序章1 「春の陽気と暗黒と」
「結局のところ」
ため息まじりに私は呟く。
うららかに花香るこの春の陽気が悪いのか、
それとも平穏という名の温やかな退屈が悪いのか……。
「いや、頭が悪いのかな」
拳を振り上げ熱弁しているだらしないジャージ姿の主君の姿を見ながら二度目のため息をついた。
ため息をつけば幸せが逃げていく、などと巷でよく耳にはするがそんなことは知ったことか。
「おい……っ!おい!聞いているのかウェルダ!」
「聞いてません」
即答すると、え?なにこの人信じられない!?といった顔をする我が主様。
かくして私は本日三度目の、それはそれは長く深いため息をついたのだった。
____話を少し戻そう
侍従黒文官である私ことウェルダ・リーフリートは第十四代暗黒皇帝陛下であらせられるアルシャナ様に呼び出され皇帝の間へと向かっていた。
(ちなみにこの国の役職には「黒」やら「死」やら「滅」などの少し物騒な言葉がつく場合が多いが、伝統的なアレなので特にこれといって意味はない)
カツン カツン カツン
500年の歴史を誇る王城デストロイアに響く靴の音。
かつての大戦で勇猛に戦い散っていった英雄たちは一体どのような夢を馳せこの廊下を歩いていたのだろうか……などと思いを巡らせる。
とはいえそのころの城は老朽化が激しいために取り壊され何度か移転建立されているわけだが、大事なのはそういう雰囲気であって細かいことはどうでもいいのだ、うんうん。
第一代目皇帝……つまり建国皇アザトス陛下は女性であった。
ゆえに代々この国の皇帝は女が即位する慣わしであり、現皇帝もその例にもれずうら若き乙女である…………まぁ一応、パッと見は。
もっとも長い歴史の中には身体は男、心は乙女などといういわゆるオカマ的な帝もいたらしいが(断じて男の娘などという可愛らしいものではない)いわゆる黒歴史的なものなので割愛しよう。
いかにこの国が「暗黒帝国」の名を戴き妖魔を統べる闇の国家であろうとも、その手の黒歴史は思春期の少年のベッドの下のように、触れてはならないデリケートな部分なのである である。
窓から差し込む春の陽気……と呼ぶには少し過ぎた日の光
「あつい……」
束ねた髪をすこし持ち上げ、汗ばんだ首筋を持っていた書類で扇いだ。
あまり露出の多い服は好きではないが、そろそろもう少し薄着にしてもいいかな?などと考える。 侍従黒官には武官と文官があり、私が所属する黒文官の仕事は主に公務の手伝いや身の回りの世話などだ。
一応侍従官としての正式な制服もあるが、平時は帝国の紋章さえつけていればどんな服装でも問題は無いことになっている。
とはいえやはり公務に携わるものとして最低限ビシッ!とした身なりを心がけるのは当然であろう。
などととりとめのない事を考えているといつの間にか長い廊下をぬけ皇帝の間の扉の前についていた。
暗黒帝国という名にふさわしい重厚で畏怖を覚えるような装飾。
私は少し服装を整えると一つ咳払いをし、その黒い鉄の扉に手を伸ばしたのだった__