4話 帰還と竜退治
その後バギーを走らせること1時間、俺達はティアの住んでいた村のすぐ近くまで辿り着いていた。まだまだ陽は高い位置にあるし、このまま帰れば彼女の言っていた危険な夜の森を通ることもないのだが……。
現在、俺は1人村のはずれで待機している。理由はつい先程、村のすぐ近くまで辿り着いた時のことだった。
殆ど減速し、徐行ほどの速さになったバギーを俺は村へと向けて運転していた。あまりに高速で接近すると村の仲間達が驚くだろうというティアの意見からだ。
ティアは先程から口数も少なくずっとソワソワしている。無理もない。もう2度と生きて帰れないと思っていた自分の故郷にもうすぐ帰れるのだから。そう考えると彼女が少し羨ましいかもしれない。俺が火星に帰ることはほぼないだろうから。
少しノスタルジックになりながら、ハンドルを握っていると、突然隣に座るティアの耳がピクピクと動いた。
「……何か変です。気をつけてください」
「変って?」
「村の方から大きな音が聞こえます。それと焦げ臭いにおいも……」
鋭い視線を村の方に向けたままティアが答える。そしてしきりに犬耳を色んな方向に向けたり、クンクンと鼻をならしている。
「村で何かあったのか?」
「分かりません、でも……少し見てきますね。申し訳ないのですが、サガラ様はここで少し待っていてもらえませんか?」
「……分かった」
向けられる真剣な眼差しに気圧された俺は素直に彼女の慣性保護装置を解除し、ドアを開けた。
「すみません、すぐに戻りますから!」
ティアは俺の方を振り返り、1度お辞儀をしたあと、村の方へと走っていった。ヘルメットについた自動追尾カメラが彼女の姿を追うが、あっという間にその姿は森の中に消えて見えなくなった。昨日まで深刻な感染症にかかっていたとは思えないほどの回復力だ。
俺は何事もないことを信じて、バギーの背もたれに寄りかかった。
それから5分。一向に彼女の帰ってくる様子がない。不吉な予感が脳内をよぎり始める。何かあったのではないか。村自体に何か無くても
、死んだと思っていたティアが突然戻ってきて大騒ぎしているのかもしれない。
いろいろな可能性が頭の中に浮かんでは消えていく。いつの間に俺はこんなにティアに肩入れするようになってしまったのだろうか。
思えば彼女と出会った時から俺の行動は少しおかしかった気がする。いつもなら子供とは言え、素性も知らない異星人を自分の危険性を省みずに助けたりしないはずだ。自分はもっと他人に無頓着な人間だと思っていたが、違うのだろうか。
もしかすると、戦争で家族を失ったことが俺の中での生命への価値観に影響を与えたのかもしれない。
そんなことを考えていると、突然ヘルメットから警告音が鳴り響いた。
一酸化炭素検出?二酸化炭素濃度上昇?
ふと辺りに目をやると、薄いモヤのような煙が漂っていた。どこかで起きた火災が原因の警告音だったらしい。とはいえヘルメットには過酷な環境でも耐えられるように酸素発生装置が……。
ん……?どこか……?
次の瞬間、俺はバギーを転がり落ちるようにして降り、彼女の村のある方へと駆け出していた。
彼女が危ない。そう思ったのは論理ではなく直感に近かった。走りながら動作補助パルスの充電を開始する。腰元に手を当てると、そこにあるはずの光子銃がない。しまった。身体を洗いにいく前に着陸船に置いてきたのだ。
「くそっ……間に合えよ……!」
村と思われる拓けた場所が木々の隙間から見えてくる。と同時にヘルメットを通しても耳障りな咆哮が聞こえてきた。生命体を示すレーダーに一際大きな反応がある。
木々を抜けた所に、木造の民家が散見される場所に出た。ティアの村だ。
グオォォォッッッ!!!!
