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EP55 漁りの上手の雨宮君

そおい!

 一行は城の巨大なアーチをくぐり半時程進むと、仕切りなども無い広い空間に只巨大な玉座が置かれている場所に辿り着いた。


 「でっかい玉座だなー。」


 「巨人王はデカいからなー。」


 テツもハッキリ言ってデカいのだが、その巨大な玉座はそのテツを以てしても見上げる程巨大で、眷属達は見上げても背もたれの先端が見えないとひそひそ話している。


 「留守かな?」


 「いや、恐らく寝所で眠っているのだろう。前回の界獣達を撃退した時に大怪我をしてそれ以降、玉座に座ることは恐らく無かっただろう。」


 このヴァルハランテを襲った怪獣達は非常に好戦的だったのだという。それらを撃退するに当たって当時の将達は半分が死に、全戦で戦っていた王も又瀕死の重傷を負ったのだとか。

その際にこの世界の住人は激減し、今や十万をやや超える程にまで減ってしまったのだという。

そして雨宮達銀河旅団が潰した先遣隊およそ二万の内九割が死に、残った者達は銀河旅団へと寝返った。

 ヴァルハランテの戦士達が如何に屈強だとは言え、既に結果の見えた戦争だと思う雨宮だったが、不確定な要素は多く楽観して考えるのはよそうとテツに向き直る。


 「奥へ行ってみよう。」


 テツの肩の上に飛び乗り、額に手を当てながら辺りを見渡してみると所々に居住エリアと思われる家々が立ち並ぶ中庭のような空間に出る。

中央に大きな噴水がありその噴水を中心に放射状に店やアパートのようなものが立ち並んでいる様子を見て、ここがメインストリートのようなものなのだろうと皆が思い思いに探索へと散った。


 「巨人用の澄香と天使用の住処は別れているんだな。」


 「そりゃな。巨人用の家に住むにゃ天使には広すぎる。だが中にはその広さを目的に住む物好きな奴もいた。」


 逆に天使用の家には巨人はそもそも入ることすら出来ない。


 「城の中に寝床があるのかと思ったんだが、外に出ちゃったな。」


 「いや、ここは言わば城塞都市のようなものなんだ。城に囲まれた町だと思えば良い。王の住処はもっと向こうだ。」


 城塞都市と言われて雨宮はぐるりと周囲を見渡してみると、確かに全周囲が建物に囲まれているのが分かる。


 「俺達は真っ直ぐ来たが、途中で幾つか横に入る道があっただろ?あそこを通れば見えている建物の中を通ることになる。」


 この城塞都市は山と山の間の谷に造られた城塞都市で、この世界では奥地側と言われている王の寝所がある建物の方と、境界側と呼ばれる謁見の間がある建物の方と二カ所に出入り口があり、過去第三世界と繋がる前には奥地側にはドラゴンの巣が在り、王はそのドラゴンの動向を見張る為に奥地側に居を構え、謁見の間と行き来するようになったのだとか。

