EP106 1/2の純情な感情
休みが・・・・・・終わるっ!
ーーーーーーーーーーside 石応美穂
研究で忙しい姉は休みも取らず、研究に没頭する毎日を送っていた。しかし急に買い物に行くと誘いを受けた美穂は、久しぶりの姉とのお出かけに気合を入れ、ショッピングモールへと車を走らせた。
「急に休みが取れたって珍しいじゃん」
「何か休めって言われてさー、良いじゃんねー、別に休まなくったって。労働者じゃあるまいに」
世界中の労働者を敵に回すような言い回しに辟易する美穂だったが、自分の姉はこういう人だったと改めて思う。
昔から優秀な姉、それに比肩しない自分。気が楽だと言えばそうだったかもしれないが、比較の対象にもならないのだと思えば心がざわつく事も有った。しかし大人になった今となっては、周りの大人が気を使ってくれていたのだとそう感じ取れる話ではある。しかし、実際二人が比べられたり評価が著しく偏っていたかと言えばそうではない。怜那は学術や知識の部門で秀でていたが、運動や実行力と言った方向においては左程でも無く、美穂は逆に身体能力は比類なきと頭に付けられる程には高く、その行動力は周りの人間を驚かせる場面も多かった。
対称的な姉妹は付近の人間達からは『比類無き黄金の姉妹』等と密かに呼ばれていたのだった。
「研究員って休み無いもんなの?」
「最近はそうでも無いけど、興が乗ってる時に休みたくないんだよね」
「それは分かるわー、働き方改悪ねー」
政府の方針に真っ向からラリアートを喰らわせるスタイルの姉妹の会話は、ショッピングモール迄止まらず、会話の花畑が出来る頃には、何故か人がごった返し、喧騒がやまない駐車場からモールへと続く道の途中、何か大きな事件があったらしく、野次馬の中からすすり泣く声が聞こえる。
「え~?何かやべー感じ?」
「・・・ショタ殺人鬼緊急逮捕の末、取りもの中に死亡……だってさ」
「え?何それキモっ。ショタ殺人鬼って何よ」
「子供に扮装して殺人を繰り返す中年男性だってさ」
「見間違えるもんなの?」
「まぁ、顔が見えなきゃ人間の認識力なんてそんなもんでしょ、只でさえ退化した人間が増えてるってのに」
大きな事件があった入り口とは裏腹に、モール内は普段と変わらず賑わっている。それから姉妹はそれぞれの洋服や、小物、生活用品などを互いに見繕い、クタクタになって車へと戻ったのだが……。
「嘘やん」
美穂の車、ゴールドのワンボックスカーは、何故かボコボコに大破し、煙を上げていた。
「何か悪いことした?」
「しないし!別に高い車でも無いからいいけど、何なのこれ……警察警察……」
美穂が警察を呼び分かる限りの事情を説明していると、車の陰から五人の人影が現れ、美穂に襲い掛かった。
「は?」
美穂はあっという間に回りを大きな男に囲まれ、後ろに回った男に肩をがっしりと掴まれる。
流石に警察もこれを黙って見ている訳にもいかず、応援を要請しようと無線機に手を伸ばすが、その瞬きする間に、生理的嫌悪を呼び覚ます不快な臭気と共に、消し炭になった。
「直ぐ帰るからさー余計なことしないでくれるー」
怜那は目の前で起こった不可解な出来事に妹が巻き込まれている現状を整理する時間を、少しだけ要したが、ポケット中でスマホを通話状態にし上着を整えた。
「君達、いも……とを脅かさないでもらえるかな」
声をかけた瞬間、全員の顔が怜那の方を向いたが、その顔は、寸分の狂い無く同じ顔だった。一瞬それに気を取られ自らの要求を引っ込めようとしてしまった自分を一瞬で恥、最近妹から持たされていた、変質者撃退用スプレーことカプサシンデスボンバーを男達に向けてノータイムでプッシュした。
「「「「「ぎゃぁーーーー!!!」」」」」
男達の間でしゃがみ込んだ美穂は、スプレーの間を掻い潜り、若干巻き添えを食って目に涙を浮かべていたが、それでも姉から差し出された手を取り、取るものもの取らずに走り出した。
二人が走り去った後を振り返ると、駐車場は火の海になり、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「あーあ。使い捨てなのに余計な事させてくれちゃってさー」
二人の目の前に先ほどまで何も無かった、誰も居なかった空間に痩せぎすのノッポが立っている。何時の間にそこに居たのか認識できなかったが、二人はその場に止まらざるを得ない状況になってしまった。
「石応美穂、エスパー殺害の容疑で逮捕する」
「「はぁ!?」」
想像の斜め上を行く言動に半ばキレ気味に二人は反応し、その男の琴線に触れる言葉を発してしまう。
「エスパーとか漫画の読み過ぎじゃねーか!」
「中二病はネットの中だけにした方が君の為だと思うよ」
言葉を発した次の瞬間には周りの時間が止まったかの様に全ての物が停まり、何も動かなくなった。
ーーーーーーーーーー????
