ぶつかる
ある日夢を見た。
目の前には見知らぬ男がいた。その男が口を開く。
「A郎?大丈夫か?」
・・・確かに俺の名前はA郎だが、何故この男が俺の名前を知っているのだろう。心の中で首をかしげる。
「お前さ、今日も遅刻ギリギリだな。お前の家って、かなり田舎の方なんだからもっと早く家でないと!」
・・・なぜこの男は俺の家がだだっ広い土地と、それを繋げる直線道路しかないようなド田舎にあるって知っているのだろう。
「あ、そういや次の授業ってさ、お前取ってなかっただろ?」
・・・授業。あ、思い出した。この男は俺が通っている大学の生徒でよく同じ授業を取ってるから仲良くなったやつだ。なんで忘れていたのか。頭の中に自分のコマ割りを思い浮かべながら男の質問に答える。
「あぁ。取ってないよ。」
そいつは、手に持ったコーンポタージュの缶をもてあそびながら、少し神妙な面持ちになってこう続けた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、お前って、変な夢見たことってあるか?」
変な夢?いや、そんなものは見ない。というよりも、最近は夢を見ること自体が珍しいのに。
「いや、ないけど。」
そいつは顔色一つ変えずにこう続けた。
「そうか‥俺は最近見たんだがな‥‥」
俺はその夢の中で、まっすぐな道を歩いていたんだ。ほんとにまっすぐな道。その道には灯り一つなくて、ただ闇ばかりが広がっていてさ、俺は後ろはどうなってるのかなって思ったんだ。それで、後ろを見ようとしたら、急に目の前に影ができたんだよ。長い影が。目の前に白い光の道ができて、そのなかに、何十メートルもあるような、長い、黒い自分の影が見えた。その時になって気づいたんだ。足がすくんで動けなくなっていることに。なんでかわからないけど、一歩も動けなかった。そしたら、後ろに何かがいる気がして‥気配を感じたっていうかさ。それで、そこで目が覚めたんだ。
「どうだ?変な夢だろ?」
一息に話しきり、そいつは俺に感想を求めてきた。俺は前読んだ本の中に、“勝手に夢を占うことになるから、人の夢に対して感想を言ってはいけない。”とあったのを思い出し、その旨を伝える。チェッとつまらなそうに舌打ちをしたそいつは、
「あ、ヤベ‥。そういえば先生に呼び出されてたこと、すっかり忘れてた‥。ごめん!またな!」
といってあわただしく走っていった。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
ふらりと足が向かった先は駅前だった。
「あれ?A郎じゃない?」
突如聞きなれない女の声がした。声の主をきょろきょろと探す。
「やっぱりA郎だ!」
自分の後ろに、少し小柄で、後ろには子馬の尻尾をぴょんぴょんと跳ねさせている快活そうな女性が立っていた。
「え、えーと・・・」
こんな反応しかできなかった。なぜなら彼女に見覚えはないのだから。
「私だよ!ほら、同じ小学校の‥!」
ぼんやりと思い出す。確か、小学校の頃席が隣だった女子‥な気がする。
「あぁ。久しぶり。」
かろうじてこの一言を返す。
「久しぶりだね。ちょっと、お茶でもしない?」
相変わらず強引で自分勝手だなぁという思いが懐かしさとともにこみあげてくる。彼女に連れられるまま、近くの喫茶店に入った。
「とりあえずコーヒーでいいよね。」
実は、ブラックのコーヒーなんて飲めやしない。大学受験の頃からコーヒーというものにお世話になったが、いつもミルクを入れていた。
「あのさ、急なんだけど、聞いてほしい話があって‥」
コーヒーが運ばれてくる。湯気が立って、においだけはおいしそうに感じる。バレないようにため息を一つついて、シュガーポットに手を伸ばした。角砂糖を4つ溶かしつつ話を聞く。
「どうしたの?」
「あのね、最近ある夢を見てさ‥」
どこかで聞いたことある話だ。とりあえず話の続きを促す。
「うん。どんな夢?」
「真っ暗な、だだっ広い闇が広がっていて、」
ああ。またこの夢だ。
「その中に私がぽつんと立っていて‥」
ほんとに私一人しかいなくて、途轍もない孤独感が体を包んでさ。それで、周りに人がいないかなって思って周りを見渡そうって思っても首が動かないの。まるで最初からここは回らない場所ですよって言ってるみたいに。そしたら急に、目の前が白くなって、そこに私の影が落ちてて。すごく長い影。そしたら急にその影が短くなったんだよ!短く、短く。それで光も心なしか強くなってる気がして、後ろから小さく音も聞こえ始めてさ!
