アルは自分を構え~。
食堂に行くと、なぜか酒瓶に懐いている尻尾が二本ある三毛猫を、ブラッシングしているカイルの姿。
猫は、まあ・・・ミクリヤだ。
二人共恍惚とした表情をしている。
「は? なにしてんの? カイル? ミクリヤ? どういう状況? っていうか、夕食は?」
俺は食事をしに来たんだけど・・・?
「おう、ジン。少し待ってろ」
厨房からヒューの声。
「ヒュー? なんでミクリヤが泥酔しているんだ?」
獣人系のモノは、泥酔したり理性が飛んだりすると本性を露にしてしまうモノが多い。
そしてミクリヤは、泥酔するまで飲むことは無い。というか、猫の姿になること自体も少ない。
こんな酔っ払った姿は、初めて見る。
「キウイのリキュールのせいだよ」
と、これまた厨房からアルちゃんが顔を出す。
「キウイの、リキュール? ・・・あ、マタタビ」
確か、キウイフルーツはマタタビ科の植物。
猫科のモノ達を問答無用で酔っ払わせると畏れられている植物だ。まあ、マタタビが好きなヒトは、非常に好むと聞いたが・・・
「こないだの酒の残り?」
「製菓用のリキュールを、ヒューが雪君にあげたらああなったんだって」
「ああ…それで・・・ん? カイルは?」
カイルも、どこか酔ったような表情だ。
「まさか、カイルも酒を飲んだの?」
カイルは見た目が諸に子供な為、ヒューが禁止していた筈なんだけどな?
「いや、多分猫好き? で、雪君にめろめろ?」
「・・・カイルがそんなに猫好きだとはねぇ? 知らなかったよ」
まあ、猫好きでデレデレになるタイプは、猫にすっごくデレっデレになっちゃうらしいけど。
ちなみに、俺は狼なので犬派だ。
特に溺愛もしない。
「それで、アルちゃんが料理するの? 楽しみだな」
「なんだって。ヒュー」
「まあ、俺らに雪路程の腕は無ぇからな。一応食べられる程度の味だ。期待はするな」
「いや、ヒューに言ったんじゃないからね? 俺は、アルちゃんの手料理が嬉しいんだよ」
「アルのぉ、手料理は食えたもんじゃにゃ~い!」
「あ、ミクリヤさん!」
と、いきなり失礼な割り込みを入れるアルトの声と共に、シュッタとカウンターに降り立つ三毛猫。
「は? ミクリヤ? なに失礼なこと言ってるんだ」
「だ~か~ら~、アルの手料理は食えたもんじゃねぇ! レオンさんをノックアウトさせた毒料理!」
器用に二足歩行して、ビシッとアルちゃんを指す失礼な三毛猫。酔っ払うにも程がある。
「ミクリヤ、いい加減にしろ?」
「いや、それ事実だけど?」
「え?」
「ほれ見ろ~!」
アルちゃんの言葉に胸を張る猫。
「・・・あ~、アル。その、手伝いは」
「言っとくけど、それは素材が毒だっただけだよ。オレの料理の腕は、可もなく不可もなく。マズいのは、採集の方だからね」
手伝いを断ろうとしたヒューを遮るアルちゃん。
「採集?」
「そ。オレは毒が効かないからね。拠って、大抵の動植物が食えるんだ。だから、毒物を食っても気付かない。で、自分が食えるもんだから、毒物の見分けがどうしても甘くなるんだよ。野戦料理で何度かレオをノックアウトしてやったぜ」
冗談めかした口調のアルちゃん。
「毒無効にはそういう危険な弊害が・・・」
「ちなみに、料理はレオの方が上手いけどな」
「あ、それはどうでもいい情報かな?」
「つか、なんでお前に採集させンだよ? そして、危険だと判ってて食うとか、おかしいだろ」
呆れたようなヒュー。
「毒に耐性付ける為? だってさ。最初は養父さんの命令だったけど、積極的に自分でやり始めて、今もレオは定期的に毒物食ってる筈だよ」
「・・・まさかとは思うけど、普通の食事に毒盛って訓練したりしてるの?」
「いや、毒その物の味とか覚える為に、基本的に毒物は単体で摂取するんだ」
「エレイスって・・・」
昔、入るの断ってよかった・・・
俺はあそこまでの武闘派じゃないし。
まあ一応、俺も毒物や劇薬は使うことはあるんだけどさ? 自分で試すようなことはなかなかしない。
「レオンさんはシスコン!」
と、身も蓋もなくまとめるミクリヤの言葉に、
「まあ、うちはみんなオレに過保護だからな」
苦笑気味に頷くアルちゃん。
「料理はカイルとひゆう!」
「え? あ、はい!」
「アルは自分を構え~」
「は? わっ、雪君!」
