6話 承諾と拠点設営
「わ、私……サガラ様を好きになってしまいました!どのような扱いでも構いません!どうかお側に……うぅぅ!サガラ様ぁ!大好きですぅ!」
感極まって泣き出す彼女を前に、俺は脳をフル回転させて慎重に言葉を選ぶ。
『ついて行きたい、ご飯も寝床も何とかするから』と普通に言われれば、結構簡単に了承できるのだが、彼女の表情や言い方からして完全にそれ以上の感情を伴った要求であることは間違いない。
つまり、物理的だけでなく精神的にも『傍にいたい』と言ってきているのである。さらに言えば、可能ならば男女の恋愛関係になりたいということだろう。
ティアを恋愛対象として見るとすればどうだろうか。つい昨日までずっと年下だと思っていたせいで、ろくに考えたこともなかった。だが実際のところ彼女は俺より年上、しかも泣いてまで告白してくるほどに真剣なのだ。簡単にあしらうことは出来ない。
確かにティアは素直でいい子だ。一緒に居たのはほんの数日だが、それでも確信できるほどにティアの内面は優れている。
外面はというと……うん、可愛い。顔立ちこそ幼く見えるが、1つ1つのパーツは整っていてバランスが取れている。不本意に見てしまった裸も今思い返せば幼児体型というよりはスレンダーと言った方が正確だろう。ピコピコと動く耳や尻尾も彼女の可愛さを引き出す良いアクセントになっている。総合的に考えて、見た目にも非の打ち所が見当たらない。
あれ……なら何故俺はこんなに迷ってるんだ?考えれば考えるほどに彼女が魅力的に思えてきた。
思わず頷きそうになるのを堪え、俺をじっと見つめてくるティアに口を開く。
「……俺もティアのことは嫌いじゃない。むしろ好ましく思えるし、一緒にいたいとも思う」
「サガラ様……!」
「だけど……まだ俺達は出会って1週間も経っていない。ティアは俺のことをどれぐらい知ってるんだ?もしかしたらこの数日だけ気まぐれで助けただけかもしれない。善人の振りをして君を売り払おうなんて魂胆かもしれない。それなのに一生を捧げる、なんて言ってしまっていいのか?」
「……さ、サガラ様はそんな方ではありません!優しくて、強くて……」
泣きながら首を振るティア。信用してもらえるのは嬉しいが、その信用さえもまだ脆くて不確かなものなのだ。俺は小さく息を吐いて話を続ける。
「そう言いきれるほどお互いに知らないだろ?だからさ────助手として来てくれないか?」
「……え?」
「あの城の辺りに拠点を作りたい。だが1人では動かせる機材も限られてくるし、現地の知識もないから思わぬアクシデントも招きかねない……だからティアに手伝って欲しい」
「連れていって頂ける……ということですか? 」
「あぁ、ただ一生を捧げるなんて気持ちじゃなくてもいい。あくまで手伝いくらいの意識で居てくれた方が俺も楽だ。ついて来てくれるか?」
「はい……!はい!サガラ様っ!」
ティアは何度も激しく頷くと、俺の腰の辺りに抱き着いて来た。柔らかい肌の感触と甘い彼女の香りが伝わってくる。耳と尻尾はちぎれんばかりに振られ、爆発せんばかりの感情を伝えてきていた。
「彼女を連れていってもいいですか?」
俺はティアの家族の方に改めて向き直った。ティアの了解だけとってそのまま……という訳には行かないし、ティアもそれを良しとしないからこうやって俺を家族の前に連れてきたのだろう。
「……まず、先に」
家族の視線が1箇所に集まり、先程からずっと目をつぶっていたティアの兄が口を開いた。
「村を襲った竜の討伐、これを村を代表して村長代理として伝えたい。貴殿のおかげで村は生き延びることができた」
「いえ……」
「次に、妹を助手として連れていく、ということだが……村長代理としては竜殺しと繋がりができるというのは何とも心強い。慎んでティアをお頼み申し上げたい」
重々しい口調で兄がそういった途端、ティアの顔がパアっと輝く。どうやら家父長制的な名残りが強いらしく、父の立場を継ぐことになった兄の言葉には絶大な力があるようだ。
