十一章
街とフィールドが隣接しているのだから魔物が街に入ってこないように物理衝撃に強い壁が設置されている。
街の中からフィールドに行くための方法は一つ。
街とフィールドを繋ぐためにただ一つだけ設置されている門をくぐらなければならない。
宿を出てしばらく歩くと門が見えてきた。
「ん…?」
なにやら人だかりが出来ている。
シルフ、サラマンダー、ウンディーネ、スプリガン………etc
何人かずつの同じ種族のメンバーで集まっているようだ。
他の種族とはある程度の距離を取っており、空気がすごくピリピリしているのが分かる。
その空気の中どうしたものかと立ち尽くしていると一人のシルフの青年が近づいて来た。
「やあ、シル。奇遇だね。キミも『試練の塔』の攻略かい?」
私はこの青年を知っている。
エイト・エルアディア。
私が以前一時的に所属していたパーティ『アルデバラン』のリーダー。
風系統の魔法とヒール魔法に特化しており、性格は温和でメンバーからの信頼も厚い。
「おはようございます、エルアディアさん。あなたも塔の確認に来たんですか?」
「確認というか本格的に攻略する気で来た。今はメンバーが揃うのを待ってるんだ。」
「攻略って……あの張り紙を真に受ける気なんですか。」
あんな不確かなものを本気で信じる人がいるとは…
「ああ、昨日フィールド攻略していたパーティが中央にそびえ立つ巨大な塔を発見したという情報が入ったんだ。デマでもいたずらでもないと分かった以上早めに手を打たないと他の種族に先を越されてしまう。我がシルフの誇りにかけてなんとしても一番先に攻略しなければいかない。せっかくだしシルも協力してくれないか?」
「………………」
まずい。
カナト―――『ケイオス』がこの場にいることがバレたら確実に揉め事が起こるだろう。少なくとも歓迎はされない。
「どうかしたのかい?」
「…いえ、私は…ちょっと急いでいるので先に行っています。」
「でも塔に行くまでは魔物も多い。人数は多い方が安全だろう。」
「…いや…でも…」
「ん?そちらの人は…?」
そこでエルアディアさんは私の後ろにいたカナトに気付いたようだ。
「………………」
カナトは何の言葉も発しないで立っている。
揉め事が起きる前にどうにかしなければ。
「この人は私の今のパートナーなんです。塔にもこの人と行くので!」
「いや、でも人数は多い方がいいんじゃ……」
納得できないようでエルアディアさんはなおも引き下がらない。
「本当に大丈夫なので!先に行っていますね!」
「あ、おい!」
深く追求される前にカナトの背中を押し、走って門をくぐった。
中央に行くには外側から中央まで全三層で構想されている広いフィールドを進み、その何処かにある奥へと続く扉を探す必要がある。
その扉の位置は情報屋によってマッピングされているのであとはその扉まで襲いかかってくる魔物を倒しながら進むだけだ。
中央に進むにつれて魔物の強さも数も格段に上がるのだが一番外側のこの場所は魔物の数も少ない。
カナトは門を通ってからずっと何も言わないで隣を歩いていた。その表情はフードに隠れて見えない。
「……カナト?」
「…………」
心配になって声を掛けるがカナトは何も言わない。
「カナトってば。」
「…なんだ?」
その声はひどく暗い。
「どうしたの?」
「…なんでもない」
「何でもないってことはないでしょ?」
「…どうしてさっき庇ったんだ?」
「さっき?」
「知り合いに話しかけられてただろ。」
「あー…、別にいいの。前に話したでしょ?集団行動は苦手だって。あの人たちは飛行限界高度は超えられないって決めつけてた。でもあんな張り紙一つであっさり掌を返した。そういう人たちなの。」
「でも……」
「それに私はカナトと一緒に行きたい。」
「え…?」
「キミはずっと一緒にいてくれるって言ってくれたから。ただそれだけ。」
「シルフィアーナ……」
「改めてよろしくね、カナト。」
そう言い手を差し出す。カナトはしばらく迷っていたが手を取った。
※
---ヘル・ヘイム第二層---
「セア…!」
小型の『ファハン』にカナトの片手剣が命中する。
そしてファハンは光の粒子となって消えた。
前にデュエルを行ったときカナトのその強さを身をもって体験したが第二層に生息するファハンを一撃で倒してしまうとは……
「…い、おーいシルフィアーナ。ぼーっとしてるなら先行くぞ。」
いつの間にか剣をしまったカナトの顔が目の前に来ていた。
「……っ!」
途端に鼓動が速まる。一目ぼれした相手の顔がこんなに近くに……
「シルフィアー……」
「なんでもないから!他のパーティに追いつかれる前に早く行くよ!」
深く追求される前にと顔を見られないようにそらしつつ早足で歩いた。
「もうすぐ第三層の扉だな。」
「そうだね。ここからは私も行くのは初めてかな…。第三層に生息しているオーガとコボルトはさっきのファハンに比べても段違いに強いって噂だから気を引き締めないとね。」
まあ、先ほどのファハンも十分強い部類に入るのだが…カナトの強さが異常なのだ。
私だって一撃で仕留めるなんて芸当は出来ない。
「ふあぁ…」
そこでカナトが眠そうにあくびをした。
「カナト…これから第三層に行くから気を引き締めないとって言ったばかりなのに…」
心からの冷めた視線をカナトに向ける。
普通ここからが本番って時にあくびなんてしない。
のんびりでマイペースにもほどがある!戦闘になるとあんなに俊敏に動くのに!
