海にいる人魚を、舐めないでくださいませっ!
流血、暴力注意。
黒髪金眼で少年の姿の、ヴァンパイアの真祖。
それは、ローレル様が警告なさった子殺しの始祖と呼ばれる真祖の君の特徴です。
彼の真祖と出遭ってしまったなら、フェンネル様を逃がすこと。それが、わたくしへ与えられたローレル様からの最上位の命令となります。
その為の手配は、フェンネル様をわたくしの船へ乗せてより、予てから済ませておりました。
その準備が徒労で済んだのでしたら、どんなに宜しかったことでしょうか・・・
それも、アレク様のお加減が悪いときに・・・結局、フェンネル様にアレク様のことを聞きそびれてしまいましたわ。
そして、このような事態へなってしまって・・・アレク様をどうお逃がし致しましょうか?
アレク様をフェンネル様と同じ船へ、というワケには参りませんし・・・
フェンネル様と、その使用人の方々のみの空間など、アレク様がフェンネル様へなにをされてしまうのかわかりませんもの。その点に関してはハッキリ言いまして、ローレル様を含め、フェンネル様は皆様から信用がありません。
無論、わたくしもフェンネル様を全く信用しておりませんわ。仕事に関してのフェンネル様なら兎も角、先程アレク様へ無理矢理ご自分の血液を飲ませたことなど、到底許されることではありませんわっ!信用など、誰が致しますかっ!
それに、わたくしは・・・船内に在る遠くのモノを引き寄せることはできても、遠くのモノを遠くへ跳ばすことができません。
フェンネル様は近くにいらしたので、遠くへ跳ばせましたがアレク様は・・・
「あれ?いなくなった・・・ま、いいか。君からも、仄かにアークの匂いがしているしさ」
ふっ、と嬉しそうに微笑む真祖の君。
彼の方は、ヴァンパイアやアンデッドの吸血鬼以外には存外寛容であらせられるのだとか。
こちらから攻撃を仕掛けたりしなければ、無闇に命を取られることはない、とお聞きました。
「さあ、聞かせてよ」
わたくしへ向かって一歩踏み出す真祖の君。
「アレクって、誰?」
それに対し、わたくしは一歩退ります。
「申し訳ありませんが、わたくしは殿方が苦手なのです。あまり近寄らないでくださいませ」
「?へぇ・・・人魚なのに?珍しい」
わたくしの言葉へきょとんと首を傾げ、真祖の君が足を止めてくださいます。
やはり、ヴァンパイアの方以外には寛容・・・ということなのでしょうか?
「人魚って、男好きで淫乱、そして尻軽で、頭空っぽの連中だけじゃなかったんだ?」
なかなかに辛辣なことを仰りますわね。
まだ、口だけ、ですけれど・・・
「まあ、酷い仰り様ですこと。あながち間違いではありませんが、人魚にも個体差がありますわ。殿方を苦手とする人魚も、ここにいます」
「ふぅん…それは知らなかったよ」
「では、以後お見知り置きを」
とても、とても怖い方なのは、判っています。その雰囲気から、ビリビリと伝わって来ますもの。
けれど、逃げるワケには参りません。
「それで、いつ答えてくれるの?僕の質問に」
わたくしを見上げる冷たい金色の瞳。それは、フェンネル様よりも酷薄な色を宿しています。
「お答えできません」
「・・・」
更に、温度を下げる金色の視線。
「アーク様というお方を、わたくしは存じ上げません。知らないことはお答えできませんので」
「・・・ふぅん。そう。でも君は、アレクというヒトのことは知ってるんだよね。答えて」
ヒヤリとするような声が命令します。
「アークじゃなくて、アレク」
けれど・・・なぜ、こうも真祖の君がアレク様を気にされるのでしょうか?
アレク様は彼の真祖の君が狙い、弑して回っている血統の血筋ではありますが、純血のヴァンパイアではありません。
通常であれば、彼の真祖の君が放置する筈のハーフであらせられるというのに・・・
わたくしには、それがわかりません。
ですが・・・
「答えたくありませんわ!」
腹に力を込め、答えます。
わたくしは、アレク様を絶対にお守りすると決めているのですから。
「・・・そう。なら、いい。自分で探す」
そう言って、会場の外へ向かおうとする真祖の君。その、外へ出る為の扉を、バタン!と全て閉ざし、ガチャリ!と鍵を掛けます。
「・・・どういうつもり?邪魔するの?」
低い声に滲む、強い怒気。
「申し訳ありませんが、お通しできません」
「なら、君を倒せばいいのかな?」
真祖の君の白い手がゆるりと上がった瞬間、
「っ!?」
わたくしの頬が裂け、つうと血が伝いました。
「なるべく手加減はするけど、死なないでね」
薄く嗤い、手を振るう真祖の君。
頬を拭い、
「・・・そう簡単には倒れませんわ。海にいる人魚を、舐めないでくださいませっ!」
わたくしを狙う、真祖の君が操る風を、船の外へと跳ばして防ぎます。
side:リリアナイト。
※※※※※※※※※※※※※※※
全く、なんだってみんな邪魔するんだろう?
