3話:隠しきれない秘密
更に時間は経ち、中刻。
俺とエレナは他愛もない会話をしていた。
「そういえば、ハルトさんはいくつなんですか?」
「俺か?今は十八歳かな」
「そうなんですか?私と同じですね!」
エレナは両手の指を重ね、嬉しそうに微笑む。
俺はその姿にドキリとする。
まるで人形のような麗しげな身体。
宝石のような瞳。
可愛らしい仕草。
全てが完璧に等しいほど、彼女は輝いて見える。
「そ、そうなんだ…」
俺は動揺からか、空返事をしてしまった。
「大丈夫ですか?」
エレナは少し心配そうに俺の顔を覗く。
あまりそんな顔を近づけると心拍数がヤバい。
でも俺はそれを隠そうとして。
「だ、大丈夫。へへっ」
少し引き攣りながら笑ってやった。
「本当ですか?」
「ほ、本当だよ…」
「そうですか。ふふっ♪」
エレナの笑みは俺の心を掴むのに充分な破壊力を持っていた。
追手から逃れ、昼時。
エレナから少し街の事を聞いた。
話によれば、ここはどうやら''聖都''と呼ばれる場所のようだ。
そして現在、聖都では建国祭と言われる祭典が行われているらしい。
「そういえば」
「はい?」
俺は彼女に本来聞くべき質問を切り出した。
「エレナはどうしてあの連中から追われていたんだ?」
「えっ」
エレナは驚いたような声を上げた。
「いや、何か彼らから恨みを買うようなことでもしたのかなと」
「それは……」
エレナは答えにくそうに口を噤む。
よっぽど答えにくい事なのだろうか。
「悪い…答えたくなければいいんだ」
「いえ、そんなことは無いのですが…」
「あっ…そういえば、飯食って無かったな」
逃げることに必死だった俺は完全に、空腹だったことを忘れていた。
「そうですね。そこの喫茶店に寄りましょうか」
「そうだな」
エレナの提案に乗り、喫茶店に入る事にした。
街の中心地。
俺とエレナは喫茶店で食事をしていた。
店の雰囲気はレトロで落ち着きのある印象だが、祭典ということもあってか中はとても混んでいた。
「あの、ハルトさん」
食事がひと段落し、気分転換に窓の景色を眺めていた時。
エレナが俺を呼んだ。
「ん?どうした?」
俺が返事をすると、エレナは神妙な面持ちで話す。
「つかぬことをお聞きしますが、ハルトさんはその…魔術師なんですか?」
「えっ…と、何の事かな?」
エレナは俺を見据えて言った。
しかし俺はそれを受け流そうと必死だった。
「私を助けてくれた時、魔術を使ってましたよね」
「うっ…そ、そうだっけ」
「そうです」
流石にそこまで言われたら、隠しきれない。
俺は諦めて、エレナの言葉に素直に答える。
「……そうだよ。俺は魔術師だ」
「やっぱり…」
「あっ」
この時俺は、エレナを落胆させてしまった。と思った。
〜魔術師〜
それは昔から災いを齎す者とされ、恐れられていた。
特異な性質を持ち、様々な魔術を操り、人々からは悪魔と呼ばれていた。
現在はそれほどまで差別はされていないが、一昔前までは魔術師というだけで結婚を放棄されたり、迫害を受け、終いには虐殺までもが起きた。
ある地域では未だに差別が残っているらしい。それで魔術師は魔術師いうことを隠して肩身の狭い生活を送っている。
これが今までの魔術師の人生。
そして、これからも歩む俺の人生。
全く…これで、せっかく助けたエレナともお別れか。
と思っていた。
「凄いです!!」
「え?」
エレナは目をキラキラ輝かせて、俺に顔を近づける。
今聞き捨てならないことを聞いた気が…。
「ごめん。今なんて?」
「だから、凄いですって!」
「は?」
……いや待て。何が凄いのか全く分からん。
「悪い。何が凄いんだ?」
「…ですから、あなたがです。あんな間近で魔術を見るの初めてでした〜!」
「え…」
ええええええええええええええぇぇぇ!?!?