私の視線にカナトはたじろいだ。
「んぐっ!悪かったって!でも少しくらいはいいだろ!昨日あまり寝れなかったんだから!」
「寝れなかった…?」
……ってことは……
「あのとき起きてたの!?」
油断した!身動き一つしないからてっきり寝たものだと…!?
「…アノトキッテイツノコトダ?」
空を仰ぎ見ながらカナトが言う。
「思いっきり片言だし!」
あまりの恥ずかしさに思わずその場にうずくまる。
そんな私を見てカナトは口を開いた。
「まあ、そんなことより早く行こうぜ?」
こいつめ!今の一連の流れをなかったことにしようとしてる…!
そしてカナトはそのまますぐ傍にあった第三層に繋がる扉にスタスタと歩き出した。
※
第三層へと続く扉をくぐるとそこには不穏な空気が漂っていた。
第三層は扉のまっすぐ先に行ったところに中央へと続く扉がある。
……はずなのだが。
「何この敵の数!?」
目の前にはオーガを初めとする多くの魔物が第三層を徘徊していた。
その数、数十―――いや、数百か…。
こんなの二人じゃ手に負えない…!
「カナトどうする?援軍を待つか、それとも潜伏系の魔法を使うか…ってカナト!?」
いつの間にかカナトは腰を落とし剣を構えている。そしてズバンッ!という衝撃音と共にカナトの姿が掻き消えた。
見えない…!!速すぎる!
「はあっ…!!」
声を上げてカナトがそのまま敵の中心に突っ込んだ。その衝撃で敵は一気に飛散する。
「シルフィアーナ!!走れ!!」
カナトが振り向き鋭く叫ぶ。
一瞬の出来事に思考が追いついていなかったが言われるまま全力でカナトのもとに走る。
そしてカナトが伸ばしたその手を取る。
「よし…!」
カナトは私が手を掴んだことを確認するともう一度剣を構えた。
そして静かに呪文を詠唱し始める。
この呪文は…?
基本魔法を発動するには呪文の詠唱はいらない。魔法の発動の仕方を学び、強く頭の中にイメージすることで発動することが出来るのだ。
長い呪文を唱えるカナトの顔は真剣そのものだ。
声をかけることさえ憚られる。
そして詠唱が完了しカナトの周りに強い風が吹き荒れる。
次の瞬間カナトは猛スピードで駆け出した。空気の壁を突き抜けるような衝撃音が鼓膜を叩く。
「きゃ―――!!」
手を離せば空中に投げ出されてしまうくらいのスピードで敵の間を突き進む。
避けきれない敵を繋いでいない方の手に持った剣で斬り裂きながらよくスピードを少しも緩めることなく走れるものだ。
そしてそのままスピードを緩めることもなく中央へと続く扉に突っ込んだ。
ズドンッ!という大音響が聞こえカナトと共に扉に叩きつけられる。
「―――ッ!!」
「ぐえっ!!」
私は声にならない悲鳴を上げ、扉に突っ込んだ本人も間抜けな声を上げる。そしてそのまま扉の奥にゴロゴロと転がった。
「うっ…う…」
痛む体を起こし痛みに耐え震える声で自身とカナトにヒールを懸ける。
「カナト、大丈夫!?」
ヒールが効いたのかカナトはゆっくりと体を起こす。
「いってぇ……」
「大丈夫なら扉閉めるの手伝って!これ結構重いんだから!」
「えー…」
カナトがあからさまに嫌そうな声を上げる。
だがそんなカナトに構う時間をくれるほど敵も甘くない。
こうしている間にも復活した敵が徐々に近づいてくる。
「あー、もう!」
カナトを待っている余裕もないので慣れない重力軽減魔法を発動させ扉をしっかりと閉めた。
そこでようやく一息つく。
「助かったぁ。ところでさっきのなんなの?呪文を詠唱して魔法を発動させるなんて聞いたことない。」
「言わなきゃ…ダメか…?」
すごく言いにくそうに目を伏せた。
だが好奇心には抗えない。
「当たり前でしょ。魔力値が低いのと何か関係があるの?」
「前に僕の恩人の話しただろ?」
確かに初めて会った日の夜、寝る前にそんな話を聞いた。
続けてカナトは言う。
「僕は魔法を他の人みたいに上手く使うことが出来ない。あのやり方はその恩人に教えてもらったんだ。呪文を詠唱することで普通は使えないような魔法も発動出来るし魔力量も補える。」
「へー、すごく便利だね。でもなんでそんな便利なものが広まってないんだろ…」
「普通はそんなもの必要ないからだろ。イメージだけで発動させる方が長い呪文を覚えて詠唱するよりずっと楽だ。」
「言われてみれば確かにそうかも…」
「それよりあれ見ろよ。」
カナトはある一点を指さした。その方向を見て息を飲む。
カナトの指さした先―――そこには目を見張るような巨大な塔が佇んでいた。




