仕組まれたゲーム
七月某日。 午後一三時三〇分。
真夏の太陽は容赦なく外に出ている人々に強力な紫外線を浴びせる。
通行人は身体中に湧き出る汗をタオルなどで拭いながら目的地に向かう者が殆どであった。
大地もその内の一つであった。
隣には親友空が肩を並べて歩いているが、彼は汗一つ流さないどころか寧ろ涼しそうな表情を浮かべていた。
鍛え方が違うとでも言いたいのか? と大地は空の身体の造りに甚だ疑問を感じながらもやっとこさの思いで約束していた場所のゲームセンターに辿り着いた。
「あ、大地くん、空くん!」
ゲームセンターの前で待っていた陽子はまるで飼い主を待っていた子犬の様な表情を浮かべながら他の仲間と共に駆け寄って来た。
「遅いぞ二人とも」と月華が言うと「いや、約束の時間には間に合っているよね!?」と大地がそれを否定した。
その反応に満足がいったのか「冗談だ」と月華は無邪気な子供の様に笑って見せた。
月華もそんな顔をするのだな、と大地は関心を覚えた。
「ここは暑いから早速中に入ろう」と促すは最弱の正義の味方、ジャスティス・正義。
皆彼に同意し、ゲームセンターへと足を踏み入れた。
「どのゲームをするんだ?」
メンバーの中で一際痛いオーラを発しているヴィジュアル系男子の菅原葵の言葉に空は「あれやろうぜ!」と一つのゲーム機を指差した。
彼の指したゲーム機は所謂格闘ゲーム。 対戦相手と対面する様な造りになっており、一人でプレイしている時、反対側の人間がコインを入れると対戦に入る仕組みになっている。
三セットマッチで先に二セット先取した者が勝者となる。
それを見た特撮ヒーローの仮面を被っている少女、レベッカ・ブラウニーが「ワオッ! ファインティングゲームね! ミー凄く得意なの!」と一人嬉しそうにはしゃぐ。
「空殿。 また以前の様に賭け事をするでゴザルか?」
自称侍兼大地の下臣の宮本一騎の問いに空は「オフコース(もちろん)!」と親指を立てた。
「ん? 以前の様に……、だと?」
一騎の言葉に反応する月華。
すると獣の臭いが漂うガルムが「ん? なんだ知らねぇのか? 俺たち去年の夏休みこうして遊んでたぜ?」と発言した。
刹那、女性陣が一斉に空を囲みこむ。
「あれ~? そうだったの空くん? 知らなかったなぁ……」と言いながら陽子は空の肩を掴んでその華奢な身体つきには見合わない強い力を加える。
「痛たっ!? よ、陽子さん!? 痛い! 痛いよ!?」と空は苦痛の表情を浮かべる。
「連れないじゃないか、空? 私たちも誘って良いものを」と月華は空のもう片方の肩を掴んで力を加える。
そして更に苦痛の顔を浮かべる空。
「逆ハー○ブレイ○シ○ット!」と言って空の背中を目掛けて殴打するレベッカに対して「それもうただの暴力だから!」と空が悲痛の声を上げる。
「私がどれだけ寂しい夏休みを過ごしたか……、思い知るが良いわ……!」と雪姫は冷たい瞳で空の腹部を捉え、人指し指と中指を立てて力強く突く。
その痛みに耐える様に腰を突かれていく方向に曲げる空は「それただの逆恨み……、って痛い!? ナニコレ、地味に痛いんだけど!?」と悶え苦しむ空。
「私の飼い犬を誑かそうなんて百年早いのよ!」と魔女のコスプレをしているジェシカは胸ポケットに忍ばせていた杖を取り出して空の腹部を突いた。
たいして空は「全くもって意味が解らない!」と言って悲鳴を上げた。
女子から制裁を受けている彼を見て大地は「ざまぁみろ」と心の中で嘲笑したのだった。
それから、女子たちによる空への正義の鉄槌が終わると大地は「さて、どういう風に対戦するんだ?」と問う。
すると先程までボロボロだった空は何事も無かったかの様に綺麗に元通りの状態になって説明を始めた。
「ルールは簡単。 トーナメント式で対戦に敗けた人間が上に上がっていくシステムだ」
「見事、全部敗けた人間はどうなるんだ?」
解り切っていることだが、大地は念の為に空に聴いてみた。
その言葉に空はフッ! と鼻で笑い「勿論、皆に飲み物を奢ってもらう!」とドーン! 胸を張った。
「ほう、面白そうじゃないか」と月華は微笑を浮かべる。
「負けないよ!」とレベッカも乗り気であった。
「うぅ、大丈夫かなぁ? 私……」と一人だけ不安な気持ちに襲われる陽子。
「良し! それじゃ! 始めるか!」と空の言葉と共に格闘ゲームの大会が開かれた。
しかし、この時大地は知らなかった。 この大会が空によって仕組まれていた闇のゲームだと言う事に……。
トーナメントは空が強いと言う男子たちの意見により、彼はシードの枠に入った。
まあ、それでも空は難を逃れることは出来るのだろうが、問題はそこではない。
「宜しくな」
大地の目前の席に座るは美しい女子生徒ナンバーワンの月華だった。
相手が女子、そしてその実力は未知数。 仮にここで大地が勝ってしまえば男としてどうなのかと(主に空に)責められる可能性は高い。
プライドか、負けを選ぶのか。 まさに彼にとっては苦渋の選択であった。
そんな大地の心情を察したのか、月華は口を開いた。
「大地よ。 どんな理由であれ、ここに立った以上はお互い敵同士だ。 もし私が女だと言う理由で敗けてみろ? その時は私が渾身の右ストレートをお見舞いしてやるぞ」
その言葉はどこか一人の選手としての重みを感じた。
それにより、大地はハッ! と何かに気付く様に我に返った。
そうだ。 これはお互いのプライドを賭けた戦いだ。 もしここで俺がわざと負ければそれこそ月華と言う一人の選手に対して失礼だ。 ありがとう、月華。 ありがとう、友よ! お前は最高の友達の一人だ。
「行くぞ! 月華!」
「応っ!」
二人は互いにコインをゲーム機の中に入れ、試合を開始した。
試合を制したのは月華だった。
実力は互角。 試合後半、大地が誤って操作をミスしたことが勝敗を決した。
「いや、良い勝負だった。 またやろう」
月華はそう言って席から立ち上がり、大地に握手を求めた。
彼は「勿論、次は敗けない」と言って握手を交わした。
それから大地はレベッカと当たったが、彼女はアメリカ仕込みのプレイスタイルで大地を圧倒して勝利を勝ち取った。
それほどの実力をもってして何故先程の試合を敗けたのかを問うと、彼女曰く、単純に大地と遊びたかったらしい。
なるほど、と納得した大地の次の対戦相手は、神の悪戯なのか、大地の意中の人、北村陽子だった。
彼女は「宜しくね! 大地くん!」と言っているが、その瞳には若干涙が滲み出ていた。
大地は空を見るが、彼は悪人顔負けの悪い笑みを浮かべていた。
そして大地は気づく。 何故、皆でトーナメントを決めなかったのか。 いや、決めたとしても陽子がここまで上がって来ることは目に見えている。
良いぜ、俺が上がってやるよ! 空、どうせテメェが次の対戦相手だろ? その計画、見事ぶっ壊してみせるぜ!
陽子との試合、大地は勿論敗北した。
そして、予想通り、空と対戦する事になった。
その時、大地は気づいてしまった。 陽子の対戦を空に押し付ければ良かったのでは? と……。
今更後悔しても時既に遅し。 空との試合の事はどうか心中お察し願いたい。




