デート
二月某日、日曜日。 快晴。
H駅に着いた大地はバスターミナル方面の出入り口である人物を待っていた。
現在、午後一二時五〇分。 待ち合わせの時間まであと一〇分。
目の前を通り過ぎて行く人々を眺めていた時、不意に後方から声を掛けられた。
「ごめんね、待った?」
可愛い服を着こんだ陽子。
大地は首を横に振って「今着いたところだから」と小さく笑った。
そう、今日は交際を始めた最初のデートである。
「じゃ、行こうか」と言って大地は左手を差し出した。
対して陽子は少し頬を朱に染め、若干戸惑い、辺りを確認した後、照れながら大地の手をそっと握り返した。
こうして、二人のデートが始まったのだった。
「嬉しいな……」
商店街を歩いている中、不意に陽子がそんな事を口にした。
「何がだ?」と大地が聴くと、彼女は嬉しそうに少し頬を赤く染めながら「ずっと好きだった人とこうして本当に結ばれるなんて、正直思わなかった」と言った。
陽子のその言葉に大地はどこか時間を待たせた感覚を覚え、申し訳なさそうに「俺もだ」と微笑んだ。
そんな大地の様子に気付いていない彼女は握っている手の力を少し強めた。
それに応える様に大地も力を強める。
その時だった。
「よう、兄ちゃんたち。 暑いね」と棒読みで現れるは黒のサングラスをかけ、黒のスーツを身に付けているクラスメイトのジャスティス・正義と菅原葵だった。
「何やってんだ? お前ら……」と顔を引き攣らせる大地。
陽子は「大地くん。 誰、この人たち……?」と不安を覚えながら彼の後ろに回った。
どうやら彼女には二人の正体に気づいてないらしい。
「その可愛いチャンネーを渡しな!」と棒読みで菅原が大地に襲い掛かる。
しかし、彼の攻撃はわざとらしい程に鈍足で、対する大地はそれを難なくかわして反撃するフリをした。
「グワァッ!? やられた!」と棒読みで見事に吹っ飛ぶフリをする菅原にジャスティスは「お、覚えてろよ!」と棒読みで捨て台詞を吐いて気絶しているフリをしている彼を回収して大地たちの前から立ち去って行った。
とんだ茶番劇だよ……、と大地は苦い笑みを浮かべながらも「大丈夫か?」と陽子に声を掛けるが彼女は未だに震えていた。
「もう大丈夫だから」と陽子の頭を優しく撫でると彼女は落ち着いたのか、「本当? じゃあ、次行こうか」と彼女は大地の腕に自分の腕を絡めた。
それから暫く歩いて、公園で休んでいる時、陽子が何かを見つけたのか、それに指差し口を開いた。
「ねぇ、あそこでくじ引きやってるらしいよ!」
彼女が指さした場所には白いテントが張っており、その中には木製のガラポンが設置してあり、黒のサングラスをかけた月華と珍しく特撮に出てくる悪役の仮面を被ったレベッカがピンク色した法被を身に付けて立っていた。
何やってんだ、あの二人は……、と呆れる大地。
「やってみようよ!」と陽子が目を輝かせながら大地の手を取りそこに向かった。
「HEY! ラッシャイ!」と二人を迎えるレベッカ。
「二人とも、冬なのに熱いね! 爆発しろ」とどさくさに紛れて文句を言う月華。
「おい、どさくさに紛れて暴言吐くな」と大地がツッコむ。
「くじ引き一回お願いします!」と陽子が言うと、レベッカが「OK! 一回だけカップルにはタダね!」と親指を立てた。
すると陽子は「わぁ! ありがとう!」と微笑んでガラポンを回した。
中から出て来るは金色の球だった。
「大当たり! 運が強いね、お二人さん! 爆発しろ」と当たりの鐘を鳴らしながらどさくさに紛れて本音を吐きつける月華。
「だからどさくさに紛れて暴言吐くな」と大地がツッコむ。
それを敢えて気にしない様子でレベッカが「はい! これ、一等の景品ね!」と言って二枚の紙切れを渡してきた。
その紙切れは現在大地がいる場所からそう遠くない高級レストランのフルコースがタダになるペアチケットだった。
「やったね! 大地くん!」と喜ぶ陽子に対してどこか仕組まれている感覚を覚える大地。
こんな芸当が出来るのが思い当たるのは一人だけ。
そうか……、解ったよ。