僕はただ、アークに逢いたいだけなのに。
早くアークに逢いたい。早く。早く、早く、早く、アークに、逢いたい。アーク、アーク、アーク、アーク、アーク、アーク、アーク………
なのにっ!?
みんなが僕の邪魔をするっ!!!
やっと、やっとアークの気配を見付けたのにっ!!
やっと、こんなに近くに来れたのにっ!!
アークはこの船のどこかへ隠れていて、僕がアークを探さなきゃいけないのにっ!!!
なのにっ、邪魔ばかり・・・
折角、気分がいいのに・・・
風を使って人魚を攻撃するけど、それが当たらない。人魚へ向けた風自体が、別の場所へ飛んで行っている気がする。確か、海にいる人魚はなかなかしぶといんだったっけ?
あぁ・・・なんか、苛ついて来た。
風で攻撃しつつ、移動する。そして、
「っ!?」
横合いから人魚の腕を軽く掴む。やっぱり、人魚は動くのが苦手だ。全く反応できてない。
「!放し」
「五月蝿いな?」
軽く力を籠めると、
「くっ、ああっ!?」
ボキッ!と鈍い音がして、人魚の腕が呆気なく折れ曲がった。
「脆い」
人魚なんかに触るのは嫌だけど、仕方ない。下手に殴ると、多分死んじゃうからね。
他種族を殺すのは、アークが嫌がるんだ。
「ねぇ、通してくれる?」
「…っ!?お、断り…します、わっ!」
蒼白な顔で、挑むような笑み。
「仕方ないな」
殺さないよう、優しくしなきゃ。
人魚の首を掴み、背中から床に叩き衝ける。
「カッ、ハっ!!」
「人魚如きが、あまり調子に乗るな」
膝を踏み、ゆっくり力を入れる。
「っ!?」
「君らは、多少死に難いだけで弱いんだからさ?」
「っっ・・・あぐっ!!」
パキンと、呆気なく膝が砕ける音。
けれど、その頃には先程折った腕が治っている。
人魚は再生力が高い。まあ、多少死に難いだけで、死なないワケじゃないんだけど。
首を落とせばコロッと死ぬし、燃やせば呆気なく灰になる。殺すのなんて、簡単だ。
むしろ、殺さないようにするのが難しい。
「さて、どこまで我慢できるかな?」
多分、この人魚が気絶すれば、僕はここから移動できる筈なんだ。
壊れる前に気絶してくれないかな?
ゴキ!バキ!骨を砕く度に上がる苦痛の声。そして、それが治って行き、またその骨を砕く。
「ねぇ、さっさと気絶しちゃいなよ?」
「ぃ、ゃ…です、わっ…」
僕は早く、アークに逢いたいんだ。
けど、なんでだろう?
この、挑むような顔で耐える人魚の・・・この表情に、なぜか既視感を感じる。
それがわからない。
わからないけど、なんだか・・・苛つく。
人魚の腕を、足を、踏み躙って骨を砕く。
「ぅっ・・・くっ!!!」
脂汗を流し、蒼白な顔で歯を食い縛る表情。
それでも人魚は、気絶を耐える。
何度手足を踏み躙って、骨を折って砕いても、僕を見上げる…その、挑むような表情が変わらない。
なんだか、苛々する。
まるで、アレのようじゃないか・・・
「?」
アレって、なんのことだっけ?
よく、わからない。けど・・・
なんで、こうも苛立つ・・・?
僕は、アークを探しに来たのにっ!
「…ハァっ、ハァ…くっ・・・」
荒い呼吸の人魚の髪を掴み、上半身を起こし、
「ここを通せ」
反対の手に炎を纏わせる。
「っ・・・お断り、しますわっ!!!」
炎へ怯んで、明らかに怯えているのに、その瞳は、折れない。だから・・・
「っっ、あああァぁアぁぁぁァっ!!!」
人魚の絶叫と、肉の焼ける臭いが漂った。
side:狂った真祖。
読んでくださり、ありがとうございました。
リリがボッコボコにされてます・・・けど、これでもイリヤはリリに手加減してます。




