お願い!! 大地くん!!
昼休み、大地はいつもの面子で他愛のない会話を繰り広げていると不意に教室の扉が開かれ、一人の男子生徒が目の前にやってきた。
どこにでもいそうなごく普通の顔立ち、短く切り揃えられた黒髪、身長は一七〇センチ代か大地より少し背が低い。
「西野大地さんと東野院空さんはどなたですかね?」
平凡な見た目に反して丁寧な口調でそう言ってきた彼に名乗りを上げる大地と空。
すると彼は目にも留まらぬ速さで綺麗な土下座を決め込んだ。
「お願いです! 俺をカッコいい男にして下さい!」
彼の頼みに「断らぬ!」と空が某コンビ芸人ばりの表情で承諾した。
その様子に大地は「断らねぇのかよ!」と驚愕の顔を浮かべる。
「ありがとうございます! 俺、海藤蓮と言います」
「そうか! 蓮! 今週の日曜日は暇か?」
空の問いに「暇です!」と蓮は恥ずかしげも無く答えた。
「ならばその日、N駅に来い! 貴様にイケメンの極意を教えてやる!」
イケメンの極意。 そのようなものが存在するのなら是非ともご教授願いたいものだと感じた大地を含む男子生徒一同であった。
約束の日、昼前にN駅で空と大地は蓮を待っていた。
それから少し経った時、彼はやってきた。
「お疲れッス! 空さん! 大地さん!」
軽い感じでやってきた彼の服装をまじまじと見まわす空と大地。
二人の視線に「どうしたッスか?」と首を傾げる蓮に二人は「ダサい!」と一刀両断した。
突然のダメだしに蓮は「えぇっ!?」と驚きの声を上げる。
緑色のスタジアムジャンパーに黒のインナー、そしてカーキ色したズボン。
確かに、御世辞でも格好良いとは言えない格好である。
そんな彼の服装に見かねた空と大地は「よし、行くぞ」とホームの中へと足を運び、乗車券を購入する。
「行くって、どこへ?」
彼の問いに「Y塚のバタフライシティだ」と二人は声を揃えてそう言った。
それから、電車内で蓮に好きな服装や予算などを聴いて目的地へと辿り着いた空一行。
そこは青と黄色を基調としたファッションセンターであった。
「入るぞ」と先頭を切る空と大地に焦りながらついて行く蓮。
店内には色んなお洒落で高そうな服がズラリと並んでいた。
その様子に蓮は少したじろいだ。
そんな彼の心を読み取ったのか空はそこらに掛けてあるデニムジャケットを一着手に取り値札を見せる。
そこには九九八円(税込)と記されてあった。
「あれ? 安い!」
価格破壊な値段に驚きの声を上げる蓮。
「この店は某ファッションセンターと同じく他店で売れ残った品物を安く買い取り手直しして販売しているんだ」と大地が得意気に説明した。
その説明に「なるほど」と蓮は安堵する様に納得し、二人の指導の下、色んなコーナーを廻っては、色んな服を手に取り、試着して自分が買う服を選んでいった。
時刻は午後一七時を回った所。
Y塚からN駅へと帰って来た空一行はどこか満足気な表情を浮かべていた。
「今日はありがとうございました! これで俺も多少マシな男に」
「なれないな!」
空の一刀両断に「えぇっ!?」と蓮は両肩をビクつかせた。
「格好を良くしただけで女にちやほやされると思ったら大間違いだ!」
そう言って空は蓮に一冊の本を渡す。
『イケメンになる七つの心得』と言う題名だった。
「それを読んで実践しろ。 さすればお前が求める『格好良い』を手にすることが出来る」
空の迫力に思わず固唾を呑み込み本へと視線を向ける蓮。
「わっ! 解りました! この七つの心得、必ず習得してみせますよ!」
そう言って彼は二人に礼を言って目前から去って行った。
自宅へと辿り着いた蓮はすぐに自分の部屋へと戻り、今日購入した荷物をそこらに放って早速空に渡された本の中身に目を通す。
するとそこには、
一つ、男たる者、常に女性に優しくあれ。
一つ、男たる者、女性を守れる程の強靭な肉体と強大な戦闘力を持て。
一つ、男たる者、勉学に励め。
一つ、男たる者、常に面白い人間であれ。
一つ、男たる者、絶対に自ら他人を傷つけるなかれ。
一つ、男たる者、常に身だしなみに気を付けよ。
一つ、男たる者、一人での夜の営み三日に一回にすること。
と最後に余計な者が記されていたので勢いよく床に叩き付けた。
六つまでは理解できる。 しかし、最後の一つはイマイチよく解らなかった。
アホらしい。 最後の一つ以外を実行しよう。
その瞬間、突然酷い頭痛に襲われ床に転げ回る。
何だ? 俺の身体にいったい何が……?
蓮は今一度、空から貰った本を捲る。
『因みにこの心得全部を実行しないと死ぬよ』
最後のページの隅に小さくそう記されていた。
マジかよ……。
冷や汗が頬を伝う。
こうして、海藤蓮のイケメンになるための扉が開かれたのであった。