「あー間に合わなかったかー」
停まった世界の中で動く何者かは後悔を滲ませたままで姉妹に近づいた。
「これは流石に死んでいるかー」
中二病から延びる何かが美穂の体を縦に両断し、見る者誰もが、死んでいると決めてしまう様な姿になった美穂、それを認識出来ずに虚空を見つめたままの怜那。
「やらかしたなー……あ、そうそう、こういう時こそ委員会を……ってあれ?あれあれ?嘘でしょ?」
委員会と呼ばれる組織を頼ろうとしていた何者かは、その現状を把握し血の気が引く思いをし、既に事が自分の許容範囲を逸脱している事に気が付いた。
「解せぬ……これからどうするかぁ……」
一頻り考えを巡らせた後、契約を果たせなかったことを悔いた何者かは、世界を閉じ最後の力を使って世界を裂いた。
「……何とかなれー!」
虚空の彼方に引きずり込まれた美穂と怜那は、其々バラバラに消え、何者かは膝から崩れ落ちた。
「美穂ちゃんごめんねぇ。ママやっぱり駄目だったわぁ」
ーーーーーーーーーーマギア・ラピス 医療区画
四つの世界が同時に崩壊すると言う珍事が終わり、雨宮は診察室の一つにやってきて、椅子を作り出し診療用ベッドの横に座る。
「こんな事言ってもどうかと思うが、俺には何が何だかさっぱりだわ」
「銀河さんに分からなければ他に誰が分かりますか」
雨宮の膝の上にほっそりとした体をひょいっと乗せ、ジト目で責めるように言うゼニア、雨宮直属の研究室の室長の一人では有るが、その知見は多岐に亘り、知能は銀河帝国の中でも上から数えた方が早い位には上位の存在である。銀河帝国、銀河旅団の中でも中立派と呼ばれる派閥の長の様な事もしており、親衛隊でも無く、ロペ派でも無く、銀河教でも無いそんな者達の拠り所となっている。とはいってもそれぞれの派閥がコミュニケーションをとって居ないとか、少なくとも今は敵対しているだとかそういう事は無く、主に中立派は、狂信的に雨宮を信奉する者達から一歩引いて俯瞰する者たちの集まりであった。
しかし、だからと言って雨宮に魅入られていないと言う訳でも無いし、雨宮から見染められて居ない訳でも無い。勿論色恋の見方で雨宮の傍に居ないだけで、それ以外の感情や思惑に因って銀河旅団・帝国に身を置いている。ゼニアもそんな一人であったのだが、稀に心の壁が無いのでは無いかと思う様な雨宮の行動に絆され、絡め捕られてしまったのだ。
「ラウンジから調査要請が沢山来ていて困っているんですよ」
「ゼニアの元の職場か?」
「ええ、そんな事今更言われてももう興味が無いんですけどね」
「悪い構成員だな」
「下っ端では無かったのですよ?一応」
木星圏におけるスパイ活動を主にする商業連合国の公的組織、ラウンジ。銀河系全土にその食指を伸ばし、あらゆる情報を商品として販売する合法的な営利組織。だが、その構成員の何人かは、既に銀河旅団にも浸透しているのだが、工作員からの連絡は殆どが当り障りの無い物ばかり、それもそのはず、それらの情報は、外に出ない様に全て管理され、調整されている。雨宮のフィルター、ロペのフィルター、そしてゼニアのフィルターを通り抜ける事等不可能なのである。
「それで最後に統合された世界なんですけどね」
「いきなりだな」
「ふふ。すみません。つい」
「回収された十数名の内、二名が高密度精神生命体を保有する人間……ヒューマノイドであることが判明しております」
「普通の人間なんだな?」
「普通では有りません。一人はアーティファクトを所持していますし、もう一人は肉体が半分の状態で生存しています」
「半分?それは……」
勿論石応美穂の事であるが、どういった理屈で生存しているのかという疑問がやはり表に出てくる。
「アーティファクトのせいで生きているとかそういう事なのか?」
