5話 後悔と告白
ふと目を覚ますと、見慣れない天井があった。交錯するように組まれた太い角材が何本も走り、言ってみれば家屋の骨組みが丸出しになっているようである。確か地球の歴史書で見覚えがある建築様式だ。
身体を動そうとしたところで鈍痛が走り、ようやく記憶がハッキリと思い出された。そうだ……ティアの村で竜と戦闘になったんだった。どうやら気絶してしまった俺を誰かが運んできてくれたらしい。ということはここは村内の家屋の中だろうか。
頭をかこうと手を伸ばしたところでヘルメットを被ったままだと気づいた。表面に損傷は無いらしいが、バッテリー残量が半分程にまで減っていた。レーダーやプログラムを酷使しすぎたせいだろう。
身体に掛けられていたお世辞にも綺麗とはいえない布をどけると、こちらもスーツを着たままだった。……いや、勝手に脱がされても困るが。
ただ、あれだけ地面を転がったにしては綺麗に見える。誰かが綺麗に汚れを落としてくれたようだ。
そこまで現状を確認したところで、足元の方にある扉が開けられた。薄暗い室内に弱い光が射し込み、誰かが入ってくる。
「失礼します……あっ!」
聞き覚えのある声の主だった。俺が目を覚ましたことに気づいたのか、短く声を上げ、すぐ側まで近づいてきた。
「ティアか」
「はい……!ご無事で何よりですサガラ様……!」
少し疲れた様子の彼女が、大きな瞳に涙を溜めながら、ベッドの脇に跪く。
「お身体の調子はどうですか?」
「あぁ……大丈夫。それより随分長い間、寝てしまっていたらしいな」
ヘルメット内の時計は、到着から4日後の昼を指していた。竜と闘ってから実に2日ほど気を失っていたことになる。
「心配したんですから……!お面…じゃなくて『へるめっと』の外し方もお洋服の脱がせ方も分からないので、お怪我をされていたらどうしようと心配で……」
「それはすまなかった」
装着者の意思でロック解除しない限りヘルメットやスーツは脱げないように出来ているのだ。宇宙空間などでの事故を防ぐための装置が今回はマイナスに働いてしまったらしい。
「ここはどこなんだ?」
「私の家族の家です。運良く被害を受けずに済んだのでサガラ様をお連れしました」
「そうか……村の様子はどうだ?」
「大方の瓦礫の片付けと、亡くなった方達の埋葬を済ませました」
「早いな、まだ2日しか経ってないだろ?」
「あまり大きくない村ですので……それにサガラ様のお陰で被害も少なくて……」
そこまで言って、堪えきれなくなったように泣き出してしまうティア。俺は突然の出来事に若干焦りながら、彼女の背中をさする。
「すみません……ぐすっ、実は私の父も今回亡くなってしまって……私を守ろうとして竜のブレスで……」
「そうか……」
ティアの話で朧気ながら記憶が蘇る。確かに彼女と小さな子供を救おうと竜の前に立ちはだかった男がいた。俺のすぐ近くに弾き飛ばされた黒焦げになった男だ。どうやら彼がティアの父親だったらしい。あの黒焦げになった死体の様子から察するに、遺された家族は大きなショックを受けたに違いない。
空爆で妹が死んだときの俺も、今のティアのように静かにずっと泣いていた気がする。
「辛かったな……ただ、ティアの父親は君を竜から守って、その剣が竜が倒した。それは間違いないから」
「……はい」
静かに涙を流し続ける彼女を軽く抱き寄せて、ポンポンと頭を撫でてやると、彼女は俺に体重を預けて嗚咽し始めた。
「お父さん……お父さぁん……」
ヘルメット越しに聞こえてくる彼女の声はどこまでも悲しかった。もし、着陸船を襲ってきた段階で3頭とも倒せていれば。もし、光子銃を村まで持ってきていれば。そうすればティアを泣かせずに済んだかもしれない。 後悔と自責の念が俺の頭の中をグルグルと回り続けていた。
