恐怖を覚える程の愛情ってやつだ・・・
吸血、流血、シスコン、ヤンデレ注意!
ドレスのデザイン画を見て布地がああだこうだ、どの布地が合う、合わない・・・
熱く語らうアクセルさんとアマラの二人。
「・・・オレ要らなくね?」
「アンタは黙って座ってなさい!」
「はい。アルさんにはいてもらわないと困ります」
ぼけーっと、座って二人を眺めること小一時間。
「では、アマラさんのデザイン画を頂く代わりに、こちらは服の材料を提供致しましょう」
「ええ。いいわ」
「後程、契約書をお持ち致します」
と、アマラと固い握手を交わしたアクセルさんが満足げな笑顔で帰って行った。
なに? なんだったの? アクセルさんが来た意味が本気でわかんないんだけど…?
営業? なんか欲しかったの?
ぽかーんとした気分で見送ると、
「誰だったの? アルの知り合い?」
アクセルさんにお茶を出したカイルが聞く。
「…まあ、うん。知り合い…」
「どんなヒト?」
「・・・商人だよ」
※※※※※※※※※※※※※※※
部屋に戻って、姉さんからの手紙を読む。
どうやら、兄さんが動くらしい。
姉さんへの対策を取られていて、情報が入って来ないとのこと。
姉さんの情報収集は、あちこちに蜘蛛を潜ませて聞き耳を立てる手法。
音は拾えるが、視覚情報は手に入れ難い。
つまり、姉さんへの情報漏洩対策は、書面でのやり取りということだ。
言葉を交わさず、全てを筆談で進めれば、姉さんにはその情報を集めるのは難しくなる。
だから、気を付けな・・・か。
兄さんが、どう動くか・・・
今は、レオがいない。
兄さんと会うときは、大体レオが一緒にいる。
というか、レオと一緒じゃないときに、兄さんと会うことの方がとても少ない。
レオは、兄さんと会うときの盾だ。
そのせいで兄さんは、オレとレオが常に一緒にいると思っている。
別に、オレ達が常に一緒にいたワケじゃないが、「フェンネルにはそう勘違いさせておけ。その方が都合がいい」と父上が言っていた。
まあ、ね・・・そのせいでレオは兄さんに・・・レオには非常に悪いと思っているが、兄さんの八つ当りを受けてくれっ!?
オレは兄さんが怖いっ!?
だってあのヒト、なんかこう・・・
色々と、怖い。
愛してくれていることはわかる。
それは素直に嬉しい。
存在を認められず、「穢れた混血の忌み子は死ね」と言われたオレは、存在を認めてくれて、愛してくれるヒトがいることが嬉しい。
好きだと言われると嬉しい。生きていてもいいんだと、オレに思わせてくれる言葉と感情だから。
けどさ、兄さんのあれは行き過ぎだ。
束縛が激しい。
恐怖を覚える程の愛情ってやつだ・・・
少し昔・・・今から五十数年前のこと。
姉さんがアクセルさんと結婚した。
この結婚は、兄さんには極秘で進められ、兄さんは姉さんが結婚をしたことを、姉さんがブライト家に嫁いでから知らされた。
そして、兄さんは・・・
どうやら、本気でアクセルさんを殺そうとしていたらしい。その計画の悉くを、父上や養父さん、姉さんに潰されたようだ。
姉さんがアクセルさん暗殺計画を積極的に潰して、兄さんを強く非難した。
兄さんはそのことに大層へこんで・・・「ロゼット…椿が、僕に無断で結婚してしまいました…貴女は、そんなことをしませんよね?僕に黙って、どこかへ行ってしまうなどということは、ありませんよね?ロゼット、どうかお願いします。そんなことは、やめてください・・・お願いします、ロゼット…」泣きそうに顔を歪めて、オレに縋り付いた。
オレは兄さんになにも言えなくて・・・黙って兄さんに抱き締められていることしかできなかった。
このとき、オレは兄さんと二人切りで・・・誰もいなかったのが不味かったんだ。「僕を一人にしないでください、ロゼット」と、うわ言のように繰り返す兄さんを放っておけなくて、兄さんの所有する屋敷まで付いて行ってしまった。
それで、トラウマを刻まれたワケだが・・・
