1話 宇宙開発と墜落
22XX年。人類は再び危機に陥っていた。
21世紀前半に起こった人口爆発は止まることなく、地球人口は一時100億人を大きく超えていた。食料生産、エネルギー資源のキャパシティはとうに超え、人類に残された未来は文字通り「破滅」であった。
そこで目をつけられたのは火星である。滅亡の危機という共通の敵の前に、人類の結束は固かった。火星のテラフォーミング(地球化)により、居住が可能であることが分かると無人探査機、有人探査船、移民宇宙船が矢継ぎ早に送り込まれた。安全性など二の次であった。地球に残っていればどの道未来は無い上、もし計画が失敗したとしてもある程度の「口減らし」にはなるからである。
そんな人々の思惑は幸運にも外れ、火星は22世紀のうちに人類が暮らしていくことが可能な環境に変わった。幸い人口抑制政策が急ピッチで行われた地球でも人口増加は止まり、火星テラフォーミングの為に向上した科学力だけが人類の遺産として残った。
とここまでが俺、サガラ・シンヤが高校で習った内容だ。ちなみに俺も火星出身の人類である。確かに火星で暮らすことになんの不自由もなかったし、地球と行われる定期通信のときに見た地球の様子とそこまで大きな違いは見られなかった(多少地球人類の方が背が小さい印象を受けたが)。
だが、皮肉なことに人類自体の自制心というのはそこまで向上しなかったらしい。
22XX年。火星人類は再び存続の危機に直面していた。今度の原因は資源争奪戦争による土地の荒廃。原子融合による最新型のミサイルが火星の大部分を焼き尽くし、俺達人類は2世紀と経たないうちに惑星1つを壊しきってしまった。
戦争によって大幅に数を減らした人類だったが、それでも火星に残された居住可能地域に比べればその数は多すぎた。
ただちに量子コンピュータ(戦時開発によって急速に発展が進んだ)によって人類存続の為の計画案が弾き出され、火星人類はそれに従うほかなかった。
コンピュータによって示された人類存続の道、それは新たな惑星移住計画であった。
しかも今度は時空間ワープを利用した超遠距離にある複数の星への移住。太陽系外望遠衛星によると、火星から36光年ほど先の恒星に地球とよく似た環境の星が複数あるらしい。スペクトル観測によると生存に必要ないくつかの元素の存在も確認できた、と。
ただ、その移住計画はあまりにも無謀だった。まず星についての情報がそれ以上は分からない。観測衛星の精度では36光年先の惑星内部を覗くなど出来るわけがなかった。
さらに、時空間ワープ理論もつい最近になって提唱された説であってまだまだ実証実験の途中なのだ。数年前に読んだ科学誌では、原始生物の時空間ワープに失敗したと書かれてあった気がする。
当然、火星人類からは猛反対が起こった。地球に帰ろうとする意見もあったが、どうやら地球でも紛争が頻発して荒廃が始まっているらしい。
誰もが悲観にくれる中、有人探査ロケットの人員募集が始まった。火星重力は地球のそれと比べかなり弱いので、打ち上げには有利らしい。その為、1人乗りの小型ロケットを複数回打ち上げる計画だそうだ。それも大型ロケットの打ち上げが失敗したときに起こるだろう反対運動を踏まえてのリスクマネジメントだとか。本当に最近のコンピュータは頭が良いようだ。
さて、ここからは俺の話になるが、俺は探査ロケットの搭乗員として名乗りを挙げた。搭乗員要件にある「エンジニアの資格」は持っているし、戦争で親兄弟も亡くしている。
さらに言えば量子コンピュータの発明によって仕事も取られてしまった。1人で宇宙をさまようのにはうってつけの人間だろう。
俺の名前が探査員名簿に載っているのを見た周囲からは驚かれたり、止められたりしたが、俺は自分の意思を変えるつもりはなかった。要は火星に残るメリットがないのだから。
数ヶ月の訓練のあと、いよいよ火星に別れを告げる日がやって来た。
生命維持装置、居住環境調整装置、それといくつかの物々しい機械と共に俺はロケットに乗り込んだ。1人乗りのロケットと聞いた割には思ったより立派な造りだった。どうやら単なる「口減らし」目的で宇宙に飛ばされる訳では無いらしい。
整備士から渡されたヘルメットを被ると、中には音楽療法に使われるようなメロディが響いていた。打ち上げ直前になって恐慌状態になる人の為の配慮らしい。これなら昔、祖母が呟いていた「ネンブツ」なる鎮魂歌を聞かされた方がまだマシだ。
俺はヘルメットから伸びるイヤホンを引っこ抜き、打ち上げに備えた。
『人類の未来を切り拓いてくれ』
ヘルメットを通じて管制から若い声が届く。
『あぁ、勿論。だから君も早くロケットに乗って追っかけてこい』
俺はそれだけ呟くと、通信をOFFにした。やがて、液体燃料と原子融合タンクの装置が作動したというボタンが光る。この後俺は、時空間ワープが完了するまで、低温での仮死状態に入ることになる。つぎ目覚めるかどうかは……運次第だ。
「……いざ、無限の宇宙へ」
身体全体にGを感じながら俺は1人ぽつりと呟いた。……宇宙が有限であることは大分前に証明されているのだけど。
* * *
次に目を覚ますと、窓から青い惑星が見えた。壁際の機器に目をやると、『異常なし』を示す青いランプが灯っていた。
