闇のゲームの始まりだぜっ!!
七月某日。 快晴。
空と大地は去年の夏休みに訪れたゲームセンターの前で、遊ぶ約束を交わしている友人たちを待っていた。
気温は三〇度を超えており、じわじわといたぶられる様な蒸し暑さに、街路樹がある訳でもないのに、どんな仕掛けなのか、蝉の魂の叫びが耳に響く。
余り動いてもいないのに額からは微量の汗が流れていた。
熱い。
そう心の中でぼやいた時、不意に「やあ」と声を掛けられた。
そちらに顔を向けるとそこには今日、遊ぶ約束をしていた友人たちが全員やってきた。
最初に「やあ」と声を掛けてきた人物は、爽やかさと明るさを兼ね備えている感じからジャスティスが発したものだろう。
今日、約束を交わしてやってきた人間は、最弱の正義の味方、ジャスティス・正義。 大地の下臣兼自称侍の宮本一騎。 私立橘高等学校が生徒会長、神藤進。 そして私立橘高等学校が風紀委員長、土御門良平。
何とも濃い面子である。 これから何が起こるのかと大地は一抹の不安を覚える。
そんな心情を知らない空は「オッス! 集まったな! それじゃ、中に入ろうぜ!」と先にゲームセンターの中へと足を踏み入れる。
他の友人たちも彼の跡に続く様に中に入って行った。
大地は「何事も起こらない様に」と叶わないであろう祈りをしながら彼らの跡に続いて行った。
中に入って、流石ゲームセンターだと感じたのは極限に温度を下げられた冷房だった。
さっきまでサウナのみたいに蒸し暑かったのがまるで冷水を掛けられたかの様な寒さを覚える。
これは身体を壊す、と感じた二人を除く大地一向は出入り口で出入りを繰り返し、体温を調整して再びゲームセンターの中に入った。
「そう言えば一騎はこういった場所には来るのか?」
大地の問いに「無論、侍の拙者はこの様な騒々しい場所には来ないでゴザル」と一騎は腕を組みながら何故か自慢げに答えた。
「よしっ! 今日はこれで競い合おうぜ?」
そう言って空が手に取ったのは伝説の勇者の剣のゲームだった。
ブレイヴクエストと言う、超有名なRPGゲームソフトに出て来る主人公が使う剣でモンスターを倒してスコアを競うゲームである。
テーマは『勇者になって魔王を倒そう』だそうだ。
「面白うそうだな。 やるか」と進がそれに乗る。
「罰ゲームはどうするヨ?」と言う土御門の言葉に大地が過敏に反応する。
すると空は不敵に笑い「今日は暑いからな。 敗者は皆にジュースを奢って貰うぜ!」と某遊びの王様ばり声音で言った。
あ、これマズいパターンだわ。 と大地は冷房が効いた空間にいるのに構わず頬に冷や汗を伝わせる。
いや、待て。 落ち着け。 一騎は確か自ら好んでゲームセンターに訪れないと言っていた。 そして彼はジャスティスに並ぶ堅物だと見た。 つまり一騎は初心者! イケる!
「一騎はゲームしたこと無さそうだし、手本を見せる形で最初は俺がやろう」
そう言って大地はゲームに一〇〇円を入れて勇者の剣を抜いてそれを開始した。
流石(空に連れ回される形で)ゲームセンターに通い詰めているだけあってその実力はそこらのプレイヤーを魅了させるものがあった。
最後の魔王を難なく倒し、クリアすると大地はフウッとどこか満足した様子で勇者の剣を元の場所に戻す。
スコアは高得点を叩き出しており、一騎はオオッと感心の声を漏らした。
「中々やるじゃないノ!」
次は俺ダ、と土御門がお金を入れて勇者の剣を抜き、ゲームを始める。
そして驚くことに彼も全てのステージをクリアした。
それも大地のスコアを少しだけ超えている。
それにより大地は少し焦りを覚えるが、初心者の一騎の存在に、何とかなるであろうとこの時はまだ平静を保っていた。
それからジャスティスがゲームをプレイした。
何故かこの手のゲームの世界ではめっぽう強い正義の味方、ジャスティス・正義。
無駄に洗練された全く無駄のない無駄に綺麗なプレイングで大地と土御門のスコアを大幅に超えた点数を叩き出した。
去年の夏休みの一件もあり、ジャスティスに抜かれても大地は気にしない事にしていた。
ジャスティスの後に空と進の二人がゲームを始める。
空はゲームセンターに通い詰めているだけあって最初にプレイした三人のスコアを障害競走で一番低く調整されたハードルをただ跨いでいく感じに抜いていった。
そして彼と同じ部類の人間と言っても過言では無い神藤進もそれに続く様に最初にプレイした三人のスコアを超えていった。
本当、この二人はいったい何者なのだろうか?
遂に残るは初心者の一騎だけ。
彼は深く息を吸い、そしてゆっくりと吐いてゲームに一〇〇円を入れて剣を抜いた。
一騎は瞼を閉じて神経を研ぎ澄ませる。
三、二、一……、零!
ゲーム開始と同時に瞼は開かれ、画面に出て来るモンスターをさながら本物の侍の様に無駄の無い動きで次々と勇者の剣で切り落としていく。
剣舞の様なその綺麗な太刀筋に大地たちはおろか、そこを通りかかった人たちをも魅了した。
最後のボスを倒すと同時に、一騎は一礼して勇者の剣をゲーム機と言う名の鞘に納めた。
それと同時に拍手喝采が沸き上がる。
対して一騎は恥ずかしいのか、どこか照れた様子で頭を描いた。
画面にスコアが映し出される。
あの空と進も驚きの数値に大地は「参った」とその場で口元を緩ませ、黙って皆にキンキンに冷えた飲み物を奢ったのだった。