ティアが落ち着くのを待って、俺はふと気になったことを聞いてみた。
「そう言えば竜の死骸はどうしたんだ?あれだけの重さなら処分するのも大変だろう」
「そのことなんですが……」
「俺が処分した方がいいか?」
「え……竜を処分なさるのですか?」
彼女から巨大な竜の処理を頼むのは頼みづらいだろうと思い、俺から申し出てみると意外な返事が返ってきた。
「何かに使えるのか?」
「はい、竜の鱗といえば古来より最上級の硬度を誇る素材として有名ですし、内蔵や骨は油を保存する袋として使えたり、装飾品に加工できます。どれも非常に高価な物ですので、竜を討伐されたサガラ様のご意見をお聞きしようと」
「……なるほど」
つまり、あの死骸には莫大な価値があるらしい。竜を捨てると言ったときのティアの表情からも、本来なら誰もが欲しがるようなものであることが分かる。
ただ……硬い素材と言っても既に着陸船には重元素複合装置をはじめ、『硬いもの』を作れそうな機械は山ほどある。高価だといってもこの星の貨幣を利用する予定はない為、無用の長物になってしまうことが予想される。研究用に少し持って帰った方がいいだろうが、それ以外は俺が持っていても仕方が無い気がする。
簡単にいえば、要らない。
「村で解体は出来るのか?」
「……?はい、勿論それは出来ます。人手と時間は少し必要ですが」
「そうか、じゃあ鱗1枚と骨1欠片、それと口の中の肉片を少し取っておいてくれるか?後は村で好きにして貰って構わない」
「ほ、本気ですかっ!?竜の死骸ですよ!?」
彼女が驚いて顔を近づけてくる。そんなに興奮しなくてもいいと思うのだが。彼女からすればのほほんとしている俺の方が信じられないのだろうか。価値観の違いを埋めるのはどうも難しいらしい。
「被害を受けた人にも分けてやってほしい。村長はいるか?」
「は、はい。そのつもりです。村長……は私の父がそうでした」
「えっ?そうだったのか?」
ということは村長である彼女の父はまだこんなに幼い娘を残して死んでしまったのか。さぞ心残りに違いない。
「ですので、私の兄が近々村長を引き継ぐことになると思います。ですから村に関するお話は兄にして頂けると」
ティアはそう言うが、彼女(推定10歳前後)の兄ならまだまだ若いに違いない。急に村長になっても大丈夫なのだろうか。他人事ながら少し気になってしまう。
「お兄さんはいくつぐらいなんだ?」
「えっと……今年で3…0歳だったと思います」
「……結構ティアと歳が離れてるんだな」
「そ、そうですか?私は今年で20歳なので……10個違いですね」
「……」
衝撃の事実に俺は固まってしまう。こんなにちびっこいティアが、俺より年上だったからだ。彼女達の社会での成熟年齢が分からないので何とも言えないが、18歳の俺より年上であることに違いはない。
「あれ?どうかされました?」
「……今まで申し訳なかった」
「えっ?えっ?」
突然頭を下げた俺に戸惑った様子のティアを置いてさらに思考を続ける。
そう考えると、見た目の割にハッキリとした話し方も、少女から一歩進んだような胸の膨らみも納得がいく。というか俺、年上の女性の裸を見たことになるのか……?猛烈に失礼なことをしてきた気がする。あ、公転周期はどうだ。確かこの惑星の公転周期は火星の半分ほどだった覚えがある。なら生きてきた日数は俺の方が上なのか……?いや、でも……。
迷いに迷った挙句、結局俺は視覚情報にあった対応を取ることにした。
「よし……乗りきった」
「何をですか……?」
ひとり満足する俺に彼女は不思議そうに首を傾げる。
さて、そろそろ帰ろうか。時刻は2時を少し過ぎたところ。バギーに乗って帰れば1時間と掛からずに着陸船まで戻ることができる。ティア関連で忙しかったせいで有耶無耶になっていたが、この星での活動拠点もそろそろ決めていかなければならない。
