俺は男とは話さんっ!
「!」
なにかが、来る。
物凄い速さで、ここへ近付いている。
それを確かめる為、ドレスの縫製を中止し、パッと甲板へと移動する。
夜明け前の白んで来た空の反対側から、
「見えないわね・・・」
と言った側から、なにかが近付いて、!
「っ!? バカ馬っ!?」
なんでバカ馬がここに?
とりあえず、船を移動・・・
「? は? なんでバカ馬が?」
小娘の、気配? アルは、あのバカ馬をとても嫌っていた。追い掛けられているのかしら?
空を見上げるが、アルの姿は見えない。相当高い高度を飛んでいるのかしら?
「・・・なんにせよ、迂闊に船を出すワケには行かないわね」
むしろ、あのバカ馬の方へ動かす・・・までもなく、バカ馬が船へと猛然と突っ込んで来た。
そして、
「とうっ!?」
大きく高く跳ね上がり、
「今すぐ医者を出せーっ!?!?」
バリトンを響かせて甲板へ着地した。
その腕には、目を閉じたアルの姿。
「っ! ジンっ!?」
大声でジンを呼ぶ。と、
「どうかした・・・って、アルちゃんっ!?」
訝しげな顔で出て来たジンが、血相を変えてバカ馬の方へ向かう。
「なにがあったっ!?」
「主な怪我は、右肩の脱臼と右腕の痣。右腕の方はもしかしたらヒビが入っているかもしれない。一応、右肩は入れたが、筋肉や腱が心配だ。以上」
バカ馬はそう言うと、そっとアルをジンへ渡す。
「早く診てやってくれ」
「わかった」
ジンが意識の無いアルを連れて素早く医務室へ移動した。すると、
「どういうことだ?」
緑みを帯びた飴色を、剣呑に光らせた低い声。そして、音も無くアーミーナイフを構えたギラギラと光る猫の瞳が、バカ馬…トールを捉える。
いつでも斬り掛かれるように。
「俺は男とは話さんっ!」
キッパリとした馬鹿馬鹿しい言葉に、ざわりと殺気立つヒューとミクリヤの二人。
「だが、美女モドキに、可憐な人魚のお嬢さんからの伝言があるから特別だ。一度しか言わん」
トールは物怖じせず堂々と告げる。
誰が美女擬きよっ!? と、怒鳴り付けたいところだけど、それは堪える。
「・・・聞きましょう」
と、アタシが応えると、
「アルゥラを・・・『アル様の親族を名乗り、迎えに来る純血の方へは絶対に渡さないでくださいませ。アル様をお守りください。お願い致します』以上が、人魚のお嬢さんからの伝言だ」
低いバリトンが百合娘の言伝を伝えた。
緊張を孕み、しんとする甲板。
潮騒の音が、やけに響く。
アルは仕事だと言って、純血のヴァンパイア達のいるパーティー会場へ向かったという。
カイルとジンが言っていた。
そして、怪我をして意識を失った状態で、トールへ抱えられて帰って来た。
更には、百合娘の伝言。
純血共となにかあったと考えるのが自然だ。
「・・・なにがあった」
低い声が言う。しかし、
「・・・」
トールは答えようとしない。
「なんか言えよ、おい」
「・・・」
「だんまりってンなら、力付くでも話させる」
スラリと抜いた剣を、トールへ向けるヒュー。
「・・・」
そして、それでも黙り続けるトールの背後へ、ミクリヤが音も無く回り込む。
「いい度胸だ」
剣呑に光る緑みを帯びた飴色の瞳。
side:アマラ。
※※※※※※※※※※※※※※※
アルゥラが可憐な人魚のお嬢さんと着替えに行って、少し経ってから・・・
「大変不本意且つ、非常に心配が尽きませんが、あなたへお願いしたいと思います。どうか、アル様を・・・アマラ様の船までお連れください」
可憐な人魚のお嬢さんが一人でパーティー会場へ現れ、深々と俺へ頭を下げた。
「わたくしへ払える対価なら、なんなりと仰ってください。最大限努力致します」
魅惑的なソプラノが切々と頼む。
「そうだな・・・なら、お嬢さんのキスを」
と、冗談めかして言ってみたら、決死の表情で俺を見上げる可憐な人魚のお嬢さん。
「では」
「いやいや、お嬢さん? 今のは冗談だ冗談。本気にしないでくれ。俺は、女が大好きだからな。無理強いするのは嫌いなんだ。特に、既に好きな奴がいる女に、無理矢理手を出すことはしない」
「え?」