待てよ!?俺が凄い!?
そんなの言われたこと初めてなんだが!?
魔術ってのは、忌み嫌われるものであって(割愛)
…なのに!それを凄いと!!
いよっしゃああああ!!
俺は脳内で狂喜乱舞していた。
いつの間にか握り拳作ってガッツポーズを取っていたのは痛かったが。
「でも」
エレナが喜びの表情から一転、キリッとした顔で言った。
「この街では、あまり魔術を使わない方が良いですよ」
「えっと…それはどういうことだ?何か理由でもあるのか?」
俺はエレナに疑問を投げかける。
「はい。この聖都では今も魔術師に対する差別が残っています。他の方ではどうか知りませんが、ここでは魔術師というだけでたまに被害にあったりします」
「そうなのか」
エレナは続けざまに言う。
「ですので、外で魔術を使うことはオススメしません。更に、今は人も多いので騒ぎになる可能性もあります」
「なるほど…」
彼女はどうやら本当の事を話しているようだ。
だが、俺は既に気づいていた。
「あのさぁ」
「はい」
俺はわずかな希望を抱きエレナに聞いた。
「もしかして、エレナも魔術師?」
「へ?」
エレナは素っ頓狂な声を発した。
俺は少し戸惑っている彼女に問い詰める。
「お前、結構この街の魔術師事情ついて詳しいよな。まるで自分が実際に体験したかの様に言ってる」
俺はそれまでの口調をやめて普段の口調に戻した。
「な、何を言ってるんですか?」
エレナは苦笑を浮かべている。
「わ、私はただ、そういう話を聞いたことがあるってだけで」
「嘘だな」
俺は更に続ける。
「それに、魔術《 スペル》を見るのが初めてって言ってたけど、本当は自分以外のスペルを見るのが初めてって事なんじゃないのか?」
「そ、そんなこと…無いですよ?」
エレナは落ち着きなく目を泳がせている。
分かりやすい。
「…残念だが、さっきトイレに行った時に嘘を見抜くスペルを自身に掛けておいたんだ。君の嘘は丸見えだ」
このことをエレナに告げる。
すると、それまでの雰囲気とは打って変わって、凛とした表情でエレナは俺を睨み付けた。
「あなた…何者ですか」
うわ…美人が睨むとやっぱり迫力があるな。
「俺はただの魔術師だ。そっちは?」
「………」
エレナは押し黙る。
やっぱりエレナは────
「お待たせ致しました!追加のパフェでございます!」
俺の思考を遮るように声のよく通るウェイトレスがパフェを運んで来た。
そしてパフェの皿を二つテーブルに置く。
「それではごゆっく───」
そのまま去るかと思ったら、ウェイトレスはエレナを見据えたまま固まっている。
何があったんだ?
「あの、どうかしまし──」
俺はウェイトレスに声をかけようとしたが。
────
瞬間、ウェイトレスは風の如く厨房の奥に去って行った。
「……何だったんだ。今のは…」
まぁいい。冷たいうちにいただこう。
そしてパフェを口に運ぼうとした時。
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「!?」
厨房の奥から大声が聞こえた。
なんだなんだ??
と思ったら、なんか大柄の男の人が近づいて来た。
彼はエレナを細目で見ていたが、何に驚いたのか目を見開き、驚愕した表情で突然膝を付けて座り込む。
え?今何起こってんの?
そして、男が口を開く。
口が乾いてか、あまり言葉が出ないようだ。
「え、エリナお嬢様!!このような店にお越しくださいまして、恐悦至極で存じます!」
男の声に、半径三メートル以内にいた人間がぎょっとこちらに目を向ける。
正直、めちゃくちゃ怖い。
いや、それよりも──
「っ待て。エリナ?それにお嬢様??」
俺は彼女に目を向けた。
「………」
エレナは面倒臭そうに目を逸らした。