闇の住人
それは五月の上旬の出来事であった。
桜の花弁はとうとう全て散り、緑の樹へと変貌を遂げた。
太陽の日差しも徐々に強くなり、少し激しく身体を動かせば汗が滴る程の暑さになっていた。
放課後。 珍しくも大地は一人で学校の裏にある丘の上で夕焼け色に染まる街を眺めていた。
空は面白いものを探しに一人どこかへ消え、月華と陽子に限っては二人で話したいことがあると言って去って行った。
久しぶりに一人になれたので、それを満喫する為にこの丘へとやってきた大地。
しかし、その顔はどこか寂しい雰囲気が漂っていた。
高校生になって初めての一人の時間。
まさか、たった三人いないだけでここまで違うとは大地は予想もしていなかった。
ゆっくりと吹く生暖かい風が彼の孤独感をより一層際立たせた。
そんな彼の後方から、同じ制服を着た一人の男子生徒がやって来た。
黒い髪をしており前髪には一本の赤いラインが入っている。
何かを憎んでいる様な鋭く赤い瞳をしており、どこか邪悪な雰囲気を纏っていた。
現代のヴィジュアル系バンドのそれに見えた。
彼は大地の隣に移動したまま何も口にはしなかった。
正直、気まずい。 非常に気まずい。
何なのだろうか? このどこか思い出したくない懐かしい雰囲気を纏った少年は?
誰か……、誰か助けてくれ!
温い風が二人の長い髪を靡かせた。
すると、隣にいるヴィジュアル系男子(以降V男)が口を開いた。
「あの夕日を見ると思い出す……。 無力だった自分を……!」
やはりこの男、そちらの人間であったか。
大地は身体をムズムズとさせながら黙って彼の話を聞いていた。
「笑えるだろう? もう過ぎた事なのに、俺はまだ、その日の記憶をズルズルと引きずっている」
ああ、爆笑だよ! お前のその真っ黒いお花畑にな!
クソッ! こんな時に空がいれば……、いや、あいつがいてもきっと駄目だろう。
誰か……、誰かここから俺を助け出してくれ!
「葵」
不意に後方から女性の声が耳に入る。
そちらに目を向けるとまたも大地と同じ制服を着た女子生徒だった。
日本人とは思えない雪の様に白い髪を腰まで伸ばしており、瞳はカラーコンタクトしているのか赤い色をしている。
冬が似合うその愛らしい顔立ちと白い肌をした華奢な身体つきはまさに雪女と言っても過言ではないだろう。
嗚呼、またも不思議ちゃんがやってきた。
大地は二人に聞こえない様にゆっくりと溜息を吐きながら肩を落とす。
「まだ昔の事を引きずっているの?」
少女は葵と呼んだ男子生徒に聞くと、彼は何も答えずに視線を横へと逸らした。
何だこれ? と大地は心中で頭を抱えた。
「昔を思い出すのは構わない」
だけど、と少女は葵に近寄り手を握りその夕焼けの太陽の様に赤い眼で彼の目を捉えて言葉を続けた。
「現在を生きて」
緩やかな風が頬を撫でた瞬間だった。
「雪姫は強いな」と葵は微笑する。
そして大地に目をやり「すまなかったな。 下らない話を聞いてもらって」と礼をした。
対して大地は「本当だよ!」とはあえて口にせずにただ苦い笑みを浮かべるだけだった。
「また学校で」と葵は雪姫と呼んだ少女と一緒にその場から立ち去った。
もう二度と関わりたくない。
大地は心から願うのだった。