とそこまで言って黙っていた兄がさっきとは打って変わった口調で再び話し出した。
「ただ……ティアの兄として言わせてもらうと……貴様を今すぐ八つ裂きにしたい」
「お兄ちゃんっ!?サガラ様になんてことを!?」
「……全身が腐る不知の病に罹って、父上がお前をあの城へ連れて行って以来、もう会えないと思っていた……だが、再びこうしてお前と会えたのだ……それなのに、すぐに他の男についていくなどと……言語両断だ!!」
ティアと別れた時のことを思い出したのか、オイオイと涙を拭う兄。そして強い口調で叫びながら俺を睨む。
「ティアが昨日の晩、俺の部屋に来たのだ……」
「ちょっと……お兄ちゃん?その話は……」
「久しぶりの再会を喜んでだとばかり思っていた俺に、ティアは夜が明けるまで貴様の話ばかりして……何が『私を助けてくれた王子様』だ!何が『一生あの方をお慕いすると決めました』だ!変な顔をしやがって!!」
半泣きになりながら捲し立てる兄。思わぬところでベタベタな台詞をばらされたティアは顔を真っ赤にして俯いている。
もしかして変な格好というのはこのヘルメットのことだろうか。確かにヘルメットを被ったまま話すというのは些か失礼だったかもしれない。ロックを解除しヘルメットを取ると、家族から「おぉ……」と息を飲む声が上がった。彼らもヘルメットが俺の顔だと思っていたらしい。
「と、とにかく……俺は本当は妹を他所の男のもとなぞに行かせたくはない!だが、貴様には多くの恩がある!ティアはそれを返さなければならないと俺を説得してきたのだ……少し前まで素直で可愛かったティアが……くそっ!くそおっ!!」
あまりの兄の荒れっぷりにティアは若干引いている。他の弟妹もさっきと比べ、兄との距離が離れている。
「大丈夫ですか……?」
「うるせぇっ!貴様……ティアを泣かせたら許さないからな……地の果てまで追いかけてお前の頭と胴を真っ二つにしてやる……いいか、重いものは持たせるなよ、自分で持て……水仕事もあまりさせるな。手が荒れるからな……あと夜は遅くとも────」
「お兄ちゃんっ!もう!恥ずかしいから黙ってて!」
「恥ずかっ……!」
ティアの叫びが心に突き刺さったのか、兄は石のように静かになった。
「サガラ様……娘をよろしくお願いします」
その隙にと、ティアの母親らしき女性が深々と頭を下げ、それにならって他の弟妹もペコリと頭を下げてきた。結局ティアを貰い受けるような流れになっている気がする。だが、あくまでも彼女には助手として来てもらうだけだ……恐らく。
俺も頭を下げ、傍らに置いておいたヘルメットを被りなおして立ち上がった。
「じゃあ……行くか、ティア」
「……はい!」
これ以上ないというほどの笑顔で頷く彼女を連れて、俺達はティアの家を後にした。必要な彼女の私物は事前に纏められていたらしい。……用意のいいことだ。
バギーへと乗り込み、2人分の重力を受けて浮揚したバギーが着陸船へと向けて走り出す。まさか帰りも彼女を隣に乗せることになるなんて、2日前には思いもしなかった。チラッと隣に座るティアに視線をやる。同じくこちらを見ていたらしい彼女は慌てて顔を背け、後方に流れていく景色に目を向けていた。紅く染まった彼女の頬が見える。
……後悔はしていないな。
***
湖を渡り着陸船へ戻ると、2日しか離れていないにも関わらず、懐かしさのようなものを感じた。ひとまずハッチを開け、光子銃と換えのヘッドセットを2組持ってくる。ヘッドセットに替えたのは、ヘルメットのバッテリー残量がいい加減心許なくなってきたからだ。
光子銃を腰につけ、ヘッドセットを耳元につける。もう片方のイヤリング型のヘッドセットをティアに向けて差し出すと、彼女は意外そうな顔をした。
「わ、私にですか?」
