、敢えて男から血を飲もうとは思いませんね」


 まあ、オレは乙女に特別な拘こだわりは無いが、血を飲むなら健康で若い人間の子がいい。三十代くらいまでの女の子かな? それよりも上の年代や十代以下、妊婦や不健康な病人だと、頂く血の量を気にしないと命が危険だし、回復も遅くなる。血液提供者に後遺症を残すなど、(もっ)ての(ほか)だ。オレのポリシーに反する。


「割とシビアな理由なんだね。意外に合理的というか」

「意味も無く女好きではないですよ。それとも、乙女の生き血を(すす)るのは、ヴァンパイアの様式美ですから。という答えの方がよかったですか?」

「いや、それはそれでちょっと・・・」

「まあ、中には男の血を好む男のヒトや、女のヒトもいますからね。趣味嗜好と、あとは品性の問題でしょう」


 恋人や愛する相手が男だったり、ドSな趣味。あとは、硬い肉の歯応えが好きだとか…味の好みもあるだろうか? 合意であれば特に問題は無いが、やはり無理矢理はよくないと思う。


「品性?」

「ええ。嗜虐(しぎゃく)とか、快楽殺人が趣味のヒトも一定数はいますから」

「ああ……それで品性ね」

「アル君、持って来たよー」


 なんとなく話が途切れたところに、雪君が山盛りの野菜を運んで来た。


「はい、トマト!」


 ドーン! と、カイルがかご一杯のトマトを、笑顔でテーブルへ乗せた。雪君が運んで来たのも真っ赤なトマト。


「・・・なぜにトマトばっかり?」

「え? だって、トマト赤いし、血みたいじゃない? それとも、ほうれん草とか小松菜がよかった? 鉄分の多い野菜」


 カイルが言う。胸を張って。


「いや、オレが今欲しいのは精気だからね? 悪いけど、鉄分はあまり関係ないよ」


 そう言ってトマトを一つ手に取り、精気を吸う。と、急速に水分を失って色()せるトマト。ぎゅっと(しぼ)み、やがて手の中で(もろ)い砂となって崩れ落ちた。


「うわっ、トマトが砂になったっ!?」


 ミルキーなターコイズがまん丸になって驚く。


「アルっ、それ途中で止めたらドライトマトできるか?」


 雪君は雪君で料理人らしい発想だな。


「できなくはないけど、多分美味しくないよ? 精気の抜けた食べ物って基本美味しくないし、傷むのも早いからね。保存もあんまりできないんじゃないかな?」

「あー……ンじゃあいいわ。不味くて保存も利かねーンなら、意味無ぇし」


 雪君のテンション急落。


「水分だけ飛ばせばできるよ。ほら?」


 と、またトマトを手に取り、今度は精気を吸わずにトマトの水分だけを抜き取る。急速に萎み、カラカラでしわしわ、かなり小さくなったトマトが残った。


「おおっ! ナイスアル♪味見していいか?」

「別にいいけど…って、返事の前にもう食ってるじゃん」

「お、普通のドライトマトよりカラっカラ」

「アルちゃんて、水系統の魔術得意なの? 氷とかも?」

「まあ、割と得意な方ですね。操血(そうけつ)の応用みたいなものですから」


 ということにしておこう。オレが水や風との親和性が高いのは、実は母方の血筋だったりするが・・・余計なことは、あまり口にしない方がいい。


「へぇ…ヴァンパイアって、みんなそうなの?」


 カイルの質問。


「いや、個体差なんじゃない?」


 姉さんは母方の種族特性でオレとは違うタイプの風と水だし、弟も母方の種族特性で火と風。兄さんはヴァンパイアらしい操血と闇に優れている。父上は、風と雷を多用している。


 ×××は、業火ごうかと深い闇、とで・・・


 あ、れ? ×××って、誰だ?


 オレが直接知るヴァンパイアは、とても少ない。姉さんの旦那はヴァンパイアだが、風と闇だった筈。おかしいな・・・


 なにかを、忘れている? 『僕から逃げるなんて、ゆるさない』冷たい、硬質な声の囁きが脳裏に蘇る。少年の、声。彼は…冷たくて、酷い・・・


 途端、ズキンと額に鋭い痛みが走る。『アレク、大丈夫だ。思い出せないのは、それ(・・)が…お前にとって、大したことじゃないからだ。気にするな、アレク。忘れていろ』父上の低い、優しい声が脳裏に響く。


 そう、だ…大したことじゃないなら、それ(・・)は、思い出さなくて・・・思い出さない方がいい(・・・・・・・・・・)こと、だ。『そうだ、アレク。奴のことは、もう思い出すな。忘れろ』どこかつらそうな響きの…父上の声に、頷く。


 ×××のこと、は…忘れない、と・・・


「・・・?」


 あれ? えっと…オレは、なに(・・)を考えていた?


「アル君アル君、ドライトマト作ろうっ♪」


 雪君のワクワクした笑顔にハッとすると、


「ミクリヤ、そういうのは後にしなよ。アルちゃん、あんまり具合い良くないんだからさ。無理させてどうする? そういうのは治ってからにしとけ」


 ジンが呆れたようにいさめる。


「……手前ぇに言われると、正論でも多少ムカつく」


 すっと目を(すが)める雪君。地が出てるぞ? そして、うんうんと頷くカイル。


「え? なんで? ミクリヤ」

「知らん。が、ムカつく。アル、今度でいいからさっさと治せ。トマトが微妙なら、他の野菜持って来る。生の果物は今、林檎(りんご)柑橘(かんきつ)類しか無いが、どうする?」

「じゃあ、林檎と柑橘類持って来て」

「わかった。ちょっと待ってろ」


 奥に果物を取りに行く雪君。


「ドライフルーツなら結構あるんだけどね。やっぱり、ドライフルーツはダメかな?」


 カイルが言う。


「そうだね。できれば生の方がいい」


 トマトに手を向けて言う。エナジードレイン発動。籠の中のトマトが急速に水分を失い、萎み崩れて砂に変わる。


「・・・アルちゃん、お腹空いてる?」

「いえ、空腹とは別です」


 怪我を治すのに足りないのは体力と精気だ。


「アル君、持って来たよー」


 この後、トマトと林檎と柑橘類を全滅させてから寝た。


 side:アル。

 読んでくださり、ありがとうございました。

 ヴァンパイアが女の子を襲う理由。考えてみたら、あんな感じになりました。どうでしょうね?

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