EP73 精霊とスパイクのロンド
夏終わり 熱さ揺るがぬ 秋の口
雨宮に転がされたレッドボーゲンは、ぶもっと、何が起こったか判らないと一瞬呆然としたが、慌てて起き上がり、バックステップで数メートル下がると、もう一度猛ダッシュで雨宮達に改めて迫る。
新庄は袖をまくり、アームガンをレッドボーゲンの脚へと速射し、足止めを試みるが、銃口を察知するのが早かったレッドボーゲンは、小刻みにステップしスピードを落とさないままで若干動きを変える。
「エマ!」
この中で一番弱そうだと判断されたエマは、ムッとした顔のままで両手に光を集めると一言。
「光よ!」
大爆発を起こす謎の光は、レッドボーゲンをダンジョンの壁へと叩き付け、周りを一瞬唖然とさせる。
「アンタ強かったんやなぁ」
「さっきのが偶然では無いと証明出来ましたね」
エマはヒューニの一言に笑顔で返し、もう一度その掌に光が集まる。
「大いなる聖樹の名の下に、集え光の精霊」
キラキラと何が光っているのかと首を傾げる雨宮とロペは、エマに集まる光の粒をひょいっと掴んでみると、その手の中には、非常に驚いた顔の小さな羽が生えた、子供の様な存在が居た。
ーーつぶさないでー
はっ!と、どこからともなく頭に響く声に驚き手を開いた雨宮とロペは、その手の中から飛び立っていく小さな子供に手を振り、ごめんねー、と驚かせてしまったことを恥じた。
「あれなに?」
「多分精霊なんだろうけど・・・・・・この世界のとは違う気がする・・・・・・」
雨宮達から離れた精霊を目で追っていると、エマが雨宮の方を向いて、めっ、とウィンクをし、先程の精霊達を迎え入れる。
「只の魔物なら、これ位で何とかなるでしょう」
集まった精霊達は、幻の波となり不思議な旋律を奏でる。
「閃光の歌よ、波と成り、貫け」
エマの周りに集まった精霊達は、見たことも無い軌跡を描き、複雑な紋様を空中に映し出す、その紋様は砂のように散り、雨宮の目には一瞬その景色が歪んで見える。
(何だ?視界が・・・・・・?)
「目がチカチカするねぇ」
視界がおかしいと感じたのは雨宮だけでは無く、エマ以外の他の者達も同じだった。
「ノイズが発生したような感覚がしますね」
「ちーとやり過ぎとちゃうか?」
頭を抑え未だに星が散る視界を、何とか振り払った一行は、泡を吹いて倒れようとしているレッドボーゲンを見て、一体何をしたのかと、珍獣でも見るかのようにエマを観察する。
「皆壁を越えてここまで来てくれたのですね、遠くからご苦労様です」
「そうか、精霊だから・・・・・・」
精霊とはマナが現象となる過程で生まれる『変換』として、魔法使いには認識されており、魔法使いが魔法を起こす時は、現象へと変換する際に、エーテルサーキットを使用し、魔力→マナ→魔力→エーテルサーキット→魔力→現象のサイクルを構築し、三重に魔力を使用する必要があり、コントロールが非常に難しく、又エーテルサーキットによる変換は個人差こそある物の、一定の程度を越えることが出来ない。つまり威力に限界が必ず有ると言うこと。
しかし、自らが魔力を使いマナを現象化するのでは無く、エマは精霊に語りかけ、その現象を起こすようにお願いをする事で、殆ど魔力を使わず間接的に魔法を行使することが出来、マナ→精霊→現象のサイクルを構築して魔法を使用する。彼女のような存在を精霊使いと呼ぶ者も居る。
本来魔法とは魔力というエーテルサーキットから生み出される力の一つを使い、マナを世界からもぎ取り、魔力を使いイメージを現象化する事で実現する。
しかし精霊使いの使う『祈祷』、精霊魔法と呼ばれるこの行動は、多くの精霊信仰者の信仰により、世界に満ちるマナから生み出された精霊に少しだけ魔力を与え、よりマナに近い精霊にお願いをし、代わりにイメージを伝えて貰う、と言うある種他力本願な力の使い方なのだが、人間がマナをもぎ取るという行為に限界があり、そのマナを変質させるという行為自体に大きな魔力を消費する為、非常にロスが多くなり無駄な魔力を使う事に成る、このロスを減らしていくことが、魔法使いとしての能力の差となるのだが、精霊という存在はそもそも存在自体がマナと酷似しており、魔力を使わずに世界からマナを取り出すことが出来る上、限界が無い。
理論上精霊魔法を使えば、世界のマナを丸ごと消失させてしまうことも出来るのだが、精霊達には自我があり、帰属する世界を家として認識している為、マナを完全に消失させる事などしない。精霊は気に入った存在の側にだけ近付き、気に入らない存在に対しては、近付きもせず認識することも出来ない。
精霊から気に入られないとは即ち、世界から嫌われているのと同じ事で、コレは運が悪いと言うことにも間接的につながり、世界や精霊から嫌がらせを受ける様なことも、人々の認識としては運が悪いで済まされる。この運が悪いと言うことは、可能性として精霊にいたずらをされている可能性も示唆し、世界からの排斥を望まれている『可能性』が在ることもあり、精霊信仰者からは運の悪い人間を、『嫌われし者』等と呼ぶこともある。
「・・・・・・」(この精霊達、Δエナジーで包んでしまったらどうなるんだろうか)
雨宮の興味津々な視線を敏感に感じ、エマの周りに纏わり付いていた精霊達が、その首から提げられていた小さな小瓶へと、逃げ込んでしまった。
「あらら」
「駄目ですよ?」
「何しはりましたん?」
「まだ何もしてねー」
既に制圧済みと考え、和やかなムードに切り替わったと同時に、レッドボーゲンは頭を振り正気を取り戻し、咆哮する。
BMOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!