すぐ近くから再び咆哮が聞こえた。俺は動作補助パルスを作動させ、民家の影から飛びだす。
そこに居たのは巨大な竜だった。大きな翼、黒い鱗に覆われた体表。そしてその奥に覗く凶暴な瞳。一目で先日着陸船を襲った竜の生き残りだと分かった。あの時倒し損ねた1体がこうして村を襲っているのだ。
辺りに視線を走らせる。既に何棟かの民家は竜によって押し潰され、至るところに火の手が上がっていた。
ティアとよく似た犬耳と尻尾のついた村の住人らしき人々は、倒壊した民家の下敷きになった人の救助や、消火活動に追われていた。しかもその間も竜は村を襲いつづけている。竜に対抗できる戦力は極々僅かのようだった。
レーダーを組み合わせてティアの姿を探す。……いた。建物の下敷きになった子供を助け出そうと、必死に瓦礫に木の棒を差し込んでいる。
俺もティアを手伝おうと、足を踏み出そうとした瞬間、三度耳をつんざくような竜の咆哮が響いた。
グルルルァッッッ!!!
見ると、家を押しつぶした竜が、次の獲物を見つけたとばかりにティアの方へと頭を向けた。ズシン、ズシンと地響きを立てながら彼女の方へ向かう竜。
そんな怪物を前にして、剣を持った男が1人立ちはだかるが、瞬く間に竜の放つ青白い炎によって身体を焼かれ、尻尾ではねとばされる。
はね飛ばされた村人が俺のすぐ近く、民家の壁にぶつかった。目を覆いたくなるようなほど全身が焼け焦げ、所々は炭化していた。バイタルレーダーを見なくても死んでいると分かる。
ただ、彼の持っていた剣は無事だった。焼けたことによる硬直か、彼が死ぬまで剣士だった証明なのかは分からないが、銀に輝く剣がそこにはあった。
どくん、と俺の心臓が脈打つのが分かった。嘘だろ……丸腰の俺が……こんな古典的な武器で……?理性では分かっている。いくらスーツを着ていたって、あの竜に焼かれれば死は免れない。それにこんな剣1本で勝てる保証もどこにもない。
だが、沸騰した俺の頭と身体が全く言うことを聞こうとしなかった。ふらふらとかつて村人だった死体に歩み寄り、剣を取る。ヘルメットの回避予測プログラムを作動させ、動作補助パルスをオンにする。……ふぅ。
「この原始爬虫類がぁぁっ!!」
次の瞬間、俺は竜に向かって飛びかかっていた。動作補助パルスによって最大限に加速した剣が竜の皮膚を一閃するが、全くと言っていいほど刃が通らない。
「さ、サガラ様っ!?」
「ティアっ!!早く逃げろよバカ野郎っ!!」
竜とティアの間に割って入り、竜に向かって剣を構えながらも彼女に向かって叫ぶ。
「で、でもこの子が……!」
ティアが言い終わらないうちに回避予測プログラムが警告を鳴らす。竜のブレスがくる。そう感じた俺は飛び上がり、竜の尖った口先を剣の腹で横薙に殴りつけた。
ブフォォッ!!
と間抜けな音を立てて、竜のブレスが横へと逸れた。既に倒壊した建物の頭上を炎が通り過ぎる。
竜としても予想だにしない衝撃だったらしい。平衡感覚を失ったようにフラフラと身体を揺らし、フラついている。
ティアを逃がすなら今しかない。
「俺が屋根を引き上げるから、お前は子供を助け出して逃げろ!分かったな!」
「は、はいっ!」
ティアの元に駆け寄り、屋根に両手を掛けてありったけの力を込める。
「ぐぉぉぉ…っ!!」
想像以上の重さに、補助パルスのかかった肉体が悲鳴をあげる。ヘルメットには筋繊維損傷アラートが鳴り響いている。そんなこと自分で一番分かってるに決まってるだろ!なんでもアラートにしやがって!!
