次に逢ったとき、凄く恨まれてそうだよ。
怪我の痛い表現があります。
「さて、と・・・」
とりあえず、イリヤをどうにかしようかな?
「まずは・・・」
水蒸気を引っ張り、空中に二メートル程の水球を作る。更にそれから不純物を除き、純水へ。
「…っいっしょっ! っと・・・」
そして、その純水の水球へとぷん! とイリヤを放り込む。片腕だとキツいな? 全く・・・
「ふぅ・・・」
それにしても、頭が痛い。角を仕舞おう。
「っ!? ぅ…ぐっ・・・っ!?!?」
イリヤに折られ、砕かれたアルの角は・・・アルから抜いたイリヤの血と、そのイリヤの血を操作する為に、ほんの少しだけ混ぜられたアークの血とでコーティングされている。
折れて砕けた真白い角を覆う、真紅の血晶。
頑丈な真祖の血晶で保護されてはいるが、これは言わば神経過敏な疵痕。露出しているだけで、空気さえも痛覚に障る。
「っ…くっ、ああぁっ!?」
そしてこれは、イリヤとアークの血晶だから、当然この角は、あの二人へ反応する。
イリヤへ引き摺り出され、イリヤへ反応し続けていて、仕舞うのも一苦労だ。
例えるなら・・・折れて飛び出た骨を、筋肉の中へ戻すような感覚・・・だろうか?
しかも、自分の手で・・・
ものすっっっごく痛いっ!!!
「ハァ、ハァ・・・は、ぁ・・・」
「大丈夫かっ、アルゥラっ!?」
痛みに拠る貧血でふらついたところを、逞しい腕が支えてくれた。
「っ・・・あぁ、ありがとう」
馬の子の声に礼を言う。
「っ・・・どなた、ですの?」
掠れたソプラノの声。ふらふらと立ち上がった人魚の子が、真っ直ぐに俺を見据える。
「あたしは夢魔のルー。大体の話は聞いていただろう? アルやこの馬の子の先祖に当たる」
「・・・それは、わかりましたわ。ですが、アレク様はどうなされたのです? 真祖の君からお守り頂いたことは感謝致します。ですが、アレク様をっ・・・お返し、くださいませ」
震えるソプラノの声。
「そんなに怖がらなくてもいいよ。まあ、残念ながら、アルはまだ返してあげられないけどね」
「っ!? どうして、でしょうか?」
「うん。今ね、ものすっっごく頭痛いから。痛み耐性低いと、ショック死とか、発狂するレベルの痛み。さすがに今変わると、アルが可哀想だからさ」
それに、今変わるとバーサクするか、ぶっ倒れるかだろう。アルの限界は近いけど、今ここで、イリヤを放って倒れるワケには行かない。
「っ…そう、ですか・・・」
潤んだアクアマリンの瞳が伏せられる。
「イリヤをなんとかしなきゃいけないんだ。手伝ってくれるかな? 人魚ちゃん」
「どう、されるのですか?」
「とりあえず、氷漬けにしようと思ってね。イリヤを殺すことはできないから」
「殺さないのか? 明らかにやべぇだろコイツ」
馬の子が口を挟む。
「違う。殺せないんだよ。俺は元々、直接戦闘が苦手なんだ。それに、これはアルの身体だ。イリヤと戦えるワケがない。幾ら今の彼が弱っているとはいえ、殺せるだけの火力自体が無いんだよ。中途半端に攻撃して、寝た子を起こすような真似はできない」
「そう、ですか・・・」
「それで、どうするんだ?」
うん。わかってた。
馬の子は、頭が残念だって・・・
「とりあえず、手を貸してくれるかな?」
「任しとけ!」
「水を寄せてくれる?」
「おう!」
「わかりましたわ」
馬の子と人魚ちゃんとで、大量の水を寄せる。そして、その水から不純物を除いて純水へ。
純水の球の中で瞳を閉じ、揺蕩うイリヤ。
「で、この純水から空気を抜いて圧縮」
イリヤを潰す勢いで圧縮する。どうせイリヤは、水圧くらいでは死なないだろうし。
どんどん圧縮する。
圧縮、圧縮、圧縮、圧縮、圧縮・・・
水の分子結合を強固にし、温度変化を経ずに、水を凝固させて個体へと至らせる。
そして、透き通った球体の氷がイリヤを閉じ籠める。氷の揺り篭の完成だ。
透き通った球体の氷は非常に固く、溶け難い。
「これなら、数百年は安心かな」
「数百年…ですか」
「そう。数百年くらい。氷が溶けなければ、ね? 次に逢ったとき、凄く恨まれてそうだよ。全く」
「で、これをどうすんだ?」
「人魚ちゃんにお願いしようかな」
「承りました。お任せください」
わかっていたという風に頷く人魚ちゃん。
「それじゃ、肩を入れてくれる?」
馬の子を見上げて言う。
「・・・わかった。痛いだろうが、我慢してくれ」