油断をしていたとでも言うように地団駄を踏み、改めて自分に土を付けたエマと向き直る。
「意外としぶといですね、かなりのダメージがあったはずですが」
先程の光の波に揺さぶられ、恐らく普通の人間なら脳が半分溶けている位の振動を味わったはずだが、この程度では問題ないと思ったのか、息を切らせながらも衝動的に湧き上がる笑みを隠さない。
「ほぉ?わろてるな」
「意外と効いていないのかねぇ?」
(・・・・・・そんなはずは無い、何処からどう見ても人間よりも脳の小さいあの牛だが、骨が強いとか、筋肉が強いとかそんなレベルじゃ無い、あの光の波は、脳を直にヤスリで削ったような物だったはず、即死でもおかしくは無い、だが今彼奴は立ち上がった、しかも既にダメージは無さそうだ、何故?)
「もう一度・・・・・・」
エマの周りに先程集まった精霊達が再び集結し、先程より明らかに攻撃的な光の波動が彼女の掌から放たれる。
しかし今度は先程のように空間を歪め、浸透する波では無く、肉体を摺り下ろすように、目に見える砂嵐の様な粗い光が直接身体を削り取る。
「エグいな、だが・・・・・・」
先程の内部破壊攻撃とは違い、目に見える形でダメージが入っているのが確認出来るのだが、それでも尚レッドボーゲンは歩みを止めず、徐々に速度を増してエマに迫る。
「むっ・・・・・・」
スピードが乗り、今の今まで肉体を削られていたとは思えない程の回復を見せているレッドボーゲンだが、非常に不服そうな表情に落ち着いたエマの手から光が消え、エマの身に付けている、銀河旅団カスタム制服ロングスカートverのスリットから、スパイクメイスが取り出され、レッドボーゲンが取り付くかと思われた刹那、神速の振り降ろしで、向かい合ったレッドボーゲンの左肩にメイスの突起が刺さり、くの字に折れ曲がったレッドボーゲンは錐揉みしながら吹き飛び、ボス部屋の床を大量の砂煙を上げながら転がっていく。
「Oh・・・・・・」(見えた)
「ほえぇ」(見えた)
「ふむ・・・・・・」(見えた)
「はぁ~」(黒)
「成る程」(紐)
「良い振りだ」(履いてない?)
