五章
小さな窓から差し込む光で目が覚めた。
「……ん…」
今は何時だろう。
いつもは空が明るくなる前には目が覚めるのだが今日はかなり遅い時間に起きてしまったようだ。
「まあ…いっか…たまには…」
二度寝をしようと布団を引っ張る。
しかしそうしようとして体の上に乗っている布団がいつもと違う感触であることに気が付いた。
そこで自分がようやく寝袋で寝ていたことを思い出す。
あー、そういえば『カナト』と名乗るスプリガンとエルフの血を持つ『ケイオス』の少年を泊めたんだった。
体を起こしベットの上を見る。
「…あれ?」
いない。
昨日確かにそこに寝ていたはずの少年はいつの間にか姿を消していた。
「どこ行ったんだろ?」
もしかしてもう出て行った?
そう思い部屋の中を見回す。
すると部屋の片隅に昨日カナトが持っていた荷物を入れた袋、そしてカナトがきていたフード付きの黒いローブがあった。
そんなものを持っているのなら昨日レストランの中でも着ていれば良かったのに。
そのことをカナトに言うと本人は一瞬ぽかんとした後「その手があったか!」と言った。
かなりの天然かよほどぼーっとしているのか…
なんだか無性に放っておけない気分になった。もしかしてこれが噂の母性本能というものか…?
「…荷物が置きっぱなしってことは出て行ったってことはないかな…それにしてもどこに行ったんだろ…?」
つい先ほどまでそこにいたのか布団にはわずかな温かさが残っていたので空を飛んでいくにしてもそう遠くまでは言っていないはずだ。
家の中にはどうやらいないようなので外に出て辺りを見回す。
私の家があるこの場所は街のはずれにある小さな掘っ立て小屋だ。
住処を探すとき屋根と寝る場所の確保が出来ればどこでもよかったので多少不便ではあるがシルフ領の不動産で即決で決めた。
だが家の傍には暖かくなって来れば花畑になるし、何もなくても少し練習したいときには大変便利な場所なのだ。
街を一望することが出来る上にお気に入りの練習場所である塔も近い。
そんな良く言えばのどかな、悪く言えば何もないこの場所はそれ故に割と遠くまで見渡すことが出来る。
「んー……」
いない。
地上にも空にもカナトの姿はなかった。
「もしかして街……あー、でも確か荷物と一緒にお金も置いてたな……じゃあ、あそこかな…」
塔を見上げる。
街に行く可能性がないとするとこの辺りで行く場所なんてあそこしかない。
意識を集中させて羽をゆっくりと動かす。
「…よし、回復してる…」
体の痛みももうだいぶない。よし、大丈夫。
エレベーターを使ってもよかったのだが、乗り場まで行くのも面倒だったためその場で飛翔する。
羽を震わせ真上に上昇する。
今日も空はこんなにも遠い。ここからだと雲に隠れてその上が見えない。
「…おっと、しまった…」
ついいつもの癖で結構遠くまで上昇してしまっていた。
下の方に見える塔の最上階を見る。
そこには予想通り黒の妖精が剣を振っていた。
少し驚かせてやろう。
そう思ってゆっくりと下降する。
そしてカナトの後ろに音を立てないように着地し、忍び足で近づく。
「……ッ!?」
ビクッとカナトが肩を震わせる。
すると、キンッ!!というような耳をつんざくような高音が鳴り響いた。
「もうー!!あっぶないなー!なにすんのさ、カナト!」
危なかった、とっさについ癖で持ってきていた背中に背負った片手剣で防がなかったらカナトが急に振りかざした剣の餌食になっていたことだろう。
考えるだけでも恐ろしい…
「…なんだ、シルフィアーナか…」
「なんだじゃないよ!急に斬りかかってくるなんて!」
「シルフィアーナが僕の後ろに立つからだろ。音もなく近づいて来たからてっきり敵かと…」
「ちょっと驚かせてやろうと思っただけだよ!敵とは失礼な!」
「…そんなに怒るなよ。悪かったって。」
カナトはそう言いそっぽを向いた。
「ホントに悪いと思ってる?」
「思ってるって。悪かった悪かった!だから剣をこっちに向けるのやめろ!」
「あー…、うっかりしまうの忘れてた。」
「…僕はシルフィアーナのうっかりで今斬られそうになったのか…」
「まあ、いいじゃない。お互いさまってことで。」
「全然よくねえ!」
「まあまあ、細かいことは気にしない、気にしない。」
カナトの言葉は軽く流して今だに手に持ったままだった剣を鞘に納める。
「それで?カナトは何してたの?こんな朝早くに。」
「朝早くって…もうこんなに太陽も高く昇ってるじゃないか。お前が寝すぎなんだよ。」
「なっ!?違いますー!い・つ・もはこんなに遅くまで寝てないんですー!」
「子供かよ…」
「もうー!!そんなことはどうでもいいんだよ!それで、カナトは何してたの?」
「見てわかるだろ。剣の特訓。」
「カナトは魔法使わないの?」
剣なんて進んで使いたがる人はあまりいないのに。
「知ってるだろ?僕みたいな奴が魔力があまりないこと。」
「あ……」
『ケイオス』はその血筋から二つの種族の魔法を習得することが出来る。
しかしその代償として体内の魔力値は普通の人よりはるかに低いのだ。
ゆえに単一種族の血を受け継ぐ者は『裏切り者への当然の報いだ』と非難する。
「だから、剣なの?」
「そうだな…槍とかレイピアとか…他にも色々試したけど片手剣の方が扱いやすいし…それに僕は『魔法』なんて不確実なものより剣の方がずっと信用できる。」
その考え…私と同じ…
「シルフィアーナも剣を使うんだろ?だったらさちょっとデュエルしないか?」
「は…?」
「だからデュエルだよ、デュエル。せっかくだし。」
「でも、キミ防具も何もつけてないじゃない。」
今カナトが身に包んでいるのは寝るときに来ていた薄い服だけだ。
まあ、私も同じようなものだが。
「へー、シルフィアーナは僕に負けるのが怖いんだ?いやー、残念だなー、怖いなら仕方ないかー。」
煽るようなその口ぶりについ頭に血が上る。
「なっ!?そこまで言うなら闘ってあげるよ!私この間のフェスティバルの優勝者なんだからね!?言っとくけど後で後悔しても遅いんだから…!!」
「ほー、それは楽しみだなあ。」
カナトは余裕そうにニヤリと笑う。
「それで、ルールはどうするんだ?」
「そうだね…ホントに怪我させるのも悪いし…相手から剣を奪うかこの場所から落としたら勝ちってルールでどう?魔法も飛ぶのも有りってことで。」
「わかった。でも僕は剣しか使わない。」
「ほう、それは結構な自信があるようで?」
「どうとでも言ってろ。」
そしてカナトから少し距離を取り背中の鞘から剣を抜いて構える。
「よし…じゃあ、始めようか。準備はいい?」
「ああ、いつでも構わないぜ?」
「じゃあ―――デュエル、スタート!!」