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EP76 不完全燃焼DE八つ当たり

漸く涼しくなってきました、皆様いかがお過ごしでしょうか。

食欲の秋を満喫したいものです。

バチバチバチ


 火花が散る勢いで放出される電撃が、剥き出しのケーブルから漏れ出ている。一体どれほどの電流が流れているのか判らないが、それが自身に向けられている物であると、それだけは間違いないと女は思う。


 (エレクトリカルパーティー・・・・・・?)


 彼女の座らされている椅子は無骨で、クッション等も無く、背もたれすら金属で出来たとても頑丈で、僅かに体温を奪われているような錯覚も覚える程、ひんやりとした冷たさを返す。


 「じゃあまず・・・・・・パーティの主賓は、俺の質問に『はい』か『いいえ』で答えて欲しいな」


 雨宮がまずやってみようと思ったのは、嘘発見器・・・・・・もどきである。彼女が嘘をつくと椅子に微量の電流が流れ、身体に刺激を与える。


 「そんな事・・・・・・」


ジャジャン


 「貴方はグレン・カリバーンから、俺達の情報を盗む為に送り込まれた存在である」


 突如として雨宮の後ろから昭和クイズ的なサウンドと、時計の針を刻むようなBGMが流れ、僅かに女の心臓が早鐘を打つ。


 「い・いいえ」


 雨宮が彼女の中に送り込んだナノマシンは、反応せず、嘘では無いと読み取れる。


 「じゃぁ、ジョン・田中を監視する為か?」


 「・・・・・・いいえ」


 核心を突いたと思われる質問をした雨宮だが、ナノマシンは反応せず、別の目的が有る事を想起させた。


 「ふむ・・・・・・」


 「・・・・・・」


 (ギルドマスターは、監視の為と言っていたが、それにしては確かに遅すぎる。彼が冒険者を引退して直ぐにこの女が来たという話は聞いていないし、もしかするとあいつの勘違いか?)


 「・・・・・・もしかしてギルドマスターを殺すことが目的だったりするのか?」


 「・・・・・・・・・・・・いいえ」


ピシッ


 「~~~~~~-----うぅう!!!!!」


 否定をした瞬間、全身に奔る電流が彼女を襲い、悲鳴を上げないように必死に歯を食いしばる女は電流を我慢し、息を切らせて雨宮を見上げる。


 「こんな事をしても、何も話すことは有りません・・・・・・」


 どうやら彼女は先程の電流で体力の大半を奪われたらしく、真っ青な顔に脂汗を流し、意志を貫こうとする強さこそ感じられるが、歯の根は噛み合わず、電流の影響か拘束された両手も軽く震えている。


 「そんな事は無いがな」


 「???」


 雨宮が何をしたいのか判らず、ジッと観察しその考えを少しでも読み取ろうとしているのだろうが、彼女は既に恐怖に支配されつつあるようで、雨宮を視界に入れるだけで精神が削られていくような感覚に襲われている。


 「グレン・カリバーンの目的を知っているか?」


 「・・・・・・い」


 「下手なことを言わない方が良いぞ?さっきより電圧を上げたから、次の電気ショックは欠損が出るぞ」


 「!?」


 彼女はいいえと答えるつもりでいたのだろうが、ギルドマスターを殺すことが目的だったのは判明している。これだけで彼女をヘルフレムとは又別の監獄へと送り込むことは容易になっている。その上で雨宮は更なる情報を求め、彼女を追い詰める。


 「最初は両腕だろうな」


 「・・・・・・」


 「その次は足か・・・・・・いや、その前に目が死ぬか」


 「・・・・・・」


 「臓器も死んでいくか」


 女の目を覗き込み、その揺れる瞳の中に葛藤を感じ取った雨宮は、そっと後ろに回り込み、首筋に手を触れる。


 「身体の手入れは怠っていないみたいだな」


 「・・・・・・っ」


 うなじから指を這わせ、そっと両手で首を掴む。雨宮の大きな手の中にすっぽりと包まれた彼女の首、雨宮の触れた部分からほんの僅かな温かみを感じ、僅かに首に圧迫感を覚え、身体を硬直させる。