「その可能性も否定できませんが、彼女は未知の技術で造られた生命維持装置によって延命措置が取られているようです、意識も有り、肉体の半分は無い筈なのにあるように感じると言う事も言っていました」
「無い筈なのに有るか、少なくとも今此処に無い以上再生する位しか思いつかないな」
「再生できるなら十分じゃありませんか?」
雨宮はゼニアを伴い石応姉妹の収容された7番艦へとやって来た。
ーーーーーーーーーーマギア・ジェド 秘匿研究室
「む、漸く誰か来たのか」
謎の生命維持装置の前で座り込み、ぼーっと装置を見上げていた怜那は、立ち上がり、雨宮と向かい合うがふらりと倒れてしまった。
「何で?」
「銀河さん何かしました?」
雨宮はおもむろに怜那を抱き上げ、全身をスキャンする。
ーーーーーーーーーー
石応怜那 二十五歳 ザイン王国王立研究所主席研究員
状態
放心
マナ枯渇
衰弱(弱)
種族スキル(意図的)
共感(封印)
固有スキル
サイエンススペシャリテLv5
マナ循環(インストール中)
第八魔導文明世界監理権限(凍結)
付与スキル
システムアドミニストレータ―(樹)Lv1
ユグドラシルの加護Ver0.1
ユグドラシルの加護Ver6.3(凍結)
思考封印Lv2
後天スキル
漢字検定1級
温泉検定2級
孤独に支配された心
浸食(28%)
ーーーーーーーーーー
「最悪だ!あの枯れ木野郎又やらかしやがった!」
「直ぐに分解を!」
彼女の持っていた枝、アレは樹木系管理者ユグドラシル零号機の枝だった。亜空間でも生存し、訳の分からない世界を創り出した上、パメラを取り込んで乗っ取ろうとした最悪の失敗作。雨宮は兎も角、現場に居た眷属達にとっては苦い思いをさせられた相手だ、枝は火にくべて折ってやりたいと思うゼニアであったが、固すぎて自分には出来ないと心の中で憤慨し、腹癒せにウルテニウムの床に叩き付けて踏んでみるのだが、案の定金属でも踏んだかのような感触がして、曲がりもしなかった。
零号機は現在七番艦の隔離区画に監禁されて研究されているのだが、それと繋がっているのだと仮定すると、雨宮も殴ってやりたいと思うのだが、怜那達を放置しておく事も出来ず、雨宮は全開で枝を分解し、又エネルギーが底を尽きかけたのを感じた。グラインダーで金属を削っているかのような甲高い音を立てながらも、抵抗虚しく、枝は世界から消え去った。
雨宮の見たところ、彼女は所謂普通の人間、闘う事も恐らくは出来ないであろうそういう世界から来た、非戦闘種の人間だ。平和な国に生まれ平和に育ち、どのようにしてか雨宮の所迄やってきた。
「……」
雨宮はベッドの上に怜那を横たえ、何か感傷的な思いが過った様な気がしたが、その思いは雨宮を通り過ぎ、そこには何も残らなかった。
「銀河さん?」
「何でも無い……転生者では無い様だな……」
「困ったものですね、樹木系管理者と言う物は」
「全くだ、次のやつは薪にして火にくべてやる」
「それが良いと思います」
二人は他の眷属に怜那を任せ、美穂の半身の元へとやって来た。
物理的に縦に分かれた人間の断面と言うのはあまり直視したいものでは無い。この状態で一体どうやって今まで生存出来ていたのか、二人には不思議でならない。しかし雨宮の記憶に引っ掛かりがある。
「このエメラルドグリーンの液体……何か覚えがあるぞ」
「まさか、別の世界の物で……在り得ない事は無いのでしょうか」
ゼニアは現場にこそ居なかった物の、情報はしっかり手に入れていた為、雨宮の懸念を汲み取り、答えを導きだそうとするが、繋がりは見えず、答えだけが其処に有った。
「聖櫃かこれ」
「Ωウィルス……」