六者六様の反応で、メイスに叩き飛ばされたレッドボーゲンの行く末を案じ、メイスを取り出した勢いに煽られたスカートから覗く、白磁器の様なその尻を観察する。
しかし勢いのままに壁にぶち当たったレッドボーゲンは、数秒程動かなかったが又起き上がり、その身体の変化を感じ取り、確信に近い何かをつかみ取った様だ。
「めげませんね、あの牛さん」
「やっぱり一人では難しいんとちゃうのん?」
「怪我が治っている様に見えますが、理由が分かりませんね」
遠目で見ただけでは何故治っているのかは判らない、雨宮はレッドボーゲンを解析してみようと試みるが、ナノマシンは何か大きな力に阻まれ取り付くことが出来ず、いつもの調子で分解しようにも、出来ないと言うことが判明した。
「スキャンも名前しか判らんし、分解も何かに阻まれて出来ない、地力で叩き伏せるしか無いか」
「望む所です、今度こそ叩きのめして差し上げます」
新しい肉体の性能を十全に生かしているとは言え無いエマではあったが、精霊と何やら相談し円陣を組んで気合いを入れると、精霊はみるみるうちに巨大化し、レッドボーゲンと同じぐらいの大きさになった。
「フルボッコにして差し上げます!」
完全に入ってはいけないギアの入ったエマは、モリモリマッチョに巨大化した精霊を伴い、未だフラつくレッドボーゲンへと駆け寄り軽くジャンプ、ぐるんと身体を限界まで捻り、ダッシュの勢いと遠心力をそのままの勢いで叩き込む。
「えぇいー!」
どことなく気の抜けそうな掛け声のまま、恐ろしく勢いの付いたメイスのスパイクは、いつの間にかレッドボーゲンの背後に回り、羽交い締めの状態でスタンバイしている精霊ごと叩き潰してしまうのでは無いかと思える様な、遠慮の無さで突き刺さった。
BUMOOOOOOOOOOOOOOO!!!
顔面、胸、腹、こめかみ、肩、腿、股間と滅多打ちにされるレッドボーゲンは、叩き潰される後から直ぐに再生し、元の肉体に戻っていく、しかし精神は存分に疲弊している様で、どれだけ藻掻いても引き剥がせない精霊と、目の前でブンブンスパイクメイスを振り回し、余すところなく叩き付けてくるエルフの女に戦慄を覚え、つぶらな瞳からボロボロと涙を流し、何度も再生されるせいで何度でも打ち据えられ、数え切れない程の穴を穿たれ、その治り方が甘いのかもはやパブロフの犬の様に、メイスが振り上げられるだけで身体が反応し、全身の筋肉が強張り、フェイントを加えられる度にビクンビクンと無意識に身体が跳ねる。
「まだ死にませんか、このっ!このっ!」
ガンガングシャグシャと、肉を抉り骨をたたき割る音が辺りに響き、ボスが死ぬというトリガーが引かれないことには、この部屋から脱出出来ないこともあり、徐々に焦りと疑問がエマの中に生まれていく。
「なんで死にませんか!」
既に返り血で真っ赤になっているエマは、両手でメイスを構え直し精霊とアイコンタクト、大きく身体を捻り力を貯める。精霊はレッドボーゲンを空へと投げ放った。
「とどめぇ!」
渾身の力を込めたフルスイングは、レッドボーゲンの右半身を吹き飛ばし、再び勢いのままボス部屋の壁へと叩き付けられるレッドボーゲン、しかしレッドボーゲンはまだ息がある。
「コレはおかしいなぁ?」
「ふむ、いくら何でもタフすぎる」
「そろそろ援護に入りましょうか?」
エマが肩で息をしている後ろから、エクス、ヒューニ、ティオレが進み出て、それぞれの武器を手に千切れた右半身と壁に叩き付けられた左半身の方へと近付いていく。
「コレで生きとるのがおかしいんやわ」
「こちら側も、心蔵も無ければ頭も無いが、まだ動いている」
ヒューニはズダンズダンと、ライフル銃で右半身をぶつ切りにしていくのだが、それでも肉片は動き、元の姿に戻ろうと何かの力で移動を始める。
粗挽き肉になったレッドボーゲンなのだが、それでも生命活動は終わらず、ヒューニは念のためにBMブラックを装着し、肉片を手に取りスキャンを開始する。
(銀河さんはスキャンが何かに阻害されると言っていた、その何かとは・・・・・・)
「ヒューニ、其処までにしとけ、壁は越えるな、戻ってこれないぞ」
「っ・・・・・・コレはまさか」
ヒューニの精神は僅かにそれを感知し、肉片から手を離す。
「Ωウィルス・・・・・・」
「ダンジョンで進化したのかどうかは判らないが・・・・・・、感染はしない様が別の方向へと進化している気はするな」
「再生能力・・・・・・にしては程度が過ぎる気もします」
「ナノマシンによる再生医療でもこれほどのスピードは不可能だ、レスポンスやリードタイムの問題があるからな」
遠く分かたれた左半分と右半分だったが、壁に縫い付けられた左半身の方へと、ナメクジの様に肉が蠢き、地面を擦りながら徐々に動いていく。
「何が何でも元に戻りたいみたいだな」
もはや何の生き物なのか判らないレベルで形すら保てない様なのだが、それでも生命活動は衰える様子が無く、壁に縫い付けられた左半身も動き始める。
「こっちも動きますなぁ」
ヒューニが念のためにBMを装着したのを確認した他のメンバーは、それに続きエマ以外の全員がBM及びBTを身に付けた。
(しまった・・・・・・エマはΩウィルスがうようよしている血液を、大量に浴びてしまったじゃ無いか、大丈夫か?)