 「な・何を・・・・・・」


 雨宮の手が離れた首に、金属質なチョーカーが身に付けられ、繋ぎ目も無いそれは彼女にとっては異質な物でしか無く、触れることも出来ないそれは、大きくストレスを感じるに足る異物感を彼女に与える。


 そして彼女の両肩に雨宮は改めて手を置き、ぐっと椅子ごと押し込む。


 「っっっ!?あ”あ”あ”あ”!!!」


 雨宮に押し込まれ僅かに沈んだ椅子は、それをスイッチとし、足下から激しい電流を全身に流す。


 「あ”ぅ・・・・・・あ・・・・・・」


 身体が電流を流されたショックで無意識に跳ね、痛み以上に熱さを感じる位にはダメージがあり、身動きの取れない彼女は、悶えることも出来ず、酩酊するように視線が彷徨い始める。皮膚と肉が焼け焦げる臭いが辺りに一瞬立ちこめたが、ナノマシンによって瞬時に分解され、誰に気付かれる事無く消えていく。


 「首から上には何も無いだろ?」


 雨宮が首に付けたチョーカーは、電撃を完全に遮断し首から上は全くと言って良い程ダメージが無いように見える。しかし、身体の内側から響くダメージはそのまま脳に伝わるようで、あまりの衝撃に普通の人間(・・・・・)である彼女にはそれに抵抗する術は無かった。


 「う・・・・・・あ・・・・・・」


 虚ろな表情のまま涎を垂れ流し、力無く頭が肩に付く。


 「おっと、元冒険者と言っていたが普通の人間だったか、加減が難しいな」


 廃人と化した女に寄生したナノマシンが、損傷した部位を完全に修復し、女が自我を取り戻した。


 「な、は?」


 一瞬途切れた意識の先に、雨宮の伺うような表情が目に入り、あまりにも何事も無いかのような普通の表情で覗き込まれたものだからか、何が起こったか理解が追いつかず、つい数瞬前に電撃で脳まで焼かれたことを思い出すのに時間を要した。


 「じゃぁ、あのギルドに派遣された理由を教えて貰おうかな」


 意識がリセットされたことを確認した雨宮は、本題に入り唖然とする。


 「・・・・・・資金調達の為です・・・・・・」


 「は?」


 想像の遙か彼方を行く返答に一瞬思考が停止する雨宮だったが、同時にあっさり答えたことにも疑問が残る。


 (中身を弄ったつもりは無かったが・・・・・・)


 「お金が無いんです!今のギルドには・・・・・・いえ、セントラルギルドには!」


 「セントラルギルドってのは・・・・・・」


 「旦那様、木星のグランドマスターが居る、ギルドの本拠地の事です」


 金の為とは言え、何故レッドアイのギルドマスターを殺そうとしたのかと問われた女は、グランドマスターからの粛正を恐れてのことだと白状した。


 雨宮はため息をつき椅子の側にある拘束用寝台の端へと腰掛け、一応筋は通るとは考えてはみたものの、正体がバレたからと言ってギルドマスターを殺してその後如何するつもりだったのか尋ねると、金庫にしまわれているレッドアイを全て持ち出すつもりで居たと、剛毅な答えを返してきた。


 「・・・・・・出来んのかそれ?」


 「私はこれでも元Cランクの冒険者です、逃げるぐらいは出来ます」


 (いや、絶対無理だろ・・・・・・)


 しかし雨宮の頭の中にあるCランク冒険者の情報を思い出し、あながち無理とは言い切れないのかと、考えを改めようかと思ったのだが、彼女の能力はそれほど高いものでは無く、帰還時に受付に居た美人マッスル受付嬢に遙かに及ばない、それどころかここに居るギルドの職員は、ギルドマスターの考えの元、引退した元冒険者が過半数を占めており、彼女の思惑は机上の空論であるのだろうとそう結論づけた。運良く物を持ち出せたとしても、恐らくコロニーの外へ脱出する前に捕まる事が容易に想像出来る。


 「アンタあんまりギルドに詳しくないのか?」


 雨宮はつい、彼女も職員で有ると言うことを忘れ、根本的なことを尋ねるのだが、勿論そんな事は無く、それでも可能だとそう言い張る女は頑なだった。そして一つの失念が雨宮の中に有る事に気が付いた。


 「協力者がいるのか」


 「・・・・・・黙秘します・・・・・・」


 (ジョン・・・・・・ギルドマスター聞こえるか?)


