2話:守りたい、この笑顔
しばらく市街地を走り、息を整える為に一旦止まる。
「はぁ…はぁ…っ…」
後を追ってくる気配は無い。どうやら振り切れたようだ。
彼女はというと…
「はぁ…はぁ…」
流石に疲れたと言った様子か。
俺が何か話しかけようとした、その時。
「あの…」
彼女が何かを言いたげに口を開いた。
「ありがとう…ございます」
素直に告げられたその感謝の言葉に、俺は自分の行いが正しかったのだと再認識する。
「いえ、どういたしまして」
俺は謙遜する訳でもなく、その言葉を素直に受け入れた。
そうしなければ、俺は自分が許せなかったから。
流石に甲冑だからといって、空気圧縮を使ってしまったことは後悔してる。
今思えば、空気振動で意識を削いだ方が良かったかもしれない。
だが、今はそんなことを気にしても仕方ない。
「とりあえず色々聞きたいことはあるが、まずはどこか安全な所を…」
俺は彼女のことを思い、何かいい場所は無いかと探したが…無さそうだな。
すると彼女はこう提案した。
「それなら、近くに宿があります。一旦そこで落ち着きましょう」
近くに宿があるのか、なるほど。
どうやら、彼女はこの辺りについて詳しいようだ。
「そうか。それなら行こう」
彼女の提案に素直に賛同し、その宿に行くことにした。
歩く途中。
「先程は、助けて頂いてありがとうございます」
「いえ、大したことありませんよ。こんなくらい」
先程の礼を今も尚言い続けている彼女に、ある程度受け答えをする俺。
それにしても、
「ん〜」
改めて彼女の姿を眺めてみる。
端正に整った顔立ち。
腰にまで伸びる艶やかなブロンドの髪。
肌は白く、まるで妖精の様な立ち姿。
間違いない。彼女は紛れもなく美人という部類に入る。いや、美人の中でもトップクラスだろう。
服装が少し普通なのはそれを隠す為だろうか。
とそこで──
「あの…」
彼女が何か物言いたげにこちらを伺う。
「ん?どうした?」
「いえ、その…あまりマジマジと見られると恥ずかしいと言いますか」
「あ…あぁ、ごめん」
流石に彼女を見すぎたことに多少罪悪感を感じる。
とそこで、彼女が何か思い出したかの様に言った。
「そういえば、お名前を伺ってませんでした」
「…そうだった。まだ互いに名乗って無かったな」
助けてやったのに名乗っていないとは。
飛んだ失態だ。
彼女は伺うように俺の顔を覗く。
彼女に促すように、俺は見つめた。
「私はエレナ。エレナ・レンブラントです」
「エレナか。いい名前だな」
「はっ…!」
エレナは驚いたような声を上げ、頬を紅潮させている。
「どうした!?」
「い、いえ。いい名前だとか言われたのは初めてなので」
「そ、そうか」
女の子の扱いには慣れていないが、まぁ、嬉しそうだしいいか。
気を取り直し、俺も自分の名前を名乗る。
「俺はハルトだ」
「ハルトさん…ですか」
エレナはなぜかモジモジしている。
…なんのつもりだよ。
「あの…ハルトさん」
「はい?」
不意に名前を呼ばれ、つい疑問形で返してしまう。
「あぁ、ごめん。いきなり名前で呼ばれてびっくりしたから」
「いえ、私もいきなりですいません。でも、これだけは言わせてください」
彼女は俺に向き直り、満面の笑みで言う。
「助けて頂いてありがとうございます。ハルトさん」
「──」
俺はその笑顔に、心打たれた。