「エマ、ちょっとこっちに・・・・・・」
「あきまへん旦那様!!」
先程までレッドボーゲンであった肉片は、もはやコレまでとでも判断したのか、ブルブルと震えだし、周囲に飛び散った何かを勢いよく回収し始めた。
それはエマの身体に飛び散った血液すら、エマの身体ごとその流れに乗せていく。
「これは・・・・・・!?」
「エマたん!抵抗してっ!」
ロペが一歩前に踏み出し、魔法の様な何かを発してエマが引き寄せられていくのを押し留める。
雨宮達の脳裏に三頭の巨人の姿がよぎる。
「・・・・・・」
「E・M・A!」
(EMA?)
「言われずとも、判ります。BES、ですねこれは」
エマはゆっくりと引き摺られながらも、再び精霊を集め、指示が無いままオロオロしていた、巨大化した精霊を呼び寄せる。
「この世界に干渉することは出来ませんが、同じ来訪者であるならば、送り返すことは出来ます」
巨大精霊はエマの身体をがっしりと掴み、完全にその場に留まらせているが、引っ張られる力が無くなった訳では無いので、血液を浴びた制服や髪などはぐいぐいと肉塊の方へと引っ張られている。
「精霊達、壁を越えなさい、貴方達なら判るはずです、BESを生み出した者達の居場所が」
エマの指示に頷いた巨大精霊は、引き留めをロペに任せ両手を広げて霧散する。光の粒子に戻った精霊達は、ボス部屋全体に広がり、肉眼では捕らえられない何かを捕らえ、レッドボーゲンの肉塊を回収し、部屋の中心へと集まった。
「元の世界へと戻りなさい、悍ましき物達」
(銀河さん、ナノマシンを精霊に持たせて下さい)
精霊へと語りかけている最中は、口が別のことには使えないのか、ナノマシンリンクを使い雨宮に語りかけるエマ、雨宮は感心した様に自立機動型ナノマシンを精霊の下へと飛ばし、精霊はナノマシン達を大事そうに抱え込み、すぅっとレッドボーゲンで在った物と共に消え去った。
「エマたん無茶しすぎ・・・・・・」
「そうでもありませんわ、精霊達は無事に向こう側へと辿り着いたようですし、暫くすればナノマシンを抱えて戻ってくるでしょう」
精神的にダメージを受けたロペは雨宮に寄り掛かり、深いため息と共にエマへと愚痴をこぼすが、その間もナノマシンリンクを通じ、雨宮によって生み出されたナノマシンを追跡している。
「銀河きゅん、ノイズが酷くて追えないかも・・・・・・」
「端末も駄目だな、どこかに辿り着いたことだけは判るが」
(・・・・・・精霊達がナノマシンを守っているのが判る、しかしノイズが酷いな・・・・・・)
ーーーーーーーーーー
?????
多くの人間がバタバタと走り回る基地の様な場所で、その場のトップと思われる女が大型モニターを注視しながら、目を白黒させていた。
「送り返す!?どうやって!?」
驚きに声を上げたその時、司令部と思われるこの空間の空中に、目映い光が奔り、背筋を怖気が奔る様な気味の悪い音が聞こえた。
光の中で、ずる、べちゃ、ずる、べちゃ、と液体を伴った大きな何かが動き、偶々その真下に居た男はまるで其処には何も無かったかの様に、何かが蠢くままに吸収されていく。しかし光で覆われたこの場所でそれを視認することは出来ず、それは周りの命を取り込み、巨大化していく。
漸く光が収まった時、女性の目の前には巨大なレッドボーゲンの姿があり、その巨大さ故レッドボーゲンの顔面が彼女の目の前に荒い鼻息と共に突きつけられる。
「嘘・・・・・・」
レッドボーゲンはルビーダンジョンで現れた時の数倍巨大化している、もはや部屋の中では立ち上がることも出来ないサイズだったが、そんな事はお構いなしにて脚を動かそうともがき始めた。
部屋の中にあった機材は瓦礫と化し、女性は辛うじて身体を丸め頭を抱えて暴虐の時が過ぎ去るのを待つことしか出来ない。
(どうして此処にアルファタウロスが・・・・・・!?)