ーーおぉ!これが超空間通信機ですか!よく聞こえます。


 (さっきの女の他に、協力者がいると言う事だ洗っておいた方が良いと思う)


ーー成る程、その協力者と思われる者は、此方でも大凡(おおよそ)の当たりは付いております、捕らえましたら其方に仕事を依頼しても?


 (う~んまぁいいか、受けよう、何だか不完全燃焼だしなぁ)


ーー何か御座いましたか?


 (いや、何も無かったから、ね)


ーー左様でございますか、では改めて調査に入りますのでこれで。


 (わかった)


 雨宮はギルドマスターとのやりとりを女へと伝えると、観念したのか自分の不幸エピソードをつらつらと話し出し、どうでも良いような愚痴を次々と吐き出してくる。


 「・・・・・・私だってこんな事やりたくてやっている訳じゃ・・・・・・」


 (ふむ・・・・・・俺はこう言う愚痴を聞くの好きなんだが、あんまり長々と話して貰ってもなぁ)


 これ以上の進展が無いと感じたエクスとヒューニは、寝台に腰を掛けた雨宮の背にもたれるように寝台の上に座り、端末を弄って暇を持て余している。


 「旦那様、この子のどないしはりますのん?」


 結局ギルドに戻す事になるのだが、恐らく今回の件が露呈すれば彼女は木星へと連れ戻されるか、若しくは消されてしまうのだろう。

どっちにせよ雨宮及び銀河旅団には何の関わりも無い事なのだが、雨宮の中に又何かが引っかかるような感覚を覚え、果たしてそれでいいのかと考える。


 「・・・・・・そう言えば、これだけ人が増えても、ギルドの内部を知る者は殆どいないよな」


 「そう言えばそうやねぇ?海賊・・・・・・冒険者・・・・・・軍人・・・・・・研究者・・・・・・科学者・・・・・・おらへんねぇ」


 「やっぱそうだよな、ギルドにコネのある人間は殆ど居ないと言っても良いだろ?」


 水星ギルドの事にせよ、レッドアイギルドにせよ、それなりにコネのある人間がいれば、大事にならずに済んだで有ろうと思える位には注目を浴びた雨宮達銀河旅団である。余計な事を自らしてきた事もあり、近付かずに済む事であるならばそれが一番だと、雨宮は少し反省した。


 「子供を流している様な連中だしな、くれって言やくれるだろ」


 「ほな落ち着いたらも一回行きますか?」


 「通信で良いだろ、それよりあの子達の事を先に考えてみたいのだわ」


 結局子供は雨宮が引き取る事になり、事を荒立てる気がお互いに無かった事もあり、子供は報酬の一部として雨宮へと無償で引き渡された。

この件に関しては、その内深く切り込んでみたいと思いつつ、其処までやれば恐らくギルドと全面戦争になる事は避けられないかと、そんな考えも過る中、雨宮を呼び出す声が頭に響く。


ーー銀河きゅん、イミルたんが呼んでるよ~?


 (誰だ?)