 しかし第三世界と繋がった後は不思議な事にそのドラゴンの巣は消えて無くなり、元々巣が在った場所に辿り着く事すら出来なくなったのだという。

それならば枕を高くして眠れたのでは無いだろうかと雨宮はテツに訪ねたが、世界が繋がった後には別の脅威が奥地側には現れる事になったのだという。


 「界獣か。」


 「そうだ。奴らは王や、将などで無くては相手にもならない程強かった。そのせいで世界が繋がってからは、将達も奥地側に住処を移す事になった。」


 「残る将が居るとすればここか・・・。」


 先ほど見た巨大な玉座の主が横になっても問題ない程の大きさの建物は一階部分が大きな門だけが聳え立ち、その脇に大きな階段が有った。


 「ここから上に上がれそうだな。」


 一段一段が数メートル規模の高さの階段は雨宮でも上るのに難儀する程の高さであったが、わざわざよじ登る事も無いかと、皆元気に飛び跳ねて二階へと進む。


 「バトルドレス様々だな。」


 「身体が軽いのは、ティオレの因子が組み込まれているから何だとか。」


 「グラビティコントロールと言う奴か。便利な世の中になったもんだな。」


 「ばっか、余所にこんなものねーよ。」


 「それもそうか。」


 ぐははと大きく笑いながら何とか二階へと辿り着いた雨宮とテツは後ろに付いてくる眷属達へと目をやりながらも、其処から見える大きな扉の向こうに確かな気配を感じていた。


 「やっと人に出会えるな。」


ーー其処に誰かおるのか。


 扉の向こうの主も此方の気配には既に気付いている様で、弱々しいながらもしっかりとした声が、扉の向こうから聞こえてくる。


 「俺だ!帰ってきたぞ!」


 「おじゃましてまーす。」


ーーその声は・・・入れ。


 「言われるまでもねぇ。行こうぜ。」


 「ん。」


ーーーーーーーーーー


巨人王の寝所


 「漸く戻ったか馬鹿息子が。」


 「相変わらずでけー声だな。」


 「ふん・・・今更何をしに戻った?」


 「ちっとこの世界の様子が気になってよ。」


 部屋に入るなり話し始めるテツと王は、息子と親父と呼び合う間柄、つまり親子だった。


 「何だ?ごっつい王子様もいたもんだな?」


 「やめろよ雨宮の、王子なんてガラじゃねぇよ。」


 「んでそっちがおっとさんかい?」


 「そうなるな。息子が世話になった。」


 「まぁ友達だからな。」


 王は大きなローブのような寝間着に身を包み、横たえていた身体を起こした。

巨大なベッドに腰掛けた王の右脚は膝から下が無く、左腕も肩から無くなってしまっている。


 「随分満身創痍というか何というか。」


 「昔の事だ・・・。だが・・・。」


 「界獣ねぇ。」


 「そちらの世界ではそう呼んでいるのか、なら私もそれに習おう。この身体は奴らとの戦いに敗れた際にこうなった。あの戦いでは一千万居た我が国の住人達は殆どが死に絶えた。」


 「あれ以降奴らは来ないのか?」


 「うむ。竜の顎もその口を閉じ今は至って平和だ。・・・だが、間もなくこの世界は終わりを迎える。お前達も元の世界に戻るが良い、ガイキンも連れて行ってくれ。」


 ガイキンていうと・・・テツの本名というかこっちでの名か。


 「それは問題ないがあんたはどうするんだ?」


 「この身体だ、この世界と運命を共にするほか有るまい。」


 「その話は取り敢えずおいといてよぉ、他の奴らはどうしたんだ?まさかピクニックに行ってるわけでもねーだろ。」


 「・・・あの者達は天使将ザムエルに率いられ其方等の世界へと向かった。全員では無いが血気盛んな若い者達を中心に多くの者が出て行った。」


 「・・・確かに比較的若い奴らが多かったな。」


 「そうなのか?俺にゃ長生きするあんた達の年の頃はよく分からんよ。」


 「ふむ。ここに残ったのはガイキンと同世代の者ぐらいでは無いだろうか。それより若い者達は恐らく居ないだろう。」


 「やっぱり入れ違いになっていたんだな。」


 王は大きな水差しで水をラッパ飲みしながら、肩を揉みため息をついた。


 「賢しい奴よ、あのザムエルとか言う若造は。だが奴の言う事も分からないでは無い。」


 ザムエルはこのヴァルハランテではかなり若い部類に入るようで、そのアーティファクトを制作する技術と、類い稀なる魔力の多さから将の座に上り詰めたのだとか。しかし決して思慮深い性格では無いらしく、行動力がある分ミスも多かったらしい。