渋い顔でアルの右腕をそっと掴むと、右肩へと置かれる褐色の熱い手。そして、
「行くぞ?」
「お願い」
歯を食い縛り、深く息を吐いた。瞬間、
「っ!?!?」
ゴキンっ! と、鈍い音と共に肩へ走る激痛。
「・・・ぅ・・・」
痛みに貧血を起こすと、
「大丈夫か?」
心配そうに覗き込む蘇芳の瞳。
「ああ、ありがとう」
イリヤの血が活性化しているせいで、傷の治りは早い。胸の火傷や胸骨のヒビもある程度よくなって来ている。けど、脱臼は骨を入れないと治らない。そして、肩の腱や筋肉が傷んでいる。
「・・・」
服もなぁ…このドレス、かなり仕立てがいいのに。ぼろぼろだ。勿体無い。
ワインレッドのハイネックのノースリーブドレス。だというのに、胸元は裂けてるし、スカート部分には太腿までの破いたスリットが・・・
さっきっから、馬の子がじろじろ見ている。
俺の身体なら好きに見てくれて構わないんだけど、アルはきっと、凄く嫌がるだろう。
「人魚ちゃん」
「はい。なんでしょうか? ルー様」
「着替えたいな」
「着替えるのかっ!? なんて勿体無いことをっ!? ハッ! いや、着替えるんなら俺が手伝うぜっ!」
「最っ低ですわね」
低温のソプラノで、人魚ちゃんが生ゴミを見るような視線を馬の子へ向ける。
「そうだっ! お嬢さんも手が必要なら是非言ってくれ! むしろ、俺に手伝わせてくださいっ!? 二人共、怪我が酷いだろう?」
「・・・結構ですわ。アレク様のお着替えの手伝いは、わたくしがさせて頂きます。あなたはそこで、真祖の君を見張っていてくださいませ」
「フッ、成る程な。アルゥラの着替えを覗く為、このガキが復活するかもしれないからなっ!?」
本気でそれを言っている馬の子に、
「・・・」
人魚ちゃんが無言で指を鳴らす。
※※※※※※※※※※※※※※※
と、俺と人魚ちゃんは別室へいた。
「アレク様は、どうされているのですか?」
着替えを手伝ってくれながら、人魚ちゃんが俺を見上げて質問する。
「寝てる、かな?」
イリヤのことを思い出すことをスイッチとして、俺と交代するよう仕込んでいた。
ローレルがイリヤに対して仕込んでいた徴を真似てみたけど、それが効を奏した。
アルをあんなイリヤへは、渡したくない。
それは、あまりにアルが憐れだ。
イリヤがあれ程に愚かじゃなければ・・・
まあ、ローレルは絶対に赦す筈もないけど。
そして俺は、できればアルには、イリヤのことは忘れていてほしいと思っているが・・・
「そう、ですか・・・アレク様がご無事なら、リリはなにも申しません」
「ありがとう、人魚ちゃん」
「ルー様。リリは・・・真祖の君を、海底へ連れて行けば宜しいのですね?」
「お願いするよ」
「はい。新しい船は、アレク様の兄君へおねだりすることに致します。そして、アレク様」
そっと伸ばされた小さな手が、頬を包む。
「リリの、我が儘でっ・・・このような事態へ陥ってしまい、本当にっ…申し訳、ありませんっ」
ぐしゃぐしゃの顔で涙を零すアクアマリン。
「ごめっ…なさっ、アレク、様っ…」
嗚咽混じりのソプラノ。
「人魚ちゃんは悪くないよ。遅かれ早かれ、いずれはこうなっていたと思う。それが、今だったというだけのこと。今回目覚めてからのイリヤは、無意識にずっと・・・アルを追っていたから」
本人はアークを追っているつもりだっただろうけど・・・イリヤが辿っていたのはアルの軌跡。
まあ、アルに混ざったアークの血・・・だとも言えるが。
むしろアルには、アークの血よりもイリヤの血の方が多く混ざっている。
そして、今のアルに混ざっているのは、それだけでもないんだけど・・・
全く、あの無自覚は本当に、度し難い。
「泣かないで? アルもきっと、そう言う」
人魚ちゃんの目尻へ口付け、涙を拭う。と、
「っ・・・アレク様、へ…海のご加護、を」
顔を上げた人魚ちゃんが、そっとキスをした。
「アマラ様の、船まで・・・お送り、したかったの、ですけど・・・申し訳、ありません……」
「うん。わかってる。ありがとう」
そして俺は、
「アルを、お願い・・・ね?」
目を閉じた。
side:夢魔。
読んでくださり、ありがとうございました。
夢魔のヒトは、イリヤのしたことを最低だと思っていますが、イリヤ自体のことを嫌っているワケではありません。
夢魔のヒトは博愛なので。