ーーほら、門を開く者の・・・・・・。


 (わかった、直ぐ行く)


 雨宮は通信を終えるなり踵を返し、さっと部屋を片付けると、そのまま女を外で待ち構えていた警備部隊のクルーへと託し、ブリッジへと向かう。


ーーーーーーーーーー


マギア・ラピス メインブリッジ


 「何か有ったか?」


 「いや、えっと・・・・・・」


 子供・・・・・・イミルは同じく生き残ったクレアと名乗る少女と共に、客室へと通されるはずだったのだが、ラピスに踏み込むなり糸が切れるように倒れ、医務室へと運び込まれたのだという。


 (一緒に入ってきた時は何も無かったはずだが)


 「一度宿に荷物を取りに戻ったんだけど、それが良くなかったみたいでねぇ」


 イミルだけで無く、クレアも長く意識を失っていた事が災いし、世話になった人達に挨拶を終えた後、その場で倒れたのだという。

気力だけで動き回っていたのか、揺すっても起きる気配が無く、医療部隊によって細部までスキャンされ異常が無い事が判明したのだが、脳波に大きな乱れがあり、目覚める事を拒否しているという診断結果が出た。


 「二人共現実を受け止められなかったか・・・・・・」


 「イミルたんはともかく、クレアたんは・・・・・・まぁ年齢じゃ無いか」


 心に傷を負うと言う事を科学的に証明する事は難しく、不可能とまで言われているが、雨宮とロペには、それに関わる原因と思われるものが何となく理解出来ている。


 「エーテルサーキットに変な物が混じったか・・・・・・」


 「あれ、やっぱりそうなの?もしかしたら霊的な、呪い的な物かと思ったんだけどぉ」


 この世界の人間にΩウィルスは寄生しない、それは遺伝子的に入り込む余地がないように根本が設計されているからである。しかし、希にその状態に異常を来し、傷付いたエーテルサーキットからΩウィルスの侵入を許す事がある。雨宮が二人の再生を行った時には既に感染していたのだろうが、彼女達は眷属やクルー達として認識されていなかった事から、ナノマシンはその状態を放置するに至ったのだ。


 「気の利かない部分ではあるが、そこまでしろとナノマシンに言うのも無理があるかな」


 「まぁ、マシンだからねぇ」


 機械を思い通りに動かそうと思えば、勿論それに即した機能を実行する為の物理要素を持たせ、プログラムを入力して実行させる事が必要になるのは当然であり、元からそんなプログラムが無い機械に、動けと命じた所で、反応など返ってくるはずも無いのだ。


 しかしそれが可能なのが雨宮のナノマシンではあるのだが、肝心の雨宮や周りの眷属が指示をしなければ動く事はやはり無かったのだ。


 「気付かなければどうしようも無いかぁ」


 「認識の外は流石にねぇ」


 雨宮は二人が移された医務室へと足を向ける。


ーーーーーーーーーー


マギア・ラピス 医療区画


 自動で開く扉は雨宮が腰を屈める事無く通れる程の大きさで、チェスター付きベッドが通って余り有る幅の広さで、ゆったりと雨宮は入室し辺りを見渡す。

白を基調とした病院を彷彿させる作りになっている医務室には、患者と思われるクルーは一人も居らず、研究員と思われる医療部隊のクルー達が、研究を進めるべく方々を行き来している。


ーマスター、そのまま真っ直ぐ進んで右手にある一番最初の部屋に二人は居ます。


 雨宮の脳内にファムの声が響き、行き先をアナウンスすると、近くを通ったクルーが病室を指さし、「お願いします」と不安げな顔を伏せ、頭を下げる。


 雨宮達が病室へと入ると、一人の医療クルーがナノマシンによるスキャンを実行し、肉体の状態を確認している所だった。


 「ご主人様ーン、肉体に損傷は無いンですけどぉ・・・・・・」


 「お前こんなとこに居たのか」


 「はいー。一応医者ですしー」


 二人の担当になっていたのは、元海賊のマリー・バース、白を基調とした銀河旅団の制服に身を包み・・・・・・包み着れているのか怪しい程、胸の強調されたカスタマイズを施した制服に身を包んだ猫獣人系ハイパーヒューマノイドであり、元軍医であった。


 医療系の人間だけでは無いが、許可証、免許証などの必要になる職業に就いていた者達は、銀河帝国を通じ過去の履歴を辿り、改めてその地位を手に入れる事が出来ていて、第三世界において一度死亡とされていた者達も含め、真っ当に世の中を渡り歩ける事が出来るようになっていた。


 「エーテルサーキットについてのデータは目を通したか?」


 「はいー、でもアレは特殊な目を通してしか見えないンですよねー」


 「目か・・・・・・」


 (・・・・・・交換するか?)


