四章
私の家は決して広くはない。
小さなシャワールームや台所などは一応あるが部屋自体は一つだけだ。
狭い部屋には小さな机と簡素なベット、そして物を入れるタンスくらいしか置いてなく、我ながら殺風景な部屋だと思う。
前にミイナの部屋に上がったときは可愛いぬいぐるみや小物であふれていたというのに。
いつの間にここまで女子力に差がついたのかと不思議に思ったほどだ。
そんな散らかすほどの物もない部屋にカナトを招き入れる。
「さあ、何もないし狭いけど自分の家だと思ってくつろいでいいよ!」
「……本当に来てよかったのか?」
「うわ…まだ言ってる…。ほんと後ろ向きだね。まあ、狭いけどベットは使っていいから。」
「あんたはどうするんだ?」
「私は寝袋あるからいいよ。あとさっき名前は言ったでしょ? そう簡単に信じてくれないのは分かっているから別に無理に心を開かなくてもいいけど、せっかく助けてあげたんだからせめてあんたって言うのはやめて。なんか距離があるのがひしひしと伝わってくるし。」
「いや、あんた…いや、えーっと……シルフィアーナがベット使えばいいだろ。僕は別に寝袋でも床でもいいし。」
「……私いつもベットじゃなくて寝袋に全裸で寝てるけどそれでもいいなら使う?」
まあ、もちろん冗談だけどね。
カナトは恐らく普段まともに寝てないんだろうし。私だけベットに寝るのもなんか悪いし。
だがカナトは冗談だと気付いていないようで一瞬のうちに顔を赤くして声を荒げた。
「ばっ…!?バッカっじゃねーの!?なんでベットあるのにわざわざ寝袋!?しかもなんて全裸!?なに、変な性癖でも持ってんの!?」
「はいはい、もうそれでいいよ。…あ、シャワー先に入りなよ。私はその後でいいから。」
本音を言うのも照れくさいのでカナトの言葉は軽く聞き流す。
「まさかのスルー!?」
もう、いちいち細かいなあ…やっぱり警戒されているんだろうか?
「もう、いいからシャワー浴びておいでー。もうここまで来たら諦めて私に世話になった方がいいよ。成り行きとはいえここまでついて来ちゃったんだからっと。」
カナトの背中を半ば強引に押しシャワールームに押し込む。
そしてすぐにドアを閉めた。
ドアの奥から何か声が聞こえてきた気がするが、まあ、気にしないことにしよう。
剣でも磨こうか、それとも今までに破れた服を繕おうか…
そんなことを考えてるとピコンというメッセージの受信を知らせる音が鳴った。
誰だろう?ミイナかな…?
メッセージの差出人を確認する。
『アンノウン』
なんだこれ?バグっているのだろうか?
仕方なく本文に目を通す。
『シル師匠、突然すみません。明日ってもしかしてお暇ですか?いや、お暇じゃなかったらシル師匠のお供をさせていただくだけでもいいんです!明日今日の山の上で待ってますね!シル師匠が来るまでずっと待って―――』
その後もぎっしりと文字がならんでいたが読む気にもならなかった。
そこまで読んでメッセージを閉じる。そしてボタンを操作して削除。念のためメッセージの受信を拒否する。
あいつのストーカースキルはどこまで行けば気が済むのだろうか…
「はあ…ほんと街の警備隊に突き出してやろうかしら。あのストーカー。」
「ストーカー?」
「おっ。」
顔を上げるとちょうどシャワーから上がったカナトと目が合った。
「結構早かったね。」
「まあ、普段から人目につかないように早く済ませるのが習慣になってるからな。」
「別にここは君を変な目で見る人はいないから気にしなくていいのに。」
「……そうだな。」
カナトはそう言い顔を伏せる。
その拍子に濡れた髪から水滴が滴り落ちた。
カナトと交代で自分もシャワーを浴びて汗を流すともう夜中になっていた。
他に置くスペースもないのでベットのすぐ横に寝袋を並べその中に入る。
カナトは結局最後まで抵抗していたがようやく諦めたのか大人しくベットに横たわった。
「…シルフィアーナって変わってるよな。」
布団に入ってしばらく経った後カナトが口を開く。
「よく言われる。」
「そうなのか?」
「うん、私は別に変わったことなんてした覚えはないんだけどね。…飛行限界高度って知ってる?」
「ああ、もちろん。それがどうかしたのか?」
「私は毎日この辺りで一番高い場所からそこまで飛んでる。」
「…もしかしてバカなの?」
そう言われ少しムッとする。
「もう、本当に失礼だな、君は。……私は私が信じることをしてるだけ。」
「信じることねえ…」
そのまま何も言わなくなる。眠ったのだろうか?
私もそろそろ寝ようかな…いつもよりだいぶ早いけど…
そう思っているとひどく小さな声が聞こえた。
「僕はこれまでずっと一人で生きてきた。本物の両親の顔も思い出せない。僕は生まれてすぐに捨てられたんだ。頼れる人なんていない。当然信じられることなんて一つもなくて…。僕は見た目がこれだろ?スプリガンの黒い髪にエルフのエメラルドの瞳と羽。もう少し目立たない色ならまだ隠しようもあったんだけど。このせいで変な注目も浴びるし、宿にも止めてもらえない。当然依頼だってまともにもらえない。でも、ある人に出会ったんだ。」
「ある人?」
「その人はもう何年も前に死んだけど、僕の恩人だった。その人は僕に生きる力をくれたんだ。その人がいないと僕は今生きていなかったかもしれない。」
「そっか…いい人だったんだね…」
「ああ。今日シルフ領に来たのはその人のいた街を見てみたいと思ったからなんだ。その人はシルフだったから。自分の街のこといつも話して聞かせてくれたんだ。」
「……ん」
「シルフィアーナ?」
カナトは体を少し起こしベットのすぐ横で眠るシルフィアーナに目を向けた。
シルフィアーナは静かに寝息を立てていた。
「寝てるし…」
その顔は普段街で見るどの人とも違う穏やかな顔をしていた。
敵意など微塵も感じられない。
寝た後に襲われることも想定して気付かれないように警戒してはいたが僕よりこいつの方が先に寝てしまうとは。
しかもぐっすりと。起きる気配もない。これも何かの作戦か?
「まあ…そうは見えないな。それにしては天然ボケ入り過ぎてるし。敵意も感じない。」
シルフィアーナの髪に手を伸ばし触れる。
僕は今まで自分自身しか信用出来ないこの世界で必死に生きてきた。
正直何度か死にかけたこともある。僕に普通に接してくれる人なんてほとんどいなかった。
同じように二つの種の血を受け継ぐ者であっても僕のように『スプリガン』と『エルフ』の血を持つ者には近づこうとしなかった。
僕は恩師が死んでからずっと一人で生きることを強いられてきたのだ。
…ほんとこいつは変わってる。僕みたいな奴に自分からここまで関わろうとするなんて。
「…信じてもいいのかな…」
その小さな呟きは誰の耳にも届かない。