何かを悟った大地は僅かに口元を緩め、「一九時くらいから行こうか」と言うと、陽子は「うん!」と首を縦に振った。
そして迎えた午後一九時。
高級レストランに足を踏み入れた二人を見知った面子が出迎えてくれた。
「やはりお前らか」と苦い笑みを浮かべる大地に「え~、何の事ですかぁ~? 私たちはここで働いているただの従業員ですよ~?」と突っかかってしらを切るはカボチャ頭のジャック・オ・ランタン。
「お客様に失礼だぞ」と注意して彼の襟首を掴んで奥へと連れて行くは菅原葵。
「いらっしゃい! お二人さん!」と高級レストランの従業員にしてはガサツに立ち振る舞うはガルム。
「ったく! 何で私がこんな格好を……」と来ている服装に文句をつけるはジェシカ。
「お客様。 お待ちしておりました。 どうぞこちらへ」と生徒会長へと就任した海斗が二人を真摯に席へと先導した。
二人が席に着くと、目前にリアがやってきた。
「ようこそおいで下さいました。 私がこのレストランの支配人を務めております。 本日はお二人様に最高のおもてなしをさせて頂きます故どうかごゆるりと夕食を満喫して下さいませ」
丁寧な挨拶に一礼をしてリアはレストランの奥へと去って行った。
こうして二人の晩餐が始まった。
初めての高級レストランの食事に、大地と陽子は緊張した面持ちでうろ覚えのマナーを思い出しながら食事を進めていった。
「お、美味しかったね?」と未だに戸惑いながら食事を終える陽子に対し、大地もどこかぎこちない様子で同意した。
すると、夜空に花火が上がる。
陽子は目を輝かせながらその花火に目を向けた。
楽しそうな彼女の横顔を見て、大地は何かを決意したのか、「あのさ……」と喋り始めた。
「俺、皆に伝えたい事があるんだ……」
大地の言葉に、その場にいた全員が彼に耳を傾ける。
「俺さ、空に会うまでは一人だったんだ。 最初は五月蠅い奴だなとか思っていたけど、一緒にいる度に嫌いじゃなくなっていったんだ。 コイツ、本気で俺の事を考えてくれているんだなって解ったから。 中学卒業して、アイツと離れ離れになる筈だったんだ。 そしたらさ、アイツ俺と同じ学校の制服着てるのよ! もうビックリでさ!」
でもな、と大地は懐かしむ様に言葉を続ける。
「安心したんだ。 またコイツと学校生活が送れるってさ。 そして皆と出会ってさ、気が付いたら、友達がたくさん出来てた。 そしたらさ、俺……、卒業するのが怖くなったのさ!」
大地は目に涙を溜めながら自分を嘲うかの様に話を続ける。
「でも、それじゃダメなんだよな。 だからさ……、皆、こんな俺だが卒業して離れ離れになっても宜しく頼む」
言いたい事を全て伝えきったのか、大地は大粒の涙を流した。
「当たり前の事を言うんじゃねぇ!」と怒鳴り声が耳に入る。
声がした方へと目を向けるとそこには涙を流している空がいた。
皆、彼に感化されたのか、大地に次々と言葉を放つ。
「何を言い出すかと思えば……、相変わらず可愛いヤツめ」と微笑する月華。
「僕たちはずっと友達だよ!」と親指を立てるジャスティス。
「お前がいたから、今の俺たちがいる」と相変わらず痛いオーラを発する菅原。
「寧ろ僕たちこそ宜しく頼みたいね」とジャックはやれやれと言った感じで両手を上げる。
「離れ離れになっても、拙者はいつまでも大地殿の下臣でゴザル」と堅苦しく頭を下げる一騎。
「たまには連絡してね!」とヒーロー仮面越しに言うレベッカ。
「また遊びに来るからな!」とガルムは無邪気な顔を浮かべた。
「ガルムだけじゃ心配だから、私も来るね」とウィンクするジェシカ。
「隙あらば、お主の心を鷲掴みにするからな? 覚悟しておけ」と不敵な笑みを浮かべるリア。
「僕たちはこれからもずっと友達です」と微笑む海斗。
「これらかも宜しくね?」と陽子は大地の手を優しく掴んでそう言った。
「お前ら……」
大地は大きく目を見開いた。
嗚呼、そうか……。 そういうことだったんだな……。
自分が求めた答えを掴む事が出来た大地は、涙を拭って口を開いた。
「最高だバカ野郎……!」