 「銀河きゅん?どうやってそれをするの?」


 「又エスパーか!心を読むんじゃねーよ!」


 「どうしたンですかー?」


 「いや、必要な物なら、作ってみるがどうする?」


 「目を・・・・・・ですか?」


 雨宮はハイパーヒューマノイド用の特殊な眼球を制作した事が有り、エーテルサーキットを見る為の物を作る事も出来る様になっている。

それ以外にも様々な機能を持った眼球を多数制作しており、これを期に色んな目を試してみたいと、試させてみたいと思っていた。


 「眼球・・・・・・交換してみるか?」


 「字面怖い」


 ヒューニはこの後の予定に目を通しながら、雨宮がこれから何をするのか想像し、後に詰まっている予定を次々にキャンセル、後回しにしていく。


 「ンー・・・・・・じゃぁ片方だけー」


 良いのかよと、雨宮以外の三人は思うのだが、元の目に戻す事も出来はするので構わないのかと、納得もするのであった。

雨宮はマリーの左目に手をかざすと瞬時に眼球を入れ替え、一瞬視界が途切れたマリーはふらつき、雨宮に抱き留められ頭を軽く振った。


 「痛みや拒否反応は?」


 「ンンー・・・・・・何とも無いですー」


 視覚情報を更新する前にそれを受け入れる為のデータベースをマリーへとインストールした雨宮の行動のせいで、一瞬頭を鈍器で殴られたような衝撃に見舞われたマリーだったが、痛みは雨宮によって遮断されていた為、衝撃だけが頭に残り、ふらつき倒れそうになったのだ。


 ゆっくりと開いたマリーの左目には以前と変わらない綺麗な黒の瞳があり、見た目は全く変わっていないように見える。

獣人種特有の頭に付いた方の耳がピクピクと動き、目を擦るような仕草をするマリーの目を覗き込み、何かの情報を目から送った雨宮は、ポンポンとマリーの頭を撫で、指で軽く猫耳を摘まむようにスリスリし、手を離した。


 「使い方はわかったか?」


 「はいー」


 「俺のはその目では見ない方が良い・・・・・・」


 雨宮が注意喚起をする言葉を伝え終わる前に、雨宮の目の前に居たマリーの左目の眼球が生っぽい音を立てて破裂し、ダクダクと流血し蹈鞴(たたら)を踏むマリーだったが、今度は何とか踏みとどまり手で目を覆った。


 「って話を聞けよ!」


 「痛いですー」


 高密度精神生命体で在る雨宮と接続されている、雨宮のエーテルサーキットは非常に情報量が多く、普通の人間のエーテルサーキットを見る為に作られたマリーに与えられた『エーテルアイ』はその負荷に耐えられず、与えられて一分もしない間に破裂しその機能を失った。


 「バカ」


 「ンー」


 雨宮はもう一度同じ物を作り、マリーの目を治した後、額をツンツンと突っついた雨宮は、改めてイミルへと目を向けると、夢の中で何かと戦っているのか、苦しそうに可愛らしいうなり声を上げ、無意識に側に居た雨宮のズボンを掴んでいる。


 「見てやってくれ」


 「はい」


 マリーは集中力を高める為か、右目を瞑り左目だけでイミルを捉え、前進を見る為に少し下がり、異常を発見した頭部をよく観察する為に近付き、首を傾げる。


 「変な物が詰まってますねー」


 「やっぱりそうか」


 雨宮もマリーに続き、イミルの頭部をエーテルスキャンし、エーテルサーキットの状態を確認する。複雑に絡み合ったエーテルサーキットの一部、管の内部に何か黒い物が詰まり、身体を巡る魔力の流れを堰き止めている。そのせいで脳が機能不全を起こし、意識を取り戻す事が出来なくなっている様だ。