機械への怒りも込めて、力を加えると少しだが屋根が持ち上がり、子供を引っ張り出せるくらいのスペースが出来上がった。
「ティアぁっ!今だ!」
俺の叫びより早くティアが子供を引き抜き、抱き抱える。子供は気絶しているようだが、息はあるようだ。生体レーダーが反応している。
「早くその子を連れて逃げろ!」
「で、でも……サガラ様っ!」
首を振って俺も逃げろと言おうとするティアを手で制する。竜の動きが正常に戻ってきている。もう時間がない。
「……大丈夫。貸しを返してもらうまで俺は死なない。だから……ティアも死ぬな!」
「っ……!っ……!」
そう叫ぶとティアはやっと納得したらしい。ボロボロと泣きながら何度も頷くと、少女を抱き抱えたまま、すごい速さで走っていった。
カッコつけて叫びすぎた気もする。これでヘルメットに声帯損傷アラートなんてものが鳴り響いていなかったら、もう少しカッコがついたのかもしれない。
改めて竜に正面から対峙する。先ほどの一撃で完全に俺をロックオンしたらしい。血走った目で俺を睨みつけている。
回避プログラムからブレスの予測が入った。剣を持ったまま、地面を跳ねるようにして転がる。先ほどまで立っていた場所に高温の炎が吹き付けられる。危なかった。
その後、尻尾による横なぎを避けながら、対抗策を考える。剣は鱗に通らない。それにブレスと剣ではリーチが違いすぎる。
ヘルメットのすぐ上を大木のような尻尾が通り過ぎた。一歩でも間違えればそこに待っているのは死だ。集中しろ……考えろ……!
ふと、俺は先ほど唯一入った有効打を思い出した。確か竜の口元への打撃だった。その後アイツはしばらく行動不能になるほどダメージを負っていた。竜とは言え、特徴からして爬虫類の仲間である。口内にまで硬い鱗に覆われていることはないはずだ。ということは……口内は熱には強いが打撃には弱い可能性がある。
ブレス予測で、再び地面を転がりながら考える。竜が口を開ける瞬間、つまりブレスの直前を狙わなければならない。幸い回数を繰り返すことで回避予測プログラムの処理速度が向上してきている。とは言え予測が出てから実際のブレスまで2秒ほどしかないだろう。
だが、その2秒にかけるしかない。俺は意識を尖らせ、剣を構えたまま回避プログラムの予測を待った。竜のブレスにもインターバルが必要なのか今度は中々打ってこない。
しかし、とうとうその瞬間がやってきた。竜が口内に酸素を取り込む為、鼻の穴をしめ、口いっぱいに空気を取り込み始める。
パルスによって動作の向上した俺は再び竜の口元へと飛びついた。ブレスを吐こうと口を開けた竜より早く剣を牙の見える口に突っ込む。そして力任せに突き上げた。
ギュアアアアアアッッッ!!!???
突然の鋭い痛みに驚いた竜が身体を大きく揺らす。思わず掴まっていた手が解け、俺は地面に叩き付けられた。剣も竜の口内に突き刺したままだ。
「クソッ……痛ってぇ」
再びよろよろと立ち上がり、竜の方を睨む。竜はがっくりと項垂れたまま、動かなかった。先ほど突き刺した剣は竜の眉間の間からチラッと剣先が見えている。先ほど刺した時はそこまで深く刺さっていないはずだから、竜が痛みで暴れた際に誤って更に深く刺さってしまったらしい。何はともあれ、村人の剣は竜の脳を貫いているのだ。
竜に勝った。そう実感した途端全身の力が抜けた。立っていられず、仰向けに地面に倒れ込む。煙のもうもうと立ち込める空気の向こう側には、夕焼けによって赤くなった空が見えた。
もうすぐ日没だ。はやく帰らないと……。ティアは助かったのか……?これでもし、一酸化炭素中毒にでもなっていれば救いが無さすぎる。色々考えなければならないことがあるのに、頭が働かない。駄目だ……落ちる……。
赤く染まった空を見上げながら、俺は半ば強制的に意識を手放した。