……どうやら時空間ワープには成功したらしい。
ということは目の前に見える星が移住先か?青く光る綺麗な星だった。所々雲で覆われていて見えないが、確かに陸地もありそうだ。
ロケットは既に惑星の周回軌道に入っているらしい。予定ではこれより2週間仮死状態から脱した俺の身体の回復も待って着陸に移ることになっている。ビーという電子音の後にカプセルの中に入る俺の身体に弱い電気が流れた。思わず呻き声が出る。というか声を出すのも辛い。そうとう筋肉が衰えているらしい。
でも|微弱電流による筋肉活性法嫌いなんだよなぁ……。
* * *
さて、2週間みっちり電流を流された俺はロケットの中を自由に移動できるほどまでには回復していた。その間にもロケット内部の機械類は目の前の惑星のデータが次々と収集していた。大気主成分は窒素と酸素、水は気体、液体、それに固体で存在。重力加速度は2.80m/s²。要は火星よりも人類にとって適した環境だということだ。星のできた時期にもよるが知的生命の発達も考えられる。
「よし、着陸するか」
船内をふよふよと漂うヘルメットを被り、俺は操縦席へと座った。まさか再びここに座るときがくるとは。
エンジンの大部分と探査機の一部を切り離し、着陸に備える。勿論、宇宙に残しておく分にもちゃんと仕事はしてもらう。観測用の人工衛星として。
イオンリアクターエンジンが作動し、ゆっくりと着陸船が惑星へと船首を向ける。徐々に近づいてくる窓の外の惑星を見ながら、これからの生活について思案していた。
大気圏突入による船体表面の温度上昇以外は大したアラームも鳴らずに、無事パラシュート降下にまで成功している。
ゆらゆらと風を受けて着陸船が揺れるが、着陸までの辛抱だ。眼下には広大な森と、大規模な河川が広がっている。着陸地点はこの森の外れになるらしい。取り込んだ空気を膨張させて噴出しながら着陸船を誘導していく。
地上まであと8キロ、無事着陸出来そうだな……。
そう思ったのもつかの間、船体に軽い衝撃があった。気のせいかと思ったがその後も、2回、3回と続けて何かがぶつかるような衝撃がある。
「なんだ……?」
外部監視カメラをonにした瞬間、けたたましいアラームが船内に鳴り響いた。
「パラシュート損傷!?なんでだ!?」
慌ててカメラに目をやると、そこには目を疑うような光景があった。
まず目に飛び込んできたのは黒い大きな翼。鱗で覆われた長い尻尾がカメラの前を通り過ぎる。硬そうな鱗の中に見えた爬虫類的な瞳にははっきりと敵意が表れていた。
白いパラシュートに噛みつき、次々と穴を開けていたのは────ドラゴンだった。
3頭ほどの巨大なドラゴンが宇宙船に牙を立て、青白い炎を吐いていた。なかなか高温だなと一瞬感心したがそれどころではない。先程から鳴り響いているパラシュート損傷の警報の他に表面温度上昇のアラートも鳴りはじめた。うるさくて仕方がない。
手動で警報を切り、防御装置を起動させる。確か電磁式の機関砲が内蔵されているはずだ。
『タタタタタタ』
カメラからは銃声が鳴り、1匹のドラゴンが翼を撃ち抜かれて落ちていく様子が見えた。続け様にもう1匹の身体に機関砲の穴が開くが、そこからが良くなかった。瀕死の状態でドラゴンが掴んだのは寄りにもよって破れかけのパラシュートだったのだ。鋭い爪によってビリビリに引き裂かれたパラシュートの残骸がドラゴンと共に落ちていく。それによって空気抵抗が著しく減少した着陸船も落ちる速度が上がっていく。
残りのドラゴンは瞬く間に死んだ仲間を見て、逃亡を図ったらしい。カメラから姿が見えなくなる。
だが今はそれどころではない。今度は落下速度の異常を知らせるアラートが鳴り始めた。ああっ!くそっ!逆推力エンジン点火!姿勢制御エンジン始動!……!……!
必死の操作も虚しく、着陸船は当初の予定地点から大分離れた場所に落ちてしまった。だが、生きていることを喜ぶべきだ。幸い機器もぶじだし。
どうやら城?か何かが昔あった場所のすぐ側に墜落したらしい。高校の人類史の教科書に載っているような石造りの城だった。だが、既に人は住んでいないらしくボロボロになっていた。……いや墜落のせいもある気はするが。
何はともあれ降りてみよう。外気測定が終わるのを待って、俺は探査用ヘルメットと重力服に着替えた。腰には自衛用の光子銃を取り付ける。
カシュッ、と二重扉が開くと、強い風が船内に入ってきた。爽やかかどうかはヘルメットを着けているので分からないが、船内に木の葉が舞い込んでくる。
「よっと……」
地面に降り立ってみる。柔らかくて、黒い土だ。火星の土は大体赤褐色に近い色だったから新鮮に見える。
それより周辺に生命体がいることを示すレーダーからの信号が止まらないんだが……これ、微生物にまで反応してるだろ。設定を弄って、大型知的生命体までの生物には反応しないようにする。これで遭遇が随分楽になるはずだ。
と思った矢先、レーダーに反応があった。ピコンと赤い点が城の内部辺りで点灯している。
点灯しているということは生命活動をしているということだ。先程のドラゴンのように攻撃的な種族かもしれない。
俺は腰の光子銃に手をやりながら、慎重に城の中へと足を踏み入れた。