 そんな新進気鋭の若者に率いられて動いた戦士達はおよそ半数、五万人程だという。

中にはだまされて動いた者や、アーティファクトによって操られているものも多数いるようだと、王は語った。


 「王としてはほって置けんか。」


 「だがこのまともに動かん身体では、それもおっくうでな。ワシの威光も陰ったものよ。」


 「・・・・身体・・・治したいか?」


 「雨宮の!?」


 俺の問いかけに王は頷き、拳を握りしめる。


 「あの界獣共にやられたままでは腹の虫が治まらん。この五体が満足な状態であれば、今度こそ・・・!」


 「そっか。俺の軍門に降るって言うなら、治しても良い。寧ろもっと強い身体も与えてやれるぞ。」


 俺は自分の案を王へと投げかけ反応を待つ。彼の感情を見て取れる部分では受けたいとは思っているだろう。だが王として考える時は又話も違ってくる。


 「少し考えさせて・・・。」


 「親父。良いんじゃねぇのか?もう国なんて呼べるような代物じゃねえだろ。俺達と一緒に来いよ。この世界の事は確かに惜しい、感傷が有るってのも分かるさ、親父は俺達よりもっと長生きだしな。」


 王はテツの言葉をジッと見つめながら一言一言を咀嚼するように胸に納めていく。


 「生きるってのは良い事だ。死ぬってのは寂しい事だ。俺は頭が悪ぃから上手く話せねぇが、親が元気で居るってのは良い事だと思う・・・。」


 テツは自分が親より先に死んだ事を悔いている。テツの両親はそれはあいつの事を可愛がっていたからな。親の期待に応える良い息子としてだけじゃ無く、何処に出しても胸を張れる、そんな大人に育った事を誇りに思っていた。


 俺は大分あいつの親には煙たがられていたが・・。


 王は拙いテツの言葉を聞き、ゆっくりと窓の外を見た。


 「ワシの代よりももっと前から続いていた因習がある。」


 「・・?女の巨人の事か?」


 「そうだ。ワシにも一人娘が居た。今頃は・・・。」


 「「生きて居るぞ?」」


 「「え?」」


 俺とテツは二人で同じ事を言い二人で同じ疑問を持ったようだった。


 「雨宮のお前知っていたのか!?」


 「寧ろテツが知っていた方がびっくりだわ。知られないように隠れていたからなあいつ。」


 テツの妹リファンリアは、思い出すのもむかっ腹の立つあの出来事のせいでナノマシンサーバーとして、サーバーの役割を持った謎の生命体としてこの世界に現れてしまった。最初こそ混乱し、記憶を思い出す事もままならない様だったが、今は普通に俺の部屋にまでやってきて、自分の目的を話してくれるまでに回復した。


 「姿こそ見ていないが、居るのは何となく分かっていた。俺だってデータベースにアクセスできる浅いレベルの権限ぐらい持たせて貰っているからな。」


 「それで分かったわけじゃ無いんだろ?」


 あの周到なリファンリアがそんなミスを犯すはずが無い。俺の言いつけた仕事はきっちりとやってのける几帳面さも持ち合わせている。ザルな仕事はしない娘だ。


 「気配というのかな・・・。何となくなんだよ!説明できねぇ!」


 「それ分かってるって言っていいのかよ・・・。」


 「雨宮と言ったか、その話は本当か・・・。」


 「おぅ。何時でも会えるぞ。こっちに来るならな。」


 「分かった行こう。」


 何か渋っていた割にはあっさりとしてるなぁ。


 「よし、じゃあ触るぞ。」


 「う・うむ。」


 そう言って俺は残った左足の方に手を当て、王を分解した。そしてそのデータを参照し新たな肉体を再構成し目の前に新たに作り出す。光の粒になって消えた王は、瞬く間に元の五体満足な状態に戻った。