可能性は大いに有ったのだが、天文学的な確率の筈、と除外して考えてきた答えは、雨宮の運命を引き寄せる力によって、ピンポイントで引き寄せられている様だった。
「聖者の血液と処女の粘膜、そしてΩウィルスの混合溶液、確かにこれが有れば死にはしない。だが死なないだけで生きてはいない」
「外に出せばΩウィルスが死滅し只の汚い液体になるだけ、科学では未だ説明が出来ないですね」
「Ωウィルスを科学で何とか出来るものか……やってやれん事も無いが、後だ後!そうじゃない」
「再生しますか?」
「やってみよう」
雨宮はナノマシンを浸透させ、美穂の肉体に直接働きかけてみたが、半身はデータそのものが無かった。
「DNAが無い」
「半分だけ無いと言う事ですか?」
「そうだ。この体は半分で無理やり一つの肉体としてΩウィルスによって定義されてしまっている。再生する元のデータが無ければ再生は出来ない」
「いつものですね」
「それしか無いな」
雨宮は奇妙な機械事美穂を分解し、新たに作り直した。
「黄金姉妹ねぇ」
「?」
新しく作り直された完全な肉体は、普通の人間としては些か完成度が高く、手心を加えてしまったと雨宮は後悔したが、何故かその場に居たくなくなった雨宮は足早に七番艦の艦橋へと足を向けた。
「泣いていた?」
ゼニアは美穂を怜那と同じ病室へと移動させ、その容態を見守る事にした。
雨宮の中にまた一つ何かが通り過ぎていく。しかしそれも雨宮の中に残る事は無かった。
ーーーーーーーーーーマギア・ジェド メインブリッジ
「あれぇ?銀河珍しいねこっちに来るのは」
キャッシュマン姉妹の次女アーニーは、近衛と兼務して7番艦の艦長をしているが、基本的にはその場にいる必要が無い様にブリッジクルーを訓練していたらしく、滅多に此処には居ないのだが、今日は偶然居合わせた様だ。
「アーニーも基本ラピスに居るよな」
「確かにー、で、どうしたの?」
「いや、漸く世界の統合が終わったから、少し休もうと思ってね」
「あぁ、エネルギーにまたアラートが出ているね。何したの?」
「俺がやらかした前提で話を進めないでくれ」
実際原因を作ったのは雨宮では無いのだが、行動としては雨宮にも原因の一端はある……のだが、それ以外に方法が思いつかなかった雨宮が何を言っても説得力に欠ける。雨宮は面倒になったのか艦長席に深く腰を掛け、目を閉じた。すると雨宮の体を薄いナノマシンの膜が覆い、雨宮は白い繭の中に包まれてしまった。
「え?えー?」
7番艦のブリッジは騒然としたが、雨宮だからそういう事も有るかとアーニーはそっと繭を撫で、おやすみと囁いて自分もその近くで眠りにつく。すると何故か繭から伸びた糸は、アーニーも一緒に取り込んでしまった。
「あー、駄目だわ私の頭では分かりませーん、皆後はよろしく!」
当直が終わったブリッジクルーは、その場を去り、残された眷属達は、そんな事も有るかと普通に納得し、仕事を進めていった。
石応美保 二十二歳 ザイン王国魔導エネルギー研究所コア
姉の怜那と共に異世界に転移する事になっていたはずの高密度精神生命体。
日々やつれて行く姉を思い、休日の楽しみ方をレクチャーするべく買い物に誘い出したが、その際に見知らぬ暴漢に切り捨てられ、死亡したかに見えたが生きており、怜那と同じ世界の生命維持装置と言う名のエネルギー抽出システム、聖櫃に捕らわれザイン王国のエネルギー供給源となっていた。
肉体の半分を完全に失ってしまった為、雨宮によって半分だけハイパーヒューマノイドの肉体を与えられ、ちぐはぐな肉体が出来上がってしまったが、クレームが入るまでそのままでと雨宮は進化の眠りに入ってしまう。その後ロペが引き継ぎ肉体の整合性が取れた所で銀河旅団を見学しに回る事になった。