パッと跳ねてアルちゃんの肩に乗り、しゅるんとその首に尻尾を巻き付けるミクリヤ。
「「っ…なんて羨ましい」」
「「え?」」
カイルと声がカブり、思わずお互いに顔を見合わせる。
「構え~」
うりうりとアルちゃんへ頭を寄せ、その白い顔へと頬擦りするミクリヤ。
「ミクリヤっ!」
「ズルいよアルっ!」
「「・・・」」
どうやらカイルとは、見解が違うらしい。
俺はミクリヤをズルいと思い、カイルはアルちゃんをズルいと思っているようだ。
side:ジン。
※※※※※※※※※※※※※※※
肩に乗った雪君が首に絡み、降りそうにない。
厨房に毛を落とすのは気が引けるので仕方ない。
「ヒュー。悪いけど、後は任せる」
「おう。カイル、手伝ってくれ」
「あ、うん!」
微妙な顔でジンと見合っていたカイルが頷き、厨房の方へ移動する。
オレと雪君は入れ替りで食堂側へ移動。
どこかホッとしたようなヒューに、多少思うところがなくもないが・・・
オレは別に、毒を盛るワケでも、料理の腕が壊滅的で結果的に毒物を生成しているワケでもない。
採集に少し難があるだけだ。全く・・・
普通の食材で作る料理は、無論普通の料理になる。特に美味くも不味くもない、無難な味の料理に。
すりすりと柔らかい毛皮を寄せる三色毛並みの頭を撫でながら、テーブルに着く。
「アルちゃんから離れろ? ミクリヤ」
薄い笑みを浮かべてジンが言う。しかし、眼鏡の奥の目は全く笑っていない。
「な~ぅ」
ゴロゴロと喉を鳴らし、目を細める雪君。
「おい、ミクリヤ・・・」
「ふゎ~」
ジンを無視して欠伸。
「・・・」
そして、無言で伸ばされた白い大きな手に、
「ジン、手を向けないでください。不快です」
思わず顔を顰める。雪君に伸ばされている手だとは思うが、上からの手は大嫌いだ。
額がチリっと軽く疼く。
未だに背筋がざわついて、気分が悪くなる。
「え? あ、ごめん・・・」
慌ててジンの手が引っ込められる。
「その、大丈夫? アルちゃん」
「ええ」
「へっ、バ~カ」
思わず低くなった声に、狼を揶揄う猫。
「っ…ミクリヤっ…」
「雪君」
溜息を吐いて、肩から首に絡まる柔らかい身体をテーブルに抱き降ろす。
「撫でろ~」
「はいはい」
狼よりも短い毛並みで、ぐにゃぐにゃとした柔らかい猫の身体を撫で回す。
「・・・後で殴ろう」
ぼそりと呟くジンを尻目に、ゴロゴロと心地よさそうに喉を鳴らす三毛猫。
side:アル。
※※※※※※※※※※※※※※※
なでなでと優しい感触が何度も上下する。ほんのりと低い温度がゆるゆると身体の上を行来。
「…くふゎ~」
欠伸をして伸びをすると、ほんのり低い温度が離れて行くのがわかった。少し名残惜しい気がする。
「や、雪君。おはよう」
「にゅ~・・・アル?」
目の前にアルがいる。デカい。というか、自分は寝ていたようだ。
それも、テーブルの上に。なぜか猫姿で・・・?
よくわからないが、なんだか頭がふわふわして、とても気分がいい。
起きはしたが、とろんとした眠気がもたげて来る。日向ぼっこのような心地よさ。
「あれ? 雪君? お~い」
アルトの声が呼ぶが、眠気に負けて目を閉じた。
「あれ? また寝た?」
段々と音が遠くなり・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
次に目を覚ますと、なぜか医務室にいた。そして、ベッドのカーテンがシャッと開けられる。
「起きたか、ミクリヤ」
低い声で自分を見下ろすジン。なぜか、とても不機嫌そうな顔をしている。
「おう。なんだ? ジン」
「とりあえず、殴らせろ?」
「あ? 断る。つか、なんで自分がここに?」
「・・・覚えてないのか?」
「? なにをだ?」
と、聞くと・・・
どうやら自分は、キウイのリキュールで酔っ払っていたらしい。全く覚えてないが、やたら気持ちよかったような気はする。
アルに絡んでどうのこうのジンが言っている。
「知らん。自分は、飯の用意をして来る」
殴らせろというジンを無視して厨房へ向かう。
・・・後で、なんか侘びた方がいいのか?
アルとカイルには、スイーツを進呈しておこう。
side:酔っ払い猫。
読んでくださり、ありがとうございました。
酔っ払い御厨でした。




