七章
家に帰り少し遅めの朝ごはんを食べ、片付けが終わる頃にはもうお昼近くになっていた。
「よし、じゃあマーケット街に行こうか!」
朝ごはんを食べ終わった後だというのにパフェが待ちきれない。
あのパフェはその季節に採れるフルーツをふんだんに使い、その上ボリューム満点。
だが、そのボリュームゆえにその値段も高い。少なくとも私は手が出せない。
「えー、今から? 何しに?」
ウキウキ気分で準備をしているとのんびりした、というか間の抜けた声が耳に届く。
ついでにその声で私の浮足立った気分は一気に覚めた。
「………」
「ちょ、ちょっと待て!無言で剣を構えんな!!」
「……約束。」
「約束…?」
私は無言で愛剣を構え直す。
「あー、思い出した!思い出したから!あー、あれね!うん!あれだ。いやー、僕ちょっと忘れっぽくてさ!……それで、一応、念のため、間違ってないかの確認なんだけどさ!約束ってなんだっけ?」
この反応絶対忘れてるな…
「じー……」
「んぐっ!!そ、そんな目で見なくても…」
「じー……」
「わかった!わかったから!なんでも言うこと聞くからそんな目で見んな!!」
「ほー、その言葉忘れないでね。」
「…それで約束ってなんだ?」
「…パフェ」
「ぱふぇ? …あー、朝の……」
そこまで言いカナトは何を思い出したのか急に口を紡ぎ顔を赤くした。
「ちょっとー!そこ、思い出さない!」
「思い出してないって!…ほら、行こうぜ。時間もなくなるし。」
そう言い、素早く全ての荷物をまとめ、ローブを着込みフードを深くかぶる。
そしてそのまま外に出て行った。
「あー!ちょっと!置いていかないでよ!」
急いで着替えを済ませ剣を背負い外に出る。
すると先に行ったと思っていたカナトはドアのすぐ隣にもたれかかっていた。
「もう!先に行くなんて!」
「だからちゃんと待ってたじゃない…か…」
カナトは私の全身を上から下までゆっくり見た後言葉を詰まらせた。
「どしたの…?」
「いや、今日の服…昨日と随分印象が違うんだなって思って…」
「えっ…?」
そう言われ自分の服を見る。
確かに今日着ている服は昨日着ていたような戦闘用のがっちりした服ではない。
薄手の白いワンピースに財布などを入れた小さい鞄、あとは背中に背負った愛剣。
「なんかその恰好で剣を背負ってるとすっごい浮いてんな。」
「剣が? あー…、なんかないと落ち着かないんだよね。まあ、細かいことはいいじゃない。さあ、行こう。」
「お、おい、押すなって!」
無理やり背中を押す。
本当に弟みたい。
ほっといたらどこかに行ってしまうような感じ。『私が守らないと』という気持ちになる。
そこで胸がズキンと疼いた。
「…?」
何だろう…この気持ち…
「ま、いっか…」
小さくつぶやく。
「何か言ったか?」
「なっにもー?それより自分で歩いてよ。もう押すの疲れたよ。」
「はいはい、わかった、わかった。」
カナトは離れる気がないのか私の手に寄りかかったままあくびをしながらのんびり歩く。
暖かな風が吹き前を歩いていたカナトのフードを揺らした。
※
マーケット街は今日もいつも通りの賑わいだった。
パーティで買い物をしてる者たち、家族でいる者たち、男女で腕を組んでいる者もいた。
その全てがシルフ族。
その中では全身を覆ったカナトは思ったよりは目立ってなかった。
他にも魔法の加護があるローブや洞窟や地下に住まう魔物に対抗するための防具に身を包んだ者もいるからなのだろう。
まだお昼前だからかレストラン《フレイヤ・アリーシャ》の店内は空いていた。
店の奥にあるテーブルに着き、メニューを開く。するとすぐにウエイトレスが水を運んできた。
「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりでしょうか……ってシルじゃん!」
「あー、ミイナか…」
「なんか反応薄い!?」
「それで?ミイナはまたバイト?」
自身の生活費を稼ぐためには街の集会場で『依頼』を受けることにより報酬を受けること必要がある。
だが、『依頼』には難易度というものが存在する。
簡単な採集や届け物といった依頼は当然残らない。
あと残っているものと言えば魔物退治くらいだ。