「それじゃ、お兄さんに挨拶して帰るか」
「えっ!?も、もうですか?」
「あぁ、もう体力は回復したからな」
「え、えっと……ご飯でも食べて行かれませんか!?お礼を兼ねて村で壮大に────」
「いや、皆忙しいだろ。家屋の修理とか、家族が死んだショックが残っている人も多いだろうし」
彼女の提案に、ヒラヒラと手を振るとティアはむむ……と項垂れた。俺はそんな彼女の頭をポンポンと叩く。(彼女が年上であることは考えないことにした)
「また、竜の解体が終わった頃にもう1度来るから……もう病気にかからないよう気を付けろよ」
「は、はい……じゃなくて、えっと……あ、明日まで村に居て頂けませんか!?」
「明日?何の為に?」
「……お願いします。ダメですか……?」
理由は言わずウルウルとした瞳で俺を見上げてくるティア。……断りにくい。
「……分かった。ただ何か水と食べ物を分けてほしい。空腹で胃が痛くなってきた」
「分かりましたっ!ありがとうございますっ!」
渋々頷いた俺に、パッと顔を輝かせたティアは勢いよく部屋を出ていった。そしてすぐに干し肉や果物の載ったトレイと、水差しを持って戻ってくる。少し頬を上気させたまま、ニコニコと笑う彼女が何を考えているのか分からなかった。
***
翌朝、目を覚ますとすぐにティアが部屋をノックして入ってきた。
「おはようございます……サガラ様」
「ふぁぁ……おはよう。どうした?」
「少しお話があります……家族が向こうで待っていますのでついて来て頂けませんか?」
何やら真剣そうな表情の彼女に俺は頷くしかない。
彼女について、部屋から出ると板張りの廊下が奥へと続いていた。他の家屋は外だけしか見ていないので何とも言えないが、村長の家とだけあって相当広い建物らしい。
彼女について通された一際大きな部屋には、彼女によく似た子供達が数人と、かなり歳を重ねたと思われる女性、それに精悍な顔立ちをした青年が待っていた。
彼らがティアの家族だろうか。全員どこか緊張した面持ちで、特にティアの兄と思われる青年はじっと俺の顔を睨んでいる。
そんな彼らを横に見る位置に俺は座らされた。ティアはと言うと、何を思ったか俺の前に片膝を立てて跪き、俺を真っ直ぐに見上げてくる。
「あの……何をやっているんだ?」
「サガラ様……私も貴方様と一緒に連れていって頂けませんかっ!?」
「……え?」
まるで人生を掛けた告白をするかのごとくティアが真っ赤になった顔で叫ぶ。俺は訳も分からずにティアの顔と彼女の家族を交互に見る。ハラハラとした表情の家族。ティアの兄はギリギリと歯ぎしりをしながら俺を睨んできている。
「食事も自分で取ってきます!寝る場所もいりません!どうか……私をサガラ様のお側に置いて頂けませんか……?」
「いや……ちょっと待ってくれ。何が何だか……」
瞳に大粒の涙を浮かべ、土下座しそうな勢いで俺にすがり付いてくるティア。家族はそんな彼女を心配してか口元を押さえて震え、彼女の兄は目から光線を発射しそうなほど強く俺を睨みつけてくる。
「わ、私……サガラ様を好きになってしまいました!どのような扱いでも構いません!どうかお側に……うぅぅ!サガラ様ぁ!大好きですぅ!」
とうとう感極まったのか泣き出してしまうティア。俺が返事をしないことを悪くとったのか発言がどんどん過激になっていく彼女。
下手なことは言えない。彼女を傷つけるのはもってのほかである上、これ以上ティアに何か言わせれば、彼女の兄が殴りかかってきそうだからだ。
どうしよう……。俺は竜との戦闘とは別の意味で迎えた修羅場に、ヘルメットの中で冷や汗をかくのだった。