一章
―――もっと高く―――
背中から生える羽を動かし続ける。
もう高度1キメルを越したあたりだろうか。
羽が早くも限界に近づいてきているのか心臓が激しく鼓動する。
もっと……もっと高くに……!
高度2キメルを越す。羽はもう限界だ。
でも…私の羽!もうちょっと頑張って!!
もう少しで飛行限界高度の3キメルにたどり着くのだ。私の目標はそんな限界の先に行くこと。こんなとこでくたばってしまうわけにはいかない。
徐々に飛行限界高度のラインが見える。私は精一杯に手を伸ばす。
「とどけーー!!」
その瞬間ふいに羽の動きが止まりピクリとも動かなくなる。そしてそのまま重力に従って落下し始めた。飛行限界高度のラインがどんどん遠ざかる。
―――またダメだった―――
何度チャレンジしてもあそこには届かない。
そもそも世間では3キメルを越す高さまで飛ぶことは実質不可能とまで言われている。
だから、こんなバカげたことをするのは私くらいのものだろう。
私の体は猛スピードで地面に吸い込まれていく。
もうすぐいつものように地面に激突して大怪我を負うか下手したら瀕死の状態になるのだろう。
……まあ、どちらにしても気休め程度に自分でヒールをかけて、町で買い込んだ回復用のポーションを飲めばほとんど回復が出来るのだが…
ちらりと下を見ると始めに飛び立った場所が見えた。ぎゅっと目を瞑り衝撃を待つ。
……空はもうこんなにも遠い…
…いつか…あの空の向こうに行ける日が来るのだろうか……
ボフンという音を立て何か柔らかいものの上で落下が止まる。
体はどこも痛くない。何なんだろう?この柔らかいものは?先ほど見たときはそんなものは見当たらなかったのに…
痛みがないことに安心したのか急に体の力が抜け、柔らかいものの上に寝転がったままで疲れた羽を伸ばす。
するといきなり柔らかい塊がはじけた。
「え…?う、うわっ!?」
軽く地面にぶつかり、その拍子に先ほどの柔らかいものの中身が降ってくる。
「なにこれ…!?水?……ってことは…」
これだけの水を出しその上固形に保っていられる種族なんてウンディーネくらいだ。
ウンディーネ以外の種族でも水系統の魔法を習得することは可能だが水系統の魔法は他の系統の魔法に比べ一段と難しい。
私も一応は習得しているがシルフの私にとっては水系統の魔法は相性が悪かったのか結局コップ一杯程度の水を作り出すのが限度だった。
そしてウンディーネの友達の中でこんな町はずれにある山の上までくるのはあいつくらいしか思い浮かばない。
「シルししょー!だいじょーぶですかー!!」
少し離れたところから小柄な人影が近寄ってくる。
シグル・エスティーカ。
それがこいつの名前だ。性別は男。種族はウンディーネ。
前にあった年に一回開催される全種族合同のフェスティバルでのトーナメント形式のデュエルで私が一回戦にあっさり倒した相手選手。
私はその頃入っていたパーティーメンバーに言われるがままに参加したのだが今まで魔法の修業はほどほどに剣技ばかりを磨いていたせいかあっさりと優勝してしまった。
そのすぐ後に稽古をつけてくれとこいつにしつこく迫られたのだ。
私は面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だったのでずっと逃げ回っている。
それはフェスティバルから3ヵ月経った現在まで続いていた。
それにこの場所は町から離れてはいるが一応シルフ領である。
当然ウンディーネ領からはかなり離れているのでここしばらくはエンカウント率が下がっていたがこいつのストーカースキルは侮れなかったようだ。
もっともそんなスキルは当然存在していないがこいつを見ていると本当にストーカースキルなるものがあるような気がしてくる。
「……」
「ちょっとシル師匠!無視しないでくださいよ!」
「あんた、何でこんなとこにいるの?それに魔法完璧にマスターしてないならむやみに私に使うのやめてって前にも言ったよね?」
先ほど水がはじけたのは魔法を解いたわけではない。なぜなら魔法を解いたらその瞬間に水が消え去るからだ。
さっきのは単なる魔法の失敗。
水を固形に保ち続けることが出来なかっただけだ。
こいつは剣技だけでなく魔法の熟練度も相当低い落ちこぼれのようだ。
この前なんか私が火山の麓にある洞窟行ったときに私がつい暑いと一言言ったら傍にくっついていたこいつが大きな雨雲を作り出そうとして見事に失敗。
結局私の真上だけに小さな雨雲が出来、ずぶ濡れになった。
その後は濡れている上に暑いという最悪な環境の中で長い道のりを歩き回ったものだ。
自分自身に風系統の魔法をかける方法をもっと勉強しておけばよかったとあの時ほど後悔したことはない。
「だっていきなり上に飛んで行ったかと思ったら急に落ちてくるんですもん! 助けなきゃーって思ったらいてもたってもいられなくって…」
「それが迷惑だって言ってんの。ストーカー行為もいい加減やめて。しつこい。」
「それは無理です!一目ぼれなんです!シル師匠の剣技にも!シル師匠本人にも!」
「ばっ……!なに言ってんのよ!」
座ったままで背中に背負った剣に手を持っていく。
するとシグルは顔を赤くして両手で目を覆った。
「シっ……シル師匠!?服!透けてますよー!?」
シグルに言われて自分の服を見るとワンピースタイプの戦闘服が透けていた。
「なっ……!?」
両手で服を覆い早口に覚えたての風系統の魔法をかけ服を乾かす。
そしてシグルを睨みつける。
「ごめんなさいごめんなさい!?」
シグルが顔を覆いながら謝り続ける。
それを見て起こる気も失せた。
そのまま素早く荷物を回収し忍び足でその場から遠ざかる。シグルは私が遠ざかっていくことにも気づかずずっと謝り続けていた。