混乱する室内で、レッドボーゲンは手足を何とか床に付けることが出来、四つん這いのままで万力を込め立ち上がる。
BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO
耳をつんざく咆哮を上げ気合いの元に立ち上がったレッドボ-ゲンの目には、嘗て自らを生み出したその世界の姿が見える。空を鉄が飛び、不思議な筒が幾つも張り巡らされた不思議な世界、産まれて間もない頃檻に入れられたままで通った見覚えのある建物、彼は故郷に帰ってきたことを知る。
完全に倒壊した建物だったが、女性は奇跡的に瓦礫の隙間に居た為に無事だった。彼女は肩に装備した無線機器を使い、救助の要請を発信する。
「此方アルファ監視部隊司令レミィ・イルバース、倒壊した建物に取り残されている、救助を!」
(おのれ・・・・・・一体何が起こったというのだ)
ーー・・・・・・ザッ りょ・・・・・・ ザッ
「クソッ!」
身動きも殆ど取れない隙間の中に縮こめられたレミィは、勢いのままに無線機を叩き付けようとしたが、思い留まり何度も呼びかけを続ける。
「此方アルファ監視部隊司令レミィ・イルバース、アルファが暴れ・・・あっ!」
目の前を塞いでいた瓦礫が突如取り払われ、再び視界いっぱいにアルファタウロスの頭部が映り、カランと無線機を取り落とす。
「な・・・・・・な・・・・・・」
(あり得ない、巨大すぎる・・・・・・)
あまりの驚きに声も出ず、パクパクと口が開く物のそれ以外何も出来ず、身体は恐怖で硬直してしまう。
(元のサイズは三メートルだったはず、なのにこいつは今・・・・・・)
既に彼女の周囲に彼女以外の生命は無く、目算二十メートルを超えるアルファタウロスは、平屋の建物の周りをぐるりと見回した後、再び奇跡の元に生き残ったレミィを視界に入れ、観察する。
「オマエ、ミタ」
人の言葉を発したアルファタウロスを驚愕の目で見つめるレミィは、その一瞬で脳内のアラートがガンガンと警鐘を鳴らすのを感じ、取り落とした無線機を手探りで探し始めたが、無線機を落とさない様に付けられていた紐はいつの間にか切れていて、その手元に目をやると瓦礫の破片にあたり、バラバラになった無線機がある。
「モット、ミル」
アルファタウロスはそれだけ言葉を残すと立ち上がり、その手にレミィを掴んだ。
「グエッ」
掴むと言うよりは、握ると言う方が正しいと思えるが、その手の中に完全に治まったレミィは、肉体の温かさに包まれ全身の骨が砕け散った音を聞く。
しかし彼女はまだ、死んでは居ない。
「オマエモ、ミル」
アルファタウロスは手を広げ、夕日の照らす町並みをジッと見つめたままで立ち尽くしている。その広げた手の中には紫色の肉塊と化したレミィが居たのだが、肉体の機能が既に失われ、促された様に見ることは出来ないのだった。
ーーーーーーーーーー
レッドアイダンジョンB10 紅き戰輪の間
レッドボーゲンの消え去った後、雨宮はエマの身体をスキャンし詳細を確認したが、エマはΩウィルスに感染して居らず、血みどろだった状態を分解し、元に戻した。
「中々戻ってこないな、精霊」
「銀河きゅん、何か判った?」
「・・・・・・そうだなぁ」
(アレは何処なんだろうか?未来都市みたいな、漫画で見たことがある様な、うーむ)
「俺が判ったのは、レッドボーゲンがデカくなって、アミィちゃんのそっくりさんをぎゅって握ったってぐらいか」
「ぎゅっ?」
「そうぎゅっ」
多分死んだんじゃね?と雨宮は上の空のままロペの質問に答え、先程からナノマシンリンク経由で送られてくる映像を、ジッと観察している。
「後あいつ喋ってた」
「レッドボーゲンが?」
「うん」
「喋るモンスターはあまり聞き覚えが無いな」
新庄もロペも、断片的に伝えられる雨宮からの情報に、難儀しながらも取り敢えず開いたボス部屋の扉から、一旦戻ろうと一行は前室・・・・・・ボス部屋前のキャンプへと戻る。
レミィ・イルバース 三十七歳 アルファ監視部隊司令
研究所所属の監視部隊司令、所属が民間組織の為階級は無いが、過去に軍属で在ったことがあり、指揮の経験は豊富。
アルファタウロスを監視する為に、編成された部隊ではあるが、元々武力は持っていない為、監視と報告のみの部隊である。
奇跡的に生き残り、巨大化したアルファタウロスの手の中で瀕死の状態になった。