 自らの身体を触り、腕を振り膝を上げ、腰を捻り首を鳴らし、その身体の性能を十分に理解した後、彼は俺の前に膝を付いた。


 「新たな王よ、ワシの力を存分に使ってくれ。この恩には必ず報いる。」


 「おぅ。せいぜい役に立ってくれ。でだ。」


 「はい。」


 「ちょっとデカすぎるからもっとちっちゃくなって貰っても良いか。そのままだと船には入れん。」


 「これは気付きませんで。」


 どうやら彼程の巨人とも成れば身体のサイズを変える事位なら容易いことのようで、光に包まれた後俺と同じぐらいの大きさにまで小さくなった。


 「良いんじゃ無いか?」


 「ではこの大きさで行きましょう。」


 「へへっ、親父もやっぱりそんな事出来んだな!」


 「三千年も生きれば自然と出来るようになる。」


 「長生きだなーおっさん・・・。」


 「で、これからどうする?雨宮の。」


 「もうこの世界が消えて無くなるんだったら・・・。」


 「・・・あぁ、成る程。」


 「「ここにある金目のものは全部頂いていくか。」」


 言葉だけ聞けば何処の強盗かと思うが、もはやなくなってしまう世界に何かおいてあっても消えて無くなってしまうだけだ。だったら俺達が持って帰っても良いじゃん?


 「ならワシは宝物庫からありったけを持ってきましょう。人手をお借りしても?」


 「ああ。外に居る奴らは適当に使ってくれ、町の方は既に仲間達が漁っているはずだ。」


 「成る程抜け目ない。ではさっそく。」


 そう言っておっさんは走り去っていった。後で見せて貰うとするか。


 「俺達はどうする?」


 竜の顎を見てみたいと思ったのも確かだが、おっさんの言い方から察するに、もうこの世界が消えて無くなるカウントダウンは差し迫った所まで来ているのだろう。


 なら急いだ方が良い。


 「ヴァルハラゲートへと戻ろう。もう時期に本隊とうちの娘達が接触する頃だろう。」


 「そう言えばそんな事があったな。」


 忘れんなよ。


 「ティオレ。」


 「ハッ。」


 「直ぐ戻るぞ。」


 「俺は親父と一緒に戻る、先に行っててくれ。」


 「あんまりゆっくりしている時間は無さそうだ、急げよ。」


 窓の外を眺めてみると、少し前まで光で遮られていた遠景が消え、黒く深い何かが徐々に迫ってきていた。


 俺達は別れ、眷属達も方々に散り、廃墟漁りを急いだ。


ーーーーーーーーーー


ヴァルハラゲート前


 「そこで止まりなさい、天使ボーイ。」


 集団の先頭を率いていた天使はその言葉に耳を貸す様子も無く、無視して進もうとしたが髪の毛を引き千切らんばかりに引っ張られ、後に続く集団の中にぽいっと投げ捨てられる。


 「貴様・・・。私が誰だか・・・。」


 「知る者ですか天使ボーイ。貴方のような礼儀知らずに此処を通る資格は無いのよ。」


 「人間風情が・・・最上級天使である私に逆らうつもりか!」


 「・・・ウェイトモーメン・・・。天使ボーイ下級天使の貴方が名乗るには大層な肩書きだと思うわ。」


 立ち塞がる白いバトルドレスに身を包んだ女は、ナノマシンを操り天使ボーイの詳細なデータを手に入れ鼻で笑う。


 「情けない天使ボーイ、逃げるのならもっと泣き喚いて許しを請うべきだと思うの。」


 「・・・貴様さっきから聞いていれば勝手な事を。」


 「勝手なのは貴方よ愚鈍ボーイ。もうこの世界は我らが(あるじ)雨宮銀河様の物。まぁ直ぐに消えてしまう世界ではあるけれど。」


 「其処まで知っているのなら退くが良い、私も無闇に殺しなど・・・。」


 「はぁ~・・・残念ボーイ貴方には何も権利は無いのよ。此処で引き返すか、今死ぬか、そのどっちかしか無いのよ。」


 まるで小馬鹿にするような態度の女に対し、天使ボーイは歯ぎしりをし、怒りに染まっていく自分を抑えきれなくなっていく。


 「低脳ボーイ、一分だけ時間を上げるわ。二つの内どちらを選ぶか決めなさい。」


 (あれだけの魔力が有りながら、下級天使からクラスチェンジ出来ないなんて、無能以外の何物でも無いなぁ?)