その依頼をこなすには誰かとパーティを組むかそれなりの戦闘力が必要になる。
命を懸けて戦うくらいなら街でバイトをした方が効率がいいのだ。
「それでそれで?そちらの御方はどちら様よ?」
ミイナが顔を近づけて小声で話しかけてくる。
「別に、ただの知り合いよ。」
「えー?まさか危ない人じゃないよね?全身ローブで顔も見えないし。」
「大丈夫だよ、多分。」
「おい、多分って失礼な!そんな危険人物みたいに言うな!」
カナトが抗議の声を上げる。
その声を聞いてミイナは驚きの表情を浮かべた。
「え…男の子!?いや…でも女の子っていう可能性も……」
「なっ…僕の声ってそんなに…確かに今までに後ろ姿で勘違いされたこともあったっけ…顔の線も細いし……マジか……」
カナトはぶつぶつと呟きがっくりと落ち込んだ。
気にしてたのか……
「でも男か…ってことはまさかデートォ!!あのシルが!あー、でもシル剣ばっかり振ってるし、変わった趣味持ってるからちょっと心配してたんだよね。あっ、でもそこのキミ!」
そこでミイナはカナトの方に向き直る。
「確かにシルは可愛いよ!変な趣味持ってるけど根は優しいし、顔も可愛い!その上スタイル抜群と来た!!女のあたしだって惚れるよ!」
「ちょっ!ミイナ何言ってるの!?」
なんでそんな話に!?
ミイナは気にせず話を続ける。
「だからってそれとこれとは話が別だぁ!!シルはやらん!付き合いたいならあたしを倒してからにしてもらおうか!!」
ミイナは意味不明な発言を連発する。
もしかしてミイナってそっちの気があるんじゃ…
そう思うと少し悪寒が…
ちらりとカナトの方を見ると私の位置からはカナトの顔が少し見えた。
その顔にはやはり困惑の表情が浮かんでいた。
「付き合う…?…は?いやいや!僕は別にそんなつもりじゃ……」
「そんな言葉に騙されるかぁ!!キミの顔にちゃんと『シル可愛い!超可愛い!』って書いてるよ!」
「いや、ミイナ、カナトの顔見えてないんでしょ!?」
「へー、カナト君って言うんだ、キミ。よし、じゃあカナト君!シルを懸けてあたしと勝負してもらおうか!!」
「いや、僕は別にそんな気はないんだが…」
ミイナが大声で騒ぐ。
ん…?
何かミイナの背後からウエイトレスの衣装に身を包んだ小柄な女の子が近づいてくるのが見えた。
腰まで垂れた髪をなびかせ、少女は笑みを浮かべながらミイナの真後ろで止まった。
「おい、ミイナ。」
落ち着いたソプラノボイス。だが、その声に怒りが混ざっているのは明らかだった。
ミイナはその声を聞いたあとビクッと肩を震わせた。
「ミイナ、お客様に何してるのかな?」
「ひっ!て、店長……」
店長!?この子が!?
「ち…違うんです!この二人は…その、あたしの知り合いで……」
「知り合いでもこの場所にいる間はあんたは従業員、この二人はお客様なんだ。お客様に無礼を働くなんて何様のつもりなのかな…?ん?」
「ひっ…!!」
ミイナは頬を引きつらせ棒立ちになった。背筋も必要以上に伸びている。
店長さんは笑顔のままで続ける。
「ちょっと裏で『お話』しようか…?」
「ひゃうっ!!」
肩を掴まれミイナはビクつく。
「…わかり…ました…」
そして肩を落としながら裏の従業員用のスペースに引っ込んでいった。
この場には不穏な空気と店長さんを含めた私たち三人が残される。
「大変申し訳ございませんでした。うちの従業員が大変ご無礼を…」
店長さんは深々と頭を下げた。
「あ…、いえ!大丈夫です!全然気にしてませんから!!」
先ほどの『あれ』を見たからかなんかこ人から得体の知れない恐怖を感じる……
あの笑顔ほど怖いものはない…
「本当に申し訳ございません。」
店長さんはもう一度頭を下げた。
「本当に大丈夫なんで!あ!そうだ!まだ注文してないんだった。えっと、私、季節のフルーツパフェで!カナトはどうする?」
「えっと…じゃあ、チーズケーキで…」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください。」
先ほどの笑顔とは違う営業スマイルを浮かべ、店長さんは奥に引っ込んでいった。
それを見届けてからようやく肩の力を抜く。
なんだか、すごく疲れた……