恐怖! バレンタインデー!
大地は噛り付く。 甘くて巨大な茶色の塊に。
我武者羅に。 我武者羅に……。
一方、彼がこうまで至った元凶である月華と陽子を含んだ女子生徒たちは「やり過ぎたかも」とどこか申し訳なさそうに大地がそれを必死に貪る姿を眺めていた。
そしてもう一人の被害者でもあり、容疑者となった空は悪人顔負けの悪い笑みを浮かべながら苦しむ親友の姿を見ていた。
何故この様な事になってしまったのかを遡ること約四時間前……。
今日は二月一四日、バレンタインデー。
全国の男子の大半が女子にチョコを貰う為に気合を入れるイベントである。
普通に女子にモテる大地は昨年と同様、大きなビニール袋を手に、家を出る。
それと同時に隣の家に住んでいる空も出てきた。
二人はいつもの様に顔を見合わせ、相槌を打つと同時に学校へと向かった。
玄関へと辿り着いた二人はいつもの調子で下駄箱を開ける。
しかし、そこにはいつもの様に沢山のチョコが雪崩落ちて来ることはなかった。
余りの予想外の出来事に驚愕の顔を浮かべる二人。
すると不意に後方から正義の味方が現れたかの様な笑い声が耳に入ってきた。
そちらの方へと振り向くと、そこには腰に両手を添えて、発達した胸を張っている月華を筆頭に、陽子とその他女子生徒たちがぞろりと並んでいた。
「二人もそんな顔をするもんだな?」
未だに状況が理解できていない二人。
そんな二人の心を読み取るかの様に月華は口を開いた。
「安心しろ。 お前らが求めているものはちゃんと全員で用意してある」
月華はそう言って指を鳴らす。
それと同時に彼女の後方から二人の女子生徒がバケツ三個分の巨大な茶色の塊を二人の前へと持ってくる。
「受け取れ」
月華は口を横に広げて言葉を続ける。
「私たちからのバレンタインチョコレートだ。 よく味わって食べ給えよ」
その膨大な大きさに思わず息を呑む空と大地。
ここから二人の壮絶な戦いが始まった。
あれから授業の休み時間に入っては食べ、入っては食べを繰り返す事約四時間。
二人はようやく女子生徒たちの好意の塊を十分の七程食べきった。
チョコレート故の甘さのせいか、二人の口の中はベタベタして頭が回らなくなっていた。
だがしかし、ここで残してしまえば確実に女子たちから冷たく見られてしまうのは目に見えている。
空と大地は思考する。 この状況を打破する方法を。
すると空がジャスティスを見て良い事を思いついたのか、口元を僅かに横に広げた。
「なあ、大地。 俺に考えがある」
「何だ?」
「ジャンケンしよう。 俺が勝ったらお前が残りを全て食べる。 お前が勝ったら残りを全て俺が食べる。 そして相子になった場合は」
空はジャスティスを指差して言葉を続ける。
「ジャスティスが食べる」
彼の余りの理不尽な発言にジャスティスは「えっ!? 僕が食べるのかい!?」と驚愕する。
「その案乗った!」
大地の承諾に焦るジャスティス。
しかし、そんな彼の事など知ったことかと言わんばかりに二人は自分たちが助かる為のジャンケンを始めた。
「良いか、大地? 俺はグーを出す」
つまりそれは俺もグーを出せと言う事だな? 解ったぜ空。 今回ばかりはお前は最高の相棒だぜ!
「最初はグー! ジャンケン」
ポンッ! と大地は思わず目を疑ってしまった。
大地はグーを出している。 しかし、空の手は開いていた。
大地は目を擦ってもう一度空の手を確認する。
しかし、彼の手は開いていた。
「友情なんて無ぇから!」
空は悪人顔負けの笑みを浮かべてそう言った。
そこから後の事はお察し願いたい。




