六章
「セヤァッ!」
開始の合図をした後すぐに突っ込む。
相手が反応出来ない速度で突っ込んで剣をはじく、それが作戦だ。
空から見たあの剣の素振り。
あれはかなりの上級者だ。
あの隙のない動き……少なくとも私と同等……いや、それ以上の腕の持ち主かもしれない。
相手が男の子という理由で私のほうが押される可能性もある。
それに加えカナトは魔法も羽も使わないと確かに言った。
相当自分の腕に自信があるのだろう。
だから、手を打たれる前に蹴りをつける。
猛スピードでカナトに近づく。
剣先がその姿を捉えたその瞬間、カナトが少しニヤリと笑ったのが見えた。
そして、カナトは体を僅かにそらし剣を避ける。
「なっ……!!」
あの一瞬の間にかわした!!
ホントにどういう動体視力をしているんだろうか。あんなの人間業じゃない!
反撃される前に態勢を立て直す。
「セイッ!!」
もう一度打ち込む。
だが、それもすぐにかわされる。
「なんだ、この程度か?」
カナトが余裕そうに笑った。
その余裕っぷりを見て私も思わずにやける。
もらったっ!!
「セイァ!!」
剣をそのまま右に振り、カナトの片手剣を捉える。
「……ッ!!」
キンッ!!と甲高い音が鳴る。
しかしそこで私の剣は止まらない。
そのまま体をひねりその剣目がけて剣を振るう。
キンッ!!
「……ッ!?」
カナトの剣ははじかれ空に舞った。
「もらったーー!!」
羽を広げ飛翔し、空を舞う剣に手を伸ばす。
これを奪えば私の勝ちだ!
そう思った瞬間、黒い人影が猛スピードで横を過ぎた。
「なっ……!」
その陰―――カナトは剣を素早く掴むとシュタッと地面に降り立つ。
まさかこの高さを羽を使わずに飛ぶなんて…
こんなのチートにもほどがある!
カナトは剣を構える。そしてそのまま大きく飛んだ。
「うおおおおおおおお!!」
途轍もないスピード。
その剣が届く前に私は羽を動かしその剣が届く前によける。
そして重力に従ってカナトの体が落下し始める。
ここだっ!!
「セイァ!!」
空の上なら回避も出来ない。ここで決めるっ!!
羽を精一杯動かしスピードを上げる。
そしてそのまま剣がカナトの剣に当たる。
キンッ!!
「ま、だだーー!!」
カナトは叫びながら剣を横に向けその攻撃を受け止めた。
「え…えーー!!」
まさかここに来てかわされるなんて思っていなかったためそのままカナトにぶつかる。
しかもその拍子に私とカナトの二つの剣は空を舞った。
さらに運が悪いことに私がカナトにぶつかることでスピードが増し、羽を動かし回避する間もなくそのまま地面に激突した。
「ん…」
地面に落ちたはずなのに痛みを感じない。
そっと閉じていた目を開く。
目の前には私の下敷きになったカナトが目を閉じて顔をしかめていた。
「ぐっ…」
そのままカナトはおもむろに手を伸ばした。
そしてカナトはある禁忌を犯した。
カナトが伸ばしたその手は私の―――胸を見事に鷲掴みにしたのだ。
「ん……」
カナトは小さく呻き、そのまま何度か手を動かし私の胸を揉んだ。
あまりの唐突さに一瞬ぽかんとなる。
そして状況を理解した瞬間頭の中が真っ白になった。
「き、き、き、きゃああああああ!!」
素早く体を起こし、感情に任せてぶん殴る。
「ぐおっ…!?」
変な声を上げた後、私の拳にふっとばされたカナトは塔の外壁に後頭部をぶつけた。
「いってー…」
後頭部を手でさすりながらカナトが目を開けた。
私は胸を守るように手を交差させ、自分でも分かるくらいまで顔を真っ赤にしながら、殺気を込めて睨みつける。
「やあ、お・は・よ・うカナト。」
「……一応聞いていいか?」
「はい、何なりとどうぞ。」
「何で僕助けたはずの相手にこんなに殺気立った目で睨まれてるんだ…?」
「それは自分の胸に聞いてみなよ!!」
「胸…?あー、さっきの柔らかいのって……ん?…ま、まさか…あの柔らかいものって……」
手を握ったり開いたりしながらカナトが呟く。
その顔は一瞬で真っ赤に染まっていた。
「何か言うことは?」
自分がしたことを認識したのなら謝罪の一つでもしてもらわないと気が済まない。
「えっと……ご馳走様?」
「……」
無言で近くに落ちていた剣を拾い上げる。
そしてカナトの目の前に立ち、そのまま何の躊躇もなくその剣を振り下ろした。
「ちょっ……!ちょっと待った――!!」
叫びながらカナトは剣を掴んだ―――白羽取りで。
「何か言うことは?」
「ゴメンって!悪かった!」
「ふんっ、そんな上辺だけの薄っぺらい言葉なんか全然響かないよ。でも特別に今だけは許してあげる。その代わり昨日のレストランで季節のフルーツパフェを奢ってね。」
「……なんで僕が…」
「な・に・か?」
私は精一杯の笑顔を浮かべ剣を構えた。
「いえ、喜んで奢らせて頂きます……」
「よろしい。」
そして剣を左右に振り、背中の鞘に納めた。
「じゃあ、お腹も空いたし帰ろうか。カナトもいつまでもそこに座ってないでさっさと剣を回収して来て。」
「はいはい、了解…いってっ!」
まだ体が痛むのかカナトが体をしかめた。
そして痛みに耐えるようにゆっくりと体を起こす。
「今回は罰としてヒールかけてあげない!まあ、帰ったら回復用のポーションあげるからどうにか自力で帰ってね。」
「マジか…」
今日は快晴。
しかもパフェの奢り。
いつもならこれから繰り返される日常にうんざりして過ごすのだが今日は久しぶりに楽しい一日になりそうだ。