「ん、音?どんな感じの?」
彼女の口がコーヒーを求めたすきに言葉を挟む。彼女は目線を落として、こう続ける。
「わかんない。だって音が大きくなる前に目が覚めたんだもん」
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
喫茶店を出たのは丁度昼過ぎだったか。喫茶店でサンドウィッチを頼んで腹は満ちたはずだが、なにか気持ち悪い。午後はどうしようかと悩み、とりあえず本屋へ向かう。やはり、午後は読書に限る。そう思い自分の好きな時代小説コーナーに立ち、適当に本を見繕って開く。‥‥半分ほど読み進めたあたりで、視界の端で何かが動く。ページから目線を上げ、今度はそれを下に向ける。
「こんにちは!A兄ちゃん!」
こいつは……そう、近くに住んでる小学生だ。いいとこの息子なのにわんぱくなこいつが、なんで本屋にいるのかを不思議に思う。と、こいつの奥に美しい白髪の女性が立っているのを認識する。ああ、おばあちゃんと来たのか。
「おお。お前、何を買ってもらったんだ?」
手にもっている袋を高く掲げて、なぞなぞの本!と叫んだ。後ろに立っていたおばあちゃんが、静かになさいとたしなめる。こいつに静かに、だなんて土台無理な話だと思うが。でも、どうしてこいつがなぞなぞの本なんか。そう思っていると丁度答えが返ってくる。
「最近学校でなぞなぞが流行っててな!それで買ってもらった!」
そういうことか。いわゆる話題合わせか。
「A兄ちゃん!なぞなぞ解いてみて!」
仕方ない。1問だけ付き合うか。
「問題!でーでん!ほかのものを見ている時は絶対見えないけど、見える時は目隠しをしていても見えるものってなーんだ!」
あぁ。有名なもので助かった。分からないなんて答えたら、きっとこいつは鬼の首を取ったように喜ぶからな。
「…夢」
悔しそうに正解と告げる彼を見ながら、俺は頭が揺さぶられた気がした。また…夢。
「あ、夢といえば!最近見た夢に、へんな夢があってさ!」
変な夢。その言葉が頭をさらにクラクラさせる。しかし、耳はその話を求めていた。
「真っ暗なところに俺が立っていて‥」
それで、前に影ができるんだ!長い影が!でもそれが短くなっていってさ、どんどんどんどん。背が低くなっていく感じがして。でも、低くなっているのは自分の影だけなんだ。そしたら、だんだん音が聞こえ始めてさ。低い音。ぶぶぶぶぶぶ‥みたいな低い音。それがだんだん大きくなるんだ。
「それで‥?」
たまらず口を挟む。小学生とは思えないほどに流暢な語り口だった。しかしそいつの顔を見ると、いつものあどけない笑顔で、
「わかんない!だってそこでお母さんに起こされちゃったんだもん!」
と答えた。外で、七つの子が流れた気がする。もう17時ですか。とおばあちゃんがつぶやき、あいつの手を引いて、さあ帰りますよと言った。俺は手に持っていた本を棚にそっと戻し、本屋を後にする。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
バスを降りたのは20時を少し過ぎたころだった。この季節柄、もうこの時間に外には出たくないのだが。バス停から家までの道を歩く。街灯は無いが、一本道だから迷うことはない。空を仰ぎ見ると、月が見当たらない。曇ってたもんな、と納得し、歩を進める。ふと、12月には似つかわしくない生暖かい空気を感じる。全身に鳥肌が立った。なんだこの不気味さは。ふと後ろに気配を感じた。誰かいるのか!そういいつつ後ろを振り向こうとしたが声は喉に張り付いたようにして出ず、体も磔になったように動かない。こんな状況で、あの話を思い出す。「暗い」「まっすぐな道」「振り向けない」‥今日聞いたあの夢の話にそっくりじゃないか。となると、この後に起こることは簡単に予想がついた。光が後ろから投げられる。体にあたり、目の前に長い長い影を作った。予想通りだ。そして、その影は短くなっていく。短く、短く、短く、短く。音も聞こえてきた。ぶぶぶぶぶぶといった低い音。だんだんと近づいてくる。ぶーーーーーーーと、音が大きく、光も強くなってくる。あれ。はたと気づく。この後ってどうなるんだっけ。どの話でも、最後までは語られていない。オチはどうなるんだろう。気になって仕方がなかった。しかし、さらに気づいたことがあった。この音に聞き覚えがある。あれは、さっきも聞いたあの音‥‥そうだ。車のエンジン音だ。とするとこの光はヘッドライトの明かりだろう。じぶんのなかですべてが腑に落ちた気がした。それと同時に危機感が沸き上がってきた。自分は今どこにいるんだ。道路の真ん中だ。では車はどこを走る。車道だ。てことはひかれるじゃないか。車に。目の前にある影がどんどん短くなる。短く。短く。短く短く短く短く短く。
そして‥‥‥
ぶつかる!!!!!!
自分の叫び声で目が覚めた。
いかがでしたか?
個人的に最後の一行で「あっ」って思ってもらえたらうれしいです。自分がこういう展開の話が好きなのもあり、こういう最後で気づかされる話をよく書きます。前の投稿からかなり空きましたが、よろしくです。