 「機能不全を切っ掛けにして、意識が沈んでしまっているようだな。」


 「・・・・・・今思ったンですけどー、私これ・・・・・・見られても触れませンねー?」


 結局の所物理的に触れられるものでは無い為に、治す事も出来ないまま、経過観察を続ける事しか出来ないマリーは、少し尻尾をフリフリしながら考え、一つの案を雨宮へと投げかける。


 「ユニークスキル夢魔法って知ってますかー?」


 「夢魔法?」


 随分とファンシーなスキルも有った物だと雨宮はそう考えたのだが、側に居るロペ達はその名を聞き成る程と合点の行った顔で、とあるクルーの名を上げる。


 「エルドーラ・リー・コーンって言う娘なんだけどぉ」


 (又聞き慣れねぇ奴が出てきたなぁ)


 雨宮はデータベースを検索し一致する名前のクルーを発見する。しかし見覚えが余り無く、何時から居たのか確認をしてみれば、彼女も又ヘルフレムへと冤罪で入れられ長い時を監獄内で過ごした剛の者であった。


 「全然聞き覚えが無いな」


 「基本ずっと寝ているので、まずお会いになる事は無いとは思いますが、一応彼女も医療部隊に所属しています」


 「何故」


 ずっと寝ているのに医療部隊員とはこれ如何に?と首を傾げる雨宮に、マリーはンッンッとエルドーラという女の経緯を語り、特におかしな所は無いと思った雨宮はひとまず納得をしておく事にした。


 「何でかずっと寝てるんよねぇ」


 「ヘルフレムから出てきた時には起きていた筈ですけれど・・・・・・」


 「取り敢えず連れてきますか」


 「呼んでみたら良いんじゃ無いのか?」


 「呼んでも起きまへんのや」


 じゃぁと言いながら雨宮は、ナノマシンへと指示を出し、最近のマイブームである電撃をエルドーラに浴びせるように仕向け、数刻も経たない内に病室の扉が開くと、髪はチリチリになり、口から煙を吐いた長身の女が涙を流しながら飛び込んできた。


 「お・遅くなりましたぁー!けほっ」


 一体何に遅れたと思ったのか、突然べちゃっと頬を突いて倒れ込む女はぜぇぜぇと短く刻む息を絶え絶えに紡ぎ出し、ヘロヘロになって尻を天に向けたまま動かなくなった。


 「~~~すー・・・・・・すー・・・・・・」


 「「「「「「・・・・・・」」」」」」」


 雨宮は電撃を喰らわせると同時に、急いで此処まで来るようにと指示を出したのだが、その目的を果たした所で全ての力を使い果たしたらしく、雨宮のスキャンデータには、『昏睡』の二文字が輝いて見えた。


 「気絶している!?」


 「急展開やぁ」


 マリーが長い尻尾をこしょこしょと鼻先で振り、くしゃみを誘発してみたり、ロペが身体を揺すってみたりしては見たものの、目を覚ます気配が無く、このまま死んでしまうのかと手を合わせようとしているエクスの手を押さえ、雨宮はそろそろ面倒だと言わんばかりに、エルドーラを仰向けに寝転がし、正面から顔を見据えられる状態にセット。


 ダークグレーの無造作に伸ばされたロングヘアーは、身長百九十近くある彼女の膝よりも長く、床に広がるだけで何となく嫌悪感じみた物が浮かび上がる程には手入れがされて居らず、彼女の身体に寄生したナノマシンも又、怠惰故のサボりが見える不思議なナノマシンと化している。メリハリのある肉体とは裏腹に余り鍛えられているとは言い難く、単純に余分な肉が無いだけであるのと、必要な筋肉が足りていないのとで、辛うじて可も無く不可も無くを維持している。


 (なんかちょっとこの寝顔を見てるとムカついてきたな)