「愛しています」「僕から離れないでください」「僕だけを見てください」「愛していますよ、ロゼット」「好きです。離れて行かないでください、ロゼット」「ロゼット…どうして、椿は僕のモノになってくれないのですか?」「愛しているのに」「なぜなのですか?」「行かないでください・・・」「ロゼット、ロゼット、愛しているのです」「椿のように、他の男を選ばないでください」「僕の愛しい妹」「貴女は、僕を選んでくれますよね?」「離れないでください」「離したくありません」
「なので、ロゼット。貴女を、僕のモノにします」
朦朧として、意識がなくなるまで兄さんに吸血をされて、血を求められた。
貧血でくらくらして、唇を塞がれながら兄さんの血を流し込まれて吸血をさせられた。
「いい子ですね、ロゼット。喉が渇いたでしょう? さあ、口を開けて、沢山飲んでくださいね?」
兄さんが、血を飲むようにと優しくオレを促した。その血と魔力とに酔って・・・
兄さんがオレの首に吸血をして、オレは兄さんの首に強く噛み付いて吸血をした。
兄さんに吸血をされて気を失って、兄さんの血を飲みながらぼんやりと目を覚ます。
噎せ返るような血の匂い。
痺れるような甘美な血の味。濃厚な魔力。
兄さんの「愛しています」という声を聞きながら、それを何度も何度も繰り返した。
兄さんに血を求められながら、兄さんの血で満たされる。オレは強制的に兄さんの血と魔力とに溺れさせられ、時間の感覚も失せる程強烈に酩酊した。
死ぬかもしれないと、ぼんやり思った。オレは、兄さんに殺されるかもしれない…と。
でも、それもいいかもしれないと思ったんだ。「穢れた混血の忌み子」オレをそう言った、あのクズ共に殺されるより、「愛しています」と兄さんに求められて死ぬのも悪くない…そう、思った。
狂気染みた憎悪と殺意を向けられて死ぬより、愛されて死ぬ方が心地いい。
ふと、「・・・望まれることは幸せだって・・・」と、前に誰かにそう言われたことを思い出しながら・・・
オレは完全に意識を手放した。
目を覚ますと、十年程経っていた。
父上が駆け付けたときには、オレは激しく衰弱していたという。
兄さんは、ハーフとしてのオレの存在を、兄さんの血を与え続けることで純血のヴァンパイアにまで近付けて、最終的には自分の心臓の血を与え、オレを兄さんの伴侶にするつもりだったらしい。
あと数分遅かったら、本当に兄さんに殺されていたかもしれないと後で言われた。
そして、父上やシーフ、ビアンカさんが協力して兄さんの血をオレから抜いてくれたらしい。
その間に、兄さんは父上や養父さん、レオ達に苛烈な制裁を受けたとか・・・
起きた後、暫くしてから兄さんから謝罪の手紙が来たけど・・・果たして、あれは謝罪だったのか?
姉さんが結婚して、前後不覚になっていたと言い、伴侶にするのは性急に過ぎたこと。危うくオレを殺してしまうところだったことを反省。そして、万が一オレが死んでしまっていたら、アンデッドの吸血鬼にするつもりだったとか・・・
兄さん、マジで怖いんだけど?
なんかこう、じわじわと後から恐怖が込み上げて来たというか・・・
それ以来、オレは兄さんが苦手だ。
その前から、ちょっと怖いなぁ…とは思ってたけど、この一件が決定打となった。
あのヒト、絶対に諦めてないし・・・
全く懲りてない。
見詰められると、ぞわぞわする。
それでもオレは、兄さんを嫌いじゃない。
兄さんを嫌いには、なれない。
怖いことは怖いんだけどね?
・・・離れないで・・・
そう言われると、なぜか胸の奥がざわつく。
誰かの寂しいという気持ちに、胸が突かれる。
寂しがっている『誰か』の傍に、行ってあげないといけないような気分になる。
なぜか、昔から・・・
そういう衝動が、湧いて来る。
side:アル。
読んでくださり、ありがとうございました。
前回あんなんで、今回これです。落差…
兄さんへのトラウマ、アル視点でした。
前の、シーフ視点とは少し異なります。
そして、若干覚えているイリヤの言葉。
アルの根幹に残っています。