 「言いたい事はそれだけか・・・。この戦力差、覆せると思うな!行け!踏み潰して進め!」


 「疑惑ボーイ。下級天使の貴方の命令なんて聞く気は無いんですって、そちらのボーイ&ガール達は。」


 天使は背後から迫る気配に驚き、振り向こうとしたが振り向く前に巨人の男にその身体を鷲掴みにされ、苦悶の声を上げる。


 「ぐぅっ!!な・何をする!天使将である私に対して・・・ひっ。」


 巨人は手の中で暴れる天使ボーイに対して、侮蔑の視線を投げかけ、視線を外した。


 「巨人王様から送られてくる神気が途絶えた。我らは裏切り者として認定されたのだ。」


 「ぐぅううっな・・んだと・・・。」


 「巨人王様が死ぬ事は考えられん、だとすれば我々と入れ違いになったあの者達が何かをしたとしか考えられん。それに・・・。」


 遠巻きにこの集団を見ていた赤い鎧を身に纏った天使は、ふわりと巨人の横に降り立ち、巨人の言葉を引き継いだ。


 「私達は、神気無くして無の空間を抜ける事は出来ない。」


 「馬鹿を言うな!神気など無くとも!外の世界には宇宙船というモノがある!」


 「・・・。我らではその船には乗れないのだろう?人間の作った物の大きさなど知れている。」


 その言葉を聞いた若い戦士達に動揺が走り、巨人達の中には既に戦意を無くし膝を付く者達まで現れて居る。


 「天使レディ。神気というものについて詳しくは分からないけれど、貴女達天使なら私達の船に招き入れる事は出来るわ。巨人ガイ達は・・・人数によっては難しいかも知れないわね。」


 天使達の間に少しだけ安堵の空気が流れたが、そんな空気を天使ボーイが台無しにした。


 「そんな事を信じるものが居ると思うのか!これでも喰らえ!」


 巨人の手の中から何とか抜け出した天使ボーイは、懐から槍のようなものを取り出し、女に投げつけた。


がらんがらんがらん


 「・・・超絶愚鈍ボーイ。何故私にゴミを投げたかしら?少し・・・ほんの少しだけれど私のドレスが汚れたわ。」


 フルフェイスのその姿から表情を窺い知る事は出来ないが、僅かに震える声から、その感情が少しばかり震えている事は天使レディ達にも伝わる。

神気を纏わぬ天使レディ達は、天使ボーイを置き去りに、一歩下がり、二歩下がり、次第に天使ボーイと女のタイマンの舞台を作り上げた。


 「愚かな奴だ、俺は何故あんな奴についてこんな所まで・・・。」


 「お前は操られていたのだ、あのザムエルにな。」


 「アーティファクトか・・・。」


 「まぁそれも、神気を供給出来なければ只のおもちゃだ。」


 「違いないが・・・屈辱だ。」


 「・・・彼女に任せましょう。今は一人でも多くの者達を向こう側に逃がす事を考えるの。」


 神気が完全に途絶えた事で操られていた者達は正気を取り戻し、その視線を天使ボーイへと集めている。だが、女から立ち上り始めた赤い色を纏ったオーラは尋常では無く、遠巻きに見ている者達にさえ大きなプレッシャーを与えていた。