 雨宮は特に意味も無く大きく口を開け両手に息を吐きかけると、万歳をするように両手を高く上げ、エルドーラのシュッとした両頬を目掛けて勢いよく振り下ろした。


イミル・ウル・エイ・ジャジャ・コンフォ・イナ 十一歳 エルフィン種 門を開く者所属


 名の由来は、イミルは愛され扉を開く。古代フェアリー語を用いた名付けを行う事は非常に危険で有ると言われている。


 彼女は月共和国の辺境、フェアリー種が主に住むコロニー、『ケチャロンド』の生まれで、名付けの儀式と呼ばれるフェアリー種特有の守護霊降ろしの儀式を正しく行い、この世界に生まれ落ちた。この儀式を行うことで守護霊からファーストネーム以降の長い名前を授かることが出来る。しかもこの名は、名付けられた本人の魂に新たな力をもたらし、この儀式を正しく経て生まれたフェアリー系種族は、他種族を圧倒する力を持つハイフェアリーとして大成することが出来る、と言われている。


 彼女が産まれて間もない頃は、月周辺の宙域は非常に荒れており、多くの海賊や軍属崩れの犯罪者達が跋扈しており、人々の恐怖の的となっていた。

そして彼女の産まれたコロニーにも海賊が押し入り、ハイフェアリーの一部を残して奴隷商や研究施設などへと売り渡され、彼女は生き延びたハイフェアリーによって月共和国の首都『工業都市マッサマン』の孤児院へと預けられる。


 感情の起伏が非常に乏しく、孤児院の担当医もコミュニケーションに難あり、と言うことを言っていたが、それ以外の分野は全てにおいて非常に優秀であり、彼女は孤児院にいる間に、孤児院での最高ランクDランクへと到達、チャイルドエリートとして冒険者ギルドへと正式に加入し、マッサマンにて一人暮らしを始める。


 一人暮らしを始めて間もない頃、アントンと出会いパーティー『門を開く者』を結成、中級ダンジョンに挑むレベルの力を手に入れたが、アントンの子供が中等部に上がるのを機にリーダーであるアントンは引退を表明、パーティも解散が決まった。


 最後のクエストで一山当て、解散するという話をした後、アントンは彼女を養子にするはずだったが、解散した後で良いと伝えた事で、結局その話は無くなってしまった。

 趣味は肩車(される側)好きな食べ物はたこ焼き。

 

 雨宮に肩車をされた事で開眼、全てを忘れて楽しんでいた。


 過去冒険者ギルド主催のお祭りで、一緒にお祭りを回ってくれた女性冒険者からおごって貰った事が切っ掛けと成り、大好きになる。


クレア・ムーン・大川 ヒューエル 三十二歳 Cランク冒険者


 月共和国の首都、工業都市マッサマン生まれ、魔法使いの派閥『金色(こんじき)の派閥』所属。


 遊星国家アバドンと呼ばれる、彼方から飛来する隕石に作られた、滅びが確定した国からやって来たエルフの母と、マッサマン出身のサラリーマンの父の間に生まれたヒューエルで、幼い頃からハーフと言う事を理由に酷い虐めに遭い、義務教育を拒否、面倒見の良い父親の手で大学院卒レベルの学力を僅か十歳にして叩き込まれる。


 その後は冒険者ギルドに、その天才的な頭脳を武器として一切敗北を知る事無くパーティを転々としながら過ごしてきたが、パーティー運が悪く、自分の与り知らない所でパーティメンバーが起こしたトラブルなどが原因で、Aランククラスの力がありながら、Cランクで足踏みをすることになった。


 その後まだ新婚ほやほやのアントンと出会い、子供を抱かせて貰って以来、子供達のおねぇさんとして勉強を教えつつ、冒険の儲けでプレゼントなどを買い与えることに喜びを覚えたりする、友人として彼との付き合いがあったが、アントンのパーティは彼女の妻が抜けたことで、後衛が足りないと言うこともあり、偶々フリーだった彼女は参加することになったのだが、参加した初めてのクエストは失敗、初めての敗北を知る事に成った。

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