「あぁ、ちょっとした距離ならこれで通信も出来るし、俺の方の翻訳機能が不調になったとしてもこれでコミュニケーションが取れる」
「えっと……」
疑問符を浮かべる彼女に、通信機能を実演してみせる。少し離れたところに行ってもらったティアとヘッドセットを使って少しやり取りをして見ると、大慌てで戻ってきた。
「どうした?」
「凄いですっ!あれだけ離れてるのにサガラ様の声が聞こえます!」
それを走って戻ってきて俺のすぐ近くで興奮気味に話すティア。うん……慣れるまでもう少し時間がかかりそうだ。
その後、バギーに着陸船から伸ばした補給調整アームを取り付けた俺は、ティアを連れて城へ入ることにした。といっても探検するわけではない。ここを仮の拠点になるよう、改造するためだ。
「うぅ……」
「大丈夫か?」
「す、すみません……まだ少しここは怖くて」
城に入った途端、ティアは苦しそうに胸を押さえうずくまった。紫敗病に侵されたまま長い間、この中にいたのだからトラウマになっていても仕方が無いだろう。
「無理なら外で休んでていいぞ。1人でも出来るから」
「だ、大丈夫です。サガラ様の近くに居れば……」
そう言って俺のスーツを摘んでくるティア。いや、これだと作業効率が1人の時と変わらない気がするんだが……まぁ良しとしよう。
ティアのトラウマを取り除く為、中身をそのまま作り替えることにする。外側は弄らない。あまりに目立ちすぎると敵(いるかは分からないが)の標的になってしまうかもしれない。この城を拠点にしようと考えた理由の一つがカモフラージュの為だった。
もう一つの理由が着陸船との距離だ。竜の襲撃を受け、城のすぐ裏に不時着した着陸船だったが、かなり巨大な城に上手く隠れ、周りからは見つかりにくくなっている。ならばこのまま着陸船の中の機材をこちらに移せるだけ移してこの城+着陸船を拠点にした方がいいだろう。
と言うより他に移りたくても着陸船のメインエンジンタンクが底をついている。周囲から燃料元素を集めるにしても時間がかかるので、当面の拠点はここに構えるしか無いのだ。
ということを掻い摘んでティアに説明しながら俺は作業を続ける。ティアは半分ほどしか理解出来なかったようだが、そのうち用語にも慣れていくだろう。
とりあえず中を区切っていた石壁は全て撤去して区画し直すつもりだ。2階、3階も同様にして全て生まれ変わらせる。地形調査をした所地下空間もあることが分かった。そこも拠点として相応しいように作り替えたい。基地作りというものは男であればいくつになっても心躍るものらしい。
俺はガチャガチャと持ってきた装置をセットしながら、ティアに声をかけた。
「ティア、ちょっと頼まれてくれるか?」
「はい?何でしょうか?」
「さっき通った湖があっただろ?この間風呂に入った所。そこまで行ってこの杭を刺してきてほしい」
そう言って俺は50センチほどの黒く光る杭をティアに手渡す。
「分かりました。2つとも同じ場所でいいですか?」
「出来れば少し距離を開けた方がいいな。2つとも湖の浅いところに突き刺してくれればいい」
「はいっ!行ってきます!」
ティアは元気よく答えると、一目散に城から飛び出して走っていった。やはり大丈夫と口では言いながらも彼女にとって今の城は近寄りたくない場所らしい。
はやく作り替えないとな……。装置の設置を終えた俺は城から少し離れると、作動スイッチを押した。ズズン……と低い音がして地響きが起こる。。固有振動数と倒壊周波数を発生させる装置によって 城内部の壁と床が崩れ落ちたのだ 。爆破するより厳密に作用範囲も絞れるし、文字通り粉々になっているのが大きな利点だ。城に戻って様子を確認してみる。中は教会のように高い天井をしただだっ広い空間になっていて、半分砂のようになった石材が床に積もっていた。
これでティアを囚えていた忌まわしい城の記憶は過去のものとなったのだ。これから新しい物をこの上に築き上げていくことにしよう。
俺は次の作業に取り掛かった。