 「マイロードから頂いた私のドレスを汚すなんて、許せないわ。もう・・・。」


 「殺すしか無い。」


 彼女シス・セブンは人工人類として雨宮によってこの世界に生み出され、雨宮を擬似的な親として「マイロード」と呼び、七番艦にて教育を受けてきた。


 彼女が生まれたのはほんの半年程前の事だが、雨宮は彼女の事を非常に可愛がり、半ば実の娘のようにすら感じている節がある。だが彼女に与えた情報の中に、一時的な親として。と言う情報が雨宮を親としてみる期限を半年と定め、人工人類としての親離れを済ませていた。


 そして雨宮を慕う心は確かなものとなり、七番艦のクルー達によって様々な教えを受けた彼女は何時しか雨宮に対し恋心を抱く様になり、忠実な部下として、女として雨宮から受けた思いを大切にしていた。


 しかしそんな雨宮から授けられたバトルドレスを、親離れの祝いとしてプレゼントされたワンオフのカスタムドレスを、僅かとは言え傷つけられたと勘違いした彼女の心は、初めて感じる怒りの感情に支配されつつある。


 「キルするしか無い。」


 一歩また一歩、天使ボーイ事天使ザムエルの元へと歩み寄るシスは、しっかりとした歩みで零距離まで近付きそのフルフェイスの表面をザムエルの額にピタッとくっつける。


 「ダーィ。」


ぱぁん


 合掌するように手を合わせたシスの手に頭を挟まれたザムエルの頭は、風船を割った時のように弾け飛び、どさりと主を失った胴体は糸の切れた繰り人形のように倒れ、大地に赤いシミを作っていく。


 「あぁ・・・汚してしまった・・・どうしよぅ・・・。」


 ゴシゴシと返り血を浴びたフルフェイスを腕でこすり落とそうとするが上手くいかず、その動きは泣いているようにも見える、


 「しーすー?」


 そんなシスからのSOSを感じ取ったのは偶々近くに居たアマリーだった。


 「どしたぁ?何か悲しい事があったかぃ?」


 「汚しちゃったの、パパから貰ったドレスを汚しちゃったの・・・。」


 地面にお尻を付けてへたり込むシスを慰めるようによしよしと、抱きしめるアマリーはフルフェイスの下で限界までその目を見開き、周りを囲んでいた戦士達を睨み付ける。


 「あん?てめぇら何ウチの子泣かしてんだコラ?ああん?」


 鋭い殺気を放つアマリーの気配にたじろぎ、弁明も出来ないヴァルハランテの若者達は、半ば死を覚悟してしまっていたが、その気配に押されない天使レディは遠巻きに見ている場合では無いと、直ぐさまアマリーの前に降り立った。


 「申し訳ない、此方の愚か者が余計な事をしてしまったせいで、このようになってしまったのだ。」


 「あんだおめぇ?何があったか詳しく言って見ろコラぁ。」


 アマリーはナノマシンに指示を出し、シスを綺麗にしてやってから、話を聞く体制に入った。

その直ぐ側では天使レディが、返り血に染まったシスが急に綺麗になった事に驚き、固まっている。


 「ほれ、言ってみ?」


 天使レディは自分達がここまで来た経緯を詳しくアマリーに説明し、その結果足下にころがっているザムエルだったものがシスを傷つけてしまった事を謝罪した。


 「ふーん・・・ちょっとまってな・・・。」


 アマリーは雨宮の向かった城の方を向き、通信を送ると返事は直ぐに帰ってきた。


 「ボスが直ぐにこっちに戻ってくる、あんた達の話は大体理解した。だけど、あんた達がどうするかはボス次第だよ。」


 「ボスとは・・・。」


 「オイコラァ!ウチのシスに手ぇ上げた奴はどこのどいつや!?」


 「あ、おかえりー。こいつこいつ。」


 ティオレと連れだって戻ってきた雨宮に、アマリーは足下で頭の弾けた天使ボーイの死体を指さして応えた。


 つい先ほどまで何とか穏やかな空気を取り戻しつつあった場は、再び雨宮の怒りによって凍り付くかと思いきや、其れ処では無い状況もあり、雨宮の見せかけの怒りは直ぐに形を潜めた。