驚いたように見開くアクアマリンの瞳。
「女の嫌がることをしないのが信条なんだ。ま、女の方から誘って来るなら別だがな?」
パチンとウインクをすると、スッとまた元のように温度を下げるアクアマリンの瞳。
「そうですか」
「ああ。ところで、お嬢さん。今更だが、俺の名前はトゥエルナキス・デザイン・ヴァイオレットだ。気軽にトール♥️って呼んでくれ。勿論、ハートマークは忘れずにな?」
「・・・では、バイコーンの殿方」
低くなるソプラノ。
「フッ、お嬢さんは恥ずかしがり屋さんのようだな? だが、俺をバイコーンと呼ぶのはやめてほしいんだ。ユニコーンのクソ共が、殺しに来るかもしれないからな。アルゥラも、自分をユニコーンだとは絶対に名乗らないだろう? 俺も普段は、自分を水棲馬だと称している」
水棲馬は全くの別種ではあるが、バイコーンと似たような特性を持つ種族だからな。角さえ出さなければ、判別が難しいだろう。無論、俺は人間を喰うことはしないが。
「・・・理解しましたわ。では、ヴァイオレットさん。で、宜しいでしょうか?」
「ああ、それでいい。お嬢さんは?」
「わたくしはリリアナイト・ローズマリーと申しますが、名前を呼ばれたくありません」
「それじゃあ、人魚のお嬢さん」
「はい」
「アルゥラを、船へ連れて行ってほしいというのは、あの美女モドキのいる船でいいんだな?」
「美女擬き・・・まあ、アマラ様はお美しい方ですわね。ええ。その船ですわ。そして、もう一つお願いがあります」
溜息を吐きながら頷き、俺を見上げる人魚のお嬢さん。アクアマリンの真剣な色。
「なんだ? 俺は基本、女の頼みは断らないぜ」
「・・・本当に、女性がお好きなのですね」
呆れの入った、けれど少し優しい声が言う。
「アルゥラも、女に甘いだろう? 似たようなもんだ。無論、俺の方が女好きは上だがな!」
女好きは、バイコーンやユニコーンの種族特性だからな。それはもう、治しようがない!
「・・・そうですか。では、今夜のことは他言無用でお願い申し上げます。アル様の血統、そして真祖の君とのご関係、この場で起きた出来事。全てを秘してくださいませ」
「わかった。まあ、元々よくわかってはいないが、アルゥラがあの真祖のガキに酷いことをされたというのは、判る。それらを含め、アルゥラのことを他言するつもりは端から無い」
「そうですか。配慮に感謝致しますわ。では、アマラ様…ヴァイオレットさんの言う、美女擬きの方へ伝言をお願い致します」
ホッとしたという風な人魚のお嬢さん。余程アルゥラのことが心配だったらしい。
「任せとけ!」
「では・・・アル様の親族を名乗り、迎えに来る純血の方へは絶対に渡さないでくださいませ。アル様をお守りください。お願い致します。以上です」
※※※※※※※※※※※※※※※
そして、人魚のお嬢さんから託された、気を失っているアルゥラを抱えてこの船へ来たワケだが・・・
俺は男とは話さんと言ったのに、それを理解しないアホ野郎共が、なぜか殺気立っている。
ピリピリと突き刺さる怒気混じりの殺気。
なぜだ? 解せん。
「ハッ、そうか! 俺は前々からわかっていたが・・・さてはお前ら、頭が悪いなっ!」
「あ゛?」
瞬間、鋭い殺気が迸った。しかし、
「なんだ? 遅ぇ」
背後から襲い来る小さい野郎を半身になって避け、前から来る更に遅い刃を軽く蹴って逸らす。
「チッ…」
「なっ!?」
「バっカじゃねぇのお前ら。そんな遅ぇ攻撃が俺に当たるワケねぇだろ? せめてアルゥラくらいの速度出せよ。まあ、それでも食らってやらんがな! あと、俺は男には優しくしねぇ!」
まあ、俺は一応ユニコーンと、女へ非道な真似をするクソ共以外は殺さないと決めているが・・・
誰が馬鹿正直に攻撃を食らうか!
当然、逸らすくらいはする。その余波で腕や肩を傷めようが、そんなことは知らん!
男にそんな配慮はしてやらん!
馬鹿共の自業自得だ!
男なんぞどうでもいいわっ!!!
side:トール。
読んでくださり、ありがとうございました。
久々の面々。ピリピリしてますが、やっぱりトールは締まりませんね。




