・・・ご飯、食べた?
「・・・そうだ、カイル。アルちゃんに関する、重大な話があるんだけど、君にはまだ早いかなぁ?」
ニヤリと嫌な笑い方をするジン。この顔は、僕を揶揄うときの顔だ。その言葉に、観察するようにジンへ視線を向ける翡翠。
「・・・」
「なにさ?」
「アルちゃんはね、アルちゃん、なんだよ?」
アホらしい言葉に、呆れたように翡翠の視線が外れる。
「は? なに当たり前のこと言ってンのこのヤブ医者は? なに? とうとう頭沸いちゃったワケ?」
「やれやれ・・・まだ気付かないなんて、カイルはホント鈍いなぁ。ヒューを目指すのはいいけど、そんなとこまで同じじゃなくていいのにねぇ?」
わざとらしい溜息、そしてジンはまだニヤニヤと笑う。
「ねー? アルちゃん」
「別に。どうでもいいです」
「いやいや、アルちゃんがよくても、俺らがよくないから。こういうことは、ちゃんとしなきゃ。お互いの為に、ね?」
「そうですか」
「そうだよ。協同生活を送る上で、プライベートは大事だからね。万が一、カイルに着替えとか覗かれたら、さすがにアルちゃんも困るでしょ?」
「は? 着替え? なに言ってンの?」
「うん。これだけ言ってもまーだ気付かないか。ホンっト鈍いなぁ?」
「意味わかんないんだけど? あと、そのニヤニヤ顔が不快だし。やめてくれない? ヤブ医者」
「やれやれ・・・全く、仕方無いなぁ? カイル。アルちゃんはね、女の子なんだよ?」
・・・?
「・・・は?」
思わず、間抜けな声が出てしまった。
「いや、なに嘘言ってンのヤブ医者。アルが女の子? 冗談。格好とか、普通に男じゃん。僕より少し、ほんの少しだけだけどっ…背が高いし!」
「いや、それカイルが背低いだけ」
「煩いよヤブ医者っ!!!! そ、それに、アル胸無かったよ? っていうか、むしろかなりゴツくて固い胸板してたからっ!」
チンピラ共に追われて逃げるとき、抱き抱えられた。そのとき不可抗力でアルに密着させられたけど、全然柔らかくもなんともなかったし。むしろ、固かった。僕よりも逞しかったしっ……
「うわー、カイル君ってば大胆ー! 出逢って間もない女の子の胸触ったのー? しかも、そんな酷い感想を・・・ごめんね、アルちゃん。うちの男共ときたら、本っ当に本気で女の子に失礼なバカ野郎ばっかりで」
「いえ、別に。まぁ、色々と仕込んでますからね。固くて当然です」
アルは無表情で着ているジレに手を入れると、指の間に細いナイフを三本挟んで取り出して見せた。キラリと鋭く輝く抜身のナイフ。切れ味が良さそうで・・・
「え? それ、常に仕込んでるの?」
「ええ」
アルはさっとナイフを仕舞う。そりゃあね? そんな、ナイフが沢山仕込まれてたりもすれば、固い胸板だと勘違いもするだろうさ。
「そう……」
微妙に引きつるジンの表情。
「って、そんな切れ味良さそうな刃物、服ン中仕舞って大丈夫なワケっ? 僕、一歩間違えば危うく刻まれちゃってない? それで自分に密着させるとか、なんて恐ろしいことするのさアンタはっ!」
「ん? ああ、それは大丈夫。これ、防刃性能の服だから。これくらいじゃあ破れないよ」
「え?」
仕舞われた筈のナイフが、いつの間にかアルの左手に握り込まれていて、その鋭い切っ先が、止める間も無くアルの胸に突き立てられ…
「ほら、入らない」
…ずに、ジレで止まった。
「アルちゃん、さすがにそれは俺も驚くから……」
動揺したようなジンの声。
「・・・ちょっ、いきなりなにしてんのっ!? そんな危ないことしてっ!! 馬鹿なのっ!?」
安堵の溜息と、次いで湧き上がる怒り。
「? 大丈夫ってことの証明。カイルが怖いって言うから。平気でしょ?」
「むしろアルの行動のが怖いからっ!? っていうか、ナイフ仕舞ったよね? どこから出したのさ?」
パッとナイフを握る手を開くと、アルは袖口にナイフを滑り込ませる。
「袖口にも仕込んでンだ・・・それさ、危なくないの? 服は丈夫でも、皮膚もそうだとは限らないでしょ。怪我しない?」
聞くだけ無駄だろうけど、とりあえずは言っておく。僕の心の平穏の為に。
「大丈夫。そんなヘマしないから」
案の定の答え。
「そーれーでー、カイルはいつアルちゃんの胸に触ったのかなぁ? あーあ、羨ましい」
ニヤニヤとイヤらしく笑うジン。この、ヤブ医者は!
「僕は触ってなっ!? 不可抗力でアルと密着しただけっ! アンタみたいな女好きと一緒にしないでよねっ! むしろ、アンタの方が最低だからっ!! アルも、黙ってないで嫌なら嫌だって言いなよ」
「・・・」
面倒そうな溜息。
「アル?」
「うん…今、ちょっとね。テンション高いとついてけない」
「腕、痛い?」
ジンからふざけた気配が消える。
「…そうですね。少し」
「ごめん、ちょっとふざけ過ぎた。部屋戻る?」
「そう言えば、腕ヒビ入ってるんだっけ。痛み止め、切れちゃったの?」
「いや、薬が効かない体質」
「それは・・・結構悲惨だね」
妖精の中にも、薬が効かない種族がいる。そういう種族は、怪我や病気をすると大変だ。アルも、それに近いのかもしれない。
「まあね」
アルを見ていると、不思議な気分になる。どこか慕わしく、なぜかほんの少しだけ…厭わしい。矛盾した気分が両立している。
闇属性が強い、邪悪な妖精を相手にするときと少しだけ似ているかもしれない。妖精は妖精に親近感を持つものだ。例え、相容れない相手だと判っていても。妖精は、妖精を仲間だと、その本能が言う。
ほんの少しの厭わしさ。けれど同時に、慕わしい。不思議な気分。だけど、アルは嫌いじゃない。綺麗だし。
僕達妖精は、可愛いモノや綺麗なモノ、甘いお菓子とミルクが大好きだ。そして、自分達のことを好きな相手を、好きになる。
アルはおそらく、僕へ好意を持っている。だからきっと、友達になれる筈だ。
「・・・ご飯、食べた?」
「いや、まだ」
「なら、ご飯食べに行こ! まだちょっと夕ご飯には早いけど、ミクリヤさんに言えばきっと用意してくれるからさ!」
と、言ってから気付いた。
「あ、もしかして食欲無い? ご飯食べられないくらい気持ち悪い?」
「いや、行く」
side:カイル。
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