 「こいつは・・・。」


 「ザムエルという下級天使だ。」


 雨宮は足下の死体を分解し、天使レディに向き直る。


 「で?話は付いたのか?」


 「・・・。私個人としては。」


 「そうか。」


 「これは私のわがままに他ならないのだが・・・。」


 「ん?」


 天使レディは言い辛そうに一度視線を外したが、意を決し雨宮に懇願する。


 「私はどうなってもかまわない、この命を以て彼らを救ってはもらえないだろうか。」


 フルフェイスの下で目を丸くした雨宮は、こんな考え方の出来る天使も居るのだと感心し、どっかと地面に腰を下ろした。


 「あんた名前は?」


 天使レディも雨宮に習い、向かいに座り兜を外し膝の上にのせた。


 「私はロウフェル。ヴァルハランテの光と闇を司る天使将・・・だった者だ。」


 三人目の天使将か・・・。と言う事は一番偉い奴かな?


 「そうか。実はな、人手を必要としている所があるんだ。」


 「・・・。」


 ロウフェルは言葉の先を待ちながらも、希望の見える言葉に多少胸をなで下ろし表情が緩まないように唇を引き締める。


 「其処ならば巨人達もそのままの姿で暮らす事も出来るし、人種のサイズになって生きる事も出来る。」


 「これ以上無い話だ。」


 だが如何せん問題がある。こればっかりはどうしようも無いかもしれん。


 「巨人の人数が多すぎる、この人数ではこの先のコロニーに留まる事が出来な・・・。」「留まる必要なくなぃ?銀河きゅん。」


 そんな話をしていたらロペ達、ヴァルハランテの住処を漁り隊と、テツ達の王宮の宝物庫を漁り隊が追いついてきた。

ロペは巨大なゲートを開き、急いで!と近くに居た巨人達をゲートの中に投げ込んでいく。


 「・・・!?のんびりしていたら酷い事に!」


 今迄遠景が迫ってきている事に気が付いていなかった雨宮は驚き、目の前に座るロウフェルの両手を掴みジャイアントスイングの要領でゲートの中へと投げ込んだ。


 「そおい!」「わぁあああああああああああ!!」


 「ほらほら荷物持ち先に入ってー!」


 「おーい!入り口に居る皆もこっちだー!!」


 一気に慌ただしくなった戦場は、敵も味方も無く数万のヴァルハランテ勢と共に銀河旅団のクルー達もゲートの先へと脱出する。

ロウフェル 五百七十歳 天使女王 ヴァルハランテ連合軍天使将


 三百年前の異世界からの攻撃の際、前任の天使将であった母を失い、力を求める事に執着した彼女はヴァルハランテに僅かに残っていたドラゴンを狩り尽くし周囲の強者達を相手に剣を振るい続けたが、満身創痍の巨人王に片腕で敗北しその軍門に降った。

 巨人王に敗れた彼女は、度々竜の顎と呼ばれる世界の隙間へと向かい、界獣と戦っては小さなダメージを与えて重傷を負って帰ってくる、と言うような無茶を繰り返していたが、その経験を持って軍門に降った後僅か数年で天使、巨人の両陣営を束ねる天使将としてトップに君臨する事になった。

 将を束ねる立場となった彼女は母を失う以前の冷静さを取り戻し、徐々にヴァルハランテ全体からの信頼を勝ち得ていった。


 銀河旅団がヴァルハランテへと侵攻した時、巨人王より若い天使の監視を命じられるも、手出し無用との命令を受けていた為、ザムエルの暴挙を止める事が出来なかった。


 赤みがかった黒い髪を自然に流し、腰まで伸ばした髪の艶は周りの男達を魅了するという。

多くの天使や巨人達からプロポーズを受けていたが、「そんな風にお前達を見ていない」と一蹴、自分より弱い存在をそもそも男として認識していない事が判明した。

 過去に一度自分を倒した巨人王に彼女からプロポーズをしたが、娘としてしか見れないと断られている。


 趣味は武具の手入れ、好きな食べ物はバタークッキー。

彼女も例に漏れずヴァルハランテ唯一の甘味であるバタークッキーの信者であり、彼女は多くのクッキーを隠し持っていると女天使達の間で噂が絶えない。

と言うのも、彼女の腰には常にクッキーでパンパンになった小袋が下げられており、気が付くと一枚又一枚と口に運んでいる姿が、多くの天使達から目撃されている。

しかし現実は、彼女にプロポーズする為に多くの男達が貢ぎ物として持ってきていた為、腐ってしまう前に食べてしまわないといけないと思い、常に沢山持ち歩いていただけである。

勇気のある戦士は、欲しいと言えばもらえるのだが彼女から部下の天使達に話しかける事は殆ど無く、入手経路を知っているのは儚く散った男達だけだった。


ザムエル 八十九歳 下級天使 ヴァルハラ連合軍天使将


 過去の天使将から比べてみても例に無い程の若い天使将。しかしその頭脳は群を抜いて高く、知と雷を司る天使将の後釜を継ぎ下級天使である事を隠したままで将となった。


 銀河旅団侵攻前に水星軍との間に平和条約を結び、無防備な所を突き第三世界に侵攻しようとして居たが、廃案として考えていた宣戦布告による前面衝突を前提とした作戦書類を、ヴァルハラゲートの第三世界側で紛失し慌てて全軍をアーティファクトを使い洗脳、しかし古参の戦士達には通用せず、巨人王にもその暴挙は知られていたが、可能な限りの人数を世界から脱出するすべがあるのならと、監視を置かれながらも泳がされていた。


 又魔力総量が極めて多く、直接相対したシス・セブンも首を傾げる程の力を秘めていたのだが、後にシスはその原因を突き止め「魔力を扱う才能が全く無かった。」と語っていた。

実際翼を使って飛び上がった後に放った攻撃は、槍型のアーティファクトを投げるだけだった。


 まだ成人したての頃、ロウフェルにプロポーズをした事があったが、魔力のみでしかもその魔力を使うすべを持っていない彼に対して、ロウフェルが興味を持つ事は無かった。

しかも彼がクッキーを持ってプロポーズに行ったが為に、他の男達は皆こぞって彼女にクッキーを渡し、常にクッキーを食べ続けるキャラを彼女に植え付ける事になった。


 レキオン・ヴァンガルド 三千六百七十五歳 古代巨人種 巨人王


 七代目ヴァルハランテ国王を捨て雨宮の銀河旅団に下った、古代巨人種。テツ事ガイキン・ヴァンガルドとサーバー娘リファンリア・ヴァンガルドの実の父親。


 約三百年前ヴァルハランテは初めて異世界からの攻撃を受け、甚大な被害を受けた。その際にレキオン自身も瀕死の重傷を負い、それ以降寝たきりになり世界が終わる時まで玉座に座る時は無かった。

雨宮と別れたレキオンはテツ、ロペと協力し城塞都市に残った非戦闘員を回収し、残った資産である財宝と城塞都市各地に隠されたアーティファクトを回収して回った。


 趣味は見回り、好きな食べ物はエンシェントゴートの丸焼き。

第三世界と繋がる前のヴァルハランテには多くの動物が存在しており、その中でも極希に変異種と呼ばれる動物が存在する。

その変異種が長く生きると、モンスターに匹敵する程の力を得る事がある。エンシェントゴートは通常種とされるティタンゴートとかけ離れた程好戦的なヤギで、全長七メール程の巨大なヤギだがレキオンからしてみれば赤子の手を捻るようなレベルのもので、丸焼きにしたものを